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光あふれて死ねばいいのに 作者:ポーン
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2/10

■■■第ニ話■■■

 ナナエは求めているんだ。
 いつも何か、大きな事件を待ち望んでいる。驚きに出会うとナナエは、とても瑞々しい気持ちになれる。幸せになれる。
 そもそもナナエは、だいたいいつも幸せになれている。なぜかと言うと、事件はナナエの内側から生み出せるからだ。それは時によって違う形をしていて、ある時は偉そうにしてる奴を破滅に追い込むいたずらだったり、またある時は音楽だったりする。溢れ出す音楽はナナエの頭の中で反響して、どこかで吐き出さないと頭がおかしくなる。
 でもそもそもの発想の火を灯すには、素材が必要だ。どこからか、ナナエの外から光るものを仕入れて来なければならない。月も星も太陽もきれいだけど広い宇宙でバラバラに遠くて、衝突を起こすには密度を高めなければならないのだ。

 そんなナナエは流れ星と出会った。
 炎と破片を撒き散らしながら星は空を裂いて落ちてきて、退屈もろともたくさんのものを吹き飛ばした。

 ある日ナナエはさらわれた。
 学校の帰り道で突然、男四人に囲まれた。年上の、大学生くらいのチンピラっぽいやつらだ。そいつらは何も言わずにナナエに近づいて無遠慮に体を拘束してきた。ナナエは叫ぶ間もなく猿ぐつわを噛まされた。
「せーのっ」
 そいつらは息を合わせてナナエを持ち上げて、そばにあったワゴンにぶち込んだ。ナナエがなんだなんだと思ってるうちに男たちもワゴンに乗り込み、バタンとドアが閉まって車が発進する。
 はあ!? と思った。突然の、なんだよこれは。
 だけどさっき言った流れ星というのは、別にこの誘拐のことではない。この男たちも違う。こいつらはきっかけに過ぎない。
 車内は小さなクラブみたいになっていた。黒いカーテンに閉じ込められたスペースのあちこちで、カラフルなライトが光っている。ハウスミュージックがドウドウ響いてて、後ろを見るとポリタンクくらいのスピーカーが二つ、トランクを左右に占領していた。あー好きだなこの音楽。お腹に響いて気持ちいい。
「やった」
「すげー本物の7eだ!」
 ああやっぱりか。こいつらもナナエが好きなんだな。テレビでナナエを知って頭がやられればこのくらいはしてもおかしくないなって思った。ナナエは真ん中に座らされて、左隣の男が「うおおおおおっ! 7eええええええ!」と興奮して足を撫でてくる。触んな、と言いたいけど声が出せない。猿ぐつわと手足のタイラップで、完全に動けなくされていた。
「よおナナエ」
 右隣にいたのはナナエの知った顔だった。
「お前もう帰れねーの決定だからな。可哀想に」
 初回無料だ。ナナエの顔をばちんと叩いてきた。何してくれてんだこいつ。
「浜口、顔殴ってんじゃねえよ。かわいくなくなるだろ」
 ナナエの足を上げて膝裏を舐め回していた左が言った。
 初回無料は高校生だが、他の連中は大学生くらいだ。初回無料の先輩か。
「でもこいつ許せないんですよ」
「てか浜口てめ何逆らってんの。かわいくなくなるって言ってんだろ。俺らの楽しみ奪うなよ。あとで好きにさせてやっからおとなしくしてろよ」
「はい……すんません」
 怒られてやんの。初回無料の雑魚っぷりがよく分かる。
 ナナエの気分は悪くなかった。未知のシチュエーションが楽しい。この後どうなってしまうのか、酷い目に遭ってしまうのかも知れないけど、そんなことは知らない。
「何笑ってんだよ。てめえはこれから犯されるんだよ」
 猿ぐつわをされてもナナエの目が笑っていたのだろう、初回無料がナナエの髪を掴んできた。けどまた妖怪足舐めにまたどやされてしぶしぶ離す。
 車は大通りを外れて坂道に入った。

 妖怪足舐めがナナエの顔にナイフを近づけて「降りて」と言った。刃にギザギザのついたスティール。これで刺されたらナナエは血を吹くだろう。試してみても良かったけどそうするとナナエのハッピーライフが終わってしまうので従った。これからハッピーじゃなくなるのかも知れないけど、今のナナエには関係ないことだ。
 外は山の中だった。色あせたトタンの建物があり、草がぼうぼうに生い茂る中に、タイヤやら錆びた脚立やらが打ち捨てられている。工場だろうか、誰も使ってなさそう。お日様ぽかぽか柔らかくて、風が吹く中に鳥がチュンチュン鳴いていて、これから、まあたぶんレイプされるんだろうとは思えないくらい爽やかだ。だが男たちは完全にやる気のようだった。足舐めがナナエを工場の中に引っ張り、別のやつが尻を触ってきた。ぶっ殺したいにゃん。
 にゃんにゃん。
 金属と土埃の匂い。中はがらんどうだった。破れたトタンから日が差して、壁際に集められたハシゴとかひん曲がった金属棒とかのがらくたを照らしている。壁に張り巡らされたダクトとパイプ。連番のついた太い柱。安全第一の垂れ幕。こんなずっといたら頭がおかしくなってしまいそうな場所にもかつて、わっせわっせと働いていた人がいたんだなあ。
 そこでようやくナナエの猿ぐつわが外される。っはー。
 男たちに文句を言う間もなく、ナナエは奥の部屋に転がされた。ポリビニールのベッドに沈む。綿みたいな資材がたっぷり入っていて柔らかい。仰向けになったナナエは、5メートルくらい上空を覆う天井を見る。破れた屋根の隙間から見える空は、こんな状況でも澄み渡っていてきれいで笑う。ナナエは今から犯される。
 凄絶のフラット。みんなが後生大事にしているものがナナエにはどうでもいいんだ。
 拘束が解かれ、その代わりに二人がかりで押さえつけられる。片方は初回無料で、「お前が悪いんだからな。俺だって本当はこんなこと」とかなんとか言ってる。なんだ楽しくてやってるんじゃないのか。他の三人は楽しそうだ。
 ああ、ああ。
 ここに至ってナナエはようやく事態を理解した。それをナナエがどのように迎えればいいのかも。ねえナナエ、準備はいい? もっちろん。

 滅茶苦茶にしてあげようね。

 そして宴が始まった。
 カシャカシャと電話で写真を撮る音がした。ハメ撮りかよ。けど撮っていたのは初回無料でも、仲間の男たちでもなかった。もちろんナナエでもない。女子が一人、工場の入り口に立っていた。ナナエと同じ制服。ナナエと同じ女子高生。写真を撮っている電話が邪魔で顔は見えない。こいつも参加者かな。犯しに来たのか犯されに来たのか。けど「誰だてめえ。何しに来たんだ」と足舐めが言ったのでどちらも違うみたいだ。彼女がそこにいたことに、写真の音がするまで誰も気づいていなかった。
「誰だてめえつってんだろぉ?」
 男の一人が女子の方へ。女子は電話を足元にコトリと置く。首元までの黒髪がしゃらりと揺れる。男が掴みかかるまで時間はいくらもなかったのに、その所作はゆっくりに見えた。電話を足元に置いた理由が、ナナエには分かった。これから暴れるから。だけど後で拾って帰るから。
 その後の一部始終は、ナナエの眼を惹きつけて離さなかった。
 男が女子を掴もうと手を伸ばす。筋肉質。女子はそれを避けるでもなく防ぐでもなく、左手の一振りで軽く弾く。大根よりもごんぶとな腕を、蝿でも払うようにそらしてしまった。「いッで!?」大げさにうめく男。理由は女子の左手にあったスパナだった。そりゃ痛いわ。女子はスパナを右手に持ち替えて、怯んだ男の顔に左拳右スパナをワンツーと叩きつける。さらに鳩尾に膝蹴り、男はよろめく、女子はナナエたちのいる方に向かってくる、男が倒れる。
 彼女はひらひらと手を振った。
「助けに来たよー」
「おい囲むぞ」
 殺陣は加速する。やわらかい微笑みの裏にどっしりと据わっている自信の表情、美人だ、他の男三人(初回無料、足舐め、あとなんだ……太郎でいいや……太郎)がナナエから離れて美人を囲もうとする、同時に、そして急に美人は前に出ていて初回無料一人に近づく、顔を殴る、初回無料怯む、太郎が美人を殴る、屈んで避けられる、足舐めが掴もうとする、柱を盾にしてかわされる、美人はするりするりと逃げ回りながら初回無料が入ってきたら唐突にそちらを殴る、蹴る、踏んづけて泡を吹かせる、もう残り二人、いつの間にか美人の手からスパナが消えている、床に転がっていた鉄棒を足舐めが拾う、スパナは上空で回っている、美人は太郎の懐に入っていて背負投げ、地面に打ち付けてまた踏む、足舐めが鉄棒で殴りかかるヤバイ、その脳天にスパナが落ちる、足舐めがぶっ倒れた、男たちは全員ダウンしたお前らなんだったの、美人はさきほど置いた電話を悠々と拾うあなたはだあれ。
 なんだこれ?
 え、何? 冗談みたいに景色が塗り替えられた。これから始めてやるはずだった地獄が、ナナエの中に灯っていたものがどさくさで吹き消された。なんでこうなったの? なんでこんなことが出来るの? すごいすごい! まるで流れ星。ナナエはもう流れ星から目が離せなかった。
「こんにちは、織原七重」
「あんた誰?」
 流れ星は答えた。

「黒野宇多」

 黒野宇多が歩いてくる。ナナエの中で無数の鳥が飛び立った。バドワイザーを飲み干して。オーラを感じた。細すぎも太すぎもしないフォルム。ゆるく内にカーブしているミディアムショート。制服のシャツをボタン一つはだけて小さなネックレス。少し着崩してるだけなのにその事実がとても印象に残る。控えめな微笑みは無表情ではなく、たくさんの感情を同時に発してバランスさせてるみたいだった。ぱっと見特徴らしい特徴は無いのに、どういう訳か特別であることは疑いようもなかった。
 そう、特別。
「わああああ黒野宇多!」
 これ知ってる。これ見たことある。これナナエが大好きなやつだ!
 ナナエはもう慌てて起き上がって、ナナエが求めてやまなかったものが形になりましたみたいな女の子に走り寄る。うおおおお逃さんぞ、うおおおおナナエは抱きつくぞ!
「ダメだよ」
 ばちんと世界がフラッシュして、一瞬で黒野宇多がぎゅーんと遠ざかった。ちがう、ナナエが遠ざけられたのだ。顔を引っ叩かれた。ナナエはまたも倒されて資材袋のクッションにボフリと受け止められる。
「ダメじゃない!」
 ナナエはもう一度起き上がって抱きつこうとする、また引っ叩かれてクッションに倒れる。
 何すんだ。
「ナナエが大好きしてやろうとしてんのに何考えてんの!?」
「私はね、この間抜けたちをお前から助けに来たんだよ」
 何言ってんだ黒野宇多。
「助けるならナナエでしょ? ナナエは被害者だよ」
 こいつは理不尽ちゃんなのかな? 理不尽ちゃんはつらつら言う。
「被害者じゃないんだよ。違うんだよ。アンタが自分でしでかしたことなんだから。自覚はあるんでしょ織原七重、自分がどれだけ他人を動かせるのか。可哀想なのはこいつらだよ。アイドルを拉致して強姦なんかして、そんなことしたら後でどう始末をつける羽目になるのか、捕まりたくなかったらお前を殺して口を封じるまで突っ走るしかなくなるのに、それが出来るほどのノウハウも根性も無いくせに、哀れこの四人は欲望が止められなくて、浜口くんに至っては復讐心にも取り憑かれて、未来を全部ブン投げてお前を攫うまで追い詰められたんだよ。もちろん、そうは言ってもこいつらは加害者だ。でも加害者にならされたこいつらは可哀想なんだ。こいつらは加害者だ、でもお前は被害者じゃない」
「分かってるよ。知ってるよ。でも、それでもナナエは被害者なんだよ。だってナナエ――」
 自分を語ることになって、ナナエの中で何かが震え出す。たまご。お皿の上でガタガタ跳ねて、中から飛び出そうとしている。
「退屈が憎たらしいんだよ」
「そうだね」
 黒野宇多は、ポケットから何かを取り出した。小さな黒い棒を、ナナエに近づけてきた。ああ――

 ここでストップ。

 ナナエはこの時の、これ以降の記憶がない。黒野宇多に寝かされちゃったらしい。
 気がついたら駅のトイレに座っていた。
「あれ?」
 意識が曖昧。心の中から何かが抜け落ちている。あれだ、たまごだ。たまごはどこに行った?
 ふらふらと出て洗面台の前に立つ。
「……あー」
 ナナエはナナエの顔を見て、ひどく落ち込むことになった。なんだよ黒野宇多。なんでこんなことするんだよー。意味わかんないよ。
 いや、意味はわかる。わかる、わかるけど、
「こんな風にナナエを否定することないじゃんか!」
 洗っても落ちない。石鹸をつけてゴシゴシするけどだめ。あーもう。

 ナナエの顔には、油性インキで大きなバッテンが書かれていた。ぐあー!



 ナナエは電車で家に帰る。人生で稀に見るほどしょんぼりしていた。
 視線を感じるのはいつも通り。けど今はその意味が違う。あー腹立つ腹立つ! よりによってこんな刻印。「ナナエ、ダメー!」って意味の刻印。これがあると思うせいで、どうにも何も思いつかない。ナナエの中の魔法が閉じ込められている。幸せが湧いてこない。
 ナナエは学校をしばらく休んだ。
 ピロリラレロリラピロリラレロリラ。親友のリサから電話が何度も来たけど、ナナエは無視した。出たくないんだ一回で察しろボケ。
+注意+
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