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ヒーローがいるのに平和な街の裏 十一
「それでは、そちらは任せた」
 徳永切裂は『上空に居る何か』に向かってそんなことを言っていたけど、今の僕にはそんなどうでもいいことに関わっている暇はなかった。
 目の前に広がるのは、復讐の対象だけ。
「……死ね」
 一言だけ呟くと、僕は首の部分から服の中へ手を突っ込み――ヒーロー夫人から貸して貰ったどんな物にも引っ付くガムテープとやらで五丁隠してある拳銃の内一つを右手に取った。ガムテープが引っ付いたままだけど、気にしない。
 深呼吸をして、依然立ち尽くした状態の徳永切裂へと銃口を向ける。焦るな。動揺するな。出来るだけ、殺意を抑えろ。しっかりと両手でグリップを握り、右の人差し指を引き金に持っていく。
「ほう、銃か。ならやはり、君は私を殺す権利を持ち過ぎと表現してもいい程、持っている。……だがしかし、今の私には君だけを相手にしている暇はないのだよ」
 ――僕は。
 この徳永切裂という男をどこかで舐めていたのだろう。ヒーロー夫人からもお墨付きをもらい、今まで散々特訓をしてきた。
 だから、僕はもう既に徳永切裂を殺せると思い込んでいた。
 だけど、それは愚かな杞憂に過ぎなかったと一瞬にして思わされる程――徳永切裂が纏った冷徹な殺意は僕の体を恐怖で包んだ。思わず、引き金に置いた人差し指が離れる。それどころか、銃を持つ手が震えてきた。気のせいかどうかわからないけど、汗が額から流れてきたように感じられる。
 駄目だ。
 この男は、駄目だ。
 復讐の対象とか。
 殺さなければとか。
 そんな次元じゃない。
 何だ……この、世の中全てに見切りをつけて、それでもその上僕の目の前で佇んでいるような、この憎むべき連続殺人犯は。
 徳永切裂は。
 間違いなく、関わってはいけない人物だ。
「う……うわああっ!」
 だけど、だからと言って何もしない訳にはいかない。
 堪らずに、僕は渾身の力を込めて無理矢理引き金を引いた。狙いも何もない、粗い銃弾だったけど、奇跡か偶然か――徳永切裂へと向かったのが一瞬だけ見えた。
 そう、一瞬だけ。一瞬だけしか見えていない。放たれた銃弾なんて有り得ない速さの物を、普通の人間が判別出来る筈がない。
 普通の人間なら、だ。
「…………」
 徳永切裂は、僕が引き金を引くのとほぼ同時に、青いジーパンの上にベルトで固定してある――刀――を、鞘をそのままにして右手でスラリと抜いた。
 抜いて、その刀身を消した。
 消えたじゃなくて、消した。
 それを見た時、僕は何が起こったのかわからなかった。僕が撃った銃弾の行方も、徳永切裂が一体全体何をしたのかも。
「……え?」
 突然だった。
 徳永切裂の元に刀が戻った時、突然、『パァン』という乾いた音が公園に響いた。
 僕はその音が――徳永切裂が何をしたのかという答えに結び付く音が――信じられなかった。
 僕が撃った銃弾が、徳永切裂の体に傷を付けていなかった。
「何……だよ……それ……」
 徳永切裂は、涼んだ顔で軽く、銃弾を弾き返した。
 どこのモドラド少女のストーカーだよ。
 そんなろくでもない感想を、嫌が応にも抱かされる。
「それでおしまいか?」
 呆然として立ち尽くす僕に、徳永切裂はそう尋ねた。
「……そんな訳、ないだろ」
 それでおしまいか?
 そんなことをお前なんかに言われるまでもない。思い出した。徳永切裂は、あの同僚――田中雄二と同等の力を持っていたんだった。昔から全く歯が立たなかった、あの同僚と同等の力を、徳永切裂は持っている。
 僕は、覚悟は決めた筈だろう?
 だったらもうなりふり構っていられない。
「徳永切裂……頼むから、僕の前から消えてくれ。存在を消してくれ。そこに居たという痕跡を消してくれ。頼むから……僕に殺させてくれ」
 僕はこう呟くと、左手を服の中にもう一度突っ込んだ。二丁目の拳銃を、徳永切裂に向けて構える。
 二丁拳銃。
 僕が徳永切裂に対抗する為に考えた、射撃の手数を増やす苦肉の策。
 欠点は――ヒーロー夫人や高梨君と共にやった射撃訓練が、全く意味を成さなくなること。当然といえば当然だ。両手で構えられない分、撃った後の衝撃は一丁の時のそれと比べようがない程激しくなる。自然、照準だってぶれる。
 しかし、徳永切裂は単調な銃弾を回避することが出来る。だったらもう狙いだとか照準だとか、そんな次元の話を四の五の言ってる場合じゃない。
 手数を増やして、翻弄させるしかない。
 だから、苦肉の策。
「二丁……か。面白いが、だからと言って私を追い詰められるとは限らないぞ」
「うるさい黙れ」
 二発、徳永切裂に向けて撃った。何も考えずに撃った銃弾は、吸い込まれるように徳永切裂へ向かう筈……だった。
「その言葉、そっくりそのまま返すことにしよう。言っただろう? 生憎私には、これ以上君の自己満足に付き合っている暇はないんだ」
 今度は、徳永切裂の右腕ごと刀身が消えた。パァンと二回聞こえたその音は、僕に絶望を与えるには充分なものだった。
 何だよ、これ。
 銃を撃っても平然としてる奴を、僕はどうやったら殺すことが出来るんだ?
 しかし、徳永切裂は僕にこの疑問を解消させる時間を与えてはくれなかった。立ち尽くしていた徳永切裂が、フラリと動き出す。
 そして、走り出した。
「な……待て!」
「待たない」
 僕は両手に握られている銃をもう一度構えて、僕に近づいてくる徳永切裂を撃ち抜こうとする。だけど、徳永切裂の右腕が消えたと思った瞬間、僕は自分の反射神経と勘を全開にして、体を回避の状態に移した。
「……ッ!」
 何故かはわからないけど僕の危機感が全力で避けろという。横に倒れると、近くから風が通る音がした。何の音だと思った瞬間、突然後ろから大きな音がする。
 そこには、家があった。
 二階建ての一軒家が……あった筈だ。
 あった筈なのに、それが一瞬にして木片の残骸と化した。
「あそこではない、か。まあいい。まだ時間はある」
 徳永切裂はいつの間にか僕の横を走り去り、車道に出ていた。そして、右腕と繋がる刀を消しまくり、その時間が長いと思えば思う程、右と左に連なっている一軒家が崩れていった。
「何だよ……何なんだよお前は!」
 僕は、叫びながら立ち上がり、徳永切裂の背中を全力で追った。体が重い。そういえば僕の体には残り三丁拳銃が張り付いている。何馬鹿なことをやってるんだ、僕は。二丁でも駄目なんだ。だったら控えなんて持っていても邪魔になるだけだろう。
 三丁。体から思いっ切り引きはがすと、僕はそれらを公園に投げ捨てた。


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