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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐14 密やかなる侵入(4)

 ルカは警戒しながら、少しずつドアを開けていく。ごくりと唾を飲みながら開いていた。少しだけ中を覗き込み、少し間を置いた後にドアを持ったまま、体を滑り込ませた。彼女は左右の廊下を確認してから、レナリアたちに目線で合図を送る。それに従って三人も建物の中に侵入した。
 中は薄暗く、所々にか細い明かりが灯っている。灯っていない明かりもあり、夜で明かりを減らしているのかもしれなかった。
 非常階段は建物の横の真ん中にあったため、そこから入ると左右に通路が広がっていた。建物の作りは長方形で、互いの通路を進むと突き当たりにぶつかるようである。それから曲がって歩いていくことで、建物全体をぐるりと一周することができるだろう。
 人の気配がしない。夜とはいえ、あまりにも不用心ではないだろうか。
「今、社長は不在にしているし、取水口の件もあるから対応に追われてこの階に人はいないのかもしれない」
「あまりに都合が良すぎる解釈だな」
 左手で鞘を持っていたテウスが言葉をこぼす。ルカは目線を通路に向けたままだ。いつもより固い表情が、返答の裏返しでもあった。
「……二手に分かれよう。おそらく通路沿いを歩いていけば、逆側で会うはず。ある程度時間がたっても会えないようなら、それぞれこっちに戻ってきて建物をでよう」
 ルカはテウスと視線をかわすと、少しの沈黙を置いてから頷きあった。
「レナリア、行くぞ」
「わかった」
「せいぜい足手まといにならないで、付いてきて」
「誰のおかげで鍵を開けられたと思っているの?」
 テウス、レナリア、ルカ、そしてキストンが思い思いの言葉を発してから、二人ずつ背を向けて歩き出した。レナリアたちは左側の通路を歩いていく。
 テウスは柄の部分をずっと左手で握りしめていた。彼の後についたレナリアは揺れ動く一本に結われている黒い長髪を見ることになった。男にしては非常に長い髪だ。女でさえもうらやむほど、さらさらした髪質である。
 通路を真っ直ぐ進み、突き当たりにつきそうになる前に、二人は内側の壁に寄った。それからテウスがゆっくり顔を出す。そして振り返り目線を送ってきた。頷き方からして、問題はないようである。警戒を解かずに角を曲がった。
 それからは正面と左右にあるドアに気を付けながら進んでいく。ドアの前を通るときは、中から気配がないか察知しようとしたが、何も感じられなかった。ルカの言うとおり、本当に空の状態なのだろうか。この大きな事業所がここまでもぬけの殻というのも不気味すぎる。
 装飾も何もなく、ただ点々と明かりが灯っている廊下を歩いていく。途中でひときわ豪華な扉の前も通過した。様子から見て社長室ではないだろうか。そっと扉に耳をあてたが、中に誰かがいる気配はない。軽く扉を押したが鍵で閉まっており、びくともしなかった。
 社長は今、首都を離れて、地方を転々としているとルカが言っていた。他の地域に自ら作り上げた装置を売り込みにいっているらしい。それならば、いなくて当然であろう。それにも関わらず、先ほどから胸騒ぎが止まらなかった。
 ここまですんなりと入れたのは、敵が自分たちをおびき寄せているから。
 アーシェルは既にここにおらず、侵入部隊を一網打尽にしたかったのでは――?
 最悪の考えが脳内によぎっていく。テウスは何も喋らず、最大限に注意を払いながら歩いていた。
 少し歩いたところで、何かが落ちているのに気づく。物がほとんどない廊下に落ちているそれは、すぐに目に付いた。
 目を凝らして見る。青っぽい何かだ。小振りな花のようにも見える。だが実際の花ではなく、作られた花だった。さらに近づいてみると、レナリアは目を丸くした。アーシェルに贈った、小さな青い花の飾りがついたゴムによく似ていたのだ。
 それから視線を逸らさずに、レナリアはテウスの前を歩きだそうとする。だが彼は前に出ようとするのを、腕を握って止めてきた。
「待て、一緒に行く」
 既に察したらしいテウスと並んで歩き出す。一瞬とはいえ、取り乱しかかった自分が恥ずかしくなった。もう少し感情を抑えなければ。
 ゴムの前に着くとレナリアはそれを拾い上げた。遠目からでは似ているものかもしれないという、半信半疑の言葉しかだせなかったが、この距離から見ればもはや断言できた。これはアーシェルが結んでいたゴムと同一の種類ものだ。
「偶然にも他の人が使っていたのが落ちていたとは考えにくい。だってルーベック町で買ったものだから」
 視線を左に向けるとドアがあった。この先に彼女がいるのか、それとも――。
 その時、通路の向こう側から誰かが廊下を歩いてくる音が聞こえた。隠れる場所はなかったため、すぐに二人は戦闘態勢に入る。
 歩いてきたのは金髪で赤い色の瞳の青年。彼はゆっくり鞘から剣を抜くところだった。
「カーン……!」
 テウスもすぐに剣を抜き、一歩前に出た。
「まさかここで二人に会うとは思わなかった。傷は塞がったのか、テウス」
 カーンは淡々と聞いてくる。テウスは答えず、剣を握りなおしていた。
 先日の二人の戦いの勝敗を考えてみたら、加勢するべきだろう。いち早くアーシェルを見つけ出したいという想いもあるが、今はカーンを戦闘不能のすることが先決だ。
 しかしレナリアの考えに反して、テウスは口を開いた。
「……レナリア、ここは任せろ。先に探しにいけ」
「え、でも……」
「二の前にはならない」
 後ろから垣間見える彼の表情は、いつにも増して引き締まっていた。
 彼の確固たる信念を受け取ったレナリアは軽く頷き、ドアのノブを回してみる。回った、鍵はかかっていない。罠という考えが思い浮かんだが、テウスが飛び出したのと同時にドアを開け、薄暗い中に入り込む。外では剣と剣が交じり合う、激しい音が響いていた。
 部屋の中ではカーテンが全開の窓から光が入り込んでいる。建物の外で使用している灯りが、入り込んでいるようだ。
 一歩、二歩と進むと、奥で突然ランプが灯った。ドキッとしながら、その場で立ち止まる。机の前にいる眼鏡をかけた男性が、ランプに火を灯したようだ。
「こんばんは、お嬢さん」
 一見して穏やかな声音の男性。しかし明らかにレナリアを待っているようなタイミングで灯りをつける、何かあるに違いなかった。
 男は何者か。それよりもアーシェルはここにはいないのか。状況からして、この男から話を聞き出すか、気を失わすのが先決のようだ。
「こんな夜更けにノックもせずに部屋に侵入するなんて、君には夜這いの趣味でもあるのかい?」
 軽い口調で聞いてくる。警戒しておらず、むしろにこにこした顔つきで言っていた。
「ねえ、きちんと答えてくれれば、丁重に扱ってあげるからさ。口を開いてよ」
 青年と顔をあわせてから、頭の中でずっと警鐘が鳴り響いている。この男とまともにやり合ってはいけないと、第六感がいっていた。
 話を聞き出すなど悠長なことはできない。すぐに黙らせる必要がある。レナリアは大股で青年に向かって歩き出した。
「おや、近くで話をしてくれるのかい? それは嬉しいねぇ」
 机の前から少し離れた青年は心底嬉しがっているような顔を見せた。
 レナリアは進む度に歩を早くし、近づいたところで銃を取り出して青年の足下に向かって引き金をひいた。
 銃弾は青年の足下にあたり、一瞬で動きを封じる氷が広がる。レナリアはその間に距離を詰め、男の後ろに回って首の部分に右手で作った手刀を振り下ろした。
「……話聞いているの?」
 振り返られると細い目で見られる。警鐘が最大限に鳴ったときには、右手首を握られていた。やや黒みがかった灰色の髪の青年、ひょろひょろとしているため武術の心得ないと思いこんでいたが、それは間違いだった。
 握られたまま手首を捻られ、レナリアはその場に腰の辺りを叩きつけられる。
「魔術師らしくない魔術師だね。そのまま凍らせて遠目から見ていれば、まだ時間はできただろうに」
 青年に引っ張られて、彼の足に背中を付けられた。背後から冷気が漂ってくる。レナリアが発動させた水の華は男の足の部分を凍らせていた。
「ねえ、冷たいんだ。この魔術を解除してくれる?」
 背筋がゾクゾクとしてくる。少しでも抵抗をしようと、全身を下に向けて引っ張った。それでもびくともしなかった。
「さっきからさ、話を聞いているの? レナリア・ヴァッサー」
 驚きのあまり目を丸くしている隙に、右手の甲に痛みが走った。
「痛っ……!」
 腕に何かが伝ってくる。視線をあげるとレナリアの手の甲から赤い血が滴り落ちていた。小さなナイフが突き刺さっている。
「だからさ、解除してよ。なるべく傷つけたくないんだから。次に言うことを聞かなかったら、腕から順番に刺していって、最後は目でも刺そうかな」
 ナイフを五本取り出して言ってくる。
「あとアーシェルを魔女らしく、火炙りにでもしようかな」
 彼女の単語を出された途端、手首より少し下に激痛が走った。
「ゆっくり話をしたいんだ。だからとりあえず魔術を解いてくれ。いいか、これは頼みではなく命令だ」
 命令でなく脅迫だろうと内心思いながら、氷に左手を触れて頭の中で解除の言葉を発した。ひびが入るなり、一瞬で粉々になる。
 下半身が動けるようになった青年は膝を折って、レナリアと視線をあわせてきた。口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。
「ありがとう、査察官のお嬢さん」
 バレている。すべてお見通しのようだ。
 黙ったままでいると、青年の左手がレナリアの頬を触ってきた。何とも冷たい手だ。血が通っているのかと疑いたくなるほど冷たかった。
「やっぱり可愛いお嬢さんだ。喋ってくれないの?」
 喋ればすべてを認めたことになる。睨み返すと青年は肩をすくめた。
「わかった。頭が冷えたら、また話しかけてみるよ」
 頬から手が離れると、次の瞬間、鳩尾に衝撃が走った。為す術もなく体の力が抜け、青年の腕の中で意識が薄らいだ。


 廊下ではテウスとカーンが激しい攻防を繰り広げていた。右に左に襲ってくる剣をテウスが跳ね返す。どちらかと言えばテウスが押している状態だった。前回よりも分がいいのは、テウスが覚悟してきたからだろうか。それとも――。
 鍔迫り合いになり、二人の青年は顔を近づけあう。
「おい、アーシェル様はどこだ」
「答えると思っているのか?」
「思っていない。だからお前とここで決着をつけて、探しに行く」
「それが一番いいだろう。俺は雇い主の命でお前らを行かすなと言われている。だから全力で抵抗しよう」
「馬鹿の一つ覚えで雇い主、雇い主って連呼するんだな。お前は本当にそれを望んでいるのか?」
 カーンの力がやや緩んだところで、テウスは剣を勢いよく押し離して、上から振り下ろした。カーンが剣を横にして受け止める。歯をぎりっと噛みしめていた。
「お前ほどの腕があれば、もう少し仕事があると思うが、どうしてこんな所にいる?」
「そんなことをお前が知ってどうする」
 カーンは膝を折る。テウスのバランスが崩れた。振り下ろされた剣をやり過ごして、カーンは足でテウスの膝を蹴った。衝撃を受けると、よろめきながら後退する。
 態勢を立て直している隙に、カーンが剣先を向けて突っ込んできた。顔に刺さるところを寸前でかわす。頬に軽くひっかけられて、赤い線ができた。
 振り返りざまに剣を振られ、背中を切られそうになったが、くるりと反転して真正面からはじき返した。
 目を丸くしたカーンは口元が一瞬緩んでいた。
「随分と反応が良くなったな。俺に刺された身とは思えん」
「覚悟を決めた人を知っているから、その人に負けないと決めたまでだ」
「レナリア……か」
 カーンは軽く剣を振って、血を払った。
「……お前はレナリアとアーシェル・タレスを選ぶとしたら、どちらをとる気だ?」
「は?」
 両手で剣を構えるテウス。カーンは右手で剣を持って先を床に向けたままだが、隙が感じられなかった。
「さあ、どっちだ?」
 決意したレナリアとアーシェルの顔が思い浮かぶ。二人とも強い少女たちだ。特に精神面ではどちらも下ということはない。だから敢えて選ぶというのならば――
「アーシェル様だ。お守りすると誓ったから」
 そういった瞬間、カーンの表情にやや陰りが入った気がした。
「わかった。では先に結論だけ言わせてもらおう。アーシェル・タレスはこの建物の中にはいない」
「何だと!?」
「ああ、この建物の中にはいないさ。さてお喋りは終わりだ。――行くぞ」
 剣先を下に向けたまま、カーンは素早く駆けてくる。そして近づくと下からすくい上げるようにして振り上げた。それに対して、テウスは振り下げて対抗した。
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