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<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

百合短編シリーズ

28歳独身OLが酒片手に帰る途中、家出JCと出会って酔っ払ったまま家に泊めたらそのJCが家事得意で、家に帰るといつも料理と風呂が待ってる生活にキュンときちゃったOLがJCとの結婚を悩む感じの百合


 篠原まり(28)はどこにでもいるごく普通の社畜系OLである。
 その日もクソ上司から定時上がり前に「ごめんねぇ~w」と雑務を押し付けられ、結局退社できたのは丁度8時。殺意を乗せてタイムカードを押したまりは、コンビニに寄りチューハイを三缶買って帰路を歩いていた。

「はー。もう28か……」

 六月の下旬。今年の梅雨は遅れ気味らしい。日中はそれでもうだるような暑さだが、日も落ちれば心地よい風が髪を揺らす。まりはチューハイが詰まったコンビニ袋を揺らしながら、やや深刻そうなため息を漏らした。
 そう、もう自分は28なのである。
 28歳……それはアラサーと社会から呼ばれる女の悲哀(※作者の偏見です)。特にまりのような社畜系OLは彼氏を作っている暇もない。大学時代はそれなりに遊んだまりも、社会の荒波に揉まれたせいで小じわがだんだん増えてきていた。

「彼氏……うう、彼ぴっぴが欲しいよ……」

 死語(たぶん)を漏らすまりは、だらんと背筋を丸めながらも夜道を歩く。これでも大学時代は「荻沢大の合コンクイーン」などと呼ばれキャッキャウフフと過ごしていたが、その面影は今やどこに。
 ぼんやりとした街灯が照らすだけの通りに、人気はない。。女が一人で夜中に歩けるあたり日本って平和だなーとか思いながら、いつも通り、まりはシャッターの降りている商店街を歩いていた。

「不審者に襲われたところを白馬の王子様が颯爽と助けてくれたりしないかな~」

 テロリストに占拠された学校を救うみたいな妄想を言葉にするまりは、残業疲れから道のわきに設置されている小さなベンチに腰掛けることにした。「よっこいしょ」と自然に口をついたおじさん言葉に声にならない驚愕を覚えながら、まりはコンビニ袋の中に手を突っ込む。

「今日の仕事はつらかった……とても、とてもつらかった……いつかあのクソ上司は殺そう……」

 まりの自宅は駅からも離れている。それに今日の仕事で体はだるんだるんだ。どうせ人目もないのだしと、まりはチューハイを一缶開ける。酒の肴は星の見えない夜空である。
 夜のひんやりした空気に溶ける、酒の匂い。グレープフルーツの瑞々しい香りが脳を甘く揺らす。まりは喉の渇きを急に感じて、ぐびびっと缶に口をつけ喉に酒を流し込んだ。

「ぷは―――――――っ……」

 一息に半分ほど飲み干すと、げぷっと軽く喉が鳴る。さすがに恥ずかしくてまりは口を手で覆い、きょろきょろ辺りを見回した。よし、誰もいないな――。

「お姉さんお姉さん」
「わひゃはいっ!」

 突然、背後から甘ったるい声音が聞こえた。まりは跳ね跳ぶように立ち上がり、缶を握りしめたまま振り返る。いったい誰だこんな夜中に――。
 そこには、この辺りでは有名な女子中学校の制服を着た少女が居た。
 長いまつ毛、丸くて大きな瞳。整った顔立ち。若々しい肌ツヤ。明るい茶髪のお下げに、きっちり締められたネクタイ、校章入りサマーセーター、チェック柄のミニスカートと真っ白なふともも。
 後ろ手になってにこにこと笑う笑顔の若さがまりには眩しい。

「……ど、どうしたの? こんな時間に危ないよ」
「えへへー。今、困ってるんだぁ」

 少女の声は、甘ったるくまりの耳朶を震わせる。媚びた声という風には聞こえないのに不思議な声質。まりの頭はくらくらした。単に一気飲みしたせいで酔いが回りだしているだけだった。
 ちなみにまりは『えー私お酒弱いんですー』とか言いながら、飲みだすとキン肉〇スターを同僚にキメるはた迷惑な酔い方をする。

「困ってるって、どうしたのー?」
「ええとね。お姉さん、一人暮らし?」

 『独り』暮らしか……。
 まりは暗く哂う。ピチピチJCの瑞々しい笑顔を直視できず、自暴自棄になってチューハイを飲み干した。まりの頭はもっとくらくらした。

「そうだよー。……げふぅ……独身の、28歳、でーす!」
「わわ、すっごく酔ってるね……」

 少女は心配した様子でまりを見上げている。まだ成長期の途中なのか、まりの方が背は高い。だが酔っぱらいのアラサーを不安げに見つめる様はどちらかというと年上の姉である。

「それで、独身社畜OLの私になんのようかな?」
「あ、そうだった。あのねお姉さん、お願いがあるの」

 まりは少女の話に耳を貸しながら、二缶目に手を出した。もはやまりにとって世界の全てがどうでもよかった。

「お願い! 泊めて! 家出中なの!」
「――いいよ! じゃあ立ち話もなんだし家でじっくり飲もうかー!」

 割と真剣な相談を、まりは即決した。




 帰り路、チューハイ片手にまりは少女の話を聞いていた。

「ゆうちゃんて言うんだ~。へええ、中学生なんだね~」
「はい。富田ゆうです。まりさん今日は本当にありがとうございます」
「しかも礼儀正しいよぉ~。かわいいなあ可愛いなあ……」

 少女の名前は富田ゆう。なんでも家に居づらくなって飛び出してきたらしい。深い事情は教えてくれなかったが、とにかく泊まれる場所を探していたんだとか。
 勢いで家出とか若いなあと、まりはつい思ってしまう。若さの塊だなあと。

「はー。肌がぴちぴちだ……いーいーなーいーいーなー、若いっていいなー」

 自宅であるワンルームマンションに到着すると、まりの酔いは余計ひどくなっていた。ゆうが窃盗犯だとかそんな事も考えないでスーツを脱ぎ捨て、その辺に放る。鼻歌交じりに下着姿になった28歳はそのままふらふらとベッドにダイブした。大人の慎みとかも一緒に脱ぎ捨ててしまったらしい。

「あ、あのねまりさん。二、三日でいいの。すぐに出てくから。それに何でもするし。だからね………………ってあれ?」

 ゆうはベッドでうつぶせになっているまりに向かって、不安げに話を切り出していた。だが時すでに遅し。部屋の主は、28歳で、お酒が好きで、独身な、アラサーなのだ……。

「寝ちゃった」

 少女の呟きは室内に寂しく木霊する。残されたのは、ぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられたスーツと、少女の甘ったるい微笑み声だけだった。


 そして翌日の朝。まりは二日酔いで目を覚ます。


 頭痛と薄らと残る吐き気。またやってしまった……と醒めた頭でまりは後悔する。酒を飲むといつもこうだ。だけど自分には酒しか縋れるものがない……つらい……。
 そう、一人暗く沈んでいると、台所のほうから何やら物音が聞こえてくる。とんとんとんとん、と――まな板を叩くような音が。なんだなんだと目を向ければ、そこにはエプロンを来たピチピチのJCがいた。
 JCがまりに気付き、振り向く。包丁片手に豆腐を滑らかに細かくしていく少女は、にこーっと笑顔を見せた。  

「あ、おはよ! ご飯作ってるからもうちょっと待ってて!」
「えっ誰……?」

 まりは何故か自分の部屋に居る見知らぬ少女にドン引きした。少女も「ええっ」と戸惑い、包丁の動きが止まる。

「昨日、泊めてもらった富田ゆうです……」
「あ、ああー。なんかすっごくおぼろげだけど記憶があるようなないような……」
「覚えてないんですか?」
「うーーーーーん」

 まりは頭で響く鈍痛のなか、腕を組んで室内を見回した。
 まりは社畜OLなので掃除とか週末にしかやらない。今日は金曜日だし、室内は非常に汚い――はずだったのだが、床はピカピカ、ぐしゃぐしゃの洗濯物はベランダに干してあるではないか。それに財布が盗まれた形跡もない。
 どうやら、悪い少女ではないらしい。
 本当に泊まる場所が欲しかっただけなのか……。
 少しずつ記憶を取り戻しつつあるまりは、少女が用意した朝食――ほかほかのご飯に味噌汁、納豆――がテーブルに次々と置かれていくなんだか懐かしい光景に感動した。下着姿のままベッドから這い出て、椅子に腰かけてしまう。

「……おお、ちょうしょくだ、ちょうしょくがある……」

 それは人肉に群がるゾンビみたいなうめき声だった。

「勝手に冷蔵庫の中身使っちゃったけど、大丈夫だったかな? まりさんなんか疲れてたし朝食たべてないのかなーって思ったんだけど」
「私、ここ六年くらい朝食ってコンビニで買う野菜ジュースだったから……」
「な、なんだか過酷なんだね大人って……」

 おずおずと差し出された一杯の味噌汁を、まりはしかと受け取った。ごくりと喉を鳴らす少女の前で、ずずず……と味噌汁を味わう。大豆の奥ゆかしい味わい、そしてほのかに感じられるにぼしの出汁……! 
 うん、おいしい。

「すごい……料理上手だね……」
「えへへ……数日だけだけど、厄介になるもん。これくらいはするよ」

 少女はぐっと握り拳を浮かべて見せた。まりはずずずっ……とまた味噌汁をすすった。うん、おいしい。
 ここにきてようやくまりは昨日の記憶を取り戻した。どうやら自分は酔っぱらった結果家出中の少女をしばらく養うことにしたらしい。面倒ごとは未来の自分に放り投げるあたり、さすがだなと自分に感心してしまう。
 だけど面倒ごとだとは感じていなかった。

「ゆうちゃん……で合ってるよね?」 

 一人暮らし向けのワンルームマンションは、二人で住むには狭いかもしれない。だけど少しの間なら、学生の頃にやったお泊り会みたいでわくわくする。だからまりは気楽だった。  

「私は別に、家出とか若気の至りだと思うしさー、それも青春だし、特にとやかくは言わないよ。それにゆうちゃん、私が酔ってても財布とか盗まなかったしね。でもいつかちゃんと家に帰るんだよ? 家出は家出、いつか帰る場所に、納まる場所に、戻らなくちゃ」

 まりの言葉はすらすらと流れ出ていた。少し説教くさい言葉に、ゆうは真剣な表情で頷いている。真面目な子だな、とまりは納豆をこねくり回しながらそう思った。

「まあ、なんかおじさんみたいな事言っちゃったけど……私としてはこういう風に料理してくれるとすっごく嬉しいから、出来る限り居てほしいですはい……」
「そ、そうなんだ。なら毎日作るね!」
「良い子ー!」

 大人が子供に投げかける言葉は、どうしてこうも偉そうになってしまうのか。理由は知ってる。世の中を分かった気になっているからだ。そういう『分かった気になって偉ぶる』ところが、子供から煙たがれるはずなのに。
 ああ、もう、大人なのか。
 まりは少し寂しい気持ちになった。
 まあとにかく、そんなこんなで、28歳のOLと14歳のJCの、歳の差同棲生活が始まった。 




 それはある日の夜。家に帰ったらエプロンを来たJCが笑顔で料理をする風景。

「――お帰り! まりさん、お風呂わかしといたから入っちゃって! ご飯も作ってあるよ~」

 それはある日の朝。『もっもっ』とご飯を食べるまりを、楽し気に見つめるJCの甘美な提案。

「――まりさん、明日のお弁当、おかずなにがいい?」

 それはある日の昼休憩。甘ったるい声がスマホ越しに聞こえる穏やかな一時間。

「――まりさんまりさん、今日は何時頃帰ってこれそうかな? ふーんそっかあ、じゃあ時間分かったらラインしてね。帰って来る頃に合わせてお風呂いれるよ!」

 それはある日の夕方。JCから今日の料理について相談される幸せ。

「まりさん、今ね今ね、イカがすっごく安いの。だから今日はイカスミパスタ作ろうかと思うんだけど、まりさんイカ大丈夫?」




 金曜日、夜。ビール片手にまりは決意した。 

「結婚しよ」
「へえっ?」

 家出JCを泊めだしてからおよそ一週間。なんだかんだで未だにお下げのJCはまりの部屋に住み着いている。
 まりの学生時代のジャージを部屋着にしているゆうは、素っ頓狂な声を上げて社畜OLを見つめた。まりはずずずっとゆうに顔を寄せる。

「結婚……しよ……」
「ま、まりさんどうしたの? お仕事つらいの? まりさんは一生懸命頑張ってると、私、思うなー」
「ゆうちゃん好き~!」

 一週間かけて、まりはゆうの料理スキルに調教されきった。もはや社畜OLは料理の仕方を忘れている。すっかり生活面で十四歳の中学生に依存しきっていた。 
 先週と同じくぐびぐびとビールを喉に流し込むまりは、頬を赤く染めて落ち着かない様子の少女に、心地よい酩酊感のまま過去を語る。

「私さー、これでも学生の頃はそこそこモテたんだよね」

 ふーん、とゆうはつまらなさそうに相槌を打った。まりは気にせず語っていく。

「彼氏とっかえひっかえっていうか? 合コンの女王みたいな感じ? 甲子園で例えたらスタメンからベンチ待ち二軍三軍まで控えありますって感じだったの。なのにどれも長続きしなくってさあ」

 なんとなく点けているテレビの中では、バラエティ番組でがやがやと笑い声が聞こえてくる。ぼうっと画面を見つめるゆうの横顔は綺麗で、吸い込まれそうになる。まりはつい、ぽつりと漏らしていた。

「私の何がいけないんだろ……」
「うーん」

 膝を抱えた少女は背を曲げて、テレビに集中している。まりを見ようとはしなかった。

「まりさん、ずぼらだもんね。見た目がきりっとした美人さんだから余計ギャップだよね」
「う゛ッ……的確な突っ込み……」
「あと酒癖悪いよね。すぐ抱きつくし、飲みすぎてよく吐くし。うん、男の人は結構ひくと思うなー」
「ううッ……!」
「あと料理下手」
「うううーッ! 卵焼きが出来なくても! 人は! 生きていけるから!」
「でもでもまりさん、私、そんなまりさんの事好きだよ」
「……。私はゆうちゃんをヒモにするために生まれてきたんだね……そうか、これが私の生きる意味、存在理由……ああもう何一つ辛いことなんてない……」
「まりさん目が怖いよ……」

 ゆうはどこかそっけない。番組に集中するフリをしていることくらい、酔っているまりにだって分かる。
 なんだろう、彼氏がいたことが不満?
 一週間少女と共に過ごして分かったことは、ゆうは嘘をつくのが下手だという事だ。まりは机にべたっと顔をくっつけながら、横向きに少女の瞳を見つめ続けた。

「ゆうちゃんさー。家出、いつまで続けるつもりなの?」
「……うーん、わかんない」
「結構重たい事情があるんだろうけどさ……やっぱ親御さんも心配してるよ。それにゆうちゃん、学校いってないんでしょ?」

 いくら社畜をやっているからといって、同居人の生活リズムくらいは分かっているつもりだ。タイムセールの時間にスーパーへいけるようなJCがいるはずがない。

「だめだよ。人生で一番楽しい時期だよ」
「……」

 ゆうはついに言葉を返すことすらしなくなった。膝を抱えて丸くなる背筋は、どこか頑なに見える。
 ああ、やっちゃったな、とまりは思った。どうして歳を取ると年下の相手に説教みたいなことを言いたくなるんだろう。嫌だな、老いるって。
 いつまでもゆうちゃんのように若くいられればいいのに。

「うーーーーーん。でも、そうだね。ゆうちゃん料理上手だし、気立てもいいもんね……」
「そ、そうかな」

 おだてた言葉。それに乗る少女は純粋だ。お下げを弄りだした少女の照れが、まりには嫌と言うほどわかった。
 営業でもないゆうでも手玉にとれるという事実。14歳差という現実。ゆうという少女の純粋さを現わしているみたいだ。自分が薄汚く思えて、まりはビールをまた煽るように飲んだ。

「いつまでもここに居なよ」
「――」

 缶の中身は何もない。まりはもっとお酒を買っておけばよかったと後悔する。鼻の中がなんだか重くてぼうっとする。言葉が酔いのせいで勝手に出ていく。

「ゆうちゃんがここに居たいならいつまでも居ていいよ。私はゆうちゃんを、追い出したりとか、しないからさ……」
「……」
「でもね、大人になると後悔ばっかりするんだよ。嫌な事が多くてさ、こうしておけばよかったとか、あの時ああしてればとか、そんな事ばかり思うんだ。ごめんね、説教臭いよね。でも……大人ってそういう生き物なの……」

 家出なんていくらでもすればいい。どういう偶然か、出会えたことは間違いなく奇跡だろう。気づけばゆうの美しい笑顔に惹かれているのは事実だ。
 だから、まりは、ゆうを拒絶できない。
 一か月でも一年でもこの狭苦しいワンルームの室内に居続けてくれるなら、それが自分にとっての幸福だ――だけど決して富田ゆうという少女にとっての幸福ではないと分かる。

「ゆうちゃんには、後悔とか、してほしくないんだ……」

 それが本心だった。酔いつぶれでもしないと声に出せない、どうしようもなくしょうもない、大人の本心。
 まりは目を閉じた。泥沼の泉に魂を投げ込んで、何もかも忘れるように意識を落とした。すー、すー、と吐息が部屋に響き渡る。バラエティ番組が流すちゃちな笑い声も続いて響く。
 この部屋に居続けた少女は、寝息を立てだした女をようやく見つめた。彼女の瞳は濡れている。

「ねえねえまりさん、まりさんって年下の人と付き合うの、結構平気だったりするのかな?」
「ん~~~私にも彼ぴっぴがいた頃が~~……」
「あは、まりさん酔ってる。これは駄目だね」
「は~~~結婚、結婚したいな~~~」
「……学校、行こうかなあ。それとお母さんにもちゃんと謝って、それからそれから……」





 翌日の事である。まりはまた二日酔いの頭痛で目を覚ました。
 いつも通り、台所には十四歳のJCが立っている。

「おはようゆうちゃん……なんかすっごく頭痛いけど、私はいったい何を……?」
「いつも通りお酒飲んでべろべろに酔ってたよ」

 やっぱりか……。まりはすごく反省した。
 ごめんなさい、と少女に頭を下げると、いえいえこちらこそ、とゆうも頭を下げる。

「それでね、まりさん。お話があります」
「は、はい」
「――私が家出をした理由なんだけど」

 机の上に朝食を並べながら、ゆうは唐突に切り出した。 

「私のお母さんさ、再婚したんだ。これで二回目なの」

 どこにでもありそうな話では、あった。だけど当人にとっては何らありふれていない辛い過去だ。まりは鈍い頭で必死になって耳を傾けた。

「一回目はね、結構上手にいってたんだ。私も新しいお父さんと仲良くなれるように、出来る限り努力した。その男性(ひと)も父親らしく振舞ってくれたの。でも……」

 ゆうは下唇を噛む。 

「私とその男の人がね、仲良くなりすぎてね、お母さん嫉妬しちゃったの。それで毎日喧嘩するようになって……結局離婚しちゃった」
「……」
「それからはお母さんともギクシャクしちゃって。家の中で会話もしなくなって、なんていうか家庭内別居って感じで。昔は毎日一緒にご飯食べてたんだよ? ほんとうに家族って感じだった。なのに……どうして、こんなことに……」

 一人で食べるご飯はおいしくないね。まずいね。つらいね――。
 思えば少女は、誰かと共に過ごすことに飢えていたような、そんな気がする。

「相手はたぶんいい人だと思う。でも、私がいるとたぶんまた失敗しちゃうんだろうなって思う。お母さんもね、きっとその辺わかってるから、捜索願とか出してないんだろうね」

 少女の話は主観の入り混じる悲観的な内容だった。まりは『そんなことはない』といつものように、大人ぶって言うべきだと思った。だけど、そんな言葉を、ゆうの涙交じりの声が押しとどめる――。

「私はもう、要らない子なんだ」

 気づけば机の上に数滴の滴が落ちていた。透明な液体はゆうのもの。少女は脆い心のまま、涙を流して、なおも呻く。

「私……ここに居たいよ……家に帰りたくない……まりさんより早起きして、まりさんのために朝食を作って、まりさんにお弁当持たせて、まりさんの帰りを待って、まりさんと一緒にごはんが食べたいよ……!」

 まりは辛くなった時、とりあえず酒を頼った。酒を頼ることを知っていた。だけど、この少女に、逃げ場はなかったのだとようやく理解できた。いつもいつも仕事の愚痴を自分が吐いている時、ゆうは素面で聞き続けたのだ。

「どうして、まりさんが私のお母さんじゃないのかな。どうして、まりさんみたいに素敵なひとが、女の人なんだろうな。まりさんと私の間には、14年っていう歳の差があるのは、なんでなのかな」
「ゆ、ゆうちゃん」

 まりはとても焦った。焦りに焦った。

「あのね、ええと、こういう時どうすればいいのかぜんっぜんわかんないんだけど。ええと……」

 こんなに焦って言葉に詰まることなんて、最終選考で鋭い質問を投げかけられた時以来だ。あの時は辛かった……今までの人生全ての価値を問われているみたいで怖かった。

「私さ。就職して一人暮らし始めて、それから毎日、誰もいないこの部屋に帰ってきたんだ。部屋がね、真っ暗で、音一つないの。すっごく寂しくて……」

 合コンで彼氏を作るのはあれだけ簡単だったのに、就活で内定を得るのはあんなに難しかった。彼氏を作っては別れてばかりの自分の人生に価値があるのかなんてわからない。わからないから、就活は苦労した。

「だからね、余計に誰かと一緒になりたかった。彼氏欲しい彼氏欲しいって嘆いた。でも、学生の頃とは違って全然うまくいかなくてさ。きっとこれからも独りで生き続けるんだろうなってどこかで諦めてた」

 結局今も社畜として働く日々だ。人間的成長とかスキルアップなんてない。
 何が楽しいのかなんて、よくはわからない人生で。

「だけど――ゆうちゃんは、必ずこの部屋に居てくれたんだ」

 そうだ。
 自分の人生なんて、きっと大した価値はない。きっとこれからも社畜として生き続けるだけ、酒を飲んでへらへら笑えればいいだけだ。だけど、それでも28年生きてきた。夏も空きも冬も春も、二本足で毎日毎日歩き続けたんだ。14も歳が離れた少女ひとり笑顔にできなくて、何が大人だ――!

「私は、本気で、ゆうちゃんと……一緒に居られたらなって思う」
「――」

 ゆうが、はっとなって顔を上げる。

「それって、私の事好きってこと?」
「う、うーーーーーん……恋愛感情かは、ちょっとよくわかんないけど」
「……」
「でもゆうちゃんのほこほこした笑顔を見るのは好きだし、家に帰ったらゆうちゃんが台所に立ってエプロン着けてるのを見るのも好き。これじゃあだめかな……?」
「……」

 まりなりの、心からの譲歩を、中学生の少女は顔を真っ赤にして聞いていた。やがて薄い白肌の首筋を真っ赤にした少女は、ぽつりと。

「キスしてくれたら、い、いいよ」
「……。……」

 それはなんていうか、あまりにも可愛らしい『おねだり』だと思う。まりは頭を掻いた。ゆうは頬を掻いた。二人して目を逸らしていた。 
 だけど、やがて、少女の方からベッドに近寄って来る。未だ二日酔いの鈍痛をひきずるまりは、少女の熱い吐息に圧されて、気付けばベッドに仰向けになっていた。
 眼前、十四歳の少女に押し倒されている。
 ゆうは不安げに、だけどうっとりと酔いを混ぜた瞳を近寄せて……。

「ま、待った! じ、実はその……初めてなんです……」
「ええっ。でもでも、前に彼氏とっかえひっかえって……」
「いや、なんていうかそんな雰囲気になるたび逃げていたっていうか……」
「……長続きしないの、それが理由なんじゃないのかな?」

 もっともである。反論できないOLは、押し倒されるまま目を逸らした。そんな弱々しい様子のまりを、14も年下の少女はくすっと笑う。

「でも、じゃあ、私が初めてなんだ――」

 ゆうはそう嬉しそうに語る。
 まりの体に覆い被さり、熱い口づけを女の首筋につけてそのまま……。



 まりがぼんやりと目を覚ましたのは、その日の夕方ごろになってからだ。じっとりと汗ばんだ体をもぞもぞ動かすと、同じように湿った人肌の感触に気付く。
 抱きしめた少女は全裸だった。思春期特有の柔らかさと細さが入り混じる体を、まりは静かに抱きしめた。  

「まりさん。私、明日出てくね」
「……」

 聞こえないふりをしていると、ゆうはくすくす笑って腕と足を絡めてきた。その確かな温度に、まりは束の間の幸福をしかと感じ入る。

「お母さんにちゃんと謝るよ。それでしっかり話し合いたい。だってまた一緒にごはん食べたいから……」
「それがいいよ。うんうん」
「それでね、学校にもちゃんと行くよ。一生懸命勉強して、まりさんが社畜にならなくても大丈夫なくらいお金稼ぐね」
「あ、うん……私その時は大人しくヒモになるね……」
「毎日……はたぶん無理だけど、三日に一回くらいはご飯作りに来るね」
「三日に一回かー。……ね、ねえ、やっぱりこの部屋で暮らさない? もういいよ学校なんて別に行かなくて。ここがゆうちゃんの学校だよ!(意味不明)」

 ゆうはいつも通りなまりの妄言を笑って聞き流すと、ふいに顔を上げた。ん、と細いあごを上げて目を閉じる少女。求める姿に、まりはおどおどしながら唇を寄せた。
 柔らかい感触は数秒間続く。ゆうはそのまま、薄らと開いた瞳で囁いた。

「だから、だから……まりさん」
「は、はい」
「待ってて、欲しいな。私が……大人になるまで」

 それは、誓いなのだろうと、まりは思う。
 少女が必死になってかき集めた言葉は宝石みたいに美しくて、まりにはたまらなく胸が疼く一言だった。
 ――少女の家出はそうして終わった。
 社畜OLにはいつも通り、一人暮らしの生活が戻った。ほぼ毎日酒を飲み、うんざりしながら仕事をする。クソ上司からは「ごめんねぇ~w」と雑務を押し付けられまた今日も残業で一日が消えていく。
 だけど変わったことは一つ。
 それは自宅の扉を開ければ分かること。
 合いカギを持っている少女が、時折夕食を作り置きしてくれるのだから――。



半年後に倦怠期に入ってだんだんご飯作ってくれなくなったJCをなんとかしようと、死ぬ気で取った有休で温泉旅行に行っていちゃいちゃする話とかもあるけどそれはまた別の話なのであった。

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