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不機嫌先生と個人授業。
作:森本エリ



第25話


担任のクソジジィのせいであたしは由佳の家に泊まったという嘘がバレた。

桜沢の部屋に泊まって、不純異性交遊をして、淺井先生に見つかって慌てて車道に飛びだした云々……。

純粋同性交遊なら許されるのかしらね。

とんだ濡れ衣よね、桜沢。

あたしは桜沢の遺影に向かって心の中で同意を求めた。 中学生のくせに、坊主にしろよ。マセガキめ。どうしてあんたの家に、あの真っキンキン頭の写真がないのよ。
キラキラしてて綺麗だったのに……。

焼香して席に戻ろうと思ったけれど、涙が溢れて、動けなくなった。

出席者に同年代はあたししかいなかった。

校長とか教頭はいたけど、桜沢 春樹と直接的に親しい関係者は、あたしと、桜沢の最期を目撃した淺井先生だけだった。

あとはむさ苦しいかこむずかしそうなおっさんばっかり、多分、親の会社の関係者なんだろう。


あたしは二人がなかなか戻ってこないから、桜沢の部屋に様子をうかがいに行った。
けれど、すでに二人はいなかった。

桜沢の部屋のテラスから辺りを見回すと、どこかへ行く二人の後ろ姿が見えた。

喧嘩はなかったんだなー、なんて暢気に見送ってた。
ちょっと嫉妬したけど、少しくらい譲ってやろうと思ったわけなのよ。

なのに、なんで?

なんで、死んでんのよ。

あんた、死んじゃったのよ。

本当、あんたって、わけ解んない。

なんで、あたしを泣かすのよ。

へたりこんだあたしの肩を抱えてくれたのは、淺井先生だった。

「……もう、帰ろう」

見上げた淺井先生の顔は逆光と涙の乱反射でよく見えなかったけれど、表情はなかったと思う。 退場するときに、桜沢のお母さんを見かけた。

一際、綺麗で、すぐに目についた。
冷ややかな眼差しで、会場を見ていた。
目鼻立ちも桜沢と似ていて、もし、桜沢が女に生まれていたら、あたしは太刀打ちできなかったと思う。あの人がもっと並の美人なら、桜沢みたいな人間は生まれなかったのかもしれない。

淺井先生はあたしの手を強く握っていた。

その手は不思議なくらい冷たかった。

乗り込んで、すぐに先生は車を発進させた。

対向車や街の明かりが涙で滲む。 あたしは指で涙を拭い、先生を見た。

先生は火の点いていない煙草をくわえたままで、呆然と前を見ていた。

それでも、身体が覚えているように車は安全に進んでいる。

何を話せばいいのか、まったく解らない。

あたしの心も、先生の心も、どこか一部、桜沢に持っていかれちゃったみたいだ。

「あ、先生、あそこ行こうよ」

あたしは電飾の看板が立ち並んだラブホテル街を指差した。
先生は少し、目をやった。

「あそこって、アレか?」

先生は煙草を落として、あたしを感情のない目で見た。

「だって、家にも帰りたくないし。……先生だって、あの部屋に帰りたい?」

「…………」

先生はどう答えていいのか解らないみたいで、言葉がでない乾いた唇を半開きにしたまま、前を向いた。

「コンビニ、寄ってください。二人で桜沢のお通夜しましょうよ。あたしお金持ってませんけど」

「……勝手だな。でも、それもいいかもな、場所、悪すぎないか?」

先生は苦笑して、スピードを緩めて、少し先のコンビニの駐車場に入る。

あたしはお通夜のために真っ黒なワンピースにカーディガンを羽織って薄く化粧をしていたので、少しは大人っぽく見えるかもしれない。
あたしは淺井先生を見た。先生はいつものような黒いタイトなスーツで、ほとんど表情はない。
授業中の先生とあまり変わらない、はっきりと違うのは、黒い瞳に悲しみの陰りがあるところくらいだった。

「ねー、先生ぇ、あんなカタチだけの儀式、僕、つまんなーい!」

先生は、はっと目を見張り、あたしを見た。

「今の、桜沢っぽかったでしょ?」

「……やめてくれよ。お前はお前だろ。春樹とは違う」

先生はあたしのおふざけに付き合ってくれずに、先にコンビニに入っていく。
ちっ。
あたしは舌打ちをする。
なんでアイツは名前、呼び捨てなのよ。

桜沢め、やってくれたわね。
あたしは夜空を睨んだ。

……アイツが素直にあんな処まで行くようには思えない。

そういえば、アイツの神様は先生だったわね、

今頃、軽かった口調より身体も軽くなってふらふら先生の傍にいるかもしれない。
あんた、変わってるから、こんな世の中じゃ、どうせ生きづらかったでしょうね。
やったね、自由じゃん。

あんた、手に入れたんでしょ?
あんたは夢を叶えられたんでしょ?

でも、今度はあたしの番よ。見てなさい。

なんとなく隣に桜沢がいるような気がして、あたしは心の中で喋り続けた。

『いーよー。やってみなよ、夏樹チャン♪』

とか言ってへらへら笑ってる桜沢が容易に浮かぶ。

だから、あたしは悲しくなんかない。
淺井先生のほうが、よっぽど死んだ人みたい。
そっちの方が悲しいよ。
先生が、あたしを見てくれない。

あたしは生きていて、傍にいるのに。

ま、その瞬間を見てから、あんまり時間は経ってないし、仕方ないけどさ。

ちょっと、桜沢。あのまま先生連れていったりしないでよ?

「水澤、なにぼーっとしてんだ?」

後ろから、先生の声がした。
でも、あたしは振り向かない。車道のヘッドライトやテールライトを睨んで、振り向きそうになるのを我慢した。
桜沢でさえ、あたしを名前で呼んでいたのに。

一番呼んでほしい人は、いつも他の人の名前ばかり呼ぶ。
こんな時に、こんな事、くだらないだろうけど。

でも、こんな時だからこそこだわりたいのよ。キモいかしら?だから何よ。

「おい、水澤……」

水澤はあたしのお父さん爺ちゃんもお婆ちゃんもお母さんも水澤で、全国に何人もいる。
そんな事いいだしたら、春樹だって夏樹だって同じだけれどさ。
先生は振り向かないあたしの腕を掴んだ。
あたしはその手をふりはらい、小走りで先生から離れようとした、瞬間。

「っ!!」

先生の手が物凄い力であたしの腕を掴んだ。

「痛いよ!先生!!」

「お前が無視して車道に行くからだ!!」

「行かないよ!!先生の方こそ、あたしを無視してたじゃん!!」

あたしと先生は真正面から睨み合うように互いを見ている。

初めてだった。

淺井先生と真正面から睨み合うなんて。

「……無視なんてしたつもりはない」

先生が、先に目を伏せた。

「……先生、あたしの名前呼んでよ。あたしはちゃんとここにいるよ。目の前にいるのはあたしなの!!」

「わかってるよ!!」

先生は怒鳴って顔を両手で覆った。

「……じゃあ呼んでよ、名前」

桜沢の『死』の方が強く先生を捕えているから、あたしはそれ以上のもので対抗しなければならない。

『死』という非日常の出来事の方が、衝撃が強く、人を引きつける。
ハーメルンの笛の音のように。
桜沢は先生が来てくれたと喜ぶかもしれない。

けれど、あたしにとってそんな事は許せない。

「先生、連れてってよ、あの趣味の悪い光のお城に」
あたしは電飾が一番無駄遣いされた建物を指差した。

「……アレか?」

先生もその建物を見上げた。
中途半端にデラックスな風を装ってて、よけい安っぽい。
西洋風の洋館って言うべきかしら、お城というか、なんとか貴賓館って感じ。

でも、いいじゃない。

あたしには桜沢ほど、ぶっ飛んだ美意識はないし、芸術の価値なんかよくわからない庶民だし。

まぁ、淺井先生には悪いけど。

「アレがいいのか?」

「うん、面白そうだもん。絶対、あれ」

「……じゃあ、行くか」

先生はあたしの手を引いた。
名前、呼べっつの。まぁ、いいか。とりあえず、先生の気が変わらないうちに、行こう。

初めてのラブホテル。
ドキドキする。
駐車場もあんまり中が見えないように幕みたいなのしてあるし、外から見えないように、見えないように配慮してある。
のぞけ!気になるだろう?って言ってるようにしかみえない。

一度行ってみたかったんだよねぇ。

ごめんね、桜沢、あんた死んじゃったばっかなのに、あたし浮かれちゃって。

でも、あたしとあんたの間に悲しみなんて似合わないし、そんな間柄じゃないでしょ。
それにあんたが死んだって、やっぱりちょっと信じてないから。

淺井先生は、その瞬間から病院まで見届けたみたいだから、実感があるんだろう。
でも、あたしにとっては死んだ気しないのよね、あんた。

『ミラージュ迎賓館』

ありったけの装飾文字、ミラージュってなんだ。ミラージュって。

「夏樹、笑いすぎ」

淺井先生は看板の前で吹き出して肩を震わせているあたしの腕をつつく。

「だって、ダサすぎ……」

今、あまりにもふっつーに呼ばれたもんで、普通に返しちゃったよ。

「入らないのか?」

先生は肩をすくめる。

「入ります!超入ります!ガンガン行きます!」

「こんな場所で、そんなはりきった女、見たことねえ」

先生は呆れながら、さっさと先に中へ進む。

フロントは薄暗くて広くて真ん中には小さな噴水があった。
さすがミラージュ迎賓館。いっちょ前にシャンデリア。
桜沢もいたら一緒に笑ってたはずだ。

だって、美術の教科書をそのままコピーしたような、『ミロのビーナス』とか、『モナ・リザ』とかがメッキの額縁に飾られてたりするんだもん。
噴水のまわりに置いてある天使像なんてホームセンターとかに売ってそうなくらいちゃちだ。

笑うしかない。

「俺、酒飲むから泊まりにしたけど、お前帰るなら帰っていいからな。親御さんも心配するだろうし、タクシー代くらいやる」

「どんな部屋ですか?」

帰りたくないって言ったじゃない。もう一回帰って、ママには怒られた。
でも、付き合っていた男の子が死んじゃってママはどうしていいのか、解らないって言ってた。
濡れ衣だってばねぇ、桜沢。

「最上階、506号室。そこしか空いてなかった」

先生はそういうと、先にエレベーターに向かった。

五階の廊下の突き当たりの壁に、部屋番がかかれたプレートがあって、矢印が点滅している。
白い壁に赤い絨毯。

桜沢、あたしを呼んだわね。はめたでしょ。

506号室は意外にまともな作りをしていた。
やっぱり今時ピンクの照明にハート型の回転ベッドなんてなしよね。
あたしは自分の偏った知識に苦笑してしまう。

先生は窓辺のソファを動かして景色が見えるようにして、ビニル袋の中から、ウィスキーだかブランデーだかの瓶を取り出した。

あたしは部屋の中を見回した。
クィーンサイズのベッドはシンプルな白いシーツで、カーテンとソファーは厚手の生地でお揃いの花柄。
絨毯はクリーム色。
飴色の照明にベッドサイドにはランプと灰皿。
ティッシュと避妊具。
露骨な場所だから仕方ないけどさ、ちょっと引いた。

「先生、なに飲んでるの?」

「ブラック・ニッカ。大学の時飲んでたんだ。ラッパ飲みとか自棄酒に最適なんだよ。安いし」

先生は喉を鳴らして瓶を呷っている。
せっかくのお通夜に安物なんて、もう少し気取ればいいのに。
らしくないんじゃないかなぁ。まったく。

「先生、ダメだよ」

あたしは袋をのぞいた。
瓶が三本。ペットボトルの紅茶とサイダー。あたし用なのかな。
あたしは瓶を見る。
お洒落なやつも買ってんじゃん。

ジャック・ダニエル。
これ中学生卓球部のギャグ漫画で見たことある。
ラベル格好いいのに、あたしの知識の元ネタ知ったら先生も笑うよ。
あたしはその瓶を空けて一口飲んでみる。

「うぇ、苦ぁ」

ぴりぴりする。舌先を少し出した。

「お前は紅茶でも飲んでろ」

先生は呆れたように横目であたしをみる。

「先生は、浴びるほど飲むより浴びるといいよ」

あたしはジャック・ダニエルの瓶を先生の頭の上で真っ逆さまにした。

「うわっ……!!」

先生は頭を振ってもがいた。

「マジ、信じらんねえ!」

先生は手のひらで顔を拭いながら、叫んだ。

「あたしも浴びてみよう」

あたしは袋からまた瓶を探した。

「安物なんでしょう?大判ぶるまいしましょうよ」

あたしは瓶を取り出してふたに手をかけた時、冷たい液体が真上から落ちてきた。

「きゃーーーーー!!!」

あたしは叫びながら笑った。先生が、飲みかけの分をあたしにかけたのだ。

「浴びてみた気分はどうだ?」

先生が少し笑った。
意地悪い、口の端を少しあげるやり方で。

「最高に最低。笑っちゃうよ。もっとかけて」

「変な奴。目に入った」

先生は目を押さえながら吹き出した。

「……あたし、お風呂入ってくる。お酒くさくなる」

逃げ込むように浴室に走った。

「夏樹……」

そこで名前呼ぶか!?足、止まっちゃったじゃん。

先生の気配が近くなる。

「……ごめんな」

背中から先生に抱き締められる。
本当、体温低いな。この人。あたしは心臓が活性化して体中、血の巡りがジェットコースターになってて熱いのに。

「なんで、ごめん、なんですか?」

「俺、今、春樹の事で頭いっぱいで……なんか、集中してなかったし……」

「ダメだよ、先生。死んだ人みたいに冷たいよ?大丈夫?」

あたしは先生の手を握る。

「桜沢、死んじゃったけど、多分あたしたちの傍にいるよ?アイツ、性格ワルイから、笑いながら見てるよ。先生が桜沢の事ばっか考えてるの、ほくそ笑んでみてんのよ。アイツってあたしの永遠のライバルなんだから、ずるいよ」

「夏樹……」

「桜の散りぎわが、はかなくて美しいって言うけど、夏の樹はね、生命力に溢れてんの。そういう感動も、美しさもあるんだから」

「自分で言うなよ」

後頭部より少し上に先生の笑い声がかかった。

「あたしの名前の由来なの。元気いっぱいの輝くような娘になるようにってね」

「名前どおりだな……」

あたしは先生の腕の中で回って、向き合った。

「先生は?」

「……すべてが美しい人になるように、美しい人って書いてヨシヒト」

「なるほど!だからビジンちゃんなんだ!」

「言うなよ、恥ずかしいんだから」

「いいじゃん、名前勝ちしてるから。じゃなきゃ、アイツが惚れたりしないって!自信もちましょうよ」

「……なんの自信だよ」

先生は苦笑する。
名前に……?
解らない。

「アサイヨシヒトって人間に?」

「なんで疑問形なんだよ」

あたしたちは笑いあう。
そして、癪に触るが、桜沢仕込みのキスをあたしは試みる。

悪いわね、桜沢。

あたしはこれから先生とのキスをたくさん重ねていくわ。

あんたが教えてくれた、忘れられないキスの仕方、実践するの。


「夏樹……」

先生は息継ぎをした。

溺れた人みたいに見える。

涙はしょっぱい。

海の味。

汗もそう。

遠い海の一部。

あたしたちは、服を脱がせあう。

あたしはこの冷えきった身体を暖めてあげなくちゃいけない。
あたしに触れる指も手も胸も、冷たい。


「……お風呂、沸かしましょうよ」

あたしは先生の唇を胸元に受けながら、提案してみる。

「あ……うん、そうだな」



あたしは先生から離れて、浴室に逃げ込んだ。

すっごい、緊張する。

カムイン!って思ってたけど、いざ出陣となると、緊張する。ヤバい。ガチガチだよ。

キスはちゃんとできた。

ふふん、だ。
桜沢、あんたがあたしを利用した分、元取ってやるんだから。

「夏樹、入っていい?」

「えっ!」

ドア越しに先生の声がした。あなたはあたしの爆弾だ。

「一人になってんの嫌なんだ……ダメ?」

ダメじゃないけど!
なに可愛いこと言ってんの?!超焦るじゃないか!あたしにだって恥ずかしいという感情は少なからずあるのよ!
……どうせ、今からあたしは先生を暖めてあげるんだ。

女は度胸と愛敬よ。

なんか違うけど、いっか。

あたしはバスタオルをまいて、覚悟を決めて、ドアを開ける。
先生はベッドの下で膝を抱えて座り込んでいた。

あらま、可愛いこと。

「先生、諦め早いね」

「引いたかと思った」

あーもー、誰かに自慢したい。
先生ってこんなに可愛いんだよ、ってさ。

「どこの誰が引くんですか?先生、冷えてるから、あたしが暖めてあげますよ」

あたしは先生の手をひっぱる。先生はあたしを子供のような目で見上げる。

「じゃあ、お礼に洗ってやるよ」

「やだー!先生、エローい!」

「本当、お前は元気だな」
先生は力なく笑う。

「一緒に暗くなってどうするんですか。お互いにないものを持ち合わせないと、一つになった時つまらないでしょ?」

失われた半身の話を思い出す。
一つだったからって同じなら、意味がない。失われたものなら、互いにないものを持ち合わせたほうが、いい。……とあたしは思う。
先生はあたしを見つめている。あたしは先生を見つめかえす。

あたしと桜沢は似通ってたから先生にひかれた。

似たもの同士の反発。

アイツは死を選び、あたしは生を選ぶ。

真逆の行為に見えて、やはり同じなんだ。

早いか、遅いか。

大きな違いなようで、同じ事。繋がってる。

だから、あたしは悲しくないの。

桜沢はあたしで、
あたしは桜沢。

同じだから反発しあうケースだってある。

桜沢が死んだのは残念だったけど、アイツのことだから、嫉妬に苦しむのに、耐えられなかったんだろう。

美しいものだけが好き。なんて我儘だよ。

あたしは美しくない、惨めな先生だって、自分だって愛してあげるのよ。 だから、桜沢はいらないというだろうが、愛してやってもいい。

あたしは先生を抱き締める。
浴室で身体を洗いあって、汗や汚れは流れたけれど、たぶん、先生の悲しみは流れない。

だけど、あたしが暖めて、少しづつ、溶かしてあげるの。

あたしと先生は素膚を合わせる。

互いの熱い場所をさぐりあうように、そこをたしかめあうように。

「夏樹は、暖かいな。桜沢、どんどん冷たくなってたよ」

先生が、ふいに呟く。

……しかたないなぁ、こんな時に。
普通だったら怒るよ。

でも、許してあげる。

あたしの胸に顔を埋めた先生は、夢中だから。
夢の中にいる人を責めるのは気が引ける。

それに、緩やかで丁寧な愛撫にあたしも夢中だから。

「……いい?」

先生は遠慮がちにあたしを見た。

あたしは目を閉じて頷いた。

突然、裂かれた。あたしはまた、きつく目を閉じて、先生の肩に爪をたてる。

先生の皮膚が盛り上がるほどあたしは爪をたてた。

内側の異物感さえ、愛しかった。

「ちから、抜いて」

先生の声で呼吸を取り戻す。
肺に空気を入れたとき、あたしは死んでいたんだ、なんて思った。

セックスは滑稽で無様、桜沢はそういったけど、あたしはアイツみたいに、美意識が高いほうじゃないから、ちょっと、感動した。

先生を少し、中で感じたとき、あたしは気付いた。

あたしだって結構、桜沢の事ばっか考えてる。

あたしは薄目をあけた。

先生は少し苦しそうに眉間に皺をよせて、目を閉じていた。

「……先生、気持ちいい?」

「……うん」

「……あたしの中、どんな感じ……?」

「……つるつるしてて、あったかいよ。痛いか?」

先生がゆっくり、あたしのもっと奥に沈んでいく。

「ん……いいよ。先生も熱いね」

先生が、あたしの肩の辺りに顔を埋めた。

「……全部、入ったよ。夏樹」

「おかえりなさい」

肩の辺りで先生が笑ったのがわかった。

「……ただいま」

先生は、そう答えて、全身の力を抜いた。

ちょっと苦しかったけど、その重みが、膚の隙間を埋めてくれるのが嬉しかった。

「おかえり、一体、今までどこで何をしていたの?」

あたしは息を吐きながら尋ねた。

「……わからない。何をしていたんだろう」

先生は苦笑しながら、答える。

「……夢の中みたいだな」
「先生には、きっと、それが必要なんだよ」

「お前の生物のテストの百点よりもな?」

「ダメだって、現実見ちゃ!」

「やべ、笑える」

「あーー!抜けちゃった!もー!先生のバカー!」

「いいじゃないか、少しくらい。またすぐに帰るよ」

先生は笑いながら本当にスムーズに帰ってくる。

あたしたちは笑いすぎて、ムードもへったくれもない。

あたしは無様で滑稽な行為で愛を伝える。

桜沢は美と破滅の精神で愛を伝えた。

そして、先生は、ちゃんとそれを受けとめてくれた。

ねぇ、桜沢、現在進行形のあたしはこれから、先生と学んでいくのよ。

愛と快楽の法則。

桜沢の遺した功績に、いつか、あたしは悩まされるかもしれない。

でも、あたしは桜沢が出来ない事をする。

それは、生命を産み出す事。

先生は独り占めさせてもらうからね。

あたしは一人で笑った。

「……なに、ニヤニヤしてんだよ?」

先生が上からあたしを見下ろしている。

「なんでもないですよ」

あたしは先生の首に両腕を巻きつける。

冗談が影を潜め、あたしと先生は、真剣で不謹慎な授業を再開した。


お疲れさまでした。

最終話って難しいですね。後書きてか言い訳です。

今回、森本はかなり頭を使いました。
ご察しいただけるでしょうが、森本は、本をあまり読まない人間なので、今回は一応、参考文献なんぞ買い漁りました。といっても、文庫本五冊ですけど、古本屋でエロス系を……。

読み返してみると、やっちゃいけないミスを連発していました。始めは五月だったのにいつのまにか七月だったり。
ちなみにヒアキントスの絵は参考文献の表紙でした。
知識が浅いのでお見苦しい点が多々ありましたが、最後まで読んでくださった方、心から感謝しています。精進して参りますので、感想・批評などありましたらよろしくお願いします。













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