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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第二章 渦巻く宿命の輪

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2‐2 失意の中の移動(2)

 キストンとテウスの手が離れると、一連の流れを見ていたルカが口を開いた。
「ねえ、君、魔法使いという単語を出しても、あまり驚かないのね」
 キストンはルカの方に振り返り、目を瞬かせる。
「この国に一人は必ずいる方ですよね。その人を守る人間がいても何らおかしくないと思います」
「でも表舞台から消えたときに、たいていの人は魔法使いのことを記憶から記録へ移す。記録の中の人を話題に出されたら、驚かない?」
「数は少ないですが、魔術師も往来している世界です。魔術師は魔法使いの残滓を利用して物事を起こしている。むしろ元となる人が存在していない方が不自然だと思いますが」
 平然と言ってのけると、ルカだけでなく、テウスとムッタまで、警戒するようにじっと見てきた。
 キストンは両手を上げて、自分が座っていた席まで下がる。
「そんな怖い顔をしないでください、青輪(あおりん)会の皆さん。ガリオットさんの下で働いていると、たまに魔術師が来るんですよ。それで少し知っているだけです」
 そして一息吐いた。
「もし僕があなたたちにとっていわゆる敵側であったとしたら、もう少しうまく騙して、穏便にアーシェルさんを連れていきますよ。今回の連れ去り方、僕は気を失っていたのでわからないですが、自分たちの力を見せつけるかのような行動だったと聞いています。レナリアを精神的に傷つけて、テウスを力でねじ伏せたと」
 ルカがちらりとテウスを見る。彼は左わき腹を右手で軽く触れながら頷いた。
「ああ。おそらくアーシェル様に有無を言わせないためだろう。あちらの威圧感を見せつけるような立ち回りだった。結界を張って周囲の視界を遮断していたとはいえ、察しがいい人間が近くにいれば気付いたはずだ」
「相手は男女二人って聞いたけど、あたしも知っている人?」
「魔術師のベルーンと剣士のカーン」
 腕を組んでいたルカが目を大きく見開いた。そして手を顎に添えて、眉間にしわを寄せる。
「ベルーンがでてきたの? 本当によく死ななかったのね。あの女、手練れの愉快犯じゃない。遭遇したとき笑顔で仲間の心臓を貫いていた……!」
 ルカは歯をぎりっと噛みしめる。テウスは目を軽くドアに向けた。
「アーシェル様が盾になってくれたから、無事だった。もし俺たちを殺すのであれば、自ら命を絶つと言ったんだ……。あと今回はおそらくアーシェル様とレナリアの関係を断ち切るのを第一の目的として表に出てきたから、殺すことまで固執しなかったのではないかと」
「……さっきから話にでているレナリアって、誰?」
「落下した汽車で会った、俺とアーシェル様がばらばらになっている間、ずっと傍に居てくれた女だ。腕は立つ」
「へえ。この部屋にいないってことは、先の戦闘で怪我でもしたの?」
「いや、体に怪我は負っていないが……」
 テウスの顔が俯いていく。キストンも彼の口から軽く聞いただけで、詳細はわからず、答えられなかった。
 ルカがじろじろと見ていると、テウスはようやく顔を上げた。
「今は精神的に傷を負わされて、隣の部屋で眠っている」
「どんな内容を言われたの? ベルーンのことだから、さぞ酷い言われ方をされたんでしょう」
「……アーシェル様がレナリアの大切な人間を殺したというものだ」
 目が大きくなったルカは、「はっ?」と声が漏れた。キストンとムッタは視線を逸らす。
「何を言っているの? アーシェル様がそんなことするはず――」
「本人は否定しなかった。心当たりがあるような表情をしていた」
 固まっていたルカは立ち上がり、ドアの方に大股で歩いていった。
「ルカ!」
 ドアノブに手を付けると、彼女は振り返った。
「隣にいるんでしょ!? どういうことか聞き出してくる!」
「まだ眠っているんだ、無理に――」
「大切なことよ、叩き起こす!」
 そう言い捨てると、ルカは勢いよくドアを開け放ち、行ってしまった。キストンはテウスと視線を合わせてから、慌てて彼女のあとを追う。階段を挟んだ向こう側にある部屋に、彼女は既に入っていた。
 少し遅れてキストンが入ると、ルカがレナリアの肩を強く揺さぶっているときだった。
「ちょっと起きなさいよ! あんたが何を知っているのか、すべて話しなさい!」
「ルカさん、もう少し優しくしてあげてください!」
 彼女の脇下に手を入れて下がらせようとする。ルカが目を剥いて振り向いてきた。その時、藍色の髪の少女が呻きながら目をうっすらと開けたのだ。
「レナリア!」
 キストンはルカを離して、レナリアのすぐ横に移動する。彼女はぼんやりとこちらを見上げた。
「キストン……? 私はいったい……」
「雨に打たれて倒れていたところを、ムッタと僕で回収したんだ。テウスも生きているから安心してくれ。でもアーシェルさんは……」
 言葉を濁らすと、レナリアは視線を逸らした。それを見たルカは口をへの字にして、レナリアの顎を持って、こちらに顔を向けさせた。
「貴女は……?」
「ルカ・スカーレット。平たく言えばアーシェル様の護衛の一人。ねえあんた、アーシェル様があんたの大切な人を殺したって、本当なの!?」
 レナリアは目を軽く見開く。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。
 ルカは手を肩に移動して、激しく動かした。
「どうなの!?」
「……アーシェルは――」
 レナリアが口を開こうとした矢先、激しい揺れと爆音が家全体を襲った。
 ルカは手を離し、目を鋭くして舌打ちをした。レナリアは上半身をあげて、周囲を見渡す。
「……攻めてきたか。まあ雑魚が相手だろうけど、ベルーンも結構種をまいたと思うから、人数は多いだろうね」
「荒っぽい人が多いの?」
 レナリアの言葉は震えておらず、きりっとした顔つきの少女に戻っていた。
「そうだろうね。まともに相手をしてもいいことはないから、今は逃げるよ」
「わかった」
 相槌を打つと、レナリアは床に足をつけて立ち上がり、上着を羽織った。そしてウェストポーチの中に銃を入れて、それを腰に巻いた。最後に自分のブロードソードに手をつける。
 ルカは少女が持った剣を指でさした。
「剣士なの? 銃も持っているみたいだけど」
「銃はお守り代わり。主戦は剣。私も荒っぽい仕事をすることがあるから、護身用として剣の技術は学んでいるだけよ」
「テウスが腕は立つって言っていたから、期待してもいいの?」
「……今の状態だと断言できない。せいぜい足は引っ張らないようにする」
 部屋の外に出ると、テウスが壁を伝いながら出てきていた。一度階段を下り、上ってきたムッタが叫ぶ。
「裏口に燃料を撒かれて、火をつけられた! 雨が少し降っているから、火は勢いよく回っていない。ちなみに表口はまだ火が付けられていないけど……」
「罠だな」
 テウスがばっさり言い切る。他の三人も頷いた。
 ルカはレナリアを上から下までじろじろと見た。
「相手が何人いるかわからないけど、二人いれば突破できると思う。手伝ってくれる?」
 レナリアは剣を握っていない手を握りしめてから頷いた。
「ええ。こんなところで死ぬわけにはいかないから。――キストン」
「何だい?」
「テウスを支えてあげて。あの様子じゃ、まだきちんと動けないでしょ」
「わかった」
 キストンは一度部屋に入ると、己のリュックを背負ってきた。それからテウスに肩を貸した。
 レナリアは階段の手すりに手を添えるルカに声をかける。
「ここから出た後、どこにいくつもり?」
「町から出た方がいい。町中にいたら、また襲われる」
「ルカ、俺に考えがある」
 剣を腰に下げたテウスが、キストンと共に歩いてくる。
「東に向かおう。南線路の駅から首都を目指したい」
「アーシェル様は首都で奪還するつもりってこと?」
「ああ。どうせ相手側の行き場所は決まっているんだ。こっちも手はずを整えて乗り込むべきだろう。仮に今から同じ汽車に乗れたとしても、途中で突き落されるだけだ」
 ルカは軽く頷いた。
「そうね、そっちの方がいいと思う。あたしも一人でベルーンとカーンを相手にできないし。ではここを出たら馬を借りて東へ。ムッタはほとぼりが冷めるまで、そっちに息を潜めていて」
「そうするわ。ここは一時的な仮屋だったから、未練はないし。――皆、馬は乗れるの?」
 ムッタの顔がレナリアに向けられる。彼女は瞬きした後に頷き返した。
 さも当たり前のような頷きようを見て、彼女の引き出しの多さに舌が巻いていた。
 ルカは皆の顔を見てから、話をまとめた。
「じゃあ、ここを出たらあたしとレナリアで追っ手を蹴散らすから、その間に皆で馬小屋を目指して、その後は東に向かおう。それでいいね」
 皆で頷くと、彼女は右肩をぐるりと回した。
「さてと、久しぶりにひと暴れするか」
 ルカに駆け寄り、レナリアは彼女の後ろにつく。
「私が先頭に行く? 馬小屋の場所は把握しているし」
「いいえ、あたしが行く。さっきまで心あらずだった人に、殿しんがりは務まらないから」
 気丈な女性はわざとレナリアの心に突き刺さるような言葉を吐いていく。そして彼女は一瞥すらせずに、足早に階段を駆け下りていった。
 心を抉られたレナリアはしばし固まっていた。だが我を取り戻すと、剣を握り直してから、一段一段降りていった。


 下の階は煙が回り始めており、腕などで口を押さえなければ、誤って吸ってしまいそうだった。
 ルカと名乗った女性の腰には、短剣が一本ぶら下がっている。女性としては高身長、レナリアより年齢は三、四歳上のようだ。
 雨の中で気を失い、眠っている間にムッタに着替えさせられたのか、レナリアが着ている服はひらひらとした薄茶色のロングスカートだった。髪は適当に一本で結んでいる。
 色々と考えることはあるが、今はここから脱出することが先決だ。六年前の事件に考えを浸らせていたら、このまま殺される。
 追っ手は何人だろうか。雨が降っているにも関わらず火を放つなど、非効率ではないだろうか。
「あたしたちが最終的に敵対している相手はね、お金でものを言わせる奴らなの。失敗してもいい、効率が悪くてもいい、とにかく攪乱しろなんて、よくある命令よ」
 ルカはまるでレナリアの思っていることを見透かしたように言ってくる。
「だからまずは相手の考えが及ばないところにいく必要がある。それが今から行う脱出劇」
 ドアノブに手をかけたルカは一度呼吸を整える。やや後ろにレナリアが移動すると、彼女は一気に開け放ち、飛ぶようにしてドアから飛び出した。
 外には鋭利なナイフを持った男たちが五人いる。
 地面に着地したルカは、近くにいた男に数歩で近寄り、驚いている隙に喉元を蹴り上げた。
「こいつ!」
 続けざまに背後に迫っていた男を回し蹴りで首を叩く。さらに寄っていた男の腹に、つま先を入れ込み、怯んだところで地面に横倒しにした。
 鮮やかな足捌きに思わず感嘆の声があがりそうだった。しかしすぐに気を引き締めて、レナリアは左に迫っていた男の腹に、剣の鞘ごと差し込んだ。鳩尾に当たった男はその場にうずくまる。右から殴りかかってきた男には首に鞘をあてて、壁に叩きつけた。
 計五人の男たちの動きが鈍ったところで、ルカは走り出す。レナリアはキストンとテウス、そしてムッタを先に行かして、自分は最後尾についた。
 建物の背後からのそのそと出てくる男たちを剣で振り回して牽制する。レナリアたちが動きを鈍らせた男たちも起き上がりだした。
 決して強いとは言えない男たちだが、今のレナリアの力では意識を混沌させるところまでもっていけなかった。力が出しきれないのだ。
 目を瞑ると、ファーラデの顔が思い浮かぶ。それを振り払うかのように、レナリアは襲ってくる男たちの追撃をかわして地面を蹴った。
 レナリアが馬小屋についた頃には、既に馬の手配が終わった後で、すぐにルカから手綱を渡された。
 テウスとキストンは一緒に乗り、後ろに乗ったテウスが前のめりになりながらも、手綱を握っている。
「走れるの?」
「わき腹と足が少し痛いだけだ。隣町までくらいなら走れる」
 フードをかぶったテウスの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。無理しているのは明らかだが、今は声をかける状況ではなかった。
 手綱を握りながら、レナリアは颯爽と馬に飛び乗る。そして馬小屋で借りたローブについたフードを頭からかぶった。
 いつもより高い視線から、ムッタの家がある方角を見据える。か細い煙がちらちらと昇っていた。隣の家に飛び火せず、早く火が消えることを願うばかりだった。
 ルカが手綱を引くと、馬が動き出す。彼女に倣って、他の者たちも手綱を引いた。
 レナリアはちらりと背後にあるランクフ町、そしてその先にある駅を見た。そこにいるだろう、少女の顔が脳裏をよぎる。同時に首から下げているペンダントのうち、小さなペンダントトップに手を振れた。
(六年前、何があったの……)
 心に何かが刺さったまま、レナリアは馬を走らせ始めた。
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