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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐17 魔術と魔法の邂逅(2)

 テウスとカーンの膠着こうちゃく状態が続いている中、突如として銃声が建物内で鳴った。それはその場にいた一同の気を引くには、充分な音の大きさだった。
「銃声……? もしかしてレナリアの……?」
 ロイスタンの名前を呟いてから、顔がこわばっているルカが呟く。カーンは眉をひそめながら、首を横に振った。
「違う。レナリアの銃声はもう少し爆発的な音だ。俺は直接聞いたから、それは確かだ」
 カーンの視線はテウスから逸れており、副社長がいるだろう部屋に向けられていた。
 程なくして同じ銃声音と爆発音らしき音がした。
「レナリアとロイスタンが交戦している!」
 ルカが無防備にもテウスの後ろを通って、廊下を駆け出す。カーンはそれを見届けただけで、追撃しようとはしなかった。そしてあろう事か剣を下ろしたのだ。
「何のつもりだ?」
 テウスが警戒心を露わにしたまま言う。
「一時休戦だ。俺は雇われ主の命が、お前らは仲間の命が心配だろうからな」
「主の無事がわかれば再開ってことか? 油断させて背後から襲ってこないよな」
「……卑劣な罠を張るような人間だと、俺は思われているのか」
 カーンが肩を落としているのを見たテウスは、軽く頭を下げた。
「いや、お前は正々堂々と戦う男だ。疑ってしまい、すまない」
 言われたカーンは表情を緩めた。
「……このような立場で出会わなければ、ゆっくり話がしたかった」
 二人が剣を納めたのを見たキストンが、廊下の角から出てくる。そして三人でドアの前で立ち尽くしているルカに駆け寄った。
 そこで三回目の銃声が鳴り響いた。爆発音ではなく純粋な音――つまりただの銃を使用した音だ。
 ドアノブに手をかけようとするルカを横にどけて、テウスがドアノブに触れた。そしてゆっくりドアを開いた。
 少しずつ室内が見えてくる。暗がりの部屋に差し込んでいく廊下の灯り。高そうなソファー。立派な机。本などが積み重なっている仕事机。
 警戒しながら中に入り込んだ。周囲を見渡していると、部屋の右奥を見てテウスはその場で立ち尽くした。
「何だ、あれは……?」
 入り口で立ち止まっていると、ルカ、キストン、カーンと続いて入ってきた。三人もテウスの視線の先にあるそれを見て、愕然とした。ルカは両手で口元を覆う。
「ちょっ、何よあれ……」
「氷漬け……?」
「まさかロイスタン様?」
 右奥にはロイスタンがドアとは垂直になる方向に銃口を向けた状態で、全身氷漬けになっていた。薄暗い室内の中で、不気味なほどに輝いている。
「この仕業……まさかアーシェル様か?」
 テウスは左手から鞘を離さずに、室内の奥へ進んだ。ルカとキストンも周囲をきびきび見ながら歩いていく。仕事机の近くに行くと、椅子が乱れているのに気づいた。警戒心を解かずに、裏に回り込む。
 そこにはロイスタンに向かって倒れ込んでいるレナリアの姿があった。すぐ近くには彼女の銃があった。服が乱れているし、出血も見える。髪をまとめていた青色のバレッタは外れて、すぐ傍に落ちていた。
 まさかと思い手を差し伸ばし、彼女を軽く揺すった。
「おい、レナリ――」
 彼女を動かし、前を見た瞬間、動きを止めた。シャツが上から下まで切られ、胸を隠すための下着が露わになっていた。鎖骨には傷さえ見える。
「テウス、どきなさい!」
 後ろからルカがテウスを突き飛ばし、慌てて彼女の上半身を男たちから遮るようにして抱え上げた。胸元に軽く手を添えると、安堵の息を吐いた。
「大丈夫、生きてはいる。ちょっと気を失っているだけ」
 ルカは自分の上着を脱いで、彼女の前にかけた。そして横にして、全身の怪我の具合を見ていく。その間、テウスはロイスタンの傍で立ち尽くしているカーンの様子を見ていた。
「どうだ、ルカ、レナリアの様子は」
「ナイフで軽く切られた傷はいくつかあるけど、血も止まっているし問題はない。右手の甲の傷も動かすのに不自由ではあるけど、たぶん傷が塞がれば大丈夫。それよりも左腕、右太股、左腰にかすっている銃の怪我の方が問題……」
 ルカはキストンが取り出した止血の布をひったくり、急いで抑えつつ、縛り始めた。
 止血をしている最中で、レナリアがくぐもった声と共に目をうっすら開けた。
「レナリア、大丈夫!?」
「ルカ……? 私、生きているの?」
 最後に左腰に布をあてて、しっかり締め付けると、ルカはレナリアを机に寄りかからせた。
「生きているよ。ごめん、ロイスタンと二人だけにさせて……」
 ルカの声は涙混じりだった。彼女の友人とレナリアを対比させているのかもしれない。
「……レナリア・ヴァッサー、聞きたいことがある」
 カーンが氷漬けのロイスタンを見たまま聞いてくる。レナリアは視線を横に向けると、目を大きく見開いた。
「凍っている……?」
「何だと? お前がやったんじゃないのか? その銃を使った魔術で」
「私が撃ったのは一発。しかも腰のあたりで、下半身しか凍らせられなかった……はず」
「はず?」
 眉をひそめてレナリアを見てくる。その間テウスはカーンが剣の柄に触れていないことを確認した。
「ちょっとおかしな事が続いていて……。アーシェルは地下よね、カーン」
「ああ、そうだ。ベルーンが手綱を握っているから、確かだろう」
「じゃあ、アーシェルの仕業じゃない……。ならどうして凍った? 私の魔術力では銃を使わない限り無理なのに……」
 俯きながら、ぶつぶつと呟き出す。レナリアとロイスタンの間にどんな攻防があったのかは、本人たちでないとわからない。状況から見て、おそらくロイスタンがレナリアを襲うとしたところを必死に逃げて、銃の撃ち合いになった末、彼が凍ってしまったというところだろう。
 しばらく黙り込んでいると、なにやら廊下の外が騒がしいのに気づいた。カーンははっとして、ドアの方に振り返る。
「さすがに下の階にいた奴らが来たか。逃げないと捕まるぞ」
 銃が入ったウェストポーチを巻いたレナリアは、ルカに支えられながら立ち上がったが、すぐに崩れ落ちる。見かねたテウスはバレッタを拾い、彼女の膝下に左腕を入れて、右腕を背中に回して持ち上げた。彼女は抵抗することなく、むしろ首に手を回してくる。
「ごめん……」
「気にするな。走れないなら抱えて逃げた方が早い」
「でもどこから逃げるの?」
 レナリアが言葉をこぼすと、テウスは口をへの字にした。視線が真っ直ぐドアに向けられる。
「正面から堂々――」
「副社長用の脱出口があるが、使うか?」
 カーンの言葉を聞いた四人は目を見開いた。
 固まっていた中で、まずレナリアが口を開く。
「それって敵を逃がすことになる。そんなことして大丈夫なの?」
「反対されようにも、今は雇い主がこんな調子だ。仮に氷が溶けたとしても、しばらくはまともに動けまい」
 ちらりと氷漬けの青年を見る。抑揚ない声音がカーンとロイスタンとの冷めた関係を示しているようだった。
「それよりも俺はお前たちが捕まる方を避けたい」
「どうして?」
「テウスとの再戦、レナリアとは真っ向から勝負したい。そして――雇い主のやり方が気に入らないからだ」
 きっぱりと言うと、彼は寝室のドアを押して隣に移動した。テウスはレナリアと視線をあわしてから、彼の後を追った。
 部屋に入り、テウスは眉をひそめた。机の端に結ばれている縄、ベッドの上に点在している血、そして氷漬けになった短剣。テウスの首にしがみついているレナリアの力がやや強くなった気がした。
「……抵抗できない女を蹂躙する男は、たとえ雇い主であっても嫌いだ」
 カーンは寝室の角に行き、何もない壁を手で押す。すると壁は動き、奥から階段が現れた。
「ここから一階まで降りられる。その後はお前たちでどうにかしろ」
 四人は出現した階段を無言のままじっと見ていた。罠かもしれない、それがまず脳裏によぎった。
 すると隣の部屋のドアが激しく叩かれる音が響いた。そこから声が聞こえてくる。
「ロイスタン副社長、何かありましたか!?」
「何の音ですか!?」
 カーンはテウスに視線を向けた。彼は軽く頷いている。青年の決死の想いが伝わってきた。もう悩んでいる時間も理由もなかった。
 ルカと目配せをする。彼女は勝手にしろという表情をしていた。
 仮に万が一これが罠だったのならば、テウス自身の剣で突破するまでだ。
「……ここから一階に行けるんだな」
「そうだ」
「では使わせてもらおう。礼を言う、カーン。無事に逃げきれて再会したら、今度は正式な場で戦おう」
「ああ、その日を楽しみにしている。もしベルーンに会ったら、俺は副社長の傍にいると言ってくれ。お前らを取り押さえるのも俺の仕事だが、今は護衛の身でもあるからな」
「わかった、伝えよう。ただしベルーンと話が通じたら……な」
 ベルーンはカーンよりも任務に忠実だ。テウスたちが現れた途端、攻撃をしかけてくる可能性がある。彼女の性格を知ってか、カーンは自嘲気味に笑っていた。
 ルカが警戒しつつも先に壁の扉をくぐった。テウスとレナリアもくぐろうとしたが、その前に彼女に止められた。レナリアは首を伸ばしてカーンを見る。
「カーン、ありがとう」
「いや、俺は何もしてない。むしろすまなかった。ロイスタン副社長はお前と対話したがっていたから、部屋に誘導させたんだ。それが……」
「罠とわかっていて敵の巣につっこんだ私のせいだから、気にしないで。……あの、もしかしたらロイスタン副社長の氷漬けを解除できるかもしれない」
「何?」
 テウスにとっても聞き捨てならない言葉だった。すぐ傍にいる少女の顔は強ばっている。
「あの氷が私の手によるものなら、解除の言葉を発せれば溶けるはず。……この壁の扉を閉めて、十秒後に言葉を発する。それでも溶けなかったらベルーンにでも手伝ってもらって」
「レナリアはそれほどの魔術師だったのか?」
 彼女は躊躇いながらも首を傾げた。
 テウスは魔法や魔術の構造はよくわからないが、今まで銃弾で当てたところしか氷を生み出せない彼女が一発だけであの青年を凍らすことはできない、と直感的に思った。
 だが不可思議な現象は、いつか突飛もない進化をするということも聞いていた。だから彼女が起こしたという可能性もゼロではない。彼女の躊躇い方はその末だったかもしれなかった。
「テウスたち、さっさと行くよ!」
 壁から顔を覗かせたルカがランプを片手に持っている。レナリアがカーンに頭を下げてから移動し、最後にキストンも滑り込んで階段を下りていった。カーンの手によって壁が小さな音を立てて閉められる。
 立ち止まって閉じたのを目と音で確認すると、ルカが言葉をはいた。
「カーンの言うとおり、ここは緊急脱出口だと思う。騙してはいないんじゃないかな。……辿りついた先で包囲網ができていない限り」
「あいつの言うことは大丈夫だろう。今はとにかく下まで降りるぞ」
 テウスが歩き出すと、思い詰めた表情でレナリアは天井に向かって口を開いた。
「散れ――」
 それは魔術の解除の儚い言葉。魔術をかけた相手が果たして元に戻ったかは、この場ではわからなかった。


 レナリアたちを脱出階段に降りさせてから十秒後、カーンは隣の部屋に戻っていた。するとちょうど氷漬けにされた青年の氷が、目の前で溶けだしていた。上半身から下半身へと氷は消えていく。途中で倒れそうになるのをカーンは腕で支えた。
 そして彼を床につけた頃には、氷だけでなく氷であった水も跡形もなく消え去っていた。
「魔術……?」
 カーンの脈を測ると一定の間隔で脈打っている。気を失っているが、目立った外傷はなかった。
「あれだけの時間、氷漬けにされたのに、何も影響がない?」
 訝しげに思いながら、ロイスタンをソファーの上に運んだ。そしてうるさい声が聞こえるドアを少しだけ開いた。そこにいたのは二人の眼鏡をかけた男と彼らが連れてきた守衛が一人だった。
「何だ?」
 赤い瞳で睨んだためか、二人は一瞬怯んだ。
「さ、さっき銃声が聞こえたんだ。まさかロイスタン様、何かをやらかしたのでは……」
「お、おい、違うだろう! 強盗でも入って、副社長の身に何かあったのではないかと、心配になってきたのです!」
 発言の具合からして、二人とも内心は前者の言葉をだしたかったのだろう。部下からもそういう男だと認識されているようだ。まったく嫌な男に雇われたものである。
 カーンは表情に出さないよう口を開いた。
「……銃声はロイスタン副社長が試し打ちをしたからだ。下にまで迷惑をかけていたようで、すまない」
 さらさらと嘘が言えたのは、ベルーンから知恵を借りたおかげだった。
 二人は納得していないようだったので、せめてもと思い、ドアを少し広げてソファーの上で横になっているロイスタンを見せた。ようやく二人の表情は緩んだ。
「ああ良かった。無事だったんですね」
「女を連れ込んでなくて良かった」
「今は仮眠をとっているから、また翌朝にでも来てくれ」
 そう言うと二人はあっさり引き下がってくれた。男性たちの背中を見届けると、音を立てぬよう、ドアを閉めた。
 そして改めてロイスタンに近づく。先ほどよりもはっきりと規則正しく胸を上下させている。まるで眠っているかのようだ。
「どうなっているんだ?」
 魔術で害されれば、多少後遺症は残るはずだ。カーンもレナリアに魔術弾を撃たれた後、足先の動きが僅かだがしばらく鈍くなった記憶がある。
 しかし今の姿を見る限り、ロイスタンに異常は見られなかった。
 カーンは腕を組みながら、窓の外を見据えた。厚い雲で覆われている。もうまもなく雨が降りそうだ。
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