第21話
結局、少し遅れたが二組の生徒は誰一人騒いでいたものはいなかった。当たり障りのない生徒ばかりで助かる。
ふいに水澤の顔が過る。
なんという問題児だろう。
水澤も、桜沢もだ。
俺にまとわりつく生徒ときたら、ロクなヤツがいねぇ。
水澤 夏樹と桜沢 春樹。
春夏コンビだ。季節もんだ。
俺は黒板にチョークを走らせながら、どうでもいいことを考えていた。
「えーっと、では……」
水澤の事が気になって、いつも以上にやる気が出ない。
〜〜〜〜〜
「ちょっと!!なんなのよ!あんたこーゆーのが趣味なワケ?!」
「ううん。でも、いいね。どっかのマニアに受けそうじゃん。調教もいいね、夏樹チャン珍獣っぽいし」
桜沢は手を叩いて笑っている。
あたしは手錠をはめられた両手をブンブン振りながら抗議する。
「ふざけんじゃないわよ!淺井先生がこーゆー趣味ならいいけど、なんでどっかのマニアに受けなきゃならないのよ!あんた、あたしをバカにするのもいい加減にしなさいよね!!」
首輪には鎖がつけられていてなんとも惨めなあたし。
淺井先生になら跪いてご奉仕したって逆にオイシイとか思えるけれど、こんな蛇野郎に拘束されて珍獣呼ばわりされるなんて、たまらない屈辱だ。
「じゃあ、ビジンちゃんがそーゆー趣味があるか、確認してみよっか!」
「誰よ、ビジンちゃんって」
「好きな人の名前も知らないの?ストーカーのくせにぃー」
「ストーカーならあんたのほうが上手じゃない!」
桜沢があたしの口を掌で押さえつけてのしかかってきた。
「ううーっ!!」
手錠をはめられた両手をばんざいする感じで桜沢の片手に押さえつけられる。
「興奮しないの。疲れちゃうよー?」
足を必死にばたつかせて抵抗したが、いきなり頬をひっぱたかれて、その衝撃にあたしは驚いて桜沢を見た。
「俺ね、別に生粋の同性愛者でもないわけ。ただ、汚い女に触るのが嫌なんだ。あんまり暴れると犯して殺しちゃうかもよ?女なんて出来損ないなんだから、男の欲望の捌け口くらいしか能がないだろ?黙って従えよ」
冷酷な眼差しと冷淡な声にあたしの思考回路が凍結する。体まで凍り付いたように動かない。
桜沢は右半分だけ笑う。 歯と開いた手であたしのブラウスの前を引き裂いた。喉の奥が引きつって声がだせない。
その代わりに涙が溢れてきた。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、
淺井先生、助けて。
「い、や……やめてよ、桜沢……」
「びっくりしたー?でも、夏樹チャンが暴れるからだよ?僕、無駄な体力使うの嫌いなの」
あたしは泣きながら首を振る。
「……やめてよ……」
押さえつけられた両手に力が入った。桜沢はあたしの上に馬乗りになって、あたしのブラをずり下げた。
汗ばんだ肌が空気に触れる。
ばたばたと音を立てて、涙がシーツに落ちた。
「へぇ〜、肌キレイなんだね、夏樹チャン」
興味本位で解剖をしているような目で沢はあたしを見下ろし、指先であたしの肌を撫でて、顔をしかめた。思い立ったように、手錠と鎖をベッドに固定すると、あたしから降りた。
「拭いてあげよう」
そう呟いた口調は幼い男の子が自分と確認を取っている時のようだったが、その無邪気な様子がよけいに、怖かった。
なにをされるのか、解らない。 泣くことしかできない自分がよけい惨めになる。
覚悟は決めていたのに、予想もしなかった事態にあたしはただ泣いているだけ。悔しい、悔しいけれど怖くてしかたない。
桜沢はアルミニウムっぽい洗面器を持って戻ってきた。ベッドサイドに洗面器を置いて、戸棚から白いプラスチックのボトルを取り出した。
桜沢は鼻歌を歌いながら、洗面器からガーゼを取り上げ、それをきつく絞る。
「お世話してやってるって感じーぃ」
桜沢は楽しそうに笑い、白いボトルを開けて中の液体をガーゼに含ませた。
病院っぽい匂いがする。
あたしは鼻につく軽い刺激臭に顔をしかめた。
消毒用エタノールで曝け出された膚を丁寧に拭かれる。ひやりとしたガーゼの感触に少し鳥肌がたった。
「どうして、綺麗なままでいられないんだろうね」
あたしの膚を撫でるように拭いていく桜沢はどこか哀しげで、さっきまでとは別人のようだった。
コイツの考えていることがまったく解らないあたしは黙ってその様子を見ていた。
「いつか、皆、醜く朽ち果ててしまうのに。それに抵抗し、よけいに醜悪になる。
本当に美しいままでいたいなら、美しいときに全てを終えるべきだよ。
どんな手を使ったって、所詮、継ぎ接ぎのボロなのにね。
君もいつか今を忘れて醜くなっていくのかな」
桜沢は拭くのを中断して手錠を外した。
あたしの擦れて赤くなった手首をやわらかく掴み、哀しげな眼差しのまま眺めていた。
「肌理がひとつひとつ透き通って真珠みたい。
青白いね。血管、細くて、綺麗な色してる。
……青白いのにあんなに鮮やかな赤がつまっているんだね。
……ごめんね、夏樹ちゃん、痛かったよね」
桜沢はあたしの手首に唇をつけながら何度もごめんねと呟いた。
……コイツ、多重人格サイコ野郎?
あたしが上体を起こすと、桜沢はあたしのお腹の辺りに顔を埋めた。
「さ、桜沢……?」
あたしが呼びかけると桜沢が顔を上げた。
なんでだ?!
何でコイツが目に涙を浮かべているの?!
しかも、上目遣い可愛いし!!ってバカ!見た目に騙されんなあたし!
てか、胸だしっぱなだし!あたしはとりあえずブラウスの前を手で寄せた。
「なんで泣いてんの?あんた」
桜沢は立ち上がると、あたしの頬を両手で掴むと、顔を近付けた。
「抵抗したら、殺す。これ以上何もしないから、おとなしくしてろよ」
そう囁くと、桜沢はあたしに唇を押しあてた。
唇を割って長い舌が口の中に入ってきた。
口内をうねる軟体動物があたしの舌や歯の裏や粘膜中を這い回る。
窒息しそう。
あたし、まだ先生とこんなキスしてない。
先生とどころかまだ誰とも。
そういや、先生とキスしたの一回だったっけ?
二回と思っていたけど。
わかんない。
でも、こんな奪われるような苦しいキスは初めてだ。
桜沢は舌を抜いて、少し唇を離した。
あたしの首に両手をあてがい、低い声でいった。
「舌をのばせ。早く」
あたしは薄目を開けて桜沢を見た。
掌に力が入る。あたしは、戸惑いながら舌を少しのばした。
「生物室でキスしてた」
桜沢はそういうと舌先を絡めてきた。
「……でも」
あたしは舌を引っ込めて反論しかけたが、桜沢に顎をつかまれ、また舌を出した。
長い舌があたしの舌先に絡みついたり、撫で回したりする。
舌が痺れてくる。
痙攣を起こしそうになり、動きが鈍くなると桜沢の長い舌に押し込まれた。
身体が火照っていた。
どっちのか解らない唾液がシーツに滴った。
やっと解放されてあたしは息継ぎをした。
「……なんで、こんなこと、したの」
あたしは荒い呼吸を繰り返しながらいった。
「君が淺井先生とキスしてたから、その感触を奪ってしまいたかったの。ずるいじゃん、自分ばっかり。僕だってあの人を愛してるのに」
「だったらもしもあたしが淺井先生とセックスしたらあんたあたしを犯したりするの?」
「バカだね、夏樹。そんなことしないよ。
僕はあの人に犯されることを望んでいるんだから。肉体的だけじゃない、精神的にも。
あの人に僕の価値観も尊厳も何もかも粉々にされてうちひしがれたいのさ。
僕は彼に、僕の傲慢な精神をへし折られて、組み敷かれて、奴隷のように跪くのを夢見てる。
君が彼に身体を開かれるのを望んでいるようにね。
この世に平等なんてありはしない。
正常だとか異常だとか、そんな分別もありはしないのさ。
美しい容姿だってね、ただの入れ物さ。中にあるのは、欲望だけ。
だから僕はその欲望のために行動しているんだよ。
欲望を無理矢理隠蔽しようなんて小細工するから、醜く歪んでいく。
君だって、僕と同じなんだ。なんだか僕達よく似ていると思わない?」
「……あんたの悪いところは、第三者まで巻き込むところね。あたしは多少、先生に迷惑かけてるかもしれないけど、恋愛ってあくまでも個人的なものでしょ?もし、先生が結婚してたとか恋人いたとして、その人を羨んだり憎んだりしても危害は加えないわ。諦めることだって、先生への愛だって思うもの。だから、あたしとあんたは似てても、決定的な違いがある」
言い合った後、あたしと桜沢はお互いを見ていた。
先に、表情を崩したのは、桜沢だった。
へらっと笑って、肩をすくめた。
「ま、いいや。僕はどのみち、もう引き返せないから」
そういうと携帯を取り出して、横向きにすると、あたしに向けた。
あたしはそれを阻害しようと前にでたが、首輪の存在を忘れていたので、まるで繋がれた犬のようにつんのめってしまった。
「いいんじゃない?四つん這い。先生好きかもね」
桜沢はにっこり笑って写メを撮った。
「んでは、淺井先生のパソコンに送信しよう!ちゃんと見てくれるかなぁ〜?」
くすくす笑いながら桜沢は携帯をいじっている。
「ちょっと!何考えてるのよ!消してよ!バカ!」
あたしは喚きたてたが、無駄だということはよくわかっていた。
先生にあたしはもう処女じゃないとか思われたらどうしてくれんのよ。
「ていうか、そんなことして、あんた先生に嫌われるからね!」
あたしがベッドを叩きながら言うと桜沢は携帯を後ろに放り投げて、こちらにきた。
「いいよ。先生がブチ切れして、僕を殺してくれたら一番いいんだけどなぁ」
「はぁ?!あんたなんでそんなに死にたがってんの?意味わかんない」
桜沢はくすくす笑って、またあたしにキスをした。
「なっ!何すんのよ!!変態!!意味わかんないって!」
あたしは桜沢を突き飛ばした。
「恋愛ってある種の宗教なんだよ。僕にとって、あの人は神様なんだ。あの人に殺されるなら本望だ」
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