31 察知
リディア王国軍とメディア連合軍の戦いが始まったのと同時刻、日本帝国軍はメディア王国に対し大規模な上陸作戦を敢行。
貿易港であるイリオスと違い、上陸作戦に最適な長い海岸を上陸先に選んだ事で、メディア王国軍の抵抗はほぼ皆無だった。
メディア王国側も貿易港など重要な港には艦隊を配備したり、自国の全海域に哨戒艦を航行させるなどそれなりの警戒体制を敷いていたのだが、まさかロクに港も無いド田舎に大部隊を上陸させるなど思いもしなかったため、リディア王国側は日本帝国軍の上陸を全く察知出来ていなかった。
付近の村に申し訳程度の兵士がいたが、その兵士達も突如海岸線に現れた大艦隊に文字通り腰を抜かし、更には上陸前の艦砲射撃によって戦意を喪失。全く戦闘をする事なく降伏し、晴れて日本帝国軍の捕虜第1号となったのだった。
ちなみに、メディア王国軍の哨戒艦は日本帝国軍の大艦隊を発見こそしていたものの、即座に沈められて通報出来なかった。
他にも何隻か哨戒艦はいたが、何れも発見して間もなく沈められるか、発見する事もなく速射砲によって沈められ、日本艦隊接近の報告はメディア王国には届かなかった。
橋頭堡を築いた後、日本帝国軍は付近の村々の占領を開始。
まさかこんな何も無い辺境の村に大軍が進軍してくるなど思いもしなかった村人達は、パニックになった。
何しろ相手は見たことも無い鉄の地龍(戦車など)や、巨大な鉄の飛龍を引き連れている未知の軍だ。オマケにパンゲア世界では占領地への略奪や強姦が当たり前なので、自分達もこの未知の軍に蹂躙させるのだろうと絶望した。
しかし、村人達の予想とは反し、未知の軍は自分達から略奪をしないどころか、逆に食料などを配布した。村人全員の名前や年齢などを聞いた後、家族ごとに見たことも無い入れ物に入った食料を配られ、中身は豪華で味付けもしっかりしていて、非常に美味だった。
他にも食べ物やお菓子、衣類など様々な物資が配られた。そのどれもが貴族様が食べるような甘い菓子や美しい衣類など、自分達の人生において全くの無縁な物ばかり。
占領されたにも関わらず、略奪もされず、逆に物資が配られるという現状があまりにも不思議過ぎて、村人の1人が「何で略奪しないんですか?」と尋ねた。
すると、指揮官らしき人物が「この村は既に我が国の領土も同然であり、そこに住む君達も当然我が国の国民も同然である。自国民から略奪するなどあり得ん」と言い切った。
敵国どころか、場合によっては自国民であろうと徴収という名目で略奪するパンゲア世界の常識を、真っ向から否定する言葉に村人達はしばし呆然とするも、やがて誰もが涙を流す。
今まで祖国は税として自分達から散々搾取するだけ搾取して、何ら還元した事が無い。それどころか、戦争が始まるからとして税を引き上げ、更には働き手である男達を根こそぎ徴兵していったのだ。
払う税が増えたというのに貴重な男手を失った事で村の生産力は必然的に低下し、このままでは税が払えなくてどんな処罰を受けるのかと戦々恐々としていた矢先に、敵国の軍に占領された。
初めはどんな目に遭わされるのかと恐怖していたが、大量の食料や衣類などが配給され、村人達はほとんど始めてと言って良い施しを受けたのだ。
そして、最後に指揮官が「君達は最早我が国の国民であり、家族も同然だ。我が国はメディア王国と違い、君達を決して虐げたりしない」と断言した事で、村人達の涙腺は崩壊した。
今まで祖国は自分達平民を虫けら程度にしか思っていなく、どんなに懇願しても税を安くしたり、収奪を止めようとはしなかった。それどころか、反対意見を述べただけで反逆者として処刑されたり、より厳しい税を課せられるなどますます締め付けを強くした。
そんな祖国とは対照的に、虫けらでしかない自分達に略奪をしないどころか、今まで食べた事の無い豪華な食料を与え、今まで着た事の無い豪華な衣類を与え、更には今までかけて貰った事の無い暖かい声をかけてくれた。
ここまでされた事で村人達は感動の涙を流し、今までの祖国と違い、新たな祖国となる日本帝国は自分達を虐げたりしいだろうと信用し、日本帝国に積極的に協力するようになるのだった。
他の占領した村々にも同じような事をし、次々と日本帝国軍は現地民の信用を勝ち取っていった。
日本帝国軍は占領や統治などの豊富な経験やノウハウを持っているため、パンゲア世界の純朴な人々の心を掴むなど容易い。特に悪辣な領主によって虐げられ、常に圧政を強いられて来た住民なら尚のことだ。
これが現代のような民主主義社会なら簡単には信用を得られないだろうが、パンゲア世界は絶対君主制であり、平民の地位など無いも同然な社会なので簡単に転がす事が出来る。
オマケに、日本帝国の支配を受ければ実際に今までとは比較にならない程に、裕福で便利な生活を送られるようになるのだから更に信用するようになる。
無限の予算や物資を持つ日本帝国だから出来る統治方法だ。
この方法によって、日本帝国は地球世界でも様々な民族を支配下に置き、強固な統治体制を築いて来たのだ。
上陸以来、日本帝国軍はメディア王国の内陸部へと次々進軍し、順調に周辺地域を占領していっているが、未だメディア王国側は日本帝国軍の侵攻に気がついていなかった。
何しろパンゲア世界では通信手段が馬か飛龍、伝書鳩ぐらいしかないので情報の伝達そのものが遅く、そもそも日本帝国軍が進軍しているのは辺境地域なので人口自体が希薄なのだ。
一応、メディア王国側も警戒のためにそこそこの規模の村には、数人の騎兵を配備している。この騎兵達は村の警護のためではなく、敵軍の進軍などを王都に知らせるための連絡員なので、もしも村が襲われた場合は真っ先に逃亡し、王都か付近の基地に情報を届ける。
情報伝達の早さとしては飛龍を配備するのが一番なのだが、貴重な飛龍をそんな敵が来るのか分からない辺境に配備するなど無駄でしかないので、比較的安上がりな騎兵に留めている。
もしも辺境にも飛龍、もしくは伝書鳩を配備していれば日本帝国軍の進軍を察知する事は出来ていただろうが、残念ながら費用をケチったために日本帝国軍が進軍したの村々には精々が数騎の騎兵しかいなく、伝令を届ける前に射殺されて情報を届ける事は出来なかった。
これにより、日本帝国軍は何ら妨害を受ける事なく前線基地の建設に成功し、本格的な侵攻を開始したのだった。
深夜、日本帝国軍の前線基地から数十機のA-10攻撃機が飛び立った。
彼等の任務は前線基地から最も近いメディア王国軍の飛龍基地の破壊、並びに基地内の飛龍の殲滅だ。
今までは見つかるリスクを最小限にするために、航空機やヘリはほとんど使わず、ある程度の足場を作るまでは陸上部隊のみで占領地を拡大して来た。そして、遂に滑走路や格納庫などが完成したので、そのお披露目として飛龍基地を攻撃するのだ。
飛龍基地は飛龍陣地と違い、本格的に作られた軍事施設なので規模が大きく、必然的に収容されている飛龍の数も多い。
前記したように、パンゲア世界では飛龍は戦艦や空母のように戦略兵器に値する存在であり、いかに多くの飛龍を保有しているのかが国力の指標なので、各国とも飛龍の繁殖に必死だ。
その戦略兵器である飛龍を多数収容している飛龍基地を叩く事で、メディア王国に戦力的にも精神的にも深いダメージを与えるのが目的だ。
それに、日本帝国にとっても飛龍は厄介な存在だ。
パンゲア世界と違って日本帝国なら飛龍を落とす事は容易く、場合によっては歩兵の小火器でも撃ち落とせるだろう。
しかし、腐っても航空兵器であり、戦闘機は無理でも非武装な輸送機やヘリなら落とされる可能性を否定出来ない。
そのため、少しでも敵軍の飛龍を減らし、制空権を確保するために飛龍の殲滅が任務なのだ。
一方、そんな事とは露とも知らないクルセイヤ基地は、深夜という事もあってほとんどの将兵は夢の中だった。
交戦中であるリディア王国との国境に最も近い飛龍基地とあって、警戒のためにそれなりの数の歩哨を立たせてはいるが、その肝心の歩哨達も大半が眠そうにしているか仲間と暇つぶしに話をしているかなど、ほとんど機能などしていなかった。
しかし、だからと言って彼等を責めるのは酷だろう。近世の技術レベルであるパンゲア世界では夜に攻める事などほとんど無く、飛龍も夜には寝るので空襲の心配などする必要が無い。
オマケに開戦してから戦闘があったのは魔石鉱山周辺のみで、リディア王国軍が全く侵攻して来ない現状で緊張感を保てという方が難しい。
国境に最も近いという事で昼間は警戒体制を取っているものの、夜間はどうしても気を抜いてしまい勝ちになってしまう。まさか既に自国領土に上陸され、占領地を拡大されているなど夢にも思っていなかった。
「…暇だなぁ…?」
「…あぁ…」
何時も通り篝火の下に歩哨として立っている2人は、ため息を吐きながらこれまた何時も通り眠気覚ましと暇潰しのために会話をする。
「戦争になれば真っ先にこの基地が攻められるだろうって司令官殿は言ってたが……何にもねぇな」
「まぁな、でも……このまま何も起こらずに終戦になれば最高なんだがなぁ…」
元々2人は農民をしていて、戦争が起きるからと無給で強制的に徴兵されたのだ。
やる気に乏しく、どうせ勝った所で自分達平民の暮らしが変わる訳でもないので、極論すれば祖国が勝とうが負けようがどうでも良いのだ。
「でも、前線はかなりヤバイって噂じゃねぇか?」
「リディアが新式の銃を採用したって噂だが……この銃よりどんぐらいスゲェのかな?」
自分が肩から下げているマスケット銃を見ながら呟く。
「何か噂だと、300リーグ(600m)以上先の敵兵を狙えて、1秒間に10発以上弾を撃てるとんでもない銃らしい」
やはり噂だからか、かなり誇張された性能が広まっていた。実際の性能は150リーグ(300m)が精一杯であり、2~3秒で1発程度だ。
それでもマスケット銃に比べれば脅威的な性能だが。
「…どんだけだよ。そんなスゲェ銃が沢山あったらリディアは今頃王都まで行ってるだろ」
「まぁ、所詮は噂だからな。
でもベラーシでかなりの損害が出たってのは本当らしいから、あながち嘘って訳でもないらしい」
などなど、戦争中にも関わらずクルセイヤ基地には平穏な空気が漂っていた。
一応国境に近いので前線には違い無いのだが、リディア王国軍は魔石鉱山以外は全く国境を犯す気配が無く、更には夜間という事もあって完全に気を抜いていた。
…しかし、災害というモノは何時だって突然やってくる。
基地上空にたどり着いたA-10襲撃部隊は、目標である飛龍が待機しているだろう龍舎群に向かい、空対地ミサイルやロケット弾を発射した。
ミサイルやロケット弾が命中した龍舎は爆音を鳴らしながら大爆発を起こし、中で寝ていた飛龍は即死、あるいは致命傷を受けてのたうち回った。
「何だっ!? 何が起きた?! 敵襲か!??」
「敵襲ーーっ!!! 敵襲だぁーーっ!!!」
「いったい何処からだっ??!」
先程までの平穏が嘘だったかのように、クルセイヤ基地は爆音と喧騒、そして悲鳴に包まれる。
しかし、襲撃部隊にその声は届かず、敵施設にロケット弾を撃ち込んだり、わらわらと出てきた敵兵に30mmガトリング砲を掃射する。
ロケット弾を受けた施設は先程同様に大爆発を起こし、30mmガトリング弾を受けた敵兵は肉片になって文字通り消滅した。明らかにオーバーキルである。
ちなみに、出撃前に日本帝国軍でも「30mmガトリング砲はオーバーキル過ぎるのでは?」と疑問視され、弾数なども考えて20mm機関砲が妥当という意見も出たが、A-10パイロット達からの「30mmガトリング砲でなければ意味が無い!」という猛烈な反対意見を受けて却下された。
一方、襲撃を受けている基地側は、何から攻撃を受けているのかが分からないので混乱していた。
「畜生っ!! 何が攻撃してきやがるんだっ!?」
夜間であり、探照灯など存在しないパンゲア世界ではA-10の姿など見えない。
30mmガトリング砲の発射炎で姿が見えなくはないが、一瞬なので何が何だが分からない。
「おい、魔術師っ! お得意の魔法で何とかしろっ!!」
派手な装飾品をぶら下げた赤いローブを纏っている魔術師に、兵士が命令する。
「たかだか兵士の分際で私に命令するとは! 貴様後で覚悟せよ!!」
魔術師が文句を言いながらも、命令された通り魔法を使うべくこれまた派手な装飾が施された杖を掲げながら、呪文を唱える。
この魔術師の男はメディア王国の魔術師ギルドに所属していて、戦争が起きるからと徴兵され、クルセイヤ基地に配属された。階級は魔術師なので自動的に准士官待遇。
典型的な魔術師の性格をしており、選民意識が強いので魔術師以外を下に見る傾向にある。流石に貴族である士官に対しては言葉を選んで接するが、逆に自分より階級が下な下士官や兵士には横柄な態度を取っているため、当然ながら嫌われている。
「おい、まだかよっ!?」
刻一刻と悪化していく状況の中、長々と呪文を詠唱する魔術師にイラついた兵士が怒鳴る。
呪文詠唱に長い時間がかかる事は分かっているのだが、巨大な火矢のような物が次々と施設を破壊し、火の線のような物が通ればそこにいた人間は肉片になるという、とんでもない異常事態に呪文詠唱は長過ぎる。
兵士の頭の中では既に何時間も経っているように感じているが、実際の所はまだ30秒と経っていなかった。
「……我が元を照らせ! 『照明』」
魔術師は兵士の言葉を無視しながら呪文を完成させ、魔法を発動させた。発動させたのは下位魔法の『照明』だ。
魔術師の力量や杖の等級から言えば中位魔法の『灯火』を発動させる事さえ可能なのだが、中位魔法は呪文詠唱に時間がかかるので短く済む下位魔法にしたのだ。
『照明』が発動し、魔術師の杖の先が光った。
「灯りは点いたけど、これじゃあ敵が見えねぇぞ!!」
今の状態はランプと同じで周囲を照らしているだけなので、空の上にいるだろう敵は見えない。
「分かっている! 魔法も使えないクズは黙って見ていろ!!」
魔術師は怒鳴りながらも、魔力を調節して懐中電灯のように光を空に集中させる。
すると、丁度良く光線の先にA-10が現れた。
「な…何なんだ……あれは…?」
「……飛龍…なのか…?」
2人の意見が始めて合った。
暗い色をした巨大な何かが飛んでいた。何処からどう見ても飛龍らしさは無く、それどころか生物にすら見えない。
「……おい魔術師、あれ何だ?」
「…………私が知るか…」
ある種の現実逃避なのか、突然冷静になった兵士は少なくとも自分より知識がありそうな魔術師に尋ねて見たが、答えは予想通りだった。
呆然と飛龍らしき物を見ていると、光に寄ってくる虫のように2人に近付いていた。
「…何か、こっちに近付いてねぇか?」
「……急に光が現れたら来るだろう…」
「成る程そうか、流石魔術師だ頭良い」と相変わらず兵士は現実逃避していた。
いや、分かっているのだろう。何をしても逃げられないという事を。
A-10が赤外線装置を積んでいて、もし逃げたとしても体温から居場所がバレるなどと知っている訳ではないのだが、本能的に分かるのだ。どこに逃げても無意味だという事を。
飛龍は龍舎ごと破壊されたので対抗手段は無く、対空砲は夜なので標的が見えない。そもそも、対空砲は飛龍相手にさえほとんど無意味なのだ、少なくとも倍以上の速度で飛ぶあれに当たる筈が無い。
あまりの絶望さに1周回って冷静になり、兵士は落ち着きながら近付いて来るA-10をじっと見ていた。
同じく、魔術師も騒ぐ事なくA-10を見ている。というより未だに呆然としていて脳がフリーズしただけなのだが、一見すると兵士と同じに見える。
爆撃が起こり地獄絵図が繰り広げられる最中、夜中に光を灯し、その光に気付いた敵機が近付いているにも関わらず、2人の男がただ佇んでいる。
まるで映画の主人公のような構図であり、あまりにも堂々としていて何か作戦でもあるのかと思わせるが、現実はただ2人とも現実逃避をしているだけだ。
映画ならそれでも奇跡的に生き残る可能性もあるが、現実世界では奇跡などそうそう起こる筈が無い。
近付いて来たA-10の30mmガトリング砲によってあっさりと肉片になり、体の大部分は消滅した。
こうして、メディア王国との国境に程近いクルセイヤ基地は壊滅。
メディア王国はようやく日本帝国の侵攻に気付いたのだった。