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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第一章 流れゆく首都への旅

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1‐11 霧の水路に現るもの(1)

「おい、ちょっと待て!」
 後ろから声をかけられた、藍色の髪の少女は不思議そうな目をして、振り返った。髪を短く切った少年が手を握りしめて立っている。
「何? 私、もう行くんだけど。師匠が待っている」
「ああ、オレも待たしている。すぐに終わるから……」
 少年がもごもごとしている。しばらく突っ立っていたが、特に動きはなかったため、踵を返そうとした。すると唐突に右手首を引っ張られた。
「ちょっ――!」
「また生きて、一緒にご飯に行こう」
 すぐ背後で言われる。少女は軽く頷いた。
「生きてって、縁起でもない言葉を出すのね。やめてよ、その台詞を言って、もう二度と一緒に行けなくなった相手がいるんだから……」
 左手を強く握りしめる。
 忘れてはならない人。少女にとって、良くも悪くも大きな影響を与えた人――。
「悪ぃ……」
 少年が手を離す。少女は手を軽く握りしめながら、振り返った。そしてできる限りの笑顔を向けて、手を差し出した。
「じゃあ、お先に。行ってきます」
 少年も表情を緩めて、手を握り返した。
「オレも行ってくる。またな――!」
 そして少女と少年は手を離し、背を向けて歩き始めた。


 * * *


 レナリアがケリィ村の村長と対峙した翌日の昼すぎ、馬車が直り、出発するという連絡を受けたので、すぐさま村を出ることにした。次に行く町村は特に決めていないが、今は早くここから去りたい。
 村長派から見れば、レナリアは敵討ちの相手。今のところは特に目立った動きはないが、いつ襲われるかわからないため、村を出るのが一番だった。方向と行き先の町村の噂だけで判断して、馬車に乗り込んだ。
 その後、夜になる前に、馬車はケリィ村から少し離れた村に辿り着いた。到着するなり、馬車の選定をし、次に乗る馬車を決める。最終的な目的地は首都だが、それ以外にも必要な町村には寄る必要がある。地図を見て点を作りだし、それから線で繋いでいく――という作業が繰り返された。
 昼間は移動し、夜は休みながらひたすら進んでいく。変わり映えのない田園地帯を横切っていたが、一週間経過した頃には、視界に入ってくる風景が変わり始めていた。
 道が開けたところで、アーシェルは馬車から顔を出す。
「門……?」
「あれはかつて城壁にあった門の一つ」
 レナリアは馬車の背もたれに寄りかかり、本を眺めながらアーシェルの疑問に答える。
「これから行くルーベック町は、ウォールト国で五番目に大きい町。いわゆる中堅都市よ。昔、ここまで国の境界線が下がっていた時期があって、他国の侵略をここで耐え凌ぐために、門と壁を作って対抗したらしい。壁はだいたい壊してしまったけど、門だけは象徴として残しているようね」
 煉瓦で作られた二つの尖塔がそびえ立ち、その間に人が通れる門がある。自由に行き来できるよう、既に扉自体は取り払われていた。全体的に太めの印象を受ける門だが、逆にその太さが和やかさを出しているようだった。
「今は観光名所になっているようよ。時間的に余裕があれば見てもいいけど、はっきり言えないから、今のうちにこの馬車からでも見ておいた方がいい」
「わかりました」
 アーシェルは馬車から落ちないよう、じっくりと城門を眺める。まるで、その色、その形を目に焼き付けているかのようだ。これまで隠れて行動しなさいと言っていた反動か、今は楽しそうに見ている。
 ルーベック町は町としての機能もしっかりしており、歴史的な価値を見ても、とても魅力的な町だ。レナリアだって、できるならじっくり見て回りたかった。
 だが道中急ぐ身だ、なかなか難しい。寄るべき所もあるため、他の町よりも滞在時間は長くなるので、その合間を縫って探索をする程度しかできないだろう。
「レナリアにアーシェルさん、ルーベック町は何度か立ち寄ったことあるから、美味しい店を知っているよ。食事くらいはゆっくりしよう」
 キストンの話を聞いたアーシェルは、目を輝かせる。その横顔を見て、レナリアはふっと表情を緩めた。
 ケリィ村から逃げるようにして移動してきた。間もなく馬車は町に到着する。二人に事情を話して、先に用事を済ましてから、その後はゆっくり過ごそう。


 ルーベック町の端で馬車を降りると、次の町までの乗車券は買わずに、レナリアたちは町に入った。地図を買い、目指すべき場所を確認してから進む。
「どうして乗車券を買わないんですか?」
「ここから次の町までの便は、頻繁にでているでしょう。焦って買わなくても大丈夫だし、その前にちょっと寄りたいところがあって……」
 人々の雑踏が行き交う中、レナリアを先頭にして三人は進んだ。三角形の屋根が連なる建物の間を進んでいく。
 町の中心には、立派な大聖堂がそびえ立っていた。あいにく信仰心を持ち合わせていないレナリアだが、あの天を貫くような尖塔を見ると、不思議と気持ちが引き締まる。
 大聖堂に近づいたところで、大通りから脇にある道に入った。人々の往来は少なくなるなか、レナリアは地図を片手に黙々と進んだ。
 やがてある看板に目が止まると、そこで立ち止まった。地図で場所を確認し、目視で看板を見定める。
 アーシェルとキストンが目を瞬かせているのをよそに、階段を登ってドアについている輪っかで、そこを叩いた。
「こんにちは。水環すいかん省ルーベック支部はこちらでしょうか?」
 ドアが中から押され、ゆっくり開かれる。中から出てきたのは、眼鏡をかけた三つ編みの女性だった。
「どちらさまですか?」
「私は水環――」
 レナリアは建物の奥できらめいている物を見ると、女性をドア側に押しつけて、自分の前に布バックを突きだした。一本のナイフがそこに突き刺さる。
 女性をそのままにして、レナリアは叫んだ。
「ここでは随分と失礼な出迎え方をするんですね! 上に言いつけますよ!?」
 床を踏み締める音が聞こえてくる。奥から人が出てくるようだ。レナリアは警戒して見据えていると、女性が急にこちらの左手を引っ張ってきた。
 態勢が崩れる中、奥からでてきた男が拳を振り上げる。それを見たレナリアは、右足で男の拳を蹴り上げた。男の攻撃がひるむ。その隙に軽く足払いをし、男を階段から突き落とした。
 左手を激しく振り払って、女を手から離させる。レナリアは腰に手をあてて、落下した男を睨み付けた。
 男は短い灰色の髪の頭を手で押さえている。黒いタンクトップを着た筋肉質な男を見て、レナリアは目を丸くした。
「タム!?」
 角刈りの男はへっとした声をあげて、顔をあげた。目があうと大きく見開かせている。彼は傍に寄ってくるなり、レナリアの体の両脇をぺたぺたと触れ始めた。レナリアは階段の上にいるため、背が高い彼とは視線を合わす形になる。
「レナリア……なのか?」
 まるで存在を確認するかのような問い方。そんな彼の動きが一瞬止まり、にやっとした表情をする。彼がレナリアの胸に手を伸ばそうとしたのを見て、頭に手刀を突き落とした。タムはその場でしゃがみ込み、頭を抱えこむ。
「その反応、レナリアだ……」
「どういう確かめ方しているのよ、この馬鹿!」
 ばっさり言い捨てると、タムはゆっくり立ち上がった。
「はは、その言いっぷりも久々だな」
 タムは表情を引き締めて、レナリアのことを見据えた。
「本当にレナリア・ヴァッサーなのか?」
「ペンダントでも見る?」
「いや、大丈夫だ。……汽車に乗っている最中に、谷底に落ちたって聞いたから、てっきり生きていないものだと……」
「幸運が重なって助かったのよ。それに関してはあとで話す。とりあえず中に通してくれる? 立ち話もあれだし、連れがいるのよね」
 左腕を広げると、タムはその先にいた二人の少年少女に体を向けた。二人はタムと視線が合うと、頭を下げる。彼も会釈で返した。
 タムは逡巡後、レナリアに顔を近づけて、声を潜めた。
「変なことに首突っ込んでいないよな」
「さあ、どうでしょう。査察官やっている限り、事件に巻き込まれるんだから、たいして変わらないでしょ」
「お前……!」
 レナリアはタムに背を向けて、階段の下にいる二人に声をかけた。
「二人ともここで一休みしましょう。安心して、私の職場の支部だから」
 アーシェルとキストンの顔つきが緩んだのが目に入った。二人が階段を上ってきたから、レナリアは『水環すいかん省ルーベック支部』と書かれた看板がつけられたドアをくぐった。
 タムに案内されながら、レナリアたちは木造の廊下を真っ直ぐ進んでいく。入り口付近には二階に続く階段があり、通路には左右ともに、たくさんのドアが並んでいた。奥にある階段で二階に上がると、さらに奥に進んでいく。長細い建物なのか、真っ直ぐ歩かされた。
「広いとは言えない……支部ね」
 レナリアが知っている支部では、これよりも一回り以上大きい、まるでお屋敷のような場所があった。
「家を二棟くらい借りようかっていう意見もあったらしいけど、常勤の人がそこまで多くないから、一棟だけでいいってなったらしい」
「ここの支部の常勤の数は?」
 タムのすぐ後ろを歩いていたレナリアは、ドアに付けられているプレートを見ながら尋ねる。だいたいプレートの中は空だが、時折名前らしき紙が入っている。
「十人くらい。ほぼ常時いるのが、支部長と副支部長、それと出納係と受付の人、あとは町中を回っているよ。ちなみにさっきの女性が受付の人」
「随分と手慣れた妨害だったけど……」
 レナリアの動きを一瞬でも封じたのは事実だ。しかも表情をほとんど変えていなかった。平然とやってのけられることではない。
「よく変な人も来るらしいからね、体が覚えちゃったらしい。まあさっきの妨害策は、オレが頼んだことさ。彼女にはあまり負担をかけさせたくなかったから、余裕があれば手を引っ張ってと言ったんだ。そしたらオレが抑えつけるからって」
「これが人畜無害の人が相手だったら、どうするのよ。訴えられても仕方ないよ?」
「そうなったら、まずは謝るし、訴えられたら大人しく賠償金を払うだろう。多少リスクを負ってでも、出入りする人を精査しないと。オレたちに不平不満をいう輩にいちいち構っていられないからな」
 タムははあっと溜息をつく。昔会った時よりも、少し痩せている気がした。
 彼を横目で見ながら、レナリアは空気を変えるために、口元に笑みを浮かべた。
「それにしても、やけに手際がよかったんじゃない? たまたま支部に立ち寄っているだけなんでしょう? 異動通知はでていないと思ったけど……」
「違う、違う、本省から追加派遣で来ているんだよ。一時的なものだから、特に通知は出されていない。町の中で事件が起きて、それを捜査している時に、常勤の人が怪我したのさ」
「事件?」
 タムが目を丸くして振り返ってくる。
「お前、何も知らないのか?」
「さっきこの町に着たばかり。噂話も耳に傾けずに、ここを目指してきた」
「情報大好きのお前が一心不乱に来るなんて、珍しいな。どうした?」
 レナリアは視線をそっと逸らして、右手で左腕を握った。
「……お金がなかったのよ。話を聞いている余裕なんてなかったの」
 嘘ではない。だが第一の理由でもない。
 タムは納得しない様子だったが、後ろからかけられた声に気付き、そちらに意識を向けた。キストンが手を挙げていた。
「もしかして謎の生物に関わる事件ですか?」
 タムがこくりと頷いた。
「その通り。町を縦断している水路の近くに時折現れる生物が、人間を襲っているんだ。水路付近だからオレたちの管轄ってことで話がきて、ここの支部の三人が取り押さえに行ったら、全員返り討ちにあったのさ」
「三人が返り討ち? 誰が行ったの? 私も知っている人?」
「……一人はルート先輩だ」
 レナリアはその名を聞いて、息を呑んだ。
 彼はレナリアとタムの十歳上の先輩であり、首都にて勉学から体術まで教えてくれた人である。腕は確かで、非常に危険な地域に行っても、見事仕事を完遂して戻ってくる人だった。
「ルート先輩がここの支部に立ち寄った際、ついでに退治しようと言って、三人でいったが……」
「ねえ、その生物、そんなに強いの?」
「強いというよりは、厄介、やりにくかったと言った方が正しいかもしれない。あと、先輩曰く、油断も少なからずあったらしいから、念には念を入れて討伐に出れば、きちんと対峙できるはずだとも言っていた」
「そう……」
 レナリアは右手を軽く顎に添えて、考え込む。
 厄介、やりにくい――つまり今まで出会った生物とは、何か違う動きをするということ。その部分が未知であったら、ルート先輩であっても、不意を突かれるかもしれない。
 建物の一番奥まで行くと、装飾が細やかなドアの前に着いた。タムがちらりとレナリアを見てくる。
「支部長が心配していたから、顔を出してもらうぞ。いいよな」
「ええ。それくらい構わないわ」
 返事をすると、タムがドアを軽くノックした。
「タムです。支部長、行方不明だったレナリア・ヴァッサーが訪れたため、お連れしました」
 中から声がかかると、アーシェルとキストンは廊下に待たせて、タムとレナリアはドアを押して、中に入った。
 部屋の奥には椅子から腰を浮かせた、やや白髪が見え隠れする茶髪の男性がいる。レナリアは彼に向かって、深々と頭を下げた。
「初めまして、支部長。水環の査察官レナリア・ヴァッサーと申します。この度は何やらご心配をかけたようで、申し訳ありませんでした」
「なぜ謝るのだ、ヴァッサーさん。生きていてなによりだ……。面識がないとはいえ、安否不明情報がかなり珍しい内容だったから、よく覚えているよ。汽車から落下など、そうそう聞く話ではないからな」
「そうですね……。あの一つお願いがあります。後程、こちらから本省宛てに電報を送りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それくらい構わんよ。同僚の方にもいち早く連絡してやりなさい。――今は本省へ向かっている最中かい?」
「はい。馬車を乗り継いで向かっています。馬車の乗車券を購入次第、こちらの町は離れさせていただきます」
「そう……か。町に滞在中は、この建物の中にあるものを好きに使っていい。ゆっくり休んで、残りの旅程に備えなさい。――タム、たしか彼女と知り合いなのだな?」
「はい、本省での同期です」
「わからないこともあるだろうから、適宜教えてやれ」
「わかりました。ではここら辺で失礼します」
 タムにならってレナリアも頭を下げてから、廊下に出た。
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