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光あふれて死ねばいいのに 作者:ポーン
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■■■第一話■■■

<織原七重>

 パパとママには愛されてるけど、だから何って思う。
 愛のことを考える。愛は、あたたかい。やさしい。安心できるし、結構うれしい。たまに窮屈だけど、とても居心地がよい。愛はナナエを包んでくれる。それは素晴らしいものだ。
 だけど、すごいと思ったことは一度もなかった。
 あの二人は優しかった。愛してるって何度も言われた。ああそうですかそうですか。いつまで繰り返してるんだよ。どれだけ繰り返されてきたんだよ。病人のための言葉だと思う。だから違いますよ。それはナナエの欲しいものじゃありませんよ。

 安心して帰れる家があるのは、愛のなせるみわざだ。ナナエをここまで育てるのに、どれだけの慈しみがかけられてきたのだろう。
 ナナエを愛してくれてありがとう。本当にありがとう。
 でもナナエのことを思ってナナエの思いと違うことをされると、死ねばいいのになって思う。



 高校になってから、好きだ好きだ言われることが多くなった。ほとんどは男子から、たまには女子からもだ。
 うれしいよね。恋だよ恋。ラヴ。奴らにとってナナエはすべて。ナナエの存在に、容姿に、喋る言葉のひとつひとつに奴らは恋焦がれる。宝石みたいにナナエを見る。ナナエは愉快になっちゃって、気の向くままに奴らで遊ぶ。
 一番可哀想だったのはヤンキーの浜口かな。今では浜口じゃなくって初回無料って呼んでるけど。
 きっかけは夏休み明けの始業式の日だ。ナナエはなんでこんな天気のいい日にってぼやきながら制服を着て家を出るには出た。けど式に混ざっても校長やら教頭やらが変わるがわる壇上に繰り出して地獄のようにつまらん話をするのは分かりきっていたので、そんなのは御免被ると思って学校には行かず川べりをとっとこ散歩してたら、後ろの方から原付でドッタラタドッタラタ近づいてきて乗ってけよって言ってきたのが同学年の浜口だ。ちまっこいけどまあいいや、そんじゃいっちょかっ飛ばしてちょうだいって後ろに乗っかったけど浜口は芋虫みたいにノロっちく走らせやがるから、ナナエが遅えよスピード上げろよちょっと曲がるだけでブレーキかけんなって浜口を焚き付けて、時速が60kmまで出てきたこれ以上は改造しないと無理ってなったところで浜口が向かい風の中で声を張り上げた、俺の女になったらもっと速いの見せてやるよ! とか言ってもううすら寒いのなんのって。
 ナナエはそれで嬉しいわけがなく、驚いたよりもこいつは初回無料で後から課金してくるセコい奴だなって呆れて浜口のことは初回無料って呼ぶことにした。初回無料はそれでナナエとの関係が進んだと勘違いした。ナナエが初回無料って呼ぶと初回無料は嬉しそうに怒るんだけどナナエにはそれがくっそウザくて、こいつはマジでどうでもいい奴だなって思って飯とか服を奢らせてみたら初回無料は馬鹿みたいに言うこと聞いて、金がなくなったら弱そうなやつを見繕ってカツアゲしてくるようになった。
 哀れだよね。

 ナナエが貧乏って訳でもないのに、遊ぶ金を出しただけで初回無料は調子に乗った。こともあろうにナナエとホテルに入ろうとしやがって、入り口の前でナナエが手を振りほどいて「いやお前と寝るとかぜってー無いから」って言ってやったら初回無料、半笑いでキレてんの。これだけ尽くしてんのにそりゃねえだろとか言って。ナナエはあーこいつ分かってないんだな、全っ然分かってないんだなってことが分かったので、初回無料の目をしっかり見てこう言ったよ。
「ごめーんね。初回無料はナナエが欲しくてたまらないんだろうけど、ナナエは初回無料のことがどうでもいいの。ナナエはもう、お前に使う時間がもったいなくなったの。ナナエにはやりたいことがいっぱいあるの。行きたいところもいっぱいあるの。でもその横にお前はいて欲しくないの。お前は要らないの。お前が俺の女になれとか調子ぶっこいてきたあの時から分かってたんだけど、お前は存在が、魂が雑魚だからナナエはお前と話すのが煩わしいの。ナナエとお前のたった一つの絆はカネだったんだけど、そんな絆すらぶっ千切るほど、他人の評価にビクビクしっぱなしのお前の雑魚雑魚しい魂とコミュニケーションを取るのがナナエには耐えられなくなったの。だから必死に構われたがってるお前にナナエは聞きたいんだけど、ナナエが我慢してお前と会話してやる理由がどこにあると思ってんの?」
 ズバーン!
 初回無料が今まで目をそらしてきた、一番見たくなかったことをド直球ぶちかましてみたら、さすがにその後は面白いことになったよ。
 始めは魂が抜けたようなぽかんとした顔。次第にヤカンみたいにがたがた震えはじめて、お次は真っ赤に染め上がる。最後に否定しきれなくなった現実が奴の限界を越えて、初回無料が般若の顔で絶叫したところまで見届けたところで、ナナエは「あ、音楽だ」って思った。感情が高ぶって爆発するまでに、どんな人間も通過する抑揚とリズムのお手本をナナエは見た。
「何だよオオオォォォ!」
 なんだよ。ってこっちが聞きたいよ。
「お前、なんだよ、おま、おまえ、ふざけんな頭おかしいのかああ!?」
 ほんと何言ってんだ。何も言えてない。頭がおかしくなってるのは自分なのに、そんなことにも気づかない初回無料はナナエに掴みかかってくる。痛いしこのままだとタダじゃ済まなさそうなんだけど、こんなときナナエの口からは「許して」みたいな言葉は絶対に出てこないんだよね。初回無料の醜態が面白くってしょうがなくて、ナナエの口からは罵倒が溢れて止まらない!
「はー。あーあ。あーあーあ。思い通りにいかなかったらすぐ暴力。お決まりの雑魚ムーブだよね初回無料。ナナエのこと殴ればナナエが言うこと聞くとでも思ってんの? 無理ー! 全然怖くないし全然ときめかない。お前自分が今どんな顔してると思う? 目の下と口の横がビクビク震えててすげー気持ち悪い! だからお前は初回無料なんだよ。だからお前は雑魚なんだよ。あーナナエ、初回無料みたいな存在に生まれなくってほんと良かった! ナナエはナナエに生まれて超ラッキーだったけどお前はナナエを絶対に手に入れられなくて最悪だね! かわいそう! ねーそろそろ関わり合いになりたくないんだけど離してくんない? お前のクソキモい顔をこれ以上見ていたくないんだよ!」
「てめええ!」
 ああ殴られるな。可憐なナナエは言葉でしか殴れんくて残念だ。
 ところが、とうとうプッツンした初回無料が振りかぶったその拳はナナエに届かなかった。突然闖入してきた第三者がナナエを守ったのだ。初回無料のグーが、そいつのパーにパシリと受け止められる。
「やめろやめろ」
 割り込んできたのは、ウチの学校の男子生徒らしかった。眼鏡をかけている上に、初回無料と同じ制服をキチッと着ててなんだかマジメそうだ。
 誰? とも思うがナナエは初回無料を貶すのに夢中だ。
「だっさ! 雑魚は暴力も雑魚だったね。ダイジョーブ? その恥ずかしさでまだ生きてられる?」
 初回無料は暴れたくても、眼鏡に抑えられて暴れられない。
「邪魔すんな誰だよてめえ!?」
「落ち着けよ」
 と言われてぐっつぐつに茹で上がった初回無料が落ち着くはずがない。「うっせ死ね!」と眼鏡に殴りかかる。眼鏡の拳が先に初回無料の顔にぶち当たる。
 初回無料と眼鏡が路上でおっぱじめたので、ナナエも興奮してしまう。道の端に転がってた石を拾って、眼鏡と揉み合ってる初回無料の後頭部に振り下ろしたらゴッ! といい音がして初回無料は地面に崩れてしまった。
「やった!」
「やり過ぎですよ織原さん!」
 眼鏡がなんか言ってくるけど知らない。
「雑魚! あ雑魚! あ雑魚雑魚雑魚! ほい! あほい! あほいほいほい!」
 ナナエは初回無料の腹をタイミング良く踏みつけるので忙しい。初回無料は白目を向いてゲロを吐いた。うれしい!
「うわきったなー! あはははははは!」
「人だかりが出来てますよ、ここは退散しましょう!」
「ちょっと御覧なさいよ初回無料泣いてるうー! あはははは!」
 眼鏡に手を引かれる。ナナエは爆笑で引きつってて抵抗できずこの場所から引き離されてしまった。なんだよ勝手なことしやがって。まだ踏み足りないのに。

 眼鏡はナナエをレンガの壁の喫茶店に連れ込む。初回無料を懲らしめるのを手伝ってくれたし、いいよ一席付き合ってやろう。眼鏡は名乗った。
「俺は瀬名って言います。四組の瀬名朋来です」
 瀬名ほうらい……覚えらんない。眼鏡でいいや。モンブランとコーヒーを注文してから、ナナエはとりあえず核心を突いてみた。
「なんだお前。お前もナナエが好きなの?」
 とりあえず核心。知らない男がナナエに声をかけてきたら大抵それだ。他のわけがあっても、ナナエの魅力にほだされた気持ちがすぐに取って代わる。だから、ラブホの前でナナエを助けた理由なんて聞かない。そんなもの決まってるからだ。
 眼鏡はナナエの目を見て答えた。緊張を隠してる。肝据わってるフリしてる。頑張ってるな―。
「はい。気持ち悪く思うかも知れませんが、後をつけてました。浜口が織原さんに執着して何をやらかすか分かったもんじゃなかったので」
「ストーカーかよほんと気っ持ちワル! でも助けてくれたね。よし頭出せ。ほら頭。ナナエからのご褒美だとっとけ。いーこいーこ、よくやった。けど出て来るの遅えよお前! お陰で初回無料に殴られそうになったよ」
 罵声を浴びせてから、頭を撫でてやって、また罵声を浴びせてテーブルの下で脛をガスッと蹴ってやった。混乱してるけど何だかんだで嬉しそう。気持ち悪いやつだ。死ねばいいのに。楽しい。
 スプーンをモンブランのペーストに突っ込みながらナナエは聞く。
「ほんで眼鏡。お前は何してくれんの?」
「何、ですか。あー」
「そうだよお前は何が出来るんだよ。こんにちはストーカーですってナナエにわざわざ言ってきたんだ、ナナエに気があるんだろ。ナナエのそばにいたいんだろ。考えてやっからお前の出来ることを教えろ。つまんなかったらさよーなら」
 モンブランうまい。舌に絡みつくクリームの甘さがナナエの機嫌を良くする。
 眼鏡はナナエのモンブランに目を落としていた。食べたいのか? あげないよ。ナナエが面接を始めたらこいつは黙り込んでしまった。あーとろいなー。これ食ったら帰ろうかな。と思ってたら眼鏡は口を開いた。
「今回みたいに危険な人間から織原さんを守りたいです。そのために織原さんのそばにいたい」
「5点。それじゃ初回無料と大して変わらん。つまんない人間にひっつかれるとナナエ苛々するんだよ。今もだんだん帰りたくなってるよ。何かあるなら今のうちに出しな。あー早くしないと地球が壊れるよ」
――ピロリラレロリラピロリラレロリラ
 ナナエがモンブランを食べ終わったところで、ナナエに電話がかかってきた。
「ナナエさん今どこにいるんです? 収録遅れちゃいますよ!」
 マネージャーの新屋からだった。そういや今日は新曲の収録があるんだっけ。忘れてた。
「時間切れー。不合格」
 新屋がガーガーうるさいので、ナナエは喫茶店を出ることにした。勘定はもちろん眼鏡持ちだ。ナナエに響くものを何も提出できなかった眼鏡が追いすがろうとしてきたので、ついてくんなと釘を差しておく。
 ナナエはきらめくものを求めている。頭がおかしくなってしまうくらいのきらめきを。それはナナエにとって何よりも大事なことだ。

 とても大事なことなんだ。

<織原七重について>

「雨のように腐ってく。城のように朽ちていく。何も掴めなくて分からなくて、指輪みたいに沈んでく。どこまでも逃げて戻らない。暗い森深く帰らない。ぬくもりに言い渡すさようなら、心地よいみじめに口まで浸かる。眠たいよ。眠たいよ。もう夜が明けませんように。死にたいよ。死にたいよ。手首から砂になっていく」
 織原七重は特殊な女子高生だ。アイドルをやっている。去年の夏に大手レーベルが開催したオーディションに彼女は現れた。才能を仕分けている体で出来レースを進行していた審査員たちの予定を捻じ曲げて、最終選考のスポットを軽々と引き寄せた。天才の群れの中にあってなお図抜けた華を備える彼女は、まるで一粒の宝石のように輝いていた。

 『7e』と書いてナナエと読む。

 彼女の顔は日本中のディスプレイに引き延ばされ、その美声を轟かせている。
「約束は果たせない。裏切りが見えてるから。孤独でもいられない。震えが止まらないから。くたびれた気持ちを大好きで薄めて、ゆっくりと心を鈍らせていく。草原の小屋に住んでなかった。遠い日に約束もしなかった。喜びの日々なんて作り話で、涙もこぼせずに耐えている」
 歌詞だけが暗い。その音色と彼女の所作は花みたいに明るいのに、陰のあるメッセージとのギャップに聴き手は真実を感じる。社会の表面を覆う笑顔と内実の不協和。その歌声は聴き手を涅槃に導き、新しい感情を呼び起こして涙させた。

 織原七重は刺激を食べる獣だ。「面白いこと」を貪欲に求め、何か見つければすぐに飛びつく。そうしなければ飢えて死ぬかのように。
 ここ一年であっと言う間にトップアイドルの座に躍り出たその過程は七重の飢餓を最高に充足させた。彼女は自分を取り巻く世界の加速に身を預けた。プロデューサーとの打ち合わせから大舞台での躍動まで、すべての景色が心地よかった。
 しかしその充足も長くは保たなかった。物珍しかった景色もすぐに日常になり、繰り返される業務になる。彼女はまた飢える。新しい何かが必要になる。退屈は彼女の天敵だ。
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