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ある娼婦の一生

作者:橘 あんこ
楽しんで頂けたら幸いです。

私の家は貧乏だった。家族は父と母、兄弟は三人。
一日のご飯も儘ならない日々。朝から晩まで、物心ついた時から働いていた。父や母との会話も、毎日が忙しくて必要な事以外無かったように思える。
そんな生活だったから、私が娼婦になるのは必然だったのかも知れない。私が10歳になる頃。父や母に借金のカタに売られた時も、兄弟達は当たり前のように私を見送っていた。
ただ木で囲っただけのお粗末な馬車で運ばれた私が考えていた事も、これで毎日ご飯がこれで食べれるかなぁぐらいだったのを覚えている。

私が売られる事に、一緒になって泣いてくれた幼馴染。その幼馴染と離れるのだけは辛かったが、ご飯を食べれない事はもっと辛かった。淡い思い出を作ろうにも、貧乏である事が何よりも障害だったように思える。

14になる頃にはもう娼婦として仕事をしていた。小さな部屋で一つの行為を繰り返し、繰り返し、毎日お客をとっていた。
私は見目が良いほうだった事が幸いし、常連のお客もついた。お客がついた事にホッとした。これで、借金を返すアテが出来ると。私が作った借金ではなかったが、返すのは私が生きる為には必要だった。家族の為に…、という情はなかったが、産んで10歳まで育ててもらった恩はある。硬いベッドの上で一日を過ごす事に何とか慣れていった。

処女を捨てた時と、避妊の為、苦い薬を飲まないといけないのは辛かったが、私が働いていた娼館は少しばかり敷居が高かったこともあり、娼婦への扱いも悪くなかった。綺麗な服を着る事も出来たし、部屋も一人一部屋使う事が使える。食事だって、毎日困る事がない。
借金の利子も正当なものでもあったし、真面目に働けば誰でも『普通』に戻れる。

親よりも年上なお客を相手にすれば、同情してお金をはずんでもらえ、若い男は嘘でも私に愛を囁く。

貧乏でご飯も儘ならなかった日々が、やっと人並みの生活を送れるようになったのだと感じた。


「こんな仕事を…君が何故…。すぐに、俺がここから出してやるから」

そう言ってその日私を買ったのは、微かに覚えていた幼馴染だった。そうか、幼馴染は『彼』だったのか…と性別さえも覚えていなかった。何となく話を合わせて、行為に及ぶ。『こんな』仕事と言いつつ私に、仕事をさせるらしい。…買ったのだから当たり前か。
体の大きな彼は、この国の傭兵として働いていると言う。国と国の戦争の為、人が集められているそうだ。そう言われれば、お客に新顔が増えた気がする。これは稼ぎ時だと思った。

いつもよりも上質な客が増え、店は戦争が始まるギリギリまでとても繁盛した。噂によれば、この国の有利な戦争だという事だ。それでも、犠牲は出る事には変わりない。男達は興奮を抑える為、または死ぬ前に経験しようと娼館を訪れた。
お金で買われ抱かれているだけのはずなのに、恋人を見送るような気分にもなってくる。時には泣き出すお客までいた。母という存在をあまり理解していなかったが、泣き出す客には、母になった様に抱きしめた。

ここに何人の男が戻ってくるのだろう?帰ってきたら、また私を買ってくれるだろうか?


戦争が終わり、幼馴染の彼は英雄になっていた。どうして英雄になったのかは、説明されても良く分からなかった。私には学がなかった。ただの娼婦には英雄の意味さえも分からない。
英雄になった彼は、約束と言うものを守る為、私に会いに来た。

「助けに来た。やっと君を、こんな仕事から救ってやれる」

戦争のさなか、借金を終わらせてしまった私は、目的もなく残っていた。もう、彼の言う『こんな』仕事はしなくても良かった。
…救うとは何だろう?そんな疑問を持つ事も、学がないからだろうか?

英雄になった彼は、私を金で買い抱いた後、英雄になった事ですぐには私をここから出してやれない事。英雄として、すぐに私とは結婚出来ないが、私を養えるという事を告げて帰っていった。

戦争の前に私を買った人達は、誰もここに顔を出さなかった。
『こんな』仕事をしていた私は、その日のうちに娼館を出た。

学がない私にも、『こんな』仕事をしていた私は、『英雄』様とは一緒に居られない事ぐらいは分かっていた。


人の流れに逆らうようにしてついた町で、私は酒場の接客としての仕事を見つけた。
比較的戦争の被害が少ないこの町は、治安も悪くなく女一人でも何とかなっていた。ありがたい事に、住む場所も酒場の上を間借りさせてもらっている。酒場のご夫婦には、私の前の仕事も告げたうえで受け入れてもらった。
娼婦を辞めた時、故郷へ戻ろうかとも考えたが、故郷と呼べるほども思い入れもなく断念した。きっと帰ったとしても、私の居場所などないだろう。

酒場での接客業は、初めてだったがとても楽しかった。男達の豪勢な笑い声や、冷やかしが聞こえるこの場所が、今の私の仕事場だ。
注文を取り、酒、料理を運ぶ。時頼、体への接触があるがその手を払いのけると言う、娼婦の時には考えられなかった事をする。これが『普通』なのかなと、『普通』である事を新鮮に感じていた。

そのうち、酒場にくる客の一人と仲良くなっていた。
店に来るたびに私に、花やお菓子お土産にもってくる。いつの間にか私は、その客が店に来るのを心待ちにしていた。
外で二人で会うようになり、町の色々な場所に連れて行ってもらった。

その客が領主の息子だと知った時に、結婚を申し込まれた。素直に嬉しいと思うと同時に、私は『普通』と言う現実が襲いかかる。私は『普通』であるという事に浸りきってしまっていた。偽りの『普通』だったと言うのに。

私は正直に領主の息子に、過去の『こんな』仕事の事を告げた。領主の息子は、過去など関係ないと愛を囁き結婚の話を進めていった。

だが、予想道理『こんな』仕事である娼婦だった私は、領主様には受け入れられなかった。
酷い言葉は投げかけられなかったが、大金が入った袋を置いて、この町から出ていく事を進められた。私は頷く事しか出来なかった。


国の戦争が終わったとはいえ、国内はまだまだ荒れていた。戦争が終わった直後のどさくさに紛れ、近くの町まで行けたあの時とは違い、女で一人の遠出はとても危険が伴うものとなっていた。旅先の用心棒として、一人の男を雇った。

前金を払おうとした時、男は私を見てこう言った。

「お前は娼婦だったんだってな。俺はお前を買う。だからこの旅での金はいらねぇ」

雇ったはずだったが、逆に買われてしまった。どこで私の話を聞いたのだろう?まぁそれでもこの先、お金は入用になるだろう。私は男の取引に応じた。

旅先でやっと良さそうな町を見つけた。海が近くて気候の良い所だ。私がこの場所まででいいと言えば、男は宿まで私を送っていき私と別れた。
あまりにもあっけなく男が去って行くので拍子抜けしたが、ここに住むと決めた以上仕事を探さなければいけない。

しかし女が一人、仕事を探そうにも、部屋を借りるにも保証人がいなければ中々見つからなかった。あの町を出る時、領主様にでも紹介状を書いてもらうべきだったと、今さらながら後悔した。

私が途方に暮れ、宿屋で食事をとっている時、別れたはずの男が話しかけてきた。

「明日、俺はお前を買う。お前は、宿屋から出る支度をしておいてくれ」

明日も明後日も、何も予定がない私は、男のいう事に従った。お金の余裕はまだあったが、知り合いもいないこの町で一人と言うのが心細かったのもある。旅先では毎日あった人肌が、今は恋しい。

次の日、町から少し離れた場所にある一つの部屋に連れられた。共同の貸し部屋らしい。その部屋に私を残し、男は言った。

「お前は俺が買ったんだ。この部屋で好きにしていい。俺が帰ってくるまで、待っていろ」

すぐに私を抱かないのか…少し残念な気分で、私は何もすることがない部屋を見渡す。物が何もない簡素な部屋。かろうじてベッドが一つあった。トイレと台所は共同の部屋。私は窓を開け、掃除を始めた。男に明日も買ってもらえるように。
帰ってきた男は、掃除がされた部屋を見ると少し驚き「ありがとう」と言った。掃除をしただけでお礼を言われるとは思ってなかった私は、恥ずかしくなって「いえ…」と小声で答える事しか出来なかった。そのまま二人でベッドに傾れこむと、いつもの様に肌を合わせる。

その日から、男との奇妙な生活が始まった。

私は男の専属の娼婦となっていた。仕事は見つからないし、住む場所さえもない私には、何とも贅沢な仕事だった。
家で男の帰りを待つ間に、部屋の掃除と食事を作る様になる。男は私に金を渡し、たまにどこからか買って来たのか、お菓子などのお土産を持って帰ってくる。私の誕生日にはお花が贈られるというおまけ付きだ。

する事をしていれば当たり前だが、お腹に男の子供が出来た。これ以上は娼婦として働くことが出来ない。一人で育てるにしても、少し用意に時間がかかる。

その事を男に告げれば…

「お前は俺が買ったんだ。お腹の子も俺のものだ。生まれるまで、大事にしていろ」

次の日には大量の子供用品を買って男は家に帰ってきた。こんなには使わないと言えば、男は私を優しく世話しながら

「お前は俺が買ったんだ。子供を一人しか生まないつもりか!」

と、怒り始めた。私はお腹の子供と共に男に買われ、生涯3人の子供を産む事になる。
男と私はこの街で夫婦となっていた。男が私を買ったという保証が欲しいという事だった。

私は男と夫婦になった時、笑いながら泣いていた。男もそんな私を見て「いい買い物をした」と言った。




「いいか、お前は俺が買ったんだ。俺が死んでも、誰にも売るんじゃないぞ」

私を買い続けた男は、死にかけのベッドの上でも私を買おうとする。男は私に『こんな』仕事とは一度も言った事はなかった。

「何言ってるんですか。もう…こんなおばあちゃんを、誰も買いませんよ」

私と繋いでいる手を、握り返してくる男と今日もいつもと同じ会話をする。

男が静かに目を瞑るまで、私は男の傍を離れなかった。







―ある娼婦の幸せな一生―





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