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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐7 査察官の想いと覚悟(2)

 レナリアは同心円状に広がる首都を眺めながら、墓地がある丘を降りていった。
 首都の中心には議事堂や官公庁、大企業の本社などがある。その周囲には規模も様々な企業が連なり、商業地と住宅街が密集する地域、そして工場地帯があった。さらにその外側には畑や放牧地帯も見受けられ、中心から外に向かって、目まぐるしく様子は変わっていた。それゆえ中心街は非常に高い建物が多いため、視線を上げればだいたいの方向がわかった。
 方向を定めたレナリアは、首都の象徴でもある塔に向かって歩いていく。丘から降りると、工場地帯にやや近い商業地域に足をつけた。歩いている人たちも仕事の休憩中なのか、作業着を着た屈強な男たちが多かった。
 視線を横に向ければ、煙突から黒い煙が絶え間なくでている。駅から大通りの商業地域までは道が綺麗に整備されているが、ここらではところどころにゴミが散らばっていた。それを拾っていく人間たちが垣間見える。首都に来れば何かが変わると思って、地方から出てきた人たちだろう。
 しかし現実はそう甘くない。必ずしも工場で雇ってもらえる保証はないし、雇ってもらえても働き続けられるかはわからない。体の調子を考慮されない辛い労働を強いられれば、途中で働けなくなる可能性もある。結果として、職がないまま首都をうろつく人が出てくるのだ。
 官公庁の中には勤労省という、労働関係を取り締まっている省がある。そこで度外視の労働をさせないよう厳しく目を光らせているが、あまりに工場や会社が多いため、省の人たちだけではすべて見られないようだ。たとえ取り締まって、上を追放したとしても、おさたちは名ややり方を変えて、点々と世を渡っていくらしい。まるでいたちごっこだと、友人はぼやいていた。
 皆が幸せになれるよう、何とかして労働環境を良くしたいが、時間もお金も人員も捻出できないのが現実だった。
「――あの、お花はいりませんか?」
 俯きながら歩いていると、一輪の花を持った少女が横から現れた。花はやや萎れていた。白い服を着ているが、すすで汚れている。灰色の髪は緩く二つで縛っていた。十歳くらいの彼女を見て、レナリアは目を丸くした。
「お姉さん?」
 少女が首を傾げている。その仕草が今は隣にいない銀髪の少女と重なった。
 手を持ち上げようとしたが、途中で手を握りしめて、体の横に付けた。
「お花、いりません?」
 物陰から少年少女がレナリアのことをじろじろと見ている。彼女にお金をあげれば、彼らがわらわらとでてくるだろう。持ち合わせは多くない。すべて払えるかわからなかった。払える人と払えない人がでてくれば、不公平になってしまう。
 たとえ全員に対して払えたとしても、レナリアがお金を与えるという行為は一過性のものだ。抜本的な解決にはならない。
 この国全体の何かを変えなければ――。
「……ごめんね。これからでかけるから、花は持っていけないんだ」
「いらないんですか?」
「うん。ごめんね……」
 そして少女を一瞥してから、レナリアは足早に歩いていった。彼女が落胆した表情で道の端に寄っていく。その姿が見て、居た堪れなくなった。
 目にうっすらと涙をためて、レナリアは狭い空を見上げた。
 理不尽な世の中だ。彼女たちが何をしたというのだろう。親に引っ張られて、この地に来た子たち。望む、望まざるに関係なく、周りのせいで今の状況にならざるをえなかった。誰もが日々納得のできない不条理さと立ち向かっているのかもしれない。
 自分は仕事の面から見れば成功した身だが、辛いことはたくさん経験した。
 兄のように慕っていた男性と、自分を一人前まで育て、導いてくれた師匠の死。
 そして守っていた少女が抱えていた真実と別れ――。
 この職に就けば迷わず道を走って行けると思った。だがその道はもはや霞んで見える。これからどの道を進めばいいか、わからなかった。
 とぼとぼと歩いていくと、徐々に周囲の雰囲気が変わっていった。工場地帯を抜けて、首都の中心部に入っていく。どこかの金持ちの家なのか、広大な敷地を持つ門の前には警備員が立っていた。それを横目で見ながら進んだ。
 やがて道路が広くなり、背の高い建物が目に付くようになってくる。長方形の大きな建物から、まるで塔のような建物まで様々だ。中では人々が忙しなく動いていた。
 その地帯を抜けると、二つに分岐し、再び合流していく川に囲まれた一帯に差し掛かった。橋を使って渡れば、官公庁街が視界に入ってくる。建物の多くは五階前後で、レナリアはその中でも一番川に近い、こぢんまりとした建物に寄った。
 建物の裏手には、大きな水車が回っている。丸みを帯びた薄水色の尖塔が中心と四方に乗っており、中心の尖塔には時計が備え付けられていた。
水環すいかん省』と書かれた看板の真下にある扉に行くと、槍を持った男たちがレナリアのことをじろりと見てきた。
「身分証の提示を」
 レナリアは服の中に手を突っ込み、大きなペンダントがついた紐を引っ張り上げた。水環の査察官の証明書を見せつけると、男たちは恭しく頭を下げて、扉を開けてくれた。
 中に入り、まず視界に入ったのは二階まで続く階段である。その上には大きなシャンデリアがぶら下がっていた。入り口は二階まで吹き抜け状態になっており、広々とした印象を受ける場所だった。装飾が施された柱も一定の間隔で並んでいる。しっかりとした土台で作られているため、地震がきても崩れる心配はないだろう。
 階段の真下まで来たレナリアは一度立ち止まり、階段の先を見上げた。こちらを避けて人々が上り下りをしている。
 ようやく戻ってきたという思いと、戻ってきて良かったのかという思いが拮抗する。この奥にある部署で、皆は快く出迎えてくれるだろうか。仕事の関係で亡くなる人が多い部署、そこを半年も休んでいた自分に席はあるのだろうか。
 一歩踏み出せないまま突っ立っていると、後ろから声がかけられた。
「そこにいるのは、レナリアか?」
 低いがどこか柔らかな空気の声。師匠とは真逆の雰囲気の声だ。
 おそるおそる振り返ると、目を大きく見開いた男性がこちらに歩みってきた。
 白髪が見え隠れする、整えられた真っ黒な髪。灰色のベストを着たひょろ長い男性だ。
「ウィリー部長……」
 言葉をこぼすと、ウィリーは駆け寄り、レナリアのことをぎゅっと抱きしめてきた。いったいどこにそんな力があるのかと思うほど、力強かった。
 周囲にいた人たちは何事かとじろじろと見ている。レナリアは途端に顔が真っ赤になった。
「ちょっ、部長! こんなところで抱きつかないでください!」
 慌てて言うと、ウィリーは体を離した。そして両手を肩に乗せられて、じっと見つめられる。
「レナリア・ヴァッサーだな?」
「……はい。遅くなりましたが、先ほど首都に戻りました。ご迷惑かけて、申し訳ありませんでした」
 ウィリーは目に涙を溜ながら、首を横に振った。
「迷惑なんて……。無事で良かった。汽車から落下したと聞いたときは、心臓が止まりかけたぞ。どうやって助かった?」
「偶然が重なりまして……」
 視線をそっと逸らす。アーシェルのことはあまり表沙汰にしたくないが、水環省の多くの人間からすれば、彼女は称える人物だ。状況を見て、言ってもいいかもしれない。
 黙っていると、ウィリーはレナリアの横に移動し、持っていた荷物をとって、背中を押し始めた。
「立ち話でする内容でもないだろう。とりあえず部屋にいこう。皆待っているから」
 ウィリーに押される形で、階段をのぼり始める。かつて何度も往復した階段を踏みながらのぼった。
 水と循環を守るために創られた水環省、予定より一ヶ月以上遅れて、レナリアは戻ってきた。


 レナリアが所属している部署は、『実働部第二担当』。その名の通り、現場に出て査察をする部だ。
 他には総務部、財務部、全体の運営管理をしている管理部、次の計画を推進するために動いている企画部などがあった。定期的な査察は管理部が主となり、人がいない場合は実働部の人員もかり出されている。
 なお、実働部は全員が査察官ではなく、後方支援をする一般の人も多くいるため、査察官は全体の三割程度だった。ちなみにレナリアの同期であるタムは、第三担当に所属している。実働部の担当は全部で六つあり、担当内の仕事は地域によって分かれていた。
 レナリアとウィリーは三階までのぼると、東へ向かった。第二担当の部屋が近づいてくると、心拍数が速くなってくる。手を軽く胸のあたりに触れながら、ウィリーがドアをノックし、開けるのを見届けた。
「皆、いるか!?」
 ドアを開けたウィリーは意気揚々と声をかける。レナリアは彼の後ろから軽く顔を出した。すると目を丸くした人々が、こちらを見つめていた。眼鏡をかけた顔にそばかすがある女性は、本を机に落として呟いた。
「レナリア……?」
 ウィリーに押されて部屋に入って頷くと、彼女は椅子を倒しながら寄ってきた。そしてきつく抱きしめられる。二十代半ばの彼女の大きな胸に、レナリアの顔は押しつけられた。
「良かった、本当に生きてた……!」
「く、苦しいです、ミレンガさん。ご迷惑かけたようで、すみません……」
 ミレンガはレナリアを解放すると、今度は両頬を摘まんで、外に向かって引っ張ってきた。
「本当よ! どれだけ心配したと思っているの!? 何かあったらルベグランに祟られるわ!」
 引っ張られながらも謝るが、まともな言葉にならなかった。しばらくしてミレンガが手を離すと、レナリアはほっとしながら頬に添えた。これはだいぶ赤くなっていそうである。
 気がつけば周囲には部屋にいた人たちが集まっていた。休暇をとったり、査察にでている人もいるため、全体の七割である十五人程度いた。
 彼ら、彼女らを見ながら、レナリアは小さく微笑んだ。
「レナリア・ヴァッサー、ただいま戻りました」
 その言葉と共に、皆は温かな拍手で出迎えてくれた。


 一通り挨拶がすむと、レナリアは隣にある応接室に通された。担当内の人たちから次々とくる質問をかわすには、最適の場所だった。椅子に腰をかけ、ウィリーに出された温かい紅茶にのどを通す。
 斜め前にいたウィリーはレナリアが落ち着いたのを見ると、口を開いた。
「元気だったか?」
「まあ、それなりに」
「左肩の調子はどうだ?」
 レナリアはドキッとしながら、ゆっくりカップを皿の上に置いた。
「タムですか……」
 視線を逸らしながら同期の少年を思い出す。ルーベック町にて水環省宛に「汽車の落下後生還。現在首都に向けて移動中」という内容の電報は打ったが、怪我を負った事実は言っていない。
 ウィリーは微笑みながら頷いた。
「いい同期だ。大切にされているようだね。省宛ではなく、私個人宛にきたよ。他に誰にも教えていない、私と彼しか知らないことだ。……何があったのか、話してくれないか。ルーベック町で一緒に行動していた少年と少女とは別れたと判断していいのか?」
「……別れました。首都まで行こうと約束しただけですから」
 そう、首都まで――。
 彼女に関することを言葉にすると、どうしても思い出してしまう。
 アーシェルは無事に首都に着いただろうか。着いたとしても危ない目にあっていないだろうか。
 カーンは何となく信用できるが、ベルーンはまったく信用できない。とても不安だった。
「彼らにきちんと別れを言えなかったのかい?」
 ウィリーが優しく諭してくる。緊張していたレナリアの心が緩んできた。
 とても包容力のある人として有名で、口よりも手が先にでるルベグランのことをいつも見守り、時としてやんわり抑えている人だった。師匠が殺されたときも、真っ先にレナリアのことを心配し、言葉をかけ、休ませてくれた人物だ。この水環省の中ではルベグランの次に頼れる人でもあった。
「別れは……言いました」
 振り絞って声を出すが、ウィリーはあっさり否定した。
「いいや、それは嘘だ。レナリアが視線をあわさない。少年、いや少女と別れを告げられなかったんだね」
「え……」
 なぜキストンではなく、アーシェルに別れを告げていないと、断言できるのだろうか。
 不思議そうな目で見ると、ウィリーは口元に笑みを浮かべた。
「私を誰だと思っている? ルベグランの手綱を握っていた男だよ? 彼に負けないことと言えば情報量。情報をより多く持っていれば、たいていの相手には勝てるよ」
 ウィリーは机の上にあった書類の束を机の上で整えながら言った。
「――レナリアが一緒に行動していたのは、ガリオット氏の弟子と魔法使い様だろう」
 驚きすぎて、言葉すら出てこなかった。
「魔法使い様の写真は裏で流通している。水環省でも上層部は把握しているよ。今の魔法使い様は、幼さ故の正義感から色々とやらかしているから、素顔を撮りやすかったんだろう。銀色の髪、深い青色の瞳と聞いて、すぐに思い当たった」
 魔法使いはどこかでひっそり過ごしていると教えられていたレナリアにとっては、さも当たり前のように話題に出されたことに関して困惑していた。この目でアーシェルが水を操るのを見なければ、普通の少女として見ていたはずだ。
「魔法使いをここから追い出したのは国だ。使い方によっては国家転覆のおそれがある能力を持つ者。野放しにするわけがない」
「つまり水環省の上層部は、アーシェルの同行をずっと知っていたのですか?」
 ウィリーは書類を置いて、机の上に両肘をつき、そこで手を組んだ。
「ずっとではないよ。魔法使いが次世代に移ったときは、誰に移ったかわからないから探すことになる。十年くらい見つからない時もあったけど、そういう魔法使いはたいてい大人しかったから、特に問題はなかったよ」
「えっと、あの探すってどうやって……」
「水に関する異常が発覚すれば、査察官を向かわせるだろう?」
「……え?」
 聞き捨てならない言葉が耳に入ってくる。
 それは水環の査察官の役割を根本的に揺らす言葉だった。
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