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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第一章 流れゆく首都への旅

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1‐3 雨の日の旅立ち(3)

 お茶をした後、キストンが水車の様子を見に行くと言ったので、レナリアとアーシェルもついて行くことにした。
 喫茶店の近くにある川において、人の背の高さよりも一回り大きな羽根車が一定の間隔で回っていた。水流を羽にあててできた反動や衝撃の力によって、羽根車を回転させているものである。川ですくい上げた水は、喫茶店の裏にある畑に定期的に送っているようだ。
 小柄ながらも整備が行き届いている水車である。レナリアは各地を歩き回っている間、たくさんの水車を見ていたため、それらと比べてこれはかなりいい物だと判断できていた。
「キストン君、悪いな、今日も見てもらって」
 店の店主らしいおじさんが窓から顔を出している。呼ばれたたキストンは、目を細めて水車を見据えていた。
「おじさん、少し止めてもいい?」
「大丈夫だ。今は水を流していないから」
 キストンは早速水車を止めて、内部を見始めた。羽根と羽根の間、木と木が接触している場所を丹念に見ていく。
 アーシェルはその作業を見つつも、眼下に広がる茶畑を眺めていた。綺麗な緑色に染め上げられた茶の樹が広がっている。これを摘みあげ、発酵させることで、紅褐色の葉となるのだ。
 視線をキストンに戻すと、彼は羽根車の一枚を見て、あっと声を漏らす。そこを覗き見ると、ちょうど亀裂が入っていた。
「微妙に音が変だと思ったから、何かあると思ったけど……」
「キストンさん、どんな風に音が変わっていたのですか?」
「音が微妙に高かったんだ。これが羽根に当てる時だけ」
「それ……だけですか?」
 キストンはさも当たり前のように頷いた。そしてリュックに入れていた樹脂製の接着剤を取り出し、亀裂の上に薄く塗り始める。
 腕を組んでいたレナリアは、ほうっと感嘆の息を吐いた。音の僅かな違いはアーシェルと同様わからなかった。
 僅かな手掛かりですぐに亀裂の箇所を見つけあてる。彼は目で見るものだけでなく、音など五感を使って、幅広く判断しているようだ。
 さらには軽々と処置し、接着剤を乾かし始める。手際が非常にいい。
「キストン、作業中で悪いが師匠は誰なんだ?」
「ガリオットさんだよ」
「ガ、ガリオット氏……!?」
 レナリアが声をひっくり返すと、アーシェルが目を瞬かせた。
「どなたですか?」
「首都にいる凄腕で……癖の強い整備士として有名な男性。弟子はとっているけど、あまり多くないって聞いた」
「うまいねレナリア、言葉の返し方が。偏屈で頑固なおじさんって言えばいいのに」
「世話になっているから、そんなこと言えないよ」
 キストンが手を動かすのをやめて、丸くした目を向けてくる。
「査察官が世話に?」
「ガリオット氏は凄腕だ。だいたいの機械関係は整備できるだろう? こっちは年の半分以上、首都の外に出ている。出かける前に、念には念を入れて整備を頼みたい物が出てくるのよ」
「何を整備してもらっているんだい?」
「まあ……色々と」
 言葉を濁して、適当に誤魔化す。
 ガリオットの弟子であるが、師匠が何をしているかまでは、知らないようだ。師匠なりの正しい判断だろう。余計なことに、弟子を巻き込んではいけない。
 腑に落ちない様子だったが、アーシェルが話しかけると、彼はすぐに持ち場に戻った。
 太陽が少しずつ傾き始めている。そろそろ帰り支度をしなければ、夜になってしまう。それを察してか、キストンは作業で使った道具をしまって、立ち上がった。
「じゃあ報告して、かえ――」
 レナリアに向かって言ったキストンが、妙なところで言葉を切った。背後から土を踏みしめる音が聞こえてくる。
 腕を組んだまま、レナリアは視線を自分の腰に落とした。愛用しているウェストポーチがあり、その中には貨幣の他、護身用の物がいくつか入っている。これを使えば、はったりくらいはできるだろう。
「キストン、私たちは寄るところがあるから、君の報告を待たずに、先に行ってもいい?」
「え、でも……」
 歯切れが悪い少年に対し、レナリアは僅かに声音を落とした。
「いいよね」
「わ、わかった」
 キストンは頷くと、レナリアの横を通って、喫茶店へ走っていった。
 レナリアは深い青色の瞳を持つ少女を見ると、彼女は視線をこちらの背後の先に向けている。怖がったそぶりを見せず、むしろ静かに睨みつけていた。
 予想外の態度を見て息を呑む。彼女から発される雰囲気は、今まで感じたことがないものだった。
 足音が大きくなってくる。レナリアはウェストポーチからナイフを取り出し、それを袖の下に隠して、振り返った。
 真っ黒な色のスーツを来た男たちが寄ってくる。サングラスをかけ、黒い帽子を被っていた。これでは顔をはっきり見ることはできない。
「そこのお嬢さん方」
 ひょろ長い背丈の男が話しかけてくる。レナリアはにっこり微笑んで、アーシェルの前に立った。
「何でしょうか。村の中心部なら、あちらに見える教会の方ですよ」
「人を捜しているんだ。名前は――」
「アーシェル・タレス、ですか?」
 レナリアの後ろから、迷いのない凛とした声で少女が名乗る。目を丸くして、振り返ると、ちょうどアーシェルが帽子を脱ぐところだった。風が吹き、彼女の銀色の髪がなびかれていく。
 男たちはアーシェルを見ると、口元に笑みを浮かべた。
「そうですよ、アーシェルさん。自ら名乗りあげてくれて、こちらも嬉しいです」
「予めわかった上で聞いてくるなんて、白々しいことですね。しかもこんな場所で」
「なるべく人目に付きたくなかったからですよ。ほら、万が一乱闘になって、貴女のおつきの人のように、死――」
「――テウスは死んでいない!」
 いったいどこから声を出したのかと思うほど、アーシェルは低い声を絞り出した。レナリアはごくりと唾を飲み込んだ。彼女はレナリアを差し置いて、前に出てくる。男たちがにやにやし出した。
「何を根拠にそんなことを言えるのでしょうか、アーシェルさん。あの高さから落ちたのに……。正直アーシェルさんの姿を見たときは、目を疑いましたよ」
 アーシェルは立ち止まると、男たち二人を交互に見た。
「貴方たち……何も知らないんですね、私のこと」
「上が追っているお嬢さんだろう。捕まえれば特別手当がでる!」
 喜びを隠しもしようとしない男たち。
 それを見たアーシェルは手を腰に当てて、息を吐き出した。
「……まあ私のことを欲しいのは上の人だけだから、知らなくても当然ですかね。いえ、知らせていないという方が正しいのかもしれません」
「何をぶつぶつ言っているのかな? 可愛らしいお嬢さん、自分たちと一緒に首都に行きましょうよ!」
 ニヤツいた笑みが目に余る。男が距離を縮めてきた。
 レナリアはアーシェルの腕を引っ張り、後ろに下がらせる。そして目を丸くしている男の一人に向かって、顎を蹴り上げた。
 足は見事に顎に命中し、男は目を回してその場で仰向けになって地面に転がる。
「この女……っ!」
 後ろにいた男が怒りを露わにして、駆け寄ってくる。近くまで寄られたところで、レナリアは右腕を大きく振った。
 男は寸前でこちらの腕の軌道から離れる。だがその先に伸びていた物まで避けることはできず、男の鼻の上に赤い線が走った。
 突然の奇襲に目を白黒させている男。もたついている隙に、ナイフを右手に添えたまま、拳を幾度もなく突き出した。必然的に拳は鋭い刃を伴った凶器となる。
 男は反撃を試みようとしているが、レナリアが隙なく攻め続けていたため、後退する一方だった。
 後ろ足で下がっていると、唐突に男が背中から倒れ込む。泥濘に足をとられたのを逃さず、レナリアは男のわき腹を踵で蹴り、畑の中に転がしこんだ。
 喫茶店の店主に対し心の中で詫びながら、ぽかんとしている銀髪の少女の手を取ってその場から去った。


 茶畑の外側を走りながら、レナリアたちは村の中心部に戻ってきた。あの二人が追ってくる様子はなかったが、他に追っ手がいないと言いきれないので、気は緩められなかった。村の中を歩いている時に感じた視線が、二人だけではなかった気がしたからだ。
 息を整えるために歩調を遅めると、アーシェルが手をばたつかせ始める。レナリアははっとし、
 握っていた手を離した。レナリアよりもアーシェルの方が遙かに息が上がっていた。
「ごめん、きつかった?」
「大丈夫です……。もっと体力つけないと、駄目ですね」
「逃げるのを念頭に置くのなら、持久力くらいはあった方がいいと思う」
 アーシェルに歩く速度をあわせていく。彼女は呼吸を整えながら、口を開く。
「ありがとうございます」
「――まだお礼を言うのは早い」
 視線を微かに感じる。先ほどの視線よりも鋭い。
 周囲に警戒をしつつ、レナリアは看板を見てから、剣がたてかけてある少し古びた店に向かった。
 ドアを押すと、少し切れの悪いベルの音が出迎えてくれる。薄暗い店内を進むと、ちょうど左側にお目当て物が目に入った。壁の上に横向きで置かれているそれに近づいた。
「……珍しい、こんな店に女が来るとは」
 店の奥から無精髭を生やした男が寄ってくる。アーシェルは少しだけレナリアに体を近づけた。
「嬢ちゃん、迷いなくこれに目を付けたな。どうしてだ?」
「これと同じような型のものを使ったことがあるから」
 男は小さく口笛を吹いた。
「普通、嬢ちゃんみたいな人が使うものなのか?」
「残念ながら、世間一般の花を愛でているような女性と一緒にしないでください」
 レナリアはそれに手をつけると、壁から下ろした。
 腰ほどの長さの細長い剣だ。持ち手を守るように、針金細工でできたガードがついている。敵から攻撃をうけても、そう簡単に剣を落とさない仕掛けだ。
 それを鞘からゆっくり引き抜き、刀身を露わにする。窓の隙間から入ってきた赤い光が、銀色の刀身を薄い赤色に色づかせた。
 突くのを専門にしたレイピアよりも幅広の剣であるブロードソードを、レナリアは目を細めて見つめた。
「刃こぼれが少ない。状態はいい方。――おじさん、これいくら払えば譲ってくれる?」
「値段は持ち手のところにぶら下がっている紙に書いてある。それから半額で売ろう」
 値札を見てから、レナリアは目を丸くした。
「それ値引きしすぎですよね? この値段から見ても、刃の状態を見ても、いい部類の物に入ると思いますよ?」
 店主はふっと笑みを浮かべた。
「こんな小さな店で埃まみれにさせておくには勿体ない品だ。嬢ちゃんに使ってもらえるなら、本望だろう。だから安くしてやる」
「ありがとうございます。これ、どこで仕入れたんですか?」
 鞘に刀剣をしまい込む。鞘と鍔が接触する際、小気味のいい音が響きわたった。
「旅人が売ってきた。旅の資金にしたいからってな。買ってやってもいいが、こんな成りの店だから二束三文しかだせないぞといったら、それで充分だと言ってくれたよ」
「世の中、物好きな人もいるんですね」
 剣をおろし、アーシェルに持ってもらってから、財布から言われたとおりの硬貨を取り出した。そして男に手渡す。
「ちょうどだ。毎度あり」
「……あの、頼まれごとしてもらってもいいですか?」
 男は硬貨をポケットに入れて、腕を組んだ。
「俺にできることであれば」
「簡単な旅支度を準備して欲しいです。野宿も可能な装備で、なるべく早く。それなりのお金は出します」
 財布の中をちらりと男に見せると、彼の目の色が変わった。
「嬢ちゃん、何者だ?」
「ただの旅人ですよ。これから首都に向かうんです」
「へえ……。今の台詞、その剣を売ってきた男と同じだぜ」
「え?」
 男は店内を見渡し、そして古い置き時計に視線を止めた。
「日が暮れる前に準備してやる。ここから首都なら、気温はたいして変わらないから、重装備する必要はないからな」
「そうですか、お願いします。二人分でお願いしますね」
 アーシェルが目を見張ったが、それを無視してレナリアは男に頼み込んだ。男は二人を見比べながら、笑みを浮かべて首肯した。
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