33 決戦
飛龍基地を破壊した事で制空権を確保した日本帝国軍は、本格的な進軍を開始。
陸上部隊は勿論、ヘリや航空機といった航空部隊も積極的に活用して瞬く間にメディア王国領土を占領して行った。
今までの辺境と違い、街や都市にはそれなりの規模の警備部隊や駐留軍がいたが、攻撃ヘリによるミサイルやロケット攻撃、機銃掃射によって壊滅的な被害を受け、陸上部隊の到着によって戦意を喪失して降伏する。
あまりにも戦力差が開き過ぎて戦闘らしい戦闘は一切無く、日本帝国軍による一方的な虐殺だったために捕虜は勿論の事、それを見ていた住民達も恐怖した。
しかし、日本帝国お得意の配給や慈悲深い演説などによって、住民の信頼を勝ち取った。
流石に辺境の村と違い、都市に住む住民達は感動にうち震えるなどはしないが、パンゲア世界では当たり前な略奪や強姦を一切行わなかった事を高く評価し、積極的とまではいかないが日本帝国の支配を受け入れ、協力する事を誓った。
しかし、貴族や富裕層などの特権階級は日本帝国の支配に反発したため、全員捕縛し、即座に処刑された。
処刑前に貴族達は「私を生かしておいた方が利益になる」などの必死な助命嘆願をしたが、全てを1から作り変えるつもりである日本帝国にとっては、貴族など特権階級は邪魔でしかない。
中には「私がいれば王国との交渉を優位に進められる」などと自信満々に言う上級貴族もいたが、そもそも日本帝国はメディア王国と交渉をするつもりなど無いので意味が無い。
まさか自分が処刑されるなどと思いもしなかった男は、処刑直前に「私を誰だと思っている!? 侯爵家当主だぞっ!!」などと喚いていたが、あえなく処刑された。
反発した本人は勿論の事、その家族や親戚、使用人なども全員連座で処刑された。優しいだけでは付け上がり、必ず侮られるという事を日本帝国は知っているからだ。
こうして、次々と日本帝国は占領地を拡大していった。
全ての部隊を機械化している日本帝国軍の進軍速度はパンゲア世界の常識では考えられない早さで、メディア王国が援軍を出そうと準備をしている最中に派遣先の基地が落とされるなど、そのあまりの早さに司令部はパニック状態になっていた。
このまま各個撃破され続け、王都まで進軍されるのではと恐怖した司令部は、日本帝国軍の進軍経路のかなり先の基地に大部隊を派遣し、日本帝国軍を迎え打つ作戦を採ったのだった。
上空どころか、宇宙空間からさえも監視をしている日本帝国は、メディア連合軍が大規模な攻勢準備をしている事に即座に気付いた。そして、絶好のチャンスだと判断した。
これまで日本帝国軍は順調過ぎる程に占領地を拡大していたが、ある大きな問題があった。その問題とは……リディア王国に日本帝国の力を見せ付けられていない事だ。
軍事的に見ればメディア王国軍からの大した抵抗も無く(日本帝国基準)、占領地の住民も積極的に協力してくれているので文句は無いのだが、政治的に見ればあまり好ましくない。
何故ならこの戦争の開戦理由の1つは、日本帝国の力をリディア王国に見せ付けるためだからだ。リディア王国側からしても国内貴族の牽制のためや、日本帝国の軍事力を見定めるために多くの観戦武官を派遣しているのだが、今の所これといった見所が無い。
何しろ日本帝国軍の進軍パターンは、ヘリや航空機で敵部隊を壊滅させた後に、圧倒的な数の陸上部隊を見せ付ける事で心を折り、降伏させる。
基地に襲撃をかける事もあるが、大半は先の飛龍基地と同様に夜間空襲を仕掛ければ終わる。わざわざ陸上部隊で攻勢をかけるよりも早く、そして効率的なのでこれもパターン化している。
このように、派手な撃ち合いなどは一切無く、ただ一方的に日本帝国軍が蹂躙している。オマケに、ヘリや攻撃機などの航空攻撃が基本なので、リディア王国の観戦武官達が見るのは壊滅した後の光景だ。
何の被害も無く、僅か一晩足らずで敵の基地を落とすのは凄いというのは分かるのだが、何せ戦う姿を見ていないので何とも判断が出来ないのだ。
そのため、リディア王国の観戦武官から「攻撃の様子を見せて欲しい」などの要望はあるのだが、他国の軍人を機密の塊であるヘリや航空機に乗せる訳にもいかなく、占領や統治活動を見せるぐらいしか出来なかった。
しかし、メディア連合軍が大部隊を派遣させた事で、チャンスは訪れた。
今までは日本帝国軍の異常な進軍速度(パンゲア世界基準)による半ば奇襲だったので各個撃破出来、大した戦いにはならなかったのだが、今回はメディア連合軍が大部隊を率いて待ち構えているのだ。
別に日本帝国軍にとっては大差は無く、お馴染みのヘリや攻撃機でも十分対処出来るのだが、今回は観戦武官に力を見せ付けるために、敢えて陸上部隊を使う事に決めたのだ。
「…ようやく日本帝国の力を見られるな…」
日本帝国軍に派遣された観戦武官の1人、バーグ子爵は日本帝国軍陣地で呟く。
開戦直後から日本帝国軍に派遣され、今まで従軍して来たが、特にこれと言った成果が無かった。
開戦直後は日本帝国の艦艇に乗れた事で興奮したのだが、機密上の問題があるとして付きっきりで監視が付いたため、ロクに艦内を見る事さえ出来ずに上陸した。上陸後は日本帝国の鉄の地龍、自動車という物に乗れたのでまたもや興奮したが、それも2、3日もすれば慣れて感動も薄れる。
目的である戦闘行動にしても、鉄の飛龍(ヘリや航空機)が先行して敵を壊滅させているらしく、自分自身の目で日本帝国軍の戦闘風景を見る事はほぼ無かった。中には諦めずに抵抗を続けた敵もいたようだが、自分が到着する頃には鎮圧されてて何も見る事は無かった。
このまま何も見る事なく帰国を迎えるのだろうと腐っていた矢先に、日本帝国軍の将軍からメディア連合軍との決戦を聞かされたのだ。
「このまま何も見る事なく帰国するのかと、ヒヤヒヤしたものだ…」
シルヴィア王女に報告する事がやっと出来たとバーグ子爵は安堵した。彼は非戦派で、その中でも親シルヴィア派の1人なので、今回の観戦武官としての派遣もシルヴィアからの命令だった。
「力が強すぎるというのも考えものだな。警備部隊や駐留部隊では戦闘らしい戦闘すら起こらんとは…」
バーグ子爵が関心していると、後ろから話しかけられた。
「本当に戦闘をしているのかも怪しいモノだ。多額の賄賂でも渡して見逃して貰っているだけかも知れんぞ?」
バーグ子爵と同じようにリディア王国から派遣された観戦武官、ブロイ子爵が嘲笑を浮かべながら近付く。彼は主戦派の1人で、彼もまた日本帝国の戦力を把握するために送り込まれたのだ。
「…幾ら多額の賄賂を渡した所で、ここまでの進軍は許さんと思うが?」
「さぁ、どうか解らんぞ? 我が国としたように、メディアとも秘密の協定を結んでいないとも限らん」
指摘をするバーグに、ブロイは相変わらず嘲笑を浮かべる。
非戦派のバーグにとっては日本帝国が強くなければ困るのだが、主戦派であるブロイにとってはむしろ都合が良い。
「…………」
「ま、お手並み拝見といこうではないか。10万もの軍勢に日本帝国がどう対応するのか、見物だなぁ?」
そう笑いながら、ブロイ子爵は主戦派が集まる天幕へと戻った。日本帝国軍の計らいにより、非戦派と主戦派に天幕が分かれていた。
当初は同じ国からの観戦武官として同じ天幕だったのだが、先程のような言い合いから喧嘩に発展するケースが多々あり、仕方なく天幕を分けたのだ。
もしも日本帝国軍が地上戦力を駆使し、分かりやすい戦闘(蹂躙)を見せ付けていれば主戦派は大人しくなっていただろうが、現状では航空戦力を主力にしているので戦っている様子が見えなく、日本帝国軍の力が疑問視されているので主戦派が息巻いているのだ。
多少勘に触るものの、いちいち反応していてはキリが無いとして無視し、バーグ子爵は日本帝国軍の陣地構築の様子を改めて見る。
何かよく分からない鉄の塊が地面を彫ったり、工兵らしき兵士達が袋に土を入れて壁のようなモノを築くなど、バーグ子爵が知らない事ばかりだ。
「…何をしているかさっぱり分からんが、何かしらの意味があるのだろう」
そう無理矢理納得して、陣地構築の様子を事細かにメモしていく。自国でも役立つのかは分からないが、記録しといて損は無いだろうと目につくもの全てを書き記す。
「……それにしても、何故砲台陣地をあんなにも後方に築くのだ? 敵砲台に狙われるリスクは無くなるが、あんなに遠くでは敵陣に砲弾が届かん。
…それとも日本帝国の大砲の射程はあんなにも遠いのか?」
自分達の常識より倍以上も離れている砲台陣地を見て、彼は勿論、非戦派主戦派関係無く首を傾げる。非戦派は「大砲の射程距離が長いから」と考え、主戦派は「単に砲台の進出に手間取っているのだ」と笑う。
どちらが正解なのかは、間もなく始まる開戦の砲撃によって明らかになるのだった。
その頃、メディア連合軍の陣地では決戦前の最終チェックを行っていた。
「…間もなく開戦だな」
メディア連合軍の指揮官は、相対する日本帝国軍の陣地を見ながら呟く。
先にメディア連合軍が陣地を構築し、待ち構えていたのだから先制攻撃を仕掛けて優位な展開に持ち込む事は出来たのだが、戦場のルールとしてわざわざ待っているのだ。
日本帝国からして見れば蕩ける程に甘い思想だが、それを見越して陣地を構築している。本来ならこんな近距離に陣地を築くなどあり得ないのだが、今回はリディア王国やメディア連合軍に日本帝国の力を見せ付ける必要がある。
そのため、「卑怯な手を使ったからだ」などの言い訳が出来ないようにパンゲア世界のルールに乗っ取り、正々堂々(・・・・)と戦わなくてはならないのだ。
……最も、互いの陣地の距離があまりにも近すぎて、日本帝国軍にとっては既に射程範囲内だが。
「閣下、斥候の報告によれば敵の数は約5000。飛龍の姿は確認出来ませんが、鉄の鎧を着た地龍部隊を多数引き連れているようです。
また、敵は2エル(4km)後方に砲台陣地を展開しています」
自動車など知らないパンゲア世界の住民には、戦車や戦闘車両は鉄の鎧を着込んだ地龍に見えていた。
「ふむ、大砲の運搬に手間取っているのか?」
「かも知れませんが……斥候によれば既に陣地構築を終えていたそうです」
「何…?」
パンゲア世界の大砲はライフリングなど無く、ただの球形弾なので2エル(4km)も飛ぶ筈が無い。
「…日本帝国は何を考えているのだ?」
「分かりません。しかし、その大砲の砲身はとてつもなく長いらしく、もしかしたら2エル(4km)でも射程内なのかも知れません」
通常ならこんな事を言えば頭がおかしいのかと言われるだろうが、今回ばかりは違った。
「ふむ……普通ならあり得んと一笑にするが、日本帝国の兵器技術はとてつもなく高いと聞く。
…もしかしたら可能なのかも知れん」
九九式小銃や三式拳銃の前例があるため、簡単には否定出来ない。
ちなみに、リディア王国と同様にメディア王国も九九式小銃のコピー化に取り組んだ。戦時という事もあって莫大な予算が計上されたが、やはり技術差があり過ぎて模造すら不可能だと判断され、以降はこれまたリディア王国と同様に九九式小銃のメカニズムを取り入れた、新式銃の開発に勤しんでいる。
「…それが真実ならば、我が軍は敵の砲台に一方的に撃たれる事になります。陣地を後方に移しますか?」
「……いや、流石にそれでは時間がかかり過ぎる。それまで補給が保たんだろう」
日本帝国軍の進軍を阻止するためにメディア連合軍は大軍を編成したが、勿論その分膨大な補給物資が必要になる。付近の基地に大量の物資を輸送する事で何とか賄っているが、それでも10万もの大軍を食わせるにはあまりに少ない。
どうしても短期決戦で仕留めるしかないので、後方に下がって再び陣地を構築する余裕など無い。
「それに、砲台なら飛龍で潰せば良い。幸い、日本帝国には飛龍はいないようだから、直ぐに砲台を破壊出来る。
飛龍のいない砲台陣地など裸も同然だ」
飛龍の守りが無い軍隊は脆い。これがパンゲア世界の常識だ。
現代世界で言えば制空権を取られているも同然だ。
「それにしても……5000とはあまりにも少ない」
10万対5千、20倍もの兵力差であり、普通に考えれば勝負にすらならない。
「伏兵が潜んでいるのではないか?」
「いえ、飛龍によって何度となく偵察飛行をしましたが、伏兵の影も形もありませんでした」
「そうか…」
日本帝国軍の目的が分からず、指揮官は眉間にシワを寄せる。
20倍もの兵力差であり、正面からまともに当たれば即座に押し潰される。例え銃撃戦(我慢比べ)で勝とうとも、その数の差から簡単に逆転出来る。
あまりにも自軍に都合が良過ぎた。
「…日本帝国の本国は遥か外海の先にあると聞きますし、大部隊をパンゲアまで輸送するにはかなりの時間がかかるのかと。それに、これまで日本帝国軍は破竹の勢いで占領地を増やしていますので、大部隊を編成する事が不可能なのでしょう」
悩む指揮官に、副官は楽観的な意見を述べる。
というよりも、今更悩んだ所で激突するのは必至。どうしようも無いので、最早覚悟を決めるしかないのだ。
「……そうだな。常識的に考えれば我が軍が勝つのは明白。幾ら日本帝国軍が優れた兵器を保有していようが、この兵力差なら押し切れる」
副官の言葉で覚悟を決めたのか、先程までの迷いがある目ではなく、必ず勝つという強い決意に満ちた目になった。
内心ではまだ不安に思っているのだが、指揮官が不安気な表情をしていればたちまちの内に兵士に伝染し、士気が著しく低下してしまう。そのため、指揮官はどんな時でも毅然とした態度で挑まなくてはならない。
パンゲア世界の戦争は、まだ精神論がまかり通る時代なのだ。
それから少し経ち、遂に日本帝国軍も陣地構築を終えた。
「…ん? いきなり地龍隊を出すのか?」
日本帝国軍の陣形には歩兵の姿が無く、鉄の鎧を着込んだ地龍(戦車)が列を作っていた。
「確かに地龍の突進力は脅威的だが、初めから突撃すれば銃弾の餌食になるだけだぞ?」
幾ら防御力が高い地龍とは言え、所詮は生物だ。連隊規模でのマスケット銃の一斉射を受ければ、かなりの確率で死亡、もしくは行動不能な程の重傷を受ける。
そのため、先ずは歩兵同士で銃撃戦をさせ、隙を見て突撃させるのがセオリーだ。
「強化魔法がかけられた鎧を着込んでいるのでしょうか?」
「…その可能性が高いな」
副官の言葉に、少しばかり考えてから答えた。
というより、それしか考えられない。
普通の鎧ではマスケット銃の弾丸を防ぐ事は出来ないが、強化魔法がかけられた鎧ならば高確率で防げる。というより、そうでなければ単なる自殺志願者だ。
「ならば我が軍も地龍隊を準備させますか? 強化魔法がかかった鎧を着込んだ地龍を相手に、戦列歩兵では分が悪いかと」
「…我が軍の地龍隊の鎧の強化魔法は万全か?」
「はい、数時間前に上掛けしたばかりですから、少なくとも後数日は保つ筈です」
突撃が専門の地龍は被弾や負傷率が高いため、どこの国でも地龍の鎧には強化魔法をかける事が多い。
「…ならば我が軍も地龍隊を先頭にしよう。戦闘が始まる前にやらねば…」
こうして、メディア連合軍は敵軍を目の前にしながら陣形を変える。その間、全くの無防備になるが日本帝国軍は動かない。
互いの準備が整うまで待つというパンゲア世界のルールもあるが、日本帝国軍にとってもメディア連合軍の前列に地龍隊がスタンバイするのは都合が良いので、見過ごしたのだ。
少し時間が経ち、陣形の組み換えが終了した。
メディア連合軍の戦列の先頭には、鎧を着込んだ地龍隊が並んでいた。
「…良し、陣形の変更も無事終了したな」
「はい、何時でも攻撃可能です。いかが致しますか?」
「…いや、待たせてしまった詫びに先手はあちらに譲ろう」
「分かりました」
何とも、決戦前とは思えない程の牧歌的な会話だが、パンゲア世界では当たり前なのだ。
陣形の変更が終わり、ようやくメディア連合軍側の準備が完了したと判断した日本帝国軍は、砲兵隊に「砲撃開始」を命じた。
僅か4km後方に待機していた自走砲部隊が一斉に火を吹き、メディア連合軍の砲台陣地に155mm榴弾を撃ち込む。
塹壕を掘るどころか、土嚢を積むという事さえ知らないメディア連合軍の砲台陣地は丸裸であったため、榴弾が爆発すれば隣接した砲台にも被害が及び、当然の事ながら何の防御体制も取っていない砲兵も鉄片に引き裂かれるなどして即死、もしくは重傷を負った。
自走砲部隊の僅か一斉射で、メディア連合軍の砲台陣地は夥しい数の死傷者を出したのだった。
「「…………」」
その信じられない光景を見て、メディア連合軍の将兵は呆然としていた。
「嘘だろ…」
「あり得ない…」
「夢…?」
「…そうさ、夢さ…」
などなど、誰もが現実逃避をしたように呟く。
しかし、そんな願望を打ち砕くように再び日本帝国軍の砲台陣地から発射音が鳴り響き、パニック状態になるメディア連合軍の砲台陣地に撃ち込まれる。
「…2エル(4km)以上もあるのに……何であんなに命中精度が高いんだ…?」
誰かが呟くが、誰も答えられない。
パンゲア世界の常識から考えれば、2エル(4km)以上もの遠距離に攻撃出来るなどあり得ない。それに、大砲の命中精度はお世辞にも良いとは言えなく、同じ位置を狙った所で外れるのが当たり前なのに、日本帝国軍の砲弾はメディア連合軍の砲台陣地に密集しているからだ。
しかし、日本帝国軍の常識としては、射程距離が30km以上の155mm自走砲で4kmもの至近距離を外す筈がなかった。わざわざこんな至近距離に布陣したのは、メディア連合軍は勿論、多数の観戦武官を派遣させているリディア王国に本当の射程距離を秘匿するためだ。
知られたからと言ってパンゲア世界側に対抗手段がある訳では無いが、兵器の情報は重要機密なので出来るだけ隠したいのだ。
3回目の斉射でメディア連合軍の砲台陣地が壊滅状態になった事で、ようやく指揮官が我に帰った。
「…いかん、このままでは嬲り殺しだ!
直ぐに飛龍隊を出し、敵砲台を叩くのだ!!」
「…っ! はっ! 飛龍隊で敵砲台を叩きます!」
指揮官の言葉で副官も正気に戻り、即座に復唱して命令を伝えた。
「それにしても……本当に2エル(4km)もの先から命中させるとはな…」
「…………」
指揮官の言葉に何を言って良いか分からない復唱は、沈黙したまま首肯した。
確かにその可能性も考えてはいたのだが、自分達の常識からその可能性は低いと無意識に除外していたからだ。
「…しかし、守りの飛龍隊がいない大砲など簡単に破壊出来る。あの出鱈目な大砲さえ無くなれば、後は数で押し潰せるだろう」
この時点ではまだ、メディア連合軍側も余裕があった。こちらには戦略兵器である飛龍隊がいて、敵には飛龍隊がいないという安心感があったからだ。
…しかし、その期待の飛龍隊が爆装して日本帝国軍の砲台陣地に近付いた瞬間、砲台陣地前に待機していた自走高射機関砲部隊によって次々と撃ち落とされていく。
近接信管が仕込まれている30mm機関砲弾は近付くだけで炸裂し、飛龍に突き刺さって致命傷を与える。例え致命傷でなかったとしても、飛行不可能な重傷を負うので墜落していく。
攻撃ヘリや戦闘機を撃ち落とすために作られた自走高射機関砲にとって、200km/h以下で飛ぶ飛龍など訓練用の的と変わらなかった。
「「「…………」」」
まるでハエのように撃ち落とされていく飛龍隊を見て、再びメディア連合軍の将兵は呆然とする。
いや、先程まであった希望が粉々に打ち砕かれたという事もあって、今度は恐怖に震える将兵も少なくなかった。「……付近の基地に飛龍隊の増援要請を致しますか?」
飛龍隊の全滅を確認し、無意味だと分かりつつも副官は指揮官に尋ねた。
「……いや、例え何百騎と呼んだ所で撃ち落とされるだけだ。ならば貴重な飛龍を無為に失う訳にもいかん…」
「…分かりました」
案の定、予想通りの事を指揮官は告げる。
90騎という、決して少なくない飛龍隊を派遣したというのに、僅か数分程度で全滅した。もしかしたらまだ生きている飛龍もいるのかも知れないが、少なくとも空を飛ぶ事は不可能だろう。
勿論、飛龍騎士達の練度は低くなく、それどころか決戦に備えて精鋭が揃えられたのだ。だというのに、敵に何の被害も与える事なく全滅した。
恐らく、メディア王国最強である近衛飛龍連隊だったとしても、何も変わらなかっただろう。
「……いかが致しますか?」
「……うむ…」
副官が次なる指示を求めるも、指揮官は返事をするだけ。それはそうだろう、頼りにしていた飛龍隊は全滅し、依然として敵砲弾が砲台陣地を攻撃しているのだ。
…最も、その砲台陣地も間もなく全滅しそうだが。
「……ならば地龍隊で正面突破しかあるまい。突撃だ」
「はっ! 地龍隊、突撃します!」
少しばかり考えた末、指揮官は地龍隊による突撃を命じた。数の差で押し潰す事にしたのだ。
突撃命令を受けた地龍隊は、ほぼ一斉に日本帝国軍に突っ込んで行く。
トリケラトプスに似た生物が重厚な鎧を身に纏って突進していく様は、とてつもない迫力である。鎧には強化魔法と同時に、軽量化の魔法もかけられているのでまるで重さなど感じず、巨体に似合わずそれなりの速度で走っている。
メディア連合軍と日本帝国軍の陣地は1kmと離れていないので、地龍隊は既に日本帝国軍の陣地の直ぐ近くにまで接近していたが、そこで突進は終了した。
日本帝国軍の戦車隊が一斉に、地龍隊に対してキャニスター弾を発射したからだ。
キャニスター弾とは分かりやすく言えば、散弾銃の大砲バージョンだ。主に対人、対車両用の砲弾だが、その威力はバカに出来ず、人間や普通車両は勿論、分厚いコンクリートの壁さえ破壊出来る。
幾ら強化魔法がかけられた鎧を身に纏っていようが、所詮は生物である地龍がキャニスター弾に耐えられる筈もなく、標的となった地龍は絶命、もしくは走行不能な大怪我を負う。
オマケにキャニスター弾は散弾銃と同様に広範囲に弾を撒き散らすため、付近にいた地龍にも命中する。命中弾は少なくとも、散弾の大きさもそれなりにあるので例え1発でも致命傷になる事もあった。
僅か一斉射で走行可能な飛龍はいなくなったが、強化魔法がかけられた鎧のおかげか、この時点ではまだ生きている飛龍もそれなりにいた。
しかし、再び戦車隊のキャニスター弾の一斉射によって、ほとんどの地龍は絶命した。
「「…………」」
最後の希望であった地龍隊さえ、敵に何の被害を与える事なく全滅した事で、メディア連合軍の将兵の士気はほとんど最低にまで落ちていた。決戦前まではあまりの戦力差から「直ぐに終わるさ」と息巻いていた者達も、今では恐怖に震えていた。
まだ逃走を開始していないのが奇跡だ。
「……地龍隊の全滅を確認しました。
…いかがされますか?」
「…………」
最早返事を返す事さえ無くなった。表情はかろうじてポーカーフェイスを貫いているが、よく見ると体が恐怖で震えている。
指揮官としては好ましくない態度だが、だからと言って彼を責めるのはあまりに酷だろう。
何しろ決戦前までは強さを疑っていなかった自慢の飛龍隊と地龍隊が、敵に触れる事さえ無く呆気なく全滅したのだ。
一応兵数的にはまだ日本帝国軍を圧倒していたが、目の前の光景を見せ付けられては安心など欠片も出来なかった。
しかし、だからと言って一度もぶつかる事なく退却するなど論外だ。戦った末の退却ならばまだ言い訳のしようもあるが、幾ら飛龍隊や地龍隊を失おうとも、歩兵隊が無事なまま帰還すれば処罰は避けられない。
まず間違いなく臆病者の烙印を押され、最悪、責任を取らされて死罪になるかも知れないのだから。
「……歩兵隊、進軍」
「え?……あっ、はっ! 歩兵隊、進軍します!」
突然の進軍命令に一瞬詰まるも、直ぐに復唱して命令を伝える。
そして、命令を出された歩兵隊は行進を開始する。先程の光景を見て行きたくないのか、列が乱れている。
しかし、士官や下士官の命令で無理矢理行進させられる。士官や下士官も内心ではビビっていたのだが、立場や厳しい訓練の甲斐あって押さえ付け、毅然とした態度で行進していた。
軍楽隊は恐怖で震えているからか、太鼓の叩く数が多かったり、笛の音色が震えていたが、やがてヤケクソになったのかむしろ普段より強く太鼓を叩いたり、鋭く笛を吹いていた。 軍楽隊の演奏は士気に直結するので、自分達の役割の重要さを思い出したのだ。
しかし、そんな覚悟は日本帝国軍には関係無い。既に射程範囲内だったので、再びキャニスター弾を斉射した。
自動車さえ吹き飛ばす威力を持つキャニスター弾に人間が耐えられる筈がなく、散弾が命中した歩兵は吹き飛び、絶命するか、手足が吹き飛ぶなどの重傷を負った。
「ギャアアァアアッ!!!」
「俺の腕が、俺の腕が無い!!?」
「おいっ、寝てんじゃねぇっ!!」
「畜生…こんな所で死ぬのか……」
「お母さん……」
一斉射で歩兵隊の大部分は落伍したが、それでも日本帝国軍の攻撃は止まない。自動装填装置によって直ぐ様次弾が装填され、キャニスター弾を発射する。
その度に生きている人間は勿論、既に死んでいる人間にも当たって体が弾け飛ぶ。辺り一面が血で染まり、悲鳴と砲音が響く。
……やがて、悲鳴は聞こえなくなった。
「……歩兵隊が全滅しました。
……いかが致しますか?」
「…………」
まさかの歩兵隊の全滅に指揮官は勿論、将兵達も固まる。パンゲア世界の常識的に、歩兵隊が全滅するなどあり得ないからだ。 確かに、あまりの兵力差や練度の違いで大敗を喫する事はあるが、勝敗が決すれば直ぐに逃走するから全員が死ぬ事はあり得ない。全滅した歩兵隊の中にも逃走を試みた者達もいたが、直ぐに装填された次弾によって背中から撃たれ、死亡した。
「…………」
頭を抱えながら、指揮官は必死に考える。
心情的には、今すぐ撤退したい。どう考えても勝てる筈が無く、例え全軍を突撃させた所で先程の砲撃によって大部分が死ぬ。そうなればただでさえ下がっている士気はドン底まで落ち、逃走を開始するだろう。そうなれば最早終わりだ。
しかし、だからと言って今引く訳にもいかない。先程と同様に、地龍隊や飛龍隊、それに砲兵隊や砲兵隊の一部は死んだが、まだ9万以上の歩兵隊が生き残っている。
全体の1割程度の損害では、まだ言い訳には足りない。最低でも半分以下にでもならなければ、臆病者の烙印を押されて終わりになる。
それに、「9万もの大軍勢での突撃なら、もしかしたら数で圧倒出来るかも知れない」という淡い希望に賭けるしかなかった。
もしも指揮官が部下思いで、自己犠牲心に溢れるタイプだったならここで引いたかも知れないが、現実は貴族にありがちな保身を大事にする人間だったため、決断した。
「…全軍突撃っ!! 敵を押し潰すのだっ!!」
普段ならば命令だけを口にするが、自らを奮い立たせるためにサーベルを抜刀しながら叫んだ。
すると、それが功を奏したのか最低レベルにまで下がっていた将兵の士気が回復し、誰もが叫びながら日本帝国軍に突撃を敢行した。指揮官のように、最早誰もがヤケクソになっていたのだ。
突撃を敢行する軍勢に、再びキャニスター弾が撃ち込まれる。先程と同様に射線にいた歩兵は吹き飛ばされるが、今度は数が多いために味方の死体を乗り越え、次々と、正しく人海のごとく押し寄せて来る。
このまま行けば数で圧殺出来るのでは、とメディア連合軍側に微かながら希望が生まれるが、またしてもその希望は打ち砕かれる。
戦車隊の他に、砲台陣地への攻撃を終えた自走砲部隊も攻撃に加わり、更には自走高射機関砲や重機関銃、迫撃砲、自動小銃、狙撃銃など、日本帝国軍側も本腰を入れた。
いかに進んだ兵器を持つ日本帝国軍でも、数で圧殺されれば被害は免れないからだ。
バンザイ突撃を敢行する日本兵のごとく、メディア連合軍の将兵は散っていく。
日本兵は味方が死のうが最後の一兵まで戦ったが、メディア連合軍の将兵にそんな高尚な精神は無い。キャニスター弾や155mm榴弾によってゴミのように吹き飛ばされたり、高射機関砲や重機関銃によって味方の肉体が削られていく光景を見て、一時的に上がっていた士気はドン底にまで下がり、遂には逃走を開始する。
それを止めようとする士官や下士官もいたが、狙撃手に優先的に狙われてほとんどいなくなり、最早止める物はいない。
こうして、メディア連合軍と日本帝国軍との決戦は終了した。
メディア連合軍側は士官や下士官のほとんど失い、更には全体の6割以上の兵士が死亡。多数の捕虜も取られた。
一方、日本帝国軍側の損害はゼロ。
歴史上類を見ない完勝であり、リディア王国は勿論、パンゲア世界中に轟いたのだった。
少しばかり時間を遡る。
「「「…………」」」
日本帝国軍の陣地から決戦を見ていたリディア王国の観戦武官達は、そのあまりにも圧倒さに正しく度肝を抜かれていた。非戦派は勿論、普段なら威勢の良い事を言う主戦派ですら一様に黙りこくっていた。
「……何なんだ……あれは…」
「……あれが……戦い?」
「いや…あれは戦いではない……虐殺だ」
1人が口に出すと、続くように誰もが口を開く。そして思い思いに心情を吐露する。
「強いとは思っていたが…あまりにも桁が違い過ぎる!」
「あれでは50万、いや、100万の大軍でも敵うか分からん!」
「日本帝国の弾薬は底無しか!?」
近くには監視役である日本帝国軍の士官が待機していると知っていながら、観戦武官達は思いついたままに口にする。それ程の衝撃だったのだ。
ある程度の意見が出尽くすと、不意に1人が呟いた。
「…良かった。日本帝国と戦争にならなくて…」
その一言は小さかったが、全員に届いた。
「…全くだ。もしなっていたら今頃リディア王国は滅んでいた」
「日本帝国の属国…もしくは併合され、名前すら残らなかっただろう」
「陛下やシルヴィア殿下のご英断だな」
などなど、非戦派は恐怖に震えながらも、安堵しながら口々にする。自分達の考えは間違っていなかったと証明されたからだ。
「「「…………」」」
対照的に、主戦派は口を閉ざす。決戦前までは血気盛んに「戦争やむ無し」と叫んでいたが、今では意気消沈していた。
もしも自分達の持論通りに開戦していたら、メディア連合軍の代わりに自分達が虐殺されていたのだと思い、心底震えていた。
そんな主戦派を見て、非戦派は「ざまぁ見ろ」と言わんばかりに笑顔になる。今まで散々バカにされて来たので、鬱憤が溜まっていたのだ。
「おや、どうしましたか主戦派の方々。何やら震えていますが、お風邪ですか?」
「いやいや、体ではなく心の問題であろう」
「おぉ、それは大変だ」「恐らく、自分達の持論が大外れで、あまりの恥ずかしさに震えているのでしょう」
「それはお気の毒に。しかし、その間違った持論のせいで国が滅びかねなかったのだから、同情の余地は無いな」
「全くです。人の事を散々臆病者だの風見鶏などバカにして来ましたが、現実を見た途端にこれですか」
などなど、鬼の首を取ったかのように様々な嫌味を言って来る。
「「「…………」」」
その嫌味に主戦派達も青筋を浮かべたりするのだが、ただ黙って耐える。ここで何かを言い返した所で負け惜しみでしかなく、実際に自分達は国を滅ぼしかねなかったという自覚もあるので、反論してはいけないのだ。
日本帝国軍の凄まじさを目の当たりにした主戦派達の思想は吹き飛び、180度回転して非戦派に移った。
そして、この決戦の様子は観戦武官によってリディア王国中に伝わり、主戦派は一気に衰退した。一部の大貴族などはまだ主戦論を貫いたが、「現実を見ない愚か者の集まり」と平民にすらバカにされ、ますます評価を落としたのだった。