これから、ずっと
「どうだ?」
真剣な顔でゴバンを睨み続けるルーマ。その胸元にはネックレスが光り、チェーンの先には赤いボルトが結ばれていた。緊張しているのか、ルーマは意識することなくそこに手を当てている。
一方、ゴバンは眉間にシワを寄せて目を閉じていたが、不意に顔を上げ、じっくりと含むように――いや、実際に含みながら答えた。
「…うまい」
「え!?」
「うめーよコレ。マジで!この間と全然違うじゃん」
真剣に一口を味わっていたのから一転、ゴバンは目の前にある料理をむさぼるようにがっつき始めた。
「良かったあ!エルメさんにも太鼓判押されたんだ。ホントだぞ!」
「うん、分かる分かる。最初の頃はメチャクチャまずかったもんな」
「う〜〜〜っ…」
いじけるルーマの髪の毛をガシャガシャと撫でてやるゴバン。少々荒っぽくもあるが、ルーマはその感触が何よりも好きだった。
二人が席につくテーブルの脇では、ペソアがベッドの上で気持ち良さげに寝入っていた。いったいどんな夢を見ているのか――恐らくあの大脱出のことなど何も覚えていないに違いない。
「ゴバン、明日からまた出るんだろ?」
「ああ、でももう旬も過ぎてるからな。今回は長くなるかも知んねえ」
一瞬、表情に陰りを見せるルーマ。
「長く…そうか。あ、じゃあまたエルメさんの所にいるな。すごく喜んでくれるし…」
そう言ってルーマは笑ったが、その表情はどこか不自然だった。しかしゴバンは気づきもしない。
「ルーマは食べねえの?」
「あ、食べるよ。…そうだ、お茶飲むか?今日買ってきたんだ。すぐ煎れてくるから食べてて」
「ん、ああ…ワリイ」
ルーマは返事を聞くよりも先に立ち上がり、キッチンへと向った。そしてゴバンに気づかれないように、小さなため息をつくのだった。
・ ・ ・
ゴバンはベクターの仕事をやめなかった。
もちろん最初はルーマの手前抵抗もあったが、少なくともゴバンは現実を生きていて、生活もしなくてはいけない。そしてこの世界にはベクターという仕事があり、収穫されたナッツパーツや神器の存在が、機械病による死亡率を減らしている事実もある。仕事も嫌いではない。それだけのことだ。
ルーマもベクターという仕事そのものについての不満は全くない。以前のようなコンプレックスもないつもりだ。ただ唯一の不満は、ベクターの仕事にゴバンが連れていってくれないことだった。もちろんそれは彼なりの気遣いだろうし、気持ちそのものは嬉しい。それだけに本音をさらけ出すことは、彼の気持ちを踏み躙るような気がしてルーマにはできなかったのだ。一緒に行きたいなど…
実際のところ戦争は増えつつあり、ポリスの外は以前よりも遥かに危険な場所となっていた。ミルレイズポリスが跡形もなく消え去ったことは宗教勢力を強めることになったし、ドッタポリスの内乱は近隣に混乱を招いている。しかし何よりも、神器を中心に回っているこの世界にあって、その数が7から5に減ったということの意味は大きい。より少ない神器を奪い合うことになるからだ。とりあえず今のところは、ゴバンたちにその火の粉が降りかかることはなかったが…
だが、ゴバンは思う。神器を中心に回ってはいても、争いは絶えなくても、この世界は確実に前に進んでいる。恐らくは再び何かしらの障害が出てくることもあるだろう。しかしそこにはパシェットのような人間が必ずいて、流れを断つことなく解決する方法を模索してくれるはずだ。今の世界は必ずしも成功の果てに生まれた世界とは言えないかも知れないが、この次は必ず――と。
そうして、いつか機械病をも克服した遠い未来。人類は果たしてどちらの体を選択するのだろう?機械なのか肉体なのか?――恐らく、その時代を生き抜くのに最も適した体を、人類は選ぶことになるだろう。それが進化というものだから…
・ ・ ・
茶葉の入ったガラスの器に熱湯を注ぎ、それを黙って見つめながら考え事をしていると、いつの間にかゴバンが後ろに立っていた。
「――?あ、何か用か?ゴバン」
ルーマは振り返ってニッコリと笑顔を見せる。
しかしその顔をジッと見つめるゴバンに、ルーマの瞳は泳いだ。隠している表情が出そうになる。本音を言ってしまいたくなる。だが挫けそうになるより先に、ゴバンの方が話し出した。
「――あのよ…」
「?」
しかしそう言ったきりゴバンは目線を逸らして黙ってしまう。何かおかしい。それが何なのか解らなくて、彼女の中の不安は好奇心へと変わっていった。
「あ、料理うまかった。ごちそうさん」
「うん、いいよ。ところで何だ?」
「…ああ、つまり俺が言いてえのは――これからもルーマの料理を食べたいって言ったら、やっぱマズイか?」
「…え?ああ、そんなの構わないぞ。ゴバンが帰ってくる頃にはきっともっとうまくなってると…」
「いや、そのな。俺の料理ってアバウトだろ?栄養学的にも問題があるって、前に言われたからよ。その、ベクターとしてはもっと栄養に気を使うべきだと思うんだわ」
「あーあれは…えーと、ゴバンに料理まずいって言われて、つい…その――エルメさんの聞きかじりだからそれ言われると…」
ルーマは照れ臭そうに笑った。ゴバンに初めて料理を作った時に喧嘩になり、知識だけは豊富なルーマが、ゴバンの料理にイチャモンを付けたことがあったのだ。
しかし、ゴバンは髪の毛をバリボリと掻いて顔をしかめると、とうとうルーマの顔を見てきっぱりと言った。
「――俺と一緒に来ねえ?明日」
「え…」
ようやくルーマは、ゴバンの言わんとしていることが解った。
「あ、別に料理が目当てってワケじゃねーぞ。外が危険なのは分かってるしよ。ぶっちゃけて言えば、お前と一緒にいてえんだ」
ルーマは、その突然の言葉が信じられなかった。キスを初めてしてもらった時のような…いや、もっとだ。あの時よりも胸が高鳴る。
なぜか素直にゴバンの顔が見れない。
「…ダメか?」
ルーマは下をうつむいたまま首を左右に振った。
「ううん。ダメじゃないよ。私もゴバンと一緒にいたい。ぶっちゃけて言えば…」
そして顔を上げ、お互いの視線が合うと二人は笑った。急に嬉しさがこみ上げてくる。
「エルメ婆さん、ガッカリすっかな?」
「…でも喜んでくれると思うぞ」
「そうだな…」
それは容易に想像がついた。
「なあ、ゴバン…私、ずっと料理作ってやるからな…」
ゴバンの二の腕にソッと触れながら、ルーマは何か決心を固めるように言った。その真剣な瞳を見つめながら、ゴバンはニッコリと笑ってうなずく。
「ずっとか?」
「うん、ずっと…」
ゴバンは吸い寄せられるようにルーマの唇に顔を寄せていく。すると…
「――あっ!?」
不意にブンッ!と、後ろを振り返るルーマ。その時になってようやく、キッチンに置かれたままの忘れられた存在に気づいたのだった。
「お茶っ!」
「え?」
それは既に色が出すぎて、もはや何の飲み物なのか分からなくなっていた。真っ黒だ。
「…おいルーマ。なんで茶っ葉がこんな詰まってんだ?」
「え、な、何か違うのか?」
「フツーこんな葉っぱ入れねーだろうがよ!」
「こ…これはエルメさんに教わってないから…」
酷かった。何しろお茶の葉が器の淵ギリギリまで浸っている。
「――一番高いの買ったのに…」
笑いを必死で堪えながら頭を抱えるゴバンだったが、ルーマの泣きそうな顔を見てそれを何とか押さえた。そして、頭をガシャガシャと撫でながら――
「お茶は俺が煎れてやるよ。これからずっとな…」
――終わり
作者の克太タツミです。
「META[L]」を最後までご愛読頂き、ありがとうございました。
このお話は執筆から数年が経過した物を投稿したのですが、如何だったでしょうか。
お気に入りのキャラクターやシーンはありましたか?
感想など少しでもお聞かせ頂けますと嬉しいです。
またこれからも、新たな作品を投稿していく予定ですので、応援よろしくお願いします。
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