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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐5 囚われの魔女(1)

 雨の勢いが徐々に弱まってきている。
 既に力を抑えているが未だに降っていたのは、こちらが手を加える前に本当の雨が降り始めたからだろう。それか無意識に今も力を与えていたが、体力の減少により弱まったのかもしれない。
 椅子に座った銀髪の少女は考えを思い巡らせながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 皆は無事だろうか。テウスは、キストンは、そしてレナリアは酷い傷を負っていないだろうか。
 アーシェルは自分の髪を結んでいる、青い花の飾りがついたゴムに触れた。地味であるが可愛らしい髪飾りだ。
 それを手でいじっていると、鍵で閉められたドアが音を立てて開かれた。腰まである深紅の髪の女性が靴を慣らしながら物と物の間を歩いてくる。
 三人から引き離され、彼女に連れてこられたアーシェルは、ランクフ町の端にある倉庫の中に入れ込まれた。そこで一時滞在という名の監禁をされている。
 女性は髪を後ろに流しながら、口元に笑みを浮かべた。
「そんな顔をしないでください、アーシェル様。別に取って煮て食べたりしないですよ」
 アーシェルは隠しもせずに警戒心をむき出しにして、彼女を睨みつけた。
「ある人が少々気になり、出かけていました。安心してください。もう貴女様の傍から離れませんよ。何かあれば何なりと言ってくださいませ」
「――皆のところに戻して」
 無駄だと思っても言ってみる。予想通りの返答をされた。
「それは無理な話ですね。アーシェル様は私たちと一緒にカンパニーに来てもらうのですから。それに……もうあの三人と合流させるのは難しいかと」
「どういう意味!?」
 アーシェルは勢いよく立ち上がった。その衝撃で椅子が倒れる。
 ベルーンは口元に手を当てて、くつくつと笑った。
「ああ怖いわ、魔女様。落ち着いてください、殺していませんよ、約束ですからね。――あの家でぼや騒ぎがあったそうですよ。それで何を思ったのか、彼らは町を出たらしいのです。まったくただの不注意で火が付いてしまっただけなのに……」
「貴女に会った後にそんなことが起きれば、誰でも警戒する! ……無事なの?」
「全焼はしていませんし、怪我を負った誰かが運び出されたという話は聞いていませんよ。――二度と会うこともない人たちなのに、どうしてそんなに心配をするのですか? 特にレナリア・ヴァッサーとは二度と会いたくないはずなのに」
 鼓動が激しく波打つ。アーシェルは表面では平静さを取り繕いながらも口を開いた。
「……知っている人が死んだなんて、気持ちのいい話ではないからよ」
 アーシェルはベルーンから視線を逸らして、椅子を元に戻した。そして彼女が入ってくる前と同じように椅子に座って、窓の外に視線を向けた。
 ベルーンは肩をすくめてその様子を眺めながら、袋を床においてドアの近くに向かって踵を返した。
「食事ですよ。少しくらいお腹を満たしておきなさい」
 そして彼女は部屋を出ると、ドアを閉め、鍵をかけた。
 アーシェルはむすっとした顔つきで、そのドアを睨んだ。ベルーンの足音が徐々に遠のいていく。耳を澄ましてそれを聞いてから、紙袋を手に取った。
 中にはロールパンが三個入っていた。食べまいと思ったが、パンを見た途端、お腹からか細い音がした。頬を赤くして、アーシェルはしぶしぶパンを一つ頬張る。決して不味くないが、冷めているのが大きな減点要素だった。一個食べるとそれ以上は手を付けなかった。
 雨の降りが弱くなっていく。もう今晩は降らなければいいと切に思った。
「皆が無事なら、それでいい……」
 進んで彼女らと別れた。抵抗しようと思えば、おそらくできた。でもしなかったのは、彼女らとそしてこの町のためだった。
 アーシェルが本気になれば、この小さな町の機能など容易(たやす)く潰すことができるだろう。それは同時に人々の命の機能も止めることになる。そんなこと、できるわけなかった。
 窓に水滴が流れていく。アーシェルはその窓に手を触れると、少しだけ力を入れた。すると水滴が凍り、一瞬で窓は霜で覆われた。そして手を離すと、それは溶け、水となって流れていった。


 水を自由自在に操る、この国で唯一の魔法使いと呼ばれているアーシェル・タレス。
 魔法使いではないかと両親が気づいたのは、アーシェルが三歳の時、水溜まりを凍らせたことがきっかけだった。水溜まりに足を入れて靴を濡らしてしまい、水溜まりなんかなければいいと思っていると、突然凍ってしまったのだ。
 魔法使いは親から子へと引き継がれるのではなく、ほとんどが突発的なものだった。
 かなり古い歴史を遡れば一人の人間に行き当たり、そこから根のように血筋は広がってはいた。だがその根が誰まで伸びているかわからないため、総合的に判断して、前触れもなく選ばれるという認知になったのである。
 アーシェルが魔法を発動したとき、両親はたいそう驚いていたが、幸いにも魔法使いの存在を否定する人々ではなかったため、娘が魔法使いという事実をすんなり受け入れてくれた。もし存在を否定していた両親であったら、どのような仕打ちを受けていたのだろうか、考えただけでも恐ろしかった。
 それからアーシェルは青輪あおりん会の一員だった祖父の手を借りて、先代の魔法使いを尋ねることになった。
 先代の魔法使いは、元気のいい老人だった。国の中に魔法使いは一人だけであるため、アーシェルが初めて魔法を使った後、一切使えなくなったそうだ。いつ次の魔法使いが生まれるかわからなかったため、使えなくなったときは本当に突然だったらしい。
 魔法使いは十八歳以下であれば、誰でもなれる可能性があるらしく、先代は十五歳の時に魔法の片鱗を見せたと言っていた。歴代の魔法使いを見ても、十歳以上の物心がついたときの子供が多かった。
 先代はアーシェルのことを孫のように可愛がりながら、適切に教えてくれた。
 力を使う方法から抑えるやり方まで。特にアーシェルの力は、ここ数代でずば抜けて能力が高かったため、抑える方を重点的に教わった。技術だけでなく己の感情の操作までだ。
 今のアーシェルが十代半ばにも関わらず、既に達観した状態になっているのは、ここで学んだことも生きていると思われる。
 しかしいくら抑える方法を学んでも、十歳そこらでは抑えきれなかった。
 それが七年前の悲劇の要因の一つだった――。
「レナリアさん、怒っているかな……」
 ベルーンがレナリアの旧友の最期を言ったとき、彼女は酷く衝撃を受けていた。いつも毅然としていた彼女が、まるで世界が崩壊したと言わんばかりの崩れようだった。
 七年前とはいえ、あの時の記憶は鮮明に覚えている。事細かに状況を言って、少しでも真相を伝えたかった。
 だが真相を言ったとしても、彼女の心にさらに刃を押し込むだけではないだろうか――そう思い、口を閉じてしまったのだ。
「きっと大切な人だったと思う。……こう振り返ると、私、レナリアさんのこと、まったく知らなかったな……」
 同時にレナリアたちもアーシェルのことを知らなかったと思う。
 アーシェルは肩をすくめてから、壁に体を付ける。ひんやりと冷たかったが、今はその冷たさが心地よかった。


 * * *


 翌日、アーシェルはスカーフを頭に巻き付けて髪の色を隠すかのようにして、汽車に乗り込んだ。ベルーンも同じように巻き付け、カーンはローブについたフードを被っていた。
 端にある四人席を三人で陣取り、汽車の出発を待つ。外には別れを惜しむ人が大勢いた。アーシェルは誰にも話しかけられることなく、席に深々と座り込む。
 やがて警笛が鳴ると、汽車はゆっくり走り始めた。
 本来ならこの四人席には、アーシェルとテウス、そしてキストンとレナリアで並んでいるはずだった。出発を喜びながら、会話に花を咲かせていただろう。しかし今、一緒にいるのは得体の知れない男女。
 アーシェルにとってこの汽車は首都という牢獄へ続く、護送車のようだった。


 ランクフ町から首都ハーベルク都市までは三日で到着した。夜、町に降りた際、一瞬逃げようかと思ったが、カーンとベルーンの無言の圧力によりできなかった。体が自由に動ける状態で放置されているが、アーシェルが妙な行動を起こそうとすれば、すぐに動くのは気配から明白だった。
 いくら水を自由に操れるとはいえ、体自体はただの十代の少女。鍛えられた男に手でも捻られたら、何もできなくなる。
 汽車から降りると、すぐに馬車に乗せられた。見ただけでわかる、とても高価な馬車だ。椅子の座り心地もよく、汽車の堅い座席とは大違いだった。カーンとベルーンに挟まれて、アーシェルは腰を下ろした。
 馬車の窓はカーテンで閉められていたため、外は見えなかった。国の首都を歩きながらじっくりと見られるのは、夢のまた夢か。
 人々のざわめき声が聞こえてくる。何の話をしているのだろうと顔を伸ばそうとしたが、やんわりと遮られた。
「アーシェル様が見ても、何ら面白くはありませんよ。貴女様はこの国で五本の指に入る重要な人物です。迂闊に一人で出歩いては駄目ですよ」
 アーシェルの正体など、この国ではほとんど知られていないのに、そんな言われ方をされても説得力がなかった。雑踏に紛れれば、ただの少女しか見られないはずだ。
「首都は色々な人がいましてね、魔法使いを欲する人間も、恨む人間も多いのですよ。敏感な魔術師であれば、貴女の存在、肌で感じ取れますから。町に散歩に出て殺されたとなれば、私も社長に合わす顔がありませんので、やめてくださいね」
 ベルーンがにこにことした表情で言ってくる。アーシェルはふっと笑った。
「魔女は恨まれて当然。せいぜい気を付けることにするわ」
 誰かを助ければ、誰かを見捨てることになる。それはアーシェルが国のために動き始めてから、切実に感じることだった。
 わかりやすい例が、テウスが住んでいた村かもしれない。
 日照りが続き、干ばつ状態になっていた村に、アーシェルは一時的に雨を降らせた。
 その村の長から頼まれ、からからだった湖に水を溜まらすのが第一の目的だった。雨を降らせば土地も豊かになると信じて、休みながらもひたすら降らしていた。
 やがて湖に水が溜まると、アーシェルは作業を終えて、その村を去ろうとした。だが帰り際に血走った目の男に殴られそうになった。
 雨が降ったせいで、乾燥した土地に適した農作物が腐ってしまった、どうしてくれるんだ! という理由からだった。
 周囲にいた人のおかげで難は逃れたが、水が手に入ればすべてが解決すると思っていたアーシェルが考えを改めるには充分な出来事の一つだった。
 自分が良かれと思って行ったこと、そして誰かにとっては望んでいたことをしたはずだったが、他の誰かには大損になっていた――。
 アーシェルがいじって水の流れを変えることで、誰かを不幸にしているかもしれない。
 それを実感して以来、力を使う際はよりいっそう注意を払うようになった。
 それでも恨んでいる者は少なくないだろう。髪型を変え、顔を隠しても、わかる者にはわかるはずだ。
 ベルーンの言葉に同意したくないが、今回はおとなしく従うことにした。
 ほどなくして馬車はゆっくり止まった。ベルーンがカーテンを少し開いて外を確認してから、ドアを開いた。アーシェルは彼女に続いて馬車を降りる。
 そして目の前に建物を見た瞬間、目を丸くした。
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