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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐3 失意の中の移動(3)

 慣らされた道であるが、闇夜の中にも関わらず、ルカは迷いなく突き進んでいた。片手でランプを掲げ、もう片方の手で手綱を握るという、器用な走らせ方だ。男たちの倒し方といい、口調といい、とても活動的な女性と思っていいだろう。
 町を出る時に小降りだった雨はやんでおり、レナリアはフードを脱いで、ルカたちの背中を追っていた。
 ランクフ町を出てからは追っ手はやってこなかった。命を狙うというよりは、追い出したかったという意味合いが強かったのかもしれない。
 夜通し走り続けた結果、明け方には隣の村に辿り着くことができた。そこから早馬でもう一日かければ、南線路が通っている駅の一つに到着するだろう。今日は宿を借りて、取り急ぎテウスの傷を見てもらうことにした。
 左わき腹と左腿の筋が切られたようで、服の下に巻かれていた包帯は赤い血で滲んでいた。医者に処置をしてもらった後、一週間は絶対安静と言われていたが、それを守るような男でもなかった。
 彼が医者に処置してもらっている間、レナリアとキストンは買い出しに出ていた。特にレナリアは着替えもせずに飛び出したため、動きやすい服を探すことが必須だった。
 キストンに細かな買い物を任せている間に、服飾店に入った。濃い色のシャツと短めのズボンをはき、膝上まで伸びている淡い色の上着を羽織る。その前をボタンで止め、上着の上からベルトで縛った。動き易さ重視にしたため、結局いつもと同じような服装になっていた。
 店員にスカートを勧められたりもされたが、やんわりと断っている。過去にもっと女らしい服を着て欲しいと言われたのを思い出し、つい苦笑いをしてしまった。
 この道を選んだ自分には縁のない話だ。スカートをはき、化粧をして、町中を歩き回るなど――。
 キストンと合流し、必要なものをさらに買い足してから、おそるおそる宿の部屋のドアを開いた。
 中には横になっているテウスと、ベッドに突っ伏しながら寝ているムッタがいる。テウスはこちらに気づくと軽く手を挙げた。ムッタも気配を察したのか、起き上がる。
「ルカなら情報を聞きに行っている。最短で隣町までつく方法と、汽車の発車状況を」
「西よりも南の方が遙かに本数は多い。そこまで慌てる必要はないと思うけど」
「まあそうだな。無闇に動く手間を減らしたいんだろう。俺が怪我をしているからな。いつ汽車が出るかによって、ここを出る日も決めるらしい」
「そう……、わかった」
「なあ、レナリア」
 テウスの視線がこちらを射抜いてくる。彼の傍にそっと近寄った。黒髪を縛っていない彼の姿はいつもよりも大人っぽく見えた。
「いつまで一緒に行動する? ランクフ町を出たときは状況が状況だったから、一緒に行動した。これからも行き先は同じだが、俺たちと一緒に行動する理由はもうないだろう」
「動けるのがルカだけだと、何かと不安じゃないの?」
「建前ではなく、自分の心の中に秘めている言葉をいえ。――俺たちは現代の水の魔法使い、アーシェル・タレスを守る人間たちだ。お前にとっては間接的であれ、恨む相手かもしれないんだぞ」
 レナリアはテウスが寝ているベッドの一歩手前で立ち止まった。
「六年前、何があった」
 静かに尋ねてくる言葉。六年前という単語を出されると、全身が震えてくる。レナリアは自分の腕で己の体を抱きしめた。
 ファーラデの最期の顔が浮かんでくる。自分にとって掛け替えのない大切な人の顔が――。
「ちょっと、あたし抜きで話を進めないで」
 ドアに手を添えながら、ルカが現れる。彼女は笑っていたが、口調の端には棘がついていた。
「汽車は明後日出るって。だから明日の朝一に出て町に向かう。一晩は休めるから、テウスも早く動けるようになりなさいよ。――さあ、話を続けて、レナリア」
 ルカに促されたレナリアは、右手で胸元あたりに手を添えた。そして唾をごくりと飲みこんだ。
「……六年前の雨の日に、私が兄のように慕っていた隣の家のお兄さんが川で溺死したの」
「事故じゃないのか?」
「事故だと思っていたけど、昨日のベルーンとアーシェルの様子からすると、彼女が水没させたんじゃないかって……」
「アーシェル様がそんなことするはずがない」
 ルカが断言する。だがテウスもレナリアも浮かない顔をしていた。
「私もそう思った。でもアーシェルは認めているようだった。たぶん不可抗力だったとは思うけど……アーシェルが……」
「そういえば六年前って言ったね。テウス、その時期ってアーシェル様が消息不明だった時期と一致していない?」
 テウスが思案気な表情をしてから頷いた。
「たしかに数ヶ月消えていたと聞いている。本部に戻って、その時の関係者に話を聞かないと詳細はわからないが」
「なら首都に戻ったら確認しよう。戻ってきた時のアーシェル様、挙動がおかしかったって父さん言っていた気がしたし」
 ルカが腕を組んで、天井を見上げた。
「でもさ、アーシェル様が不可抗力とはいえ力を使うなんて、よっぽどのことだと思う。殺された男、何か変なことでもしていたの?」
 レナリアはむっとし、ルカに噛みついた。
「しているはずないでしょ! 成績優秀で十六歳で首都の学校に推薦状をもらった人よ! 水環省に内定が出ていたほどで……」
 そう、華々しい未来が待っている人だった。必死に勉強して、未来を切り開いていたはずだった。
 しかし亡くなる前に突然帰ってきたときは、誰の目から見ても様子がおかしかった。何かに追い立てられるような表情をしていた。あの時、彼は何か重大なことをレナリアたちに隠れて調べていたのではないだろうか。
 レナリアが口を閉じると、ルカはにやりと笑みを浮かべた。
「何かあったんだ」
「……村に突然戻ってきて、慌ただしく調べ物をしていただけよ。少し様子がおかしかったけど」
「そして死んだ……か。なら、口封じとかの理由で手をかけてしまったのかもしれない」
「口封じ?」
 まさかの単語が出て、レナリアは呆然とする。
 あのファーラデが危険なことに足を突っ込んでいた? かつて好奇心旺盛だったレナリアでもあるまいし。
 だが勉強や研究に関して没頭しやすい彼なら、あり得ることだった。
「あのとき何があったかを知るには、アーシェル様に直接聞くのが一番だと思う。周囲が考えを巡らしても、所詮は推測止まり」
 真実をするには、現場にいた本人に聞くのが一番だ。しかしレナリアはそれを聞き出せず、みすみす彼女の背中を見送ってしまった。
 彼女と再会するべきか否か。仮に再会したとき、どんな表情をすればいいだろうか。
 わからない。結論など、すぐに出るはずがない――。
 じっと俯いていると、キストンがそっと肩に手を乗せてきた。穏やかな表情でレナリアを見つめている。
「とりあえず僕たちも休もう。レナリアも相手側に顔が割れているかもしれない。その状況下で一人にさせるのはどうかと思うから、首都までは一緒に行こう。その後は――よく考えてくれ」
 彼の言うことは的をついていたので、そうすることにした。五人はそこで散開となり、各々休息をとることになった。


 * * *


 翌日は一日中馬を走らせることになった。やはりルカの手綱捌きは巧みで、適切な場所を選んで、迷いなく進んでいた。テウスの傷も考慮しているからか、全体的に段差が少ない道を通っているようだ。
 なし崩し的にテウスたちと行動しているが、それを望んでいる自分もいるのにレナリアは気づいていた。
 彼らは魔法使いを守る者たち。レナリアも魔法使いを慕っている省に勤めている。はっきりとイコールと言える関係ではないが、彼らと行動するのは絶対に駄目ということでもないだろう。
(たぶん師匠だったら、一緒に行動しているはずだろうし)
 レナリアに剣術や体術を叩き込み、査察官としての考え、動き方を教えた師匠ルベグラン。彼は見た目こそ強面の男だが、根は優しく、他人思いの人間だった。
 些細な案件でも首を突っ込む場合がある一方、省にとって致命的な影響があるときは、たとえ人の生死がかかっていたとしても手を出さない、冷静さも兼ね備えた男だった。
 今のレナリアの状況は、省に悪影響を及ぼすような事態には陥っていない。だから己の心が許すままに行動しても大丈夫だと思う。
 テウスとルカは、“青輪あおりん会”に所属していると言っていた。水に関する調べ物をしている会というのが表向き、裏では魔法使いを守るために動いている集団だそうだ。
 青とはすなわち水、そして輪とは循環や人々の輪を意味しているらしい。つまり水の魔法使いを守るという隠語も、うっすらとだが含まれているようだ。
 水環省とは敵対する存在ではないだろう、そう思って休憩中にルカにレナリアの身分を明かすと、やや怪訝な表情をされた。
「査察官? しかも水環省の?」
「休職中だから、強い権限は持っていないけれど」
「そんな人があたしたちに関わっていいの、テウス」
 両手を腰につけた状態で、ルカは木の幹に寄りかかっているテウスに尋ねた。彼は間を置いてから頷いた。
「今は共に行動しているだけだ。俺たちが何かをしているわけでもないから、大丈夫だろう」
「でもベルーンとカーンに楯突いたんでしょう?」
「あいつらも雇われ者だ。彼女が親玉に刃向かわない限り、問題ない」
「理屈上はね……。ねえレナリア、自分が水環の査察官だっていうの、奴らに名乗った?」
 乗ってきた馬に水を飲ませながら、レナリアは応える。
「自ら名乗り出ていないけど、ベルーンは名前から辿ったようで知っているようだった。珍しいみたいよ、女の査察官は」
「あたり前でしょ。どこの省でも荒事を処理するのが査察官の役目だから、女がなるのは珍しいの。あたしだって今までで出会った女の査察官、レナリアで五人目よ。……ベルーンは知っているんだ。それなら首都まで行ったら、とっとと別れた方がいいね。それがレナリアや省のためだよ」
「青輪会は何をする気なの?」
「アーシェル様を保護し、守る会。連れ去られた場所から取り戻しもする。その相手がまあ……知らなくていいよ」
 言葉を濁す。知ってしまえば本当に戻れなくなるという意味なのだろう。
 自分に不幸が降りかかるのは別に構わないが、省に迷惑はかけられない。ルカの言うとおり、聞き返すのはやめた。
 彼女は筒に入った水を一気に飲み干すと、川に筒を突っ込んで、再度筒に水を入れていった。


 夜には南線路が通っている駅がある、スーソ町に到着した。急いで汽車の乗車券を購入し、駅の近くの宿を借りた。この町にはまだ相手側の息の根はかかってないようで、妙な気配や視線などは感じられなかった。
 ランクフ町より発展しており、夜であっても人の往来はかなりあった。
「始発駅ではないないし、元々発展している町らしい」
 キストンが駅でもらった町の紹介がかかれた紙を片手に言っている。
「そうね。南線路の中では三本の指に入る町だと思う」
「レナリア知っているの?」
「……私が村から首都に行くときは、南線路の始発駅を使うの。この前もこの駅を通った」
 アーシェルたちと出会った、あの汽車で。
「ここからなら途中駅も多くないし、夜は動かないことを考えると、四日くらいで着くと思う。勾配も多くないし、西線路よりは進みやすいはず」
「そうなんだ。ランクフ町を目指すより、初めからこっちを目指せば良かったのかな……」
 キストンがぼそりと呟く。そんな彼の背中を軽く叩いた。
「過ぎたことよ。私がこっちの線路の方がいいと提案しなかったのも悪い。仮にスーソ町に来ていたらテウスと再会できなかった。世の中そんなものよ」
 キストンだけでなく、自分に言い聞かせるように、レナリアは言葉を発する。
 終わったことは仕方ない。今はただ明日のこと、一時間先のことを考えるべきなのだ。
 夜空を見上げると、細長い月が顔を出していた。アーシェルと別れた日は雨が降っていて月は見えなかったが、予定では月が出ない日、新月だったはずだ。あれからもう何日も経過している。
 レナリアの心が定まらなくても、時は無情にも流れていた。
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