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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第一章 流れゆく首都への旅

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1‐14 霧の水路に現るもの(4)

 タムが襲われた翌朝、早朝に宿に戻り、おそるおそる部屋のドアをノックすると、すぐに開かれた。中ではほっとした表情のアーシェルと、奥にある椅子から腰をあげているキストンがいた。
「二人とも……?」
「タムさんは大丈夫ですか?」
「知っているの?」
「あれだけ騒いでいたら、わかるさ」
 キストンが腕を組みながら近づいてくる。
「宿に泊まっている人が野次馬に行って、べらべら喋っているのを掻い摘んで聞いた。灰色の髪の屈強な男が謎の生物に襲われて怪我を負ったとか、その付添らしい女性も剣を握って対抗したけど、結局その生物は仕留められなかったとか」
 キストンはアーシェルのすぐ横まで来ると、軽く彼女を見た。
「病院を探しに行こうかって、アーシェルさんに提案したけど、逆にレナリアの負担をかけるだけって言われて、大人しくしていたんだ」
「……その判断は正しかった。あの生物も捕まらなくて、外に出ていたら二次被害があったかもしれないから」
 じっとレナリアのことを見つめていたアーシェルが、両手を伸ばし、レナリアの両頬を押さえてきた。そして顔を近づけられる。
「寝ていませんね。酷い顔をしています。少し休んでから話をしてください。その生物は夜しか現れないんでしょう? そしてレナリアさんはそれを捕まえたいと思っているんでしょう?」
「どうして……」
 手を離すと、彼女は両手を腰にあてて、くすりと笑みを浮かべた。
「だってレナリアさん、未練たらたらの顔をしていますから」
 平静を装っていたつもりだが、顔にでていたらしい。彼女の洞察力が鋭いのもあるかもしれないが、それでも顔に出ていたのは不覚だった。
 レナリアは軽く頷いて、事実を認める。そして壁をつたいながら、部屋の中に入った。


 それから昼過ぎまで、レナリアは死んだように眠り込んでいた。
 目覚めたとき、アーシェルがノートに向かって書き物をしている最中だった。キストンは部屋に戻ったのか、それとも外にでているのかわからないが、部屋の中にいなかった。
 ぼんやりと起きあがりながら、文字を連ねている少女に声をかける。
「アーシェル?」
 少女はペンを机の上に置き、勢いよくノートを閉じた。そして素知らぬふりをして、振り返られる。
「起きたんですね。おはようございます。といっても、もう昼を過ぎていますが」
「キストンは?」
「買い出しに行っています。レナリアさんが同じ部屋にいるのなら、私を置いていっても大丈夫と判断したみたいです」
「昨晩、彼がこの部屋に来ていたのは、アーシェルの護衛のため?」
「はい。大丈夫って言ったんですけど、心配だからって言われて……」
 レナリアはベッドを軽く撫でた。
「どうせキストンは窓の脇にある椅子に腰掛けて、外でも眺めていたんでしょう。彼もまともに寝ていないんじゃない?」
「徹夜は作業しているときによくやるから、問題はないって言っていましたよ」
「まったく……彼らしい発言ね」
 タムが搬送された後、アーシェルのことはずっと気がかりだった。だが、おそらくキストンがうまく立ち回ってくれると思っていたため、タムの容体がはっきりするまで病院にいたのだ。
 髪を軽くかきあげる。髪がぼさぼさだ。服は変えたが、どことなく血の臭いもする。
 少女に断ってから、軽く体を水で流すことにした。


 水を浴び終えると、キストンがパンを買って戻ってきたところだった。
 レナリアとアーシェルは早速できたてのパンを頬張る。乾燥した果実を噛んだらしく、その味が口の中に広がった。
 キストンもパンを齧りながら、口を開いた。
「昨日事件があったところは、現場検証していたよ。小耳に挟んだ情報によると、水路に逃げ込んだ生物は見つかっていないって」
 レナリアはベッドの上で地図を広げて、昨晩の事件現場をペンで丸付けた。そして手帳に書いたメモを参考に、水路沿いに丸を付けていく。
「謎の生物が人間を襲ったり、目撃された場所。支部長から聞いた情報だから確かだと思う」
 宿に戻る前、支部長に頼み込んで、今まで事件があった場所を教えてもらったのだ。支部長は渋っていたが、レナリアが強く言うと、仕方なく情報を提供してくれたのである。
 躊躇ったわけとしては、査察官の被害者をこれ以上出したくないと思っているからだろう。幸いにしてまだ死亡者がでていないが、今後死者がでてしまったら、支部長の責任問題にもなりかねない。
 タムの気持ちも汲むのなら、レナリアはこの事件に関わらずに、大人しくここから去るべきだ。だが一瞬感じた違和感は、合成獣を見つけなければ拭いきれなかった。
「水路は南北に縦断している二本があるけど、そのうち西にある水路しか現れていないんだね」
 キストンが水路を指でなぞる。それに付け加えて、アーシェルも疑問を口にした。
「しかもすぐに地下の水路に潜れるような地域にしかでていません」
 水路の七割程度は外にでている。残り三割は地面で覆われており、水路は地下に伸びていた。その三割の近くに生物は出没しているのだ。
「まるで顔見せたらすぐに逃げる、っていう動きをしています」
 レナリアは二人の言い分を聞きながら、持っていたパンを飲み込む。そして水を一口飲みこんで、口の中を整えた。
「……私が見たのは、合成獣(キメラ)だった。獅子の顔を持ち、蛇の尻尾を持つ。獅子だけならタムや他の査察官も対処できたと思うけど、あの尻尾の動きは読めなかった。だから噛まれた。詳細を聞いていると、怪我した他の人も蛇が攻撃を加えたからと言っていた」
「尻尾の長さは、どれくらいだったか覚えている?」
 キストンが自分の手帳にメモを取っていく。使い古された手帳からは、彼がまめにメモを取っているのが垣間見えた。
 レナリアは軽く腕を広げる。
「真っ直ぐに伸ばすと、これくらいかな。通常はくねくね折れ曲がっているから、そこまで長く感じられなかったけど、ぴんっと伸ばしたときは獅子の体を軽々飛び越えられた程度だった」
「結構長いね。タムさんが噛まれたときも、まだ余裕があったと見える」
「しかも蛇は毒蛇だった。噛まれるのを回避しなければ、すぐに戦闘不能になる」
「襲われる前に、蛇を切断できる?」
 レナリアは首を軽く傾げた。
「難しいと思う。動き奇怪で読み切れない。正面から攻めていったら、切る前に脇から噛まれる」
 キストンは腕を組んで、天井を仰ぐ。
「言い換えれば、生物の動き全体を止めれば、勝機はあるってことだね。――一匹くらいならどうにか動きを止められると思うから、準備しておくよ」
 キストンは近くにあった丸机の上に椅子を寄せて、つらつらと文字を連ね始めた。
 二人の少女は彼の言葉をぽかんとしながら聞いていた。やがて彼が黙々と書き始めたのを見て、我に戻った。
「ねえキストン、動きを止めるってどういう意味!?」
「生物の動きを止めるなんて、そう簡単にできるわけありませんよ!?」
 レナリアとアーシェルが次々と言葉を発する。キストンは眼鏡の頭に指を添えて、軽く整えながら顔を上げた。
「そんなに難しいことではないさ。ある液体を振りかければ、動きは止められる。それを持ち運ぶ準備も整えれば実行できる。あとで知り合いの工房に顔を出して作ってくる」
 さらりと言ってのけるが、レナリアはにわかに信じられなかった。
「その方法で、絶対に動きを止められるの?」
「数秒は確実に。それ以上は相手の生体の種類にもよるから、保証できない。でもレナリアなら、十秒あれば切断できるでしょう?」
 やや間を置いてから、こくりと頷く。
 フイール村で購入したブロードソードは、先の戦いにおいても十分な力を発揮してくれた。切れ味もいい。あの細さなら、切るのは造作もないはずだ。
「動きを止める準備はするから、レナリアはそれまでの間、負担かけてすまないけど合成獣の引きつけをお願い。あとは動きを止めた後の切断も。最終的に捕える時は、鋼鉄の網を用意するから、それを使おう」
「さっきから平然と凄いこと言っているけど、本当にできるの?」
 キストンは口元を緩めて、不敵な笑みを浮かべた。
「僕の師匠はガリオットさんだよ。基本的ないろはは畳み込まれているさ」
 その言葉は妙に説得力があった。レナリアは彼の内側から滲み出る自信に圧倒される。
「……わかった。今言ったことは、キストンに任せる。よろしく頼むよ」
 そう言って、レナリアは再び地図に向き合った。
 今話していたことを実行するには、まず遭遇しなくてはならない。さらに言えば、合成獣を地上に引きずり出す必要がある。
「次にでるなら、たぶんここだと思うんだけど……」
 出現場所が徐々に北上しているため、すぐに当たりを付けることができた。
「ただし、今晩でるとは保証できない」
 一定の周期で出現していれば、こちらも狙いを付けることは可能だ。しかし、話を聞いていると、連日に渡って現れた時もあれば、一週間も現れなかった時がある。特に条件もなく、不定期となると、先ほど考えていた作戦が水の泡になる。
 腕を組んで考えていると、アーシェルがぽつりと呟いた。
「……レナリアさん、事件があった日の天気ってわかりますか?」
「天気? ちょっと待ってね、たしか聞いた気がするから……」
 手帳を開きメモを読み解く。事件当日の状況を知りたく、色々と聞き出したのだ。乱雑に書かれたメモから、必要な情報を取り上げていく。
「ちなみに雨の日は多いですか?」
「そうねぇ、ざっと見た限り、そこまで多いとは言えないかな。よく晴れた日もある」
「気温差は?」
「え? そこまではわからないよ」
 支部の管理日誌に天気は書かれているが、気温までは記されていない。
 アーシェルは口元を軽く手で押さえる。
「なら……昨晩遭遇したときに、水路の周辺で何か変わったことはありましたか?」
「変わったことねぇ……」
 レナリアは腕を組みながら、思考を巡らす。
 水路にでて、まず驚いたのは――
「霧がやけに多かった気がする。視界が見えにくくて、タムもやりにくそうだった」
「霧……?」
「もともとルーベック町は霧が多い町らしいよ。この時期は特に。だからおかしな事ではないと思う」
 ただの補足説明のため、さらっと伝える。しかしアーシェルはそのまま黙り込んでしまった。
 キストンといい、アーシェルといい、何を考えているのだろうか。
 きっとレナリアが思いつかないような思考を巡らしているのだろうが、声に出さなければ伝わらなかった。
 ふとアーシェルは顔を上げた。彼女は立ち上がり、窓に手を触れた。
「キストンさん、日中の外は暖かかったですか?」
「そうだね。昨日くらいの暖かさかな。夜はまた冷えるとも言っていたよ」
「――そうですか、わかりました」
 アーシェルはレナリアをすっと見据えた。そして表情を緩める。
「この調子で条件さえ合えば、今日も現れると思います」
「条件?」
「条件が合わないようなら、私がおびき出しますよ」
「な、何を馬鹿なこと言っているの!?」
 体を前のめりにする。アーシェルは小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。合成獣の前に飛び出るなんて行為はしません。ちょっとした仕掛けをするだけです」
「仕掛け?」
「夜になってからのお楽しみです。今回、私ができるのはこれだけですね。すみませんが、レナリアさん、あとはお願いします」
 合成獣を誘き寄せると言った少女と、一瞬でも動きを止めると言った整備士の少年。
 二人ともどうやって事を起こすのか、レナリアにはさっぱり見当がつかなかった。
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