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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐6 査察官の想いと覚悟(1)

 * * *


「……ここで別れよう」
 レナリアたち四人が汽車から降り、駅舎を出たところで、テウスが口を開いた。
 森をつっきり、崖を横切り、台地を黙々と上り続けた汽車は、巨大な壁に囲まれた首都に入った。
 首都ハーベルクは、広大な台地の上に作られた都市で、町中はさらに壁で囲まれている、他国からは要塞とも言われる外見だった。事実、戦乱の時代には一切侵入を許さなかったという。
 壁の裏手には川が流れており、その一部が町中を流れているが、それ以外の出入り口は正門と裏門だけだった。
 正門から汽車は入り、すべての車両が入ったところで、再び門は音をたてて閉じられた。到着すると、人々はぞろぞろと汽車を、そして駅舎から出て行った。
 台地にのぼったせいか、少しだけ太陽が近くに見える。レナリアは手でかざしながら、太陽を眺めた。その際、テウスが躊躇っていた言葉を出したのである。
 視線を黒髪の青年に向けた。ルカは彼に同意するかのように頷いている。
「ここからは目指す場所が違う。これ以上あたしたちと一緒にいても、利点はないからね」
「ああ。俺の傷もだいぶ癒えた。もうお前の支えがなくてもやっていける」
 テウスはレナリアをちらりと見た。レナリアは逡巡してから顔を緩めた。
「……そうね。ここなら私よりも優れたお仲間さんと、合流もできるでしょうし……」
 視線を下げつつ言う。きっぱりと別れが告げられなかった。
 アーシェルの過去を垣間見て、彼女と直に会って真実を知りたい。そのためには彼女を助けたいという思いが少しずつ強くなっていた。だから意を決して、テウスに顔を向けた。
「ねえ、私も――」
「レナリア、もしもこちらに来るというなら、職を辞してから来い」
「え……」
 思ってもいない言葉を出された。レナリアは呆然として彼が続ける言葉を聞く。
「俺たちがこれから相手をするのは、名の知られた団体だ。職を辞さずに来たら、お前の所属先に圧力をかけられる。最悪潰されるぞ。それは避けたいだろう」
 否定も肯定もできずに俯く。ルカは腕を組んで、レナリアの様子を眺めていた。
 テウスは視線をキストンに向ける。目があった彼は、頷き返していた。
「何度も言っているが、僕も行く。でも一度師匠のところに顔を出してからでいいかい?」
「ああ。俺たちが事を起こすとなれば、一週間は先だ。それまでにこの場所に来てくれればいい」
 テウスは折った紙をキストンに手渡した。彼は中身をちらりと確認して、すぐに胸ポケットにしまい込んだ。
 俯いたままのレナリアの視界に、ごつい手が差し出された。顔を上げると、テウスが手を伸ばしている。
 この手を取ってしまったら、本当にお別れ。そう思いながらも、手を握り返していた。
「レナリア、あの方の護衛も含めて、今までありがとう」
「……あの子に助けられなかったら私は生きていなかった。それくらい当然よ。――また会える?」
 テウスは軽く首を傾げた。
「わからない。俺たちは裏で生きる人間だ、表舞台で華々しく査察をしているお前とは違う環境で生きている。二度と会わないかもしれない」
「そうかも……ね。――こちらこそ色々とありがとう。元気でね」
「ああ、レナリアも」
 テウスの手が抜けていく。ごつごつしているが、温かな手が離れていった。
 ルカとも軽く握手をしてから、彼らが雑踏の中に紛れて行くのを見送った。人々の往来が激しい首都の駅舎前、背の高い二人であってもすぐに見えなくなってしまった。
 名残惜しそうに眺めていると、キストンが軽く肩を叩いてきた。
「僕、これからガリオットさんのところに行くけど、レナリアも行く?」
「……あとで行く。夜までには行くよ。先に行きたいところがあるから」
「わかった。僕も二、三日はいるから、また会おう。じゃあね」
 キストンは手を振って去っていく。彼の姿もまたすぐに見えなくなった。
 レナリアはゆっくり駅舎に背を向けた。そして高い建物が並び、人々が忙しなく歩き回る通りを歩き出した。


 途中で花屋に寄った以外は、寄り道をせずに進んでいく。それでも汽車が昼過ぎについたため、目的の地に着いたときは、太陽の高度がだいぶ落ちている頃だった。程なくして周囲は茜色に染まってくるだろう。
 喧噪が薄れ、人々の往来も少なくなり、町の外れにある小高い丘にレナリアは来ていた。名前が書かれた石が整然と並んでいる。その間を歩き、一本の木の下で立ち止まった。そこにある濃い灰色石を見下ろす。『アール・ルベグラン』と墓石には書かれていた。
 レナリアは荷物を下ろし、ひざを曲げ、花をその石の前に置いた。
「師匠、ただいま」
 かつての査察官の師匠に、旅の終わりを報告する。レナリアの言葉は誰に受け止められることなく、風に乗って消えていった。
「ねえ、師匠は何を知っていたの? アーシェルのことを知っていたの? ファーラデが彼女に殺されたことを知っていたの?」
 目に涙が溜まっていく。地面の下にいる人間に何を言っても返答はないとわかっていたが、言わずにはいられなかった。
「――ねえ、答えてよ……!」
 その時、すぐ傍で草を踏みしめる音が聞こえた。レナリアは立ち上がって振り返ると、そこにいた杖を突いた男性と目があった。花を持った彼は目を瞬かせている。
「そこにいるのはレナリアか?」
「ガリオットさん?」
「その声はレナリアだな。久しぶりだな。お前がここを去る前に会った以来か。いつ戻ってきた?」
「さっきです……」
 ガリオットが花を持って近づいてきたのを見て、レナリアは体をどかした。
 彼も花を墓石の前に置く。そして手のひらをあわせて、目を閉じた。レナリアも倣って、立ったままで同じ事をした。
 やがて彼は目を開けると、膝に手を添えながら立ち上がった。
「随分と長い間ここを離れていたんだな。少しは落ち着いたか?」
「本当はもう一ヶ月は早く戻る予定だったんですけど、色々ありまして……」
「汽車からの落下か」
「知っているんですか?」
 レナリアは口に軽く手を当てた。ガリオットは鼻で軽く笑った。
「俺の世話になっている査察官はお前だけじゃねぇ。そいつから聞いたさ。工房に置いてある銃弾の輝きが失せていなかったから、死んでいねぇとは思っていた。――ここを離れている間に銃は使ったのか?」
「一回だけです。どうしても剣では太刀打ちできない相手と遭遇しまして」
 ウェストポーチから少し青みがかった黒色の片手で握れる銃を取り出す。ガリオットは軽く一瞥した。
「雨に打たれたのか?」
「わかるんですか? 綺麗に磨いたんですよ?」
「正確には水に触れたか、だ。それは水に触れたことでより青い色味を出す」
「そうなんですか……」
 ガリオットが手を伸ばしてきたので、彼の手の上に乗せた。彼は銃をくるくる回しながら、全体を見ていく。
「査察官を休職中なのに、どうして銃を使う羽目になった?」
「それも色々ありまして……。そうそう、旅の途中でお弟子さんと会いましたよ」
「弟子?」
 ガリオットは眉をひそめた。
「キストンです。ほんわかした少年かと思っていましたが、探求心はガリオットさんに似ていますね」
「ああ、キストンか。飄々としているのが食えない子供がきだ。今のお前よりは遙かに肝が据わっているだろうな」
 レナリアが目を丸くしていると、ガリオットは横目で見てきた。
「まだ今の上司に挨拶もしてねぇだろう。早く水環省にいけ。この世にいない奴の前で、ぼそぼそ言っているなんて、みっともない。相談するなら生きている奴にしろ」
「わかっています……」
 そうは言ったが、この世界で今のレナリアの気持ちを受け止めてくれる人はいるだろうか。ルベグランであれば一緒に考えてくれただろうが――レナリアを庇ったために、もうこの世にはいない。
「酷ぇ顔だ。あいつが見たら、泣きたくなるだろうな。――おい、勝手に感傷に浸っているな。どっちにしてもあいつは先が長くなかったんだ。お前を助けたと思えば嬉しいことだろう?」
「でも私を庇わなければ、もう少し長く生きられた! 私が弱かったから、死んでしまった――」
 溜めていた涙がこぼれ落ちてくる。ガリオットは舌打ちをして、銃を己のバックに入れてから歩き出した。
「もう半年だ、いい加減にしろ! ――これは預かっておく。水環省に行ったら顔を出しに来い」
 そしてガリオットは杖を突きながら、歩いていった。その背中を見届けることなく、レナリアはしばらく泣き続けていた。
 太陽の光が目に射し込んできたところで、ようやく涙を拭う。そして荷物を持ち上げて、墓石に言葉を落とした。
「師匠、また来るね」
 雲がかかり始めている空を背景にして、足早に丘を降りていった。


 * * *


 日照りが続いている、東にある村でそれは起きた。
 首都での学校の成績も良く、水環省の入省が認められ、そしてルベグランのもとで鍛錬をした結果、レナリアは十七歳の時に“水環の査察官”に任命された。その後は首都の外に出て、ルベグランと共に各地を回るようになった。
 初めは定例的な立ち入りから、次第に突発的なものまで数をこなす。さらに荒れ地にも踏み入れたりした。レナリアが難なくこなしているのを見て、彼はある日照り地帯に向かった。
 ルベグランは査察官として非常に優秀で、レナリアと出会う前は積極的に危険な地帯に飛び込んでいたらしい。それゆえその地帯に入るのを心待ちにしていた節があった。
 レナリアを置いていけという意見が出ていたが、レナリア自身は行きたいと主張したことで、ついて行くことができたのだ。
 その村は以前から水不足が深刻であり、かつてあった川や湖も今や見る影もない。それでも乾燥に強い作物を育てることで、人間たちはなんとか暮らしていた。
 だが二年前に突如として大雨が降ったことで状況は一転した。土が水分を含んでしまい、水を多く使わないで育つ作物の大半が腐ってしまったのだ。そこから生活は音をたてて、崩れていった。
 一方大雨が降ったことで、干上がっていた湖に大量の水が入った。そこは村長が所有権を主張していた湖で、彼はそこに入った水を利用して、村人たちに高額で水を売りつけ始めたのだ。
 しかしながら、よくよく見れば、水環省の記録には湖は公共のものと記されている。その水を我が者のように使い、さらには売りさばいているなど――あってはならないことだ。だから査察官の介入が入ったのである。
 ルベグランは鼻息も荒く、レナリアと共にその村に入った。大がかりな査察になるかもしれないということで、もう二組も行動し、計六人で村を訪れた。
 村長の悪事はすぐにバレ、粛々と査察を行い、最終的には村長を罷免するという話になった。
 そして村を立て直すために査察官を常勤する案もあったが、様々な検討を重ねた結果、村を復興するのは無理、他の村に移動してもらうのが最もいいという結論を出した。長年作り上げた土が駄目になってしまったのが、その結論を一番後押しするものとなった。
 その後、国が補助金を出すから、土地を移ってくれと、村民に言いまわった。半分以上の人が好意的だったが、長年住んでいた人たちは特に村を捨てるなどできないと言い張った。
 そしてその反対派を言いくるめたり、時に手を出したりして抑えている際、レナリアを刺そうとした刃をルベグランが体を使って止めたのだ――。
 内臓に腫瘍があり、余命半年だったと知ったのは、雨が静かに降る葬式の後だった。
 ルベグランが焦った様子で、早くあの村に行きたいと言っていた理由がわかった気がした。自分が倒れる前に、どうしても丸く納めたかったようだ。

 結局、村民の移転は八割ほど進んだ。残りは絶対に動かないと言い張っている人たち。六割だった人間が八割まで増えたのは、ルベグランの決死の行動のおかげかもしれない。
 ルベグランの死後、レナリアは酷く落ち込み、仕事もまともに手がつかなくなった。目の前で師匠が刺され、真っ赤な血の溜まりに浸ったのは、かなり精神的に衝撃を受けたようだ。
 そして見かねた上司が、死後から一ヶ月後、レナリアに無期限の休暇を言い放ったのである。
 ただし査察官の身分は凍結せず、持ったままだ。レナリアは外で査察を経験したことがあり、今まで相手をした人たちが逆恨みで襲ってくる場合もゼロではないためだ。もしそうなった場合、各種方面に説明を付けるために、いわばお守り代わりとして身分までは取られなかったのだ。
 その命令をぼんやりと受けたレナリアは、同僚たちに見送られながら首都を後にした。汽車で南下し、育った村に戻り、しばらく心の傷を癒していたのである。
 それから三ヶ月程度滞在し、心も落ち着いたところで、ようやく村を後にし、汽車に乗り込み――アーシェルたちと会った。
 深い青色の瞳を持つ、魔法使いの少女に。
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