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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第一章 流れゆく首都への旅

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1‐20 繋がる雨の日の記憶(5)

 レナリアは部屋の奥にいるアーシェルを見て、眉を潜めながら、かかってきた男たちに剣を振り回した。驚いた男は、剣の間合いに入る寸前で動きを止める。
 その隙に、右側にいる男に向かって距離を詰めた。剣を上からおろし、鍔迫り合いをする。後ろから剣を刺しこんでくる気配を察すると、レナリアは鍔迫りあいをやめて、腰を低くした。背後にいた男の剣が頭上を通過し、もう一人の男に軽く触れた。
 二人の男が目を丸くしている間に、剣を突きだしている男の足払いをし、彼の右手を左足で踏み潰しながら、もう一方の男の首元すれすれに剣を突き刺した。
 男は額から汗を垂らしながら、剣の先を見下ろしている。
「この女……」
「剣を離しなさい。手を頭の後ろに」
「何様だと思っているんだ!」
 踏んでいる足を軽く動かすと、床に伏している男が痛みを声に出した。
 レナリアは剣を少しだけ突き出す。男の喉元から赤い血が流れ落ちた。
「貴方たち、状況が見えてないの?」
「状況が見えていないのは、お前だ、女!」
 部屋の奥から威勢のいい男が声を発する。彼はアーシェルを盾にして、首もとにナイフを当てていた。
「この女がどうなってもいいのか!?」
「殺したら問題になるんじゃない? 傷つけても駄目なんじゃない?」
「状況が状況だって言って、願い出るさ!」
 男はじりじり動き、窓の前を通り、入り口付近に移動していく。
「その剣を放せ。両手をあげて――」
 窓の外に黒い影がよぎったのを見て、レナリアは口元に笑みを浮かべた。
「何がおかしい」
「おじさん、さっきその子のことを襲おうとしていたよね。もしかして幼女趣味?」
「はあ……!?」
 次の瞬間、窓が激しく割られ、そこから一人の男が雪崩込んできた。アーシェルを抱えていた男は振り向こうとする前に、頭上を強打されて、そのまま伸びてしまった。
 レナリアは剣先にいる男が呆気にとられている隙に、下にいた男の背中を強く踏み潰す。男が悶絶している間に転がし、腹部を蹴り込んだ。
 そして目の前にいる男から剣を下ろし、懐に潜り込む。剣を逆にして、柄の部分を腹部に入れ込んだ。数歩助走をつけたため勢いがついたのか、男は背中を壁にぶつかっていった。そして男は床に崩れ落ちていった。
 剣を片手に、レナリアは横たわる二人の男を眺めた。意識までは完全に奪うことができず、悶えている。その間に部屋にあった縄を持って、男たちを拘束していった。
 テウスがアーシェルの肩に自分の上着をかけながら、擦れ違い際にぽつりと呟く。
「お前は甘い」
 テウスが相手をした髭面の男はかなりの強打を受けたため、生きてはいるが、しばらく目を覚ます気配はなかった。
「ごめんなさい、貴方と違って力はないの」
 そう言って、きっちり両手両足を縄で縛っていく。その間にちらりとアーシェルを見た。
 彼女は呆然とした表情で、黒髪の青年を見上げていた。
「テウス……なの?」
 彼は片膝を付けて、アーシェルに深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております。大変申し訳ありませんでした、お守りすると言いながら、離れてしまい……」
「そんなことどうでもいい! 大丈夫なのね? 体に異常はないのね!?」
「はい。アーシェル様のおかげで助かりました。ありがとうございます」
 大きく見開いていた目から、大きな滴がこぼれ落ちる。彼女が両手を前に出すと、テウスは軽く体を近づけた。そしてアーシェルはテウスを抱きしめて、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「よかった、生きていて……!」
「ご心配おかけしました。テウス・ザクセン、只今よりアーシェル様の護衛に戻ります」
 そして彼は優しく彼女の肩に腕を回した。
 アーシェルはずっとテウスのことが気がかりだったのだろう。大丈夫だと言ってはいたが、それは虚勢だったと気付いていた。再会した時の驚きに満ちた表情を見れば、容易に想像できる。
 レナリアは感動の再会を微笑んで見ながら、引き続き拘束作業を続けた。


 アーシェルが落ち着き、男たちの拘束を終えると、腕を組んだテウスは二人の男たちを睨みつけた。
「誰からの依頼で、こんなことをした?」
 彼らが視線を逸らすと、テウスが足を床に激しく踏みつけた。男二人はびくりと肩を震わす。
「どうせお前たちは牢獄送りだ。拒否権があると思っているのか? 死ななくても痛みを味あわすことはできる。骨を折ること、指をなくすこと。どれがいい?」
 テウスは己の剣を鞘から少しだけ抜きながら言う。レナリアは感情を入れずに忠告を放った。
「彼はさっきすり替わっていた女の人に対し、躊躇いもなく指を折った。たぶん今の発言も、はったりではなく、本気」
 男たちは首を小刻みに揺らしながら、縦に振った。
「わ、わかりました。自分たちの知っている範囲で教えます。だから何もしないでください……!」
 それを聞いたテウスは、剣を鞘に入れて、再び腕を組んで仁王立ちになった。
「話せ」
 男は顔を見合わせてから、さっきから話している男が口を開いた。
「俺たちは頼まれただけだ。俺ら以外にも人間を寄越すから、なんとかして銀髪の少女を捕まえろっていう依頼がきて……」
「寄越された人間というのが、あの白髪の女のことか」
 男はこくこくと頷いた。
「あの女が少女を連れて来るって言ったんだ。半信半疑になりながら待っていると、本当に家に連れ込んできた。あとは厄介な姉ちゃんが出かけた隙を教えてもらって、誘拐したんだ」
 レナリアは眼鏡を外し、下ろしていた髪をバレッタでまとめ上げた。男たちはその様子を見て、同時にぱちくりする。
「あ、厄介な姉ちゃん……」
「どこの知的なお姉さんかと思いました……」
「ありがとう」
 にっこり微笑む。それからレナリアはテウスに向き合った。
「こいつらより、偽物を尋問にかけたほうがいいかもしれない。本当に下っ端の下っ端よ」
「ああ、そう思う。急いで戻って、詳しいことを聞こう」
 三人の男をざっと見渡した。テウスが加減なく頭を叩いた男は、当分目を覚まさないだろう。これでは移動するにも移動できない。
「誰か呼んで、こいつらの身柄を確保してもらわないと。私、ひとっ走りして、誰か連れてこようか?」
「そうだな、頼む」
 レナリアはスカートに付いた埃を軽く払ってから、小屋から外に出ると、森の中から数名の警官たちが駆け寄ってきたのが見えた。彼らは小屋を見つけると、指をさした。
「通報があったところはあそこだ!」
「おい、なんか様子がおかしくないか?」
 レナリアは眼鏡の少年を思い浮かべながら、口元を緩めた。
 力はないけれど、気が回るし、いざというときに頼りになる彼。彼がいち早く連絡して、応援を寄越してくれたようだ。


 * * *


 その後、偽物のムッタの尋問に立ち会うことができたが、有益な情報は得られなかった。彼女も手紙で指示されたらしく、銀髪の少女を連れた集団を見たら、ムッタと呼ばれる女性とすり替わり、少女たちを家に呼び込むよう促されたらしい。それからレナリアたちがランクフ町に着いたのを目撃し、実行に移したようだ。
 嘘を吐いているようにも見えたが、彼女の様子を見たテウスは、ただの駒だと切り捨てていた。詰め所の廊下を歩きながら、彼はレナリアの疑問に答える。
「本当に組織に関わっている奴なら、自害している。あいつらは何も知らない、ただの雇われ屋だ」
「テウスがそう言い切るなら、私は追求しない。けど……」
 腑に落ちない点はいくつもある。あまりにも計画が稚拙すぎるのだ。
 たとえばムッタの偽物。もう少し年齢も、背格好も似た人物を選べなかったのだろうか。もしもアーシェルが本物を知っていたら、作戦の出だしから躓くことになる。
 さらに言えば、ムッタの偽物がレナリアたちを目撃し、家に連れ込める可能性低い。出会わずに、そのまま汽車に乗り込んでしまうかもしれない。
 男たちの力量も弱すぎた。戦闘服ではないレナリアでも、簡単に落とすことができた。レナリアのことを知っていれば、もう少し骨のある男を寄越したはずだ。腕力自慢の馬鹿が三人なんて――
「……あれ?」
「なんだ」
「何かがおかしい……。キストンはアーシェルと一緒に別室にいるのよね」
「ああ」
 その部屋に向かって、逸る想いを抱きながら足早に移動する。入り口には警官隊の一人がおり、彼が敬礼した横を通って中に入った。
 中ではほっとした顔つきになったキストンとアーシェル、そしてムッタが座っていた。キストンの腕には真新しい包帯が巻き付けられている。
「ねえ、キストンとアーシェル」
「何だい?」
「アーシェルを誘拐したのは……三人?」
 二人は顔を見合して、首を横に振った。
「四人ですよ。レナリアさんが来る前に、一人出て行きました」
 テウスの表情が険しくなる。そしてアーシェルに顔を近づけた。
「どんな男ですか!?」
「たしか一番ほっそりとした方でした。買い出しに行くと言って、そのまま……」
「逃がしたか……」
 テウスがきつく握りしめたのを見て、アーシェルはそっと手で包み込んだ。彼の拳がやや緩む。
「その事実は警官隊の皆様にはお話ししましたので、テウスが気にすることはありません。きっと捜索に乗り出してくれることでしょう」
「ですが……」
 浮かない顔をしていると、ムッタが肩をすくめながら首を横に振った。
「テウス君、過保護すぎると嫌われるよ」
「何を言っているんですか、ムッタ! これはアーシェル様の身に関わることですよ!? 過保護とかそういう問題ではない!」
 ムッタは手をひらひらとしながら、テウスの言葉を受け流す。
「わかっているよ。だから警官隊に話したんだ。誘拐事件の犯人が全員捕まっていない。なら、捜索に乗り出そうっていう考えになるだろう? 結果として捕まえられなくても、汽車が来るまでの牽制くらいにはなる。今は――次のことを考えなさい。敵はこれだけではないでしょう」
 年長者に諭されたテウスは、むっとしながらも口を閉じた。
 行方不明の男は運良く逃げたと考えていいのだろうか。
 他にもいくつかある引っかかりを抱えながら、レナリアは微笑を浮かべているアーシェルの横顔をそっと眺めた。


 その夜、髪をおろしたレナリアは一階に降り、カーテンをそっと開いて、ぼんやりと外を眺めていた。背後から軋む音がしたので振り返ると、黒髪を下ろした青年が立っていた。
「どうしたの?」
 テウスは視線を逸らして、頭を指でかく。そして意を決したように深々と頭を下げた。その光景を見て、レナリアはきょとんとした。
「どうしたの?」
「今までアーシェル様を護ってくれて、ありがとう」
「あ、ああ……それくらいいいってことよ。彼女に助けられたから、お礼をしようと思っていただけだから」
 戸惑いながらも相づちを打つと、テウスは頭を上げた。
「アーシェル様から少し聞いたが、腕は立つ女なんだな」
「まあそれなりには。正式に自己紹介していなかったわね。私は水環の査察官のレナリア・ヴァッサー。今手負い中だから、最大限に動けないけど、それでも並の男なら潰せると思う」
 右手を差し出すと、テウスは握り返してくれた。
「俺はアーシェル様の護衛のテウス・ザクセン。査察官だったのか、道理でいい動きをしていると思った。そんなお前でも傷を負ったのか?」
 レナリアは逡巡してから、左肩まで服をめくり上げた。白い包帯が未だに巻き付けられている。
「ある人に鍔迫り合いで剣を押し込まれて、ざっくり切れたの。その後に何度か傷口が開いているから、まだ完治しないの。――ねえ、テウス、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
 アーシェルには言っていないことを、護衛であり、剣士の彼にそっと尋ねた。
「――薄金髪のカーンっていう男、知っている?」
 テウスの目が大きく見開いた。
「お前、交戦したのか?」
「交戦した結果がこれよ」
 服を元に戻しながら、悪態を吐く。テウスは信じられないといった様子で、首を横に振っていた。
「それだけの傷で退けたのか? どんな方法を使ったんだ?」
「偶然が重なって、逃げ切れたのよ。テウスは剣を交じらせたことあるの?」
 質問を適当に流して、逆に問い返す。
「何度かある。アーシェル様を執拗に狙っている幹部の一人だからな。初めて対戦したときは太股をばっさり、次も脇腹も貫かれた」
「やっぱり相当手ごわいよね……」
 右手を軽く口元に沿えて呟く。
「でもテウスは、そんな相手からアーシェルを護りきったんだ」
「他の護衛も一緒にいるときだったから、先に逃げてもらった。時間稼ぎでなく、倒せと言われると、形振り構ってはいられないだろうな。相打ち覚悟で挑むしかない」
「……それはやめなよ、アーシェルが悲しむから」
 そう言うと、テウスは黙り込んだ。そんな展開になるのを彼は否定できないのだろう。いくら必死にアーシェルが止めたとしても、彼は挑んでいくはずだ。
 テウスは視線を外に向けた。雲がかかっており、あまり星は見えない。
 彼の横に並んで、レナリアは声をかけた。
「ねえ、一緒に首都に行ってもいい? 力にはなれるでしょう? たぶんアーシェルを逃がすことくらいできる。汽車の乗車券も買っちゃったしね……」
「……お前の強さは認めるし、その申し出は有り難いが、別にもういいんだぞ。俺とアーシェル様の二人旅、それはつまり振り出しに戻るだけだ。何も知らないお前たちを連れ回す理由はない」
「何も知らない? 本当にそう思っているの?」
 ふふっと笑みを浮かべると、テウスは眉を潜めた。
「アーシェル様はお前たちのことを考えて、最低限のことしか話していないと言っていた」
「そうね。あの子は首都に向かっているということしか言っていない。でもね、いくつかの不可思議な点から組み合わせれば、薄々察することはできるのよ?」
 得意げに言いながら、隣にいる青年を見上げる。背が高く、引き締まった体の青年が、警戒した色を見ていた。
 レナリアは肩をすくめ、藍色の髪を軽く後ろに流した。
「そんな顔しないで。私は敵ではない、そう信じてほしい。水環の査察官にとって、きっと彼女は守るべき存在なのでしょう?」
 テウスは黙り込む。レナリアは一歩前に出て腰に手を当てた。
「私、何事も最後までやりきらないと、気が済まない性格なのよ。あの子が本当に安心できる地に行くのを見届けたい」
「それは生易しいものじゃないぞ。汽車に何事もなく乗れたとしても、この前の展開になる場合がある」
「ええ。だから一緒に行くのよ。確実にあの子を送り届けるために……」
 テウスは面食らったような顔をしていたが、やがて観念したのか、レナリアの右肩に手を乗せてきた。
「わかった。そこまで言うなら、よろしく頼む。何かあったら、アーシェル様を連れて逃げてくれ」
「護衛らしからぬ発言ね。貴方は最後まで彼女と一緒にいなければならないでしょう? うまく立ち回ってあげるわ。これでも交渉術は貴方よりも得意でしょうから。こちらこそよろしくね」
 時計の針の音が、一定の時間ごとに動いていく。
 それを聞きながら、レナリアはカーテンに手を付けて、そっと閉じた。
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