第3話
腑に落ちない。
五臓六腑が浮きまくりよ。あたし。
てか、腑に落ちないってそういう意味じゃないって?
いや、別にあたしは国語を勉強したいわけじゃないし。いや、どうでもいいし!
「夏樹ぃ?帰ったの?」
ただいまも言わずにさっさと部屋に戻るあたしをママの声が追って来た。
そうだ!そうよ!
「ママ!参考書が欲しいのお金ちょうだい!!」
あたしはUターンでリビングに戻り、暢気にクッキーでお茶してるママの所に走る。
「熱でもあるの?夏樹」
ママは片手であたしの手を握り、もう一方の手をあたしの額に当てた。
「やめてよ!こんなお約束!熱なんてないわよ!今度の生物の期末テストなにがなんでも絶対絶対!100点取りたいの!じゃなきゃ次のステップアップは期待できないのよ!!」
ママはあたしの熱演に圧倒されている。
「本当に参考書買うの?」
「うん!!」
「とか言って化粧品とか買わない?」
「買わないわよ!誰があんな自らの玉の肌を傷めるようなもの!!」
「ママより品揃え良かったじゃない」
「いーの!とにかく、あたしは今日からマスカラと眉だけにするの!マスカラは絶対外せない!」
「じゃあ、ママにプラ○ディアのファンデくれる?」
「あげるわよ!いいから参考書代!」
あたしはなんとかママから参考書代を頂戴し、街の書店へ向かう。
出る前に鏡を見たらパンダ目になっていたので、クレンジングをして、ビューラーで睫毛をあげた。
眉毛はほとんどないので書いたが、化粧というより身嗜みで勘弁してほしい。いざ出陣!本屋なんて漫画か雑誌くらいしか買いに行ったことないのに……。
愛のパワーって偉大よね。
なんてご機嫌で来てみたものの……。
まずどこに何があるのか解らない。ファッション雑誌と少女漫画なら入ってすぐなんだけど、参考書?
本のデパートって言っても見渡すかぎりの本棚……。本、本、本、本、本……。
しくった……。本屋さんビギナーの癖に。最初は小さな街角の小さな本屋さんにすれば良かった……。
……後悔役立たず。
まぁいいや。
あたしはフラフラと雑誌コーナーへ立ち寄る。
やだ!女子高生のバイブル雑誌、今月号『禁断の恋・先生と生徒特集』じゃないか!
「ありがとうございました」
ウフッ!買っちゃった!
さてと、参考書だっけ?
えーと……哲学……風俗……フーゾク?!
なんかアッチと違うみたい。
なんだ、次、次。
倫理……星占いとかあるじゃん!相性占い……。
あたしは『彼と貴女の相性〜傾向と対策〜』という本を手に取った。
そういや、あたし先生の誕生日も血液型も知らない。そればかりか年齢も知らない……。
ダメじゃん!
あたしは棚に本を押し込みうなだれる。
いけない、目的を見失っていた。
えっと、生物の問題集とかでいいかな。
あたしの教科書の出版会社は……なんだっけ。
キョロキョロと辺りを見回す
あの海藻みたいなヘアスタイルに俺に構うなオーラの集合体は……。
「淺井先生?!」
あたしは呼ばれもしないのに尻尾を振る犬のように約10メートル先に走った。
はい、なに?コイツ、なんで俺の行く先に現れんの?みたいな冷たい目線。
目は口より語るのよ。
「水澤……」
絶望的な声で人の名前を呼ばないでほしい。
手にしていた本を本棚に戻す、淺井先生。
『神々の指紋』
なんだそれは。
あたしは視界の隅で先生の持っていた本をチェックしながら、淺井先生に目を向けた。
「何してるんですか?先生」
「プライベートだ、関係ないだろ」
「偶然は必然、運命的に出会ったのに冷たくないですか?先生」
「勝手に運命とかいうな。寒い」
「運命は勝手な所で決められてるんです」
負けないわ。何たってあたしは負けず嫌い。
先生にお近づきになれるなら強引な手段だってお茶のこである。
「減らず口。あっちに行け」
「冷たくしないでください。質問があるんです」
「手は貸さないと言ったはずだけどな。水澤」
「手は貸さなくて良いですから頭貸してください」
「……」
「頭貸さないとは言ってないですよね。だから先生の主義に反してないからオッケーでしょ」
「……なんでその無駄な頭の回転を有効に使わないんだ」
「それは承諾したというふうに取らせていただいてよろしいでしょうか?」
先生が押し黙る。
「溜息ついたら禿げますよ」
「水澤、」
「はい」
「化粧落としたのな」
その指摘に何故か顔が熱くなる。
「かわいらしいでしょ」
「それは思いつかんかったな」
「話し逸らさないでください。質問していいですか」
小憎らしい。可愛さあまってなんとやら。危うく流されそうになるのをあたしはどうにか回避する。
「……どうぞ」
「参考書ってどれ買ったらいいですか?」
「授業聞いてりゃ点は取れる」
「それはある程度出来る生徒に言ってください」
「……教科書読んで解らない所を書き出して明日持ってこい」
淺井先生は諦めたような口調で言った。それでもあたしは有頂天。
「あたしに男心を教えてくれる気になったんですね!」
「何の話しだ?男心?あまりにも抽象的だな」
イジワルな歪みの口角。
しらばっくれるつもりだな怖いモノ知らずの恋する乙女パワーを舐めないでほしい。とぼけるつもりなら、あたしだって負けはしない。
「セックスについて教えてください」
淺井先生の不敵な笑みが消え失せる。
地雷踏みました?ドン引き?
「水澤、セックスって言うのは性別をさす言葉だ。英語の先生に聞け」
「そうきたか」
「なんだ?」
「じゃあ、性行為教えてください」
「保健体育の先生が得意なんじゃないか?」
「あたしは淺井先生に教えてほしいんです」
「なんで俺なんだよ」
ちょっとだけ怒った?
睨まれるのは嫌なのよね。淺井先生は腕を組んであたしを見下している。
「淺井先生がいいんです。淺井先生が好きなんです。欲情しちゃうんだもん、どうしようもないじゃないですか」
「欲情してんのか」
淺井先生、そんなこと真顔で言わないでください。
「……はい」
淺井先生はあたしの忠告も無視して溜息をつく。
「……期末テストの結果次第だな」
「あたしが100点取れないと判断したんですね」
「さぁな。俺にも解らん。お前次第だ。せいぜい頑張ってその気持ちがどんだけのモノか見せてくれ。あんまりこんな所で話したくもない話だし、退散させてくれないか?」
淺井先生は肩をすくめる。あたしが頷くと、あの変なやり方で手を振って、踵を返した。
淺井先生ってよく解らない人だな。
またまた一人取り残されたあたしは先生の後ろ姿を見送りながら思う。
どんな授業になるんだろう。
とりあえず、期末テストが試験みたいだし、あたしは何がなんでも100点とらなきゃならない。
手に抱えた雑誌はやはり、参考書にはならないようだ。 |