第14話
目が覚めると、普段と違う光景に一瞬、戸惑う。
あぁ、そうか。
先生の部屋だ。
寝起き早々、頬の筋肉がだらしない。
隣には誰もいない。
あたしは自分の体温に温められた布団の中で寝返りをうった。
プリント作らなきゃって言ってたもんね。
いちいちあたしの我儘に付き合ってられないよね。
あたしは上体を起こして、上半身をねじって背骨を鳴らす。
小気味よい関節の音が三つ。
背伸びをして、一息吐くとたるんだ思考がクリアになった。
今、何時だろう。まだ朝の冷えた青っぽい空気が漂っているので、結構早い時間にも思えるが。
先生の匂いから離れるのは名残惜しいけれど、本体はあっちにある。
あたしは音を立てないように気をつけながら、リビングに向かった。
テーブルのうえに散乱したA4の紙と、分厚い本と、教科書。
ソファのうえに身体を投げ出して、くずれたマリオネットのような格好で寝息を立てている淺井先生。
眉間に寄せられた皺をみてあまり良い睡眠ではないのだと思う。
ちゃんと疲れ取れるのかな。
あたしは寝室に戻り、タオルケットを持っていく。
壁に掛けられた時計は照明のスプートニクと似たような形をしていて、華奢な短針は6の少し前を指していた。
もうすこし、大丈夫だよね。
タオルケットをかけてあげようとして、ふと、視界の端に妙な物体が飛び込んできた。
ぬはッ!!?
これが、噂の!!あの、朝立ちと呼ばれる現象か!!!
先生はジーンズからスエットには着替えていて、その頂きは、鮮明にあたしの好奇心と羞恥心をくすぐる。
あたしは二回目のカルチャーショックを受けて、しばらく茫然としていたが、後学の為だと言い訳をして、先生に視線をやった。
起きないでね、先生。
ごめんちゃい。
いざ、出陣!!
と、気合いを入れたものの、そーっと手を伸ばす。 ドキドキドキドキ、心臓がヒヤヒヤしてる。
……ふわーぉ!
何コレ!何コレ!?
筋肉?!何で出来てるの?熱い!!硬い! いかん!本当に変態。
これじゃ完全に痴女!
だけど、これ、面白ーい!
「―ッ!?ッ……なにやってんだよ……ッ!!」
夢中で弄んでいたら、先生がいきなり跳ね起きて、寝起き割に恐い眼であたしを睨んだ。
やばーいッ!!!絶体絶命のピンチ!!先生キレてる。
「いや、その……」
しどろもどろで言葉、基、言い訳を探しているあたしを押し退け、先生は大きな足音を立てながら浴室の方へ早足で去っていった。
「お前、マジで信じらんねえ」
冷ややかな眼差しに見下され、あたしは床に正座して目を合わせないように下を向いた。
目が合ったら石にされちゃうぞッ!
……んなこたぁない。
「……すみません、好奇心には勝てませんでした」
あたしは素直に白状して、三つ指をついて土下座した。
先生の溜息があたしの後頭部を押さえつける。
「悪気はなかったんですぅ、なんていうか、つい」
「ただの反射に悪気を持たれてたまるか」
「反射?」
あたしは顔を上げる。
「膀胱が膨れると脊髄にある神経を圧迫して、意志とは関係なく、ペニスが勃起状態になる。
大脳を通さない働きを生理学的に“反射”って言うんだよ」
半ば自棄な口調で先生は説明してくれた。
「……なんで、朝っぱらからこんな説明しなきゃならないんだ」
先生は呆れたように溜息を吐くと、肩をすくめた。
「へぇえー!そうなんですかぁ!さっすが、先生!学校の授業より面白い!」
あたしは思わず心の底から感心する。
ヒトの身体って面白い!
呆れた眼差しの先生越しに、壁に掛けられたあたしの制服を発見した。
「ああー!制服キレイ!」
あたしは思わず指を差して叫んだ。
「お手数おかけしました。心の果てから感謝します」
あたしは再び土下座する。
「“底から”にしろよ。遠すぎてあんまり感謝してないみたいだぞ」
先生はソファのうえに身体を投げ出し首を振った。
「……本当、振り回されてばかりだ」
先生は独り言を呟いて、苦笑した。
「水澤、罰だ。コンビニ行って、朝飯買ってこい。チョイスは任せる。なるべく多めにな。サラダ忘れんなよ。こっからでて右に行ったらすぐあるから」
先生はテーブルの隅に置いてあった黒のなめし革の財布から五千円札を抜き取るとあたしに渡した。
先生の機嫌が治るなら、パシリくらい、お茶の子だ。
「はぁーいっ!」
あたしはお金を受け取るとはりきって任務遂行に走った。
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