Count.1.19 葉月の賭け
その時だった。
「クーン。」
何やら犬の鳴き声が聞こえる。陽はまさかの思いで声が聞こえてきた方向に咄嗟に顔を向けた。その瞬間、陽は自分の目を疑い、言葉と息を飲み込んだ。陽の目線の先には、先程から気がつけば幾度と姿を見せていたマキが飼っているという例の犬が座っていた。
「………!?………おまえ………何で………どうして……ここに……!?」
さっきからこの違和感には気がついていたが、気のせいだろうと流して来た。しかし“気のせい”は二度続いた時点で“気のせい”ではなくなるのだ。今、陽の中でその“違和感”は“確信”へと変わっていた。
「……。こっ、この犬、オレらが入ってくる時、部屋にはいませんでしたよね!?なあ、葉月!?」
「あ、ああ…。たぶん…。」
“いや…、たぶんじゃない。間違いない。小型犬じゃないんだ。こんな犬、部屋にいたらどうしたって目が行くはず。それに…あの車の中だって今思えば犬がいた気配なんて感じなかった。ましてや、オレらは1番後ろに座ってたんだぞ。気付かない訳がないだろう…!?気のせいなんかじゃない。明らかに、何かがおかしい……”
葉月が眉間にしわを寄せたまま口を開く。
「一体…どういうことだよ…。万が一、万が一、仮に…あの車には乗っていたとして…」
「乗ってなかった……!!」
「仮にだ……!そんなこと解ってる、陽。仮にあの車には乗っていたとして、このビルにはちゃんと来ていたとする。でも……オレらがこの部屋に入った時にはやっぱりいなかった…!大きい犬だし、隠れられるような家具もない。誰も見ていないはずがない……!!ドアだってちゃんと閉めた。それにドアが開く音だってしなかった。第一、普通の犬はドアなんて開けられるはずがない。ねえ…、そうですよね!?ユリさん……!!」
すがるような瞳で葉月はユリに問い掛ける。これは無意識にも葉月にとって人生をかけた最後の、最大の賭けだったのかもしれない。しかし現実はとても残酷で、ユリは状況が飲み込めず、ただ目を泳がせながら混乱しきっている様子で葉月の質問に答える気配すら感じさせなかった。
“頼む……。返事をしてくれよ……。”