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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐12 密やかなる侵入(2)

 おおまかな作戦会議を終えた頃には、明け方近くになっていた。全体、そしてグループごとの詳細な作戦を練り直した後に、実行日を決めて動くことになった
 最後の方は欠伸をかみ殺していたキストンは、会議が終わるとすぐに寝床に引っ込んでいる。レナリアも宛がわれた部屋に行こうとしたが、テウスに肩を掴まれた。黒色の瞳が空色の瞳を射抜いてくる。
「何?」
「話がある」
「はい?」
 テウスは間の抜けた返答をしたレナリアの手首を握り、こちらが進むべき部屋とは逆方向に歩き出した。
「ちょっと何!? 痛いんだけど!」
 聞く耳を持たずにテウスは歩いていく。途中でその様子を見たルカがにたにた笑っているのが気になった。
 ある部屋に連れ込まれると、勢いよくドアを閉められた。カーテンで締め切られている部屋の中は真っ暗で、暗闇の中で目を慣らすまでに時間を要した。テウスが怒りの形相で近づいてくる。思わず後ずさったが、すぐに足がベッドに引っかかり、その上に座り込んでしまった。すぐ上にはテウスが拳を握りしめて立っていた。
 鼓動が速くなる。明かりもつけずに、何を考えているのだろうか。右手を軽く胸の部分で握りしめた。
「いきなり何よ」
「……どうして来た」
 ようやく低い声が絞り出される。レナリアは目を瞬かせて、改めてテウスを見上げた。どこか辛そうな顔をしていた。
「アーシェル様があんなに必死になって、お前たちを助けようとした。それを無駄にする気か!?」
 感情を露わにして発した言葉を聞いて、胸の中で何かがすとんと落ちた。
 テウスにとってアーシェルは命の恩人であり、絶対の存在。だから彼女を補佐する人間になった。
 しかし今のレナリアたちは、彼女が願っていたこととは逆のことを為そうとしている。それに対してテウスは苛立ち、結果として今のような言葉が出てきたのだろう。
 レナリアは少し間を置いた後に、表情を緩ました。テウスは虚をつかれたような顔つきになる。
「あの子を助けて、聞かなければならない理由ができたからよ」
 レナリアは立ち上がり、テウスを差し置いて窓に向かって歩いた。そしてカーテンに触れて、少しだけ外を覗き見た。うっすらと朝靄が見えてくる。
「何を聞く気だ?」
「七年前の真実。アーシェルしか知らないこと」
「……辛いことを掘り起こす気か」
 やや怒気をはらんだ声を聞き、カチンときた。レナリアは壁により掛かりながら腕を組む。そして盛大に溜息を吐いた。
「何それ、貴方、何様のつもり?」
「は?」
「アーシェルのことが大切だって言っているけど、今の話を聞いていると、ただ手元に置いておきたいだけじゃない。そんなに保護下に置きたいの?」
「どうしてそう解釈される。アーシェル様はこの国にとって大切な人だ。落ち着く時までそっとするべき――」
「その時って、いつ? あの子が魔法使いを終えるまで? 魔法使いを追う人がいなくなるまで? そんなのいつになるかわからないじゃない。命の恩人だから護りたい、危険な目に遭わせたくないって、あの子が望んでいるかわからないなら、ただの自己満足じゃない!」
「うるさい!」
 テウスは大股で近づき、レナリアの顔の左側の壁の部分を勢いよく突く。その間、レナリアはいっさい視線を逸らさなかった。
「お前にあの人の何がわかる!」
「私にはわからない。だから直接会って話したいのよ! アーシェルの気持ちを聞きたいのよ!」
 啖呵をきって言うと、テウスの表情からたじろいだのがわかった。目の前にいる青年に向かって諭すようにして続ける。
「あの子は自分の意志を持って生きている人間よ。自分の背中を見せて無言のままただ助けるのではなく、目を合わせて話し合わないと。今回だってアーシェルは自分が捕まることですべてを終えようとした。それはきっと上手く意志の疎通ができていなかったから、そんな行動しかできなかったのよ」
 テウスが傷ついたような顔をしていた。自分の行動を否定された気分になったのだろう。同時に彼も人からの愛を受けていない人間だということに気づいた。
 レナリアは壁をついている手をそっと左手で触れた。彼の腕がびくっと震えている。太くてごつごつとした手を握るとあっさりと壁から離れた。その手を両手で握りしめる。
「でもまだ間に合う。今からでも面と向かって話せば大丈夫。だから助けにいこう。そして私もその手伝いをさせて」
 最後に念押しのように言うと、テウスは俯いた。まだ葛藤している部分はあるのだろうか。それでも否定の言葉を即座に出されるよりは良かった。
 手を離し、ゆっくり壁に沿って移動する。
「話はこれで終わりでいいよね。なら私、少し仮眠をとるから――」
「お前の気持ちはわかった。だから侵入の前に一つだけ伝えておく」
 テウスの気配から怒りというものが消えていた。研ぎ澄まされた表情でレナリアのことを見ている。
「副社長のこと知っているか?」
「ロイスタン副社長のこと? 若いのにすごいやり手の人でしょう」
「ああ。同時に裏でも随分と動いているらしい。今回、侵入する中でベルーンとカーンはもちろん要注意人物だが、ロイスタンには一番気をつけろ。特に女のお前は見たらすぐに逃げろ」
 首を軽く傾げる。今回の侵入作戦で、女性で内部まで入るのはレナリアとルカのみだ。先の会議では何も言われなかったが。
「ルカはあいつが狂っているというのをよく知っている。何かの拍子でルカの友人がロイスタンと知り合いになって、一緒に食事をとった翌日――服が切り裂かれて殺された状態で道に放置されていた」
 レナリアは大きく目を見開いた。その話は昨年聞いたことがあった。若い女性が衝撃的な状態で殺されていたというもので、その後ルベグランに夜遅くに帰るなと忠告された事件でもあった。
「犯人は見つかっていないが、おそらくロイスタンだ。裏であいつは人を弄ぶという話をよく聞くからな。現場にあいつと同じ服の高そうなボタンが落ちていたらしいが、圧力によってか通り魔で処理されたそうだ」
「そんな人の手元にアーシェルが……!」
 レナリアの顔が青くなっていく。テウスは唇を軽く噛んだ。
「ああ、抵抗したら手荒なことはされるかもしれない……。だがあいつも馬鹿じゃない。精神的に不安定な状態で魔法を放つと無理が生じてくる。何かあっても、せいぜい脅すくらいで終わるはずだ。だが魔法使いでない人間なら別だ」
「私が捕まったら、殺されるかもしれないって?」
「……剣技に心得があるのはわかっているが、これから侵入するのは奴らの本拠地だ。どこで罠を張っているかわからない。さすがにお前だって動きを拘束されたら、どうにもならないだろう? だから見たら逃げろ。これだけは譲れない」
 切々と訴えてくる言葉から嘘ではないと思われる。剣で切りかかられるより、そして魔術で不可思議な現象を起こされるよりも、やりにくい相手であるのは間違いなさそうだ。
 今回の目的はアーシェルの奪還。相手を全滅させる必要はないのだから、仮に対峙したとしても、逃げるという選択が第一にあがる。テウスに言われずとも、戦闘は回避したかった。
「わかった。特に気をつける」
「そうしてくれ。お前は意外と可愛いからな」
 ぽっと出された言葉を聞いて、レナリアは一瞬固まった。そして抜けた声を出す。
「……へ?」
 テウスは照れ隠しもせず、真顔で言っている。逆に言われたレナリアの方が顔を真っ赤にしそうだった。
 呆然と突っ立っていると、テウスが近づいてくる。
「どうした、気分でも悪くなったのか?」
「ち、違う! 話はそれだけなら、部屋に戻るね! おやすみ!」
 叩き込むようにして言って、慌てて部屋から出た。ドアをバタンと閉め、背中をそこに付けた。
 頬に熱が帯びている気がする。廊下を軽く見たが、誰もいなかった。
「何なのよ……」
 あまりにも不意打ちすぎる言葉だった。
 いつもアーシェルのことを第一に想い、あの子のことなら命を捨てる覚悟もある彼の発言だ、深い意味はないだろう。そうだとしてもびっくりする発言だった。鼓動が激しく鳴っているは、驚きのせいだと思いたい。
 一度深呼吸をし、多少気持ちを静めてから、背を離して廊下を歩き出した。


 * * *


 レナリアとキストンが青輪会の隠れ家に行った三日後、作戦を決行する日がやってきた。
 夜の帳が落ち、町の中の明かりがぽつりぽつりとついている。空はどんよりとした雲で覆われていた。雨が降るかもしれないという話も聞いている。万が一レナリアが魔術を使う状況になった際、水は多い方が楽だ。
 建物の内部に侵入する人間は、テウス、ルカ、レナリア、そしてキストンだ。本当は戦闘員ではないキストンは後方部隊に置いておきたかったが、何らかの罠がある可能性もあったため、彼を連れてこざるを得なかった。
「アーシェル様がいるとしたら、おそらく最上階だ。社長室と副社長室がある、一般人には入れない地帯にいるだろう」
 作戦決行前に、再度地図で建物の様子を確かめた。
 ピュアフリーカンパニーの外灯は煌々とついている。塔とも呼ばれる建物の周りは、どこに足を踏み入れても影がつくほどだった。
「あんなに明かりがついているなんて、相当儲かっているのねぇ……」
 ルカがぼそりと呟く。レナリアは垂れ下がった髪を耳にかけた。
「ただ浄化した水を作って売るだけで、あそこまで儲かるわけがない。水道料金から見れば、多少利益がでているくらいよ。裏で何かあるとは言われているけど、なかなか尻尾を掴めなくて……」
「もしかして運が良ければその不正となる証拠を見つけたいっていう魂胆もある?」
「師匠だったらそこまでするだろうけど、私は余裕がないからできない」
「へえ。思ったよりも慎重ね」
「もとから慎重よ」
 会話を切り、レナリアは右側の腰にウェストポーチがあるのを目で見る。そして触りながら、銃が収納されているのを確認した。
 左側には小振りな剣を携えている。少し大きめの短剣という具合だ。先の旅で使っていた剣では大きすぎると思い、小さいのに変えていたのだ。
 ルカは取り出した懐中時計で時間を確認する。そして筒を片目に当てて、敷地内へと目を向けた。四人が今いるのは、ピュアフリーカンパニーの二つ後ろにある建物の屋上だ。キストンが作った簡易の望遠鏡によって、ルカが遠目から様子を伺うことができていた。
「これ、両目にしたら、見る側としてはかなり楽になると思うんだけど」
 製作者であるキストンに声をかけるが、彼は首を横に振っていた。
「その通りだと思いますが、今の技術で両目のものを作ったら重くなってしまいます。もう少し軽い素材が見つかれば検討してみます」
「君ってさ、整備士というより、技術士だよね。ダリオットさんもそんな感じがする」
「あの人の弟子ですから、何でも対応できないと駄目なんですよ」
 キストンが乾いた笑いをあげている中、レナリアは敷地内に動きがあったのをおぼろげに察した。
「ルカ、動きがありそう」
「わかった。三人は動ける準備をして」
 望遠鏡を覗き込むと、ルカが息を飲んだのがわかった。
「建物の中から人が出てくる。社員はだいたい帰ったから、警備の人たちね。裏の方に向かっている」
「川から浄水場に水をとりいれる取水口、もしくは浄水場内で一度水を外に出させる着水井ちゃくすいせいに向かっていると見ていいの?」
「正確にはわからないけど、裏手にあるのはその二つしかないから、そうじゃない?」
 望遠鏡から目を離すと、ルカはそれをレナリアに渡した。それをのぞき込む。
 裏手に回っている。おそらく作戦通りに進んでいるのだろう。視線を建物の横に向けると、狙ったとおりの異変に気づいた。口元に笑みを浮かべて、望遠鏡を下げる。
「どうした、レナリア」
 黒色の外套を羽織ったテウスが聞いてくる。キストンの準備も終わり、リュックを背負っている最中だった。
「処理池の水の流れが四つすべて止まった。作戦は成功しているようよ」
「そうか。しばらくは騒がしくなりそうだな」
 そうこうしているうちに外灯の一部が消えた。代わりに流れが止まった二池の水が流れ出している。
 キストンが目を細めて、その様子を眺めていた。
「取水口を故障させるくらいの大きな棒を川に流し込む。そこで取水を停止させて、浄水場全体の水の流れも止めさせる。だけど水は常に送り続けなければならないから、一時的に電源を切り替え、ある電気を使って、残っている水を処理し出す。――電気系統を把握していないと、わからない作戦だよね」
「浄水場って膨大な電気を使っているから、少しでも消費量を減らすために一括制御にしたんじゃない? パンフレットとか内部構造を見ればわかると思うけど、あの施設はお金をかけてたくさんの水を作り出している代わりに、削減するところは徹底的に削減しているよ」
 望遠鏡をキストンに手渡すと、四人で目を合わせた。そして皆で頷いた。
「行くぞ」
 テウスの声を合図にして、一同は階段を駆け降りていった。
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