第16話
ちょっと、聞きました?
奥さん。
やーねー、最近の若い子は。
平気でセックスしようなんて言っちゃって。
どうせ頭も良くて見てくれも良くて、ちやほやされて今まできたからよ。
あー、こわい、こわい。
そろそろ、大根安くなるかしらー?
って……いかん、あんまりびっくりしすぎて思考回路がいきなり年食った。
まだ、処女でガラスの十代なのに。
「丁重に断固拒否します」
あたしは四十五度の深いお辞儀をした。
「は?」
バカはマヌケ面してサングラスを落とした。
「だって、論より証拠っていうじゃない?あんたがいくら言い触らしたって、そんなの、結局ただの噂話、大体、淺井先生が生徒に手を出したなんて学校が信じないよ」
「へー。なかなかいいとこついてるねー」
バカはヘッドバンくらいの勢いで頷く。
「でもねー、夏樹チャン、俺、ちゃんと写メでツーショット押さえてるよー。画像が不明瞭なところはパソコンで修正したから、ばっちりだしー、ネットから、匿名で職員室のパソにプレゼントしちゃうよ?」
「それは、ダメ。困る」
「よかった。君が素直で。じゃなきゃ、話が進まないもんねー!とりあえず、学校いこっか!俺、遅刻したくないし」
天使の微笑みで、悪魔が嗤う。
反論できない。
あたしの肩を抱きよせる腕が、枷のように思えた。
でも、あたしの頭の中には淺井先生の顔ばかり浮かんでいる。
じわじわと蒸し暑さを増す空気の中であたしの心は冷えていく。
膝がわらってる。
こわい。
あたしの大事なバージンが、こんな見ず知らずのキチガイに破られてしまうなんて。
もし、マジで犯られたら、あたしは本当に娼婦になろうかな。
愛なんて考えない。
特定の人を想っていちいち浮かれたり、へこんだりしない。
クールでセクシィな娼婦に。
……絶対、無理。
淺井先生、助けてよ。
ドラマみたいに劇的に。
華麗なヒーロー気取って今すぐここに現れて。
サングラスのバカが延々と一人で喋ってる。
あたしの鼓膜はなくなったみたいに、なにも反響しなくなったようだ。
音が鳴っているのは解るけど、それが何の意味を持つ音なのか理解できない。 足枷もないのに鉛のような足取り。
あたしは今からどこに行くんだろう。
学校だっけ?収容所の間違いじゃない?
あたしの学校はあの広いフローリングの洒落た部屋だったように思うが。
なんの間違いだったのかしら。
今の俺のほうが、よほど惨めなんじゃないか
暇つぶしに始めた筋トレなんかわざわざ持ち出して。
……仕方ねえじゃん。
反応してしまったから、どうにか鎮めようとしただけ。
……俺はダメだ。
水澤は潔い。ビビって逃げてんのは俺だけだあんな突き放し方、ないだろう。
どっちが子供かわかりゃしない。
『忘れろ』?
よく言った。
学校で顔合わせんだぜ。
身体のほうが素直だ。
よくもここまで訴えかけるな。一人で幼児虐待だ。
こんくらい身体疲れさせればいいだろう。
ダンベルをベッドに投げ捨てた。
水澤はまだその辺にいるだろうか?
クローゼットからシャツを取り出して着替える。
シャワーを浴びたいが、それどころじゃない。何ていえばいいんだろう。あまりにも身勝手だ。
中途半端な否定をするなら最初から手を出さなければよかったのに。
こんなにグダグダ考えるのは生まれて始めてだ。
戸締まりするのを忘れたと車を走らせてから気付いた。
ずいぶんイカレたもんだぜ。
「俺ねー、ベロ長いの」
まだ人も疎らな構内でバカ男が言った。
あたしは、時計を探すのをやめて、何気なくバカを横目で見た。
「げぇっ悪趣味!」
あたしの目に飛び込んできたのは、顎まで伸びた舌と丸い金属。
「タンピ、だよ。面白いっしょ?」
バカはへらへら笑いながらご満悦。 悪趣味って言ったじゃん、あたし。
「舌を中にいれる時は外すけどねー」
バカは片目を瞑る。
「は?」
なに言ってんだ、下を中?……違う、舌を中、か。
「結構、気持ちイイって。だから、夏樹チャンもきもちくしてあげるからねっ!」
「オゾマシイ、あんたの舌、長すぎんのよ。蛇みたい」
あたしはそっぽを向いて、目を逸らした。
いやだ。こんなヤツに触られたくない。
身震いをして、さっき見たオゾマシイ舌を頭から消去しようと試みる。
淺井先生、あたしの半身は、あなたがいい。
「悶えてんの?」
べろり、蛇の舌があたしの首筋を這った。
すさまじい鳥肌が立つ。
「気持ち悪いって言ってんのよ!!!」
蛇を追っ払おうと、学生カバンを振り回した。
蛇は身を翻し、あたしの反撃をことごとくかわす。
「おとなしくしてたほうがいいよ?俺に逆らったら、夏樹チャンの愛しの淺井っちがどーなるぅ?」
蛇が嗤う。引きつったような甲高い声で。
それと同時に電車到着のベルがけたたましく鳴る。
天国から真っ逆さま。
蛇があたしを唆す。
到着した電車のドアが開かれた。
地獄行きの電車はいつもと同じ形をしているのだけれど。
蛇があたしの肩を抱く。 あたしは促されるまま、歩きだすことしかできない。 |