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人工知能戦争2035~Deep Learning War~ 作者:@IngaSakimori

第2章『静寂の祖国にて』

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第77話『再接続 -Reconnection-』

 しらびそ高原ロッジの大ホールは、古い時代ならば大宴会場と呼ばれたであろう空間である。

 何しろホールと言いながら、その入り口には靴を脱ぐスペースがあり、床は畳敷きなのだ。外国人観光客は喜ぶかもしれないが、日本人ならば思わず無言になってしまうだろう。

 また、建築当時は開放構造であったと思われる入り口の扉にしても、いかにも後付けの薄い代物であり、おそらく最低限のプライバシーを守る機能しか期待できないだろうと思われた。

(大きな声を出したら、ロッジの端まで届くのかな……)

 西新宿のオフィスでキミズ叔父がしてくれた、盗聴防止のシステムもここでは根本的に役に立たないだろう。

「にしてもまあ……『ハイ・ハヴ』ってのは何なんだろうな」

 ━━先ほどまでコウの考えていたことを読んだかのように。

 どっかりと畳の上に腰を下ろすと、キミズ叔父は尋ねてきた。その声量は最小限である。どこかで誰かが聞き耳を立てていることを警戒しているのだろう。

「そう……だね。
 もしそれがわかったら、この戦争もあっという間に終わるかもしれないね」
「……ノイマン型の典型的な人工知能コンピューターってことは、分かっているらしいんだ」
「ごく普通のコンピューターってこと? 処理能力がもの凄いだけの?
 だったら、こっちも強力なコンピューターを作るとか出来ないのかな」
「ははは、技術屋が血を吐いて怒り狂いそうな理論だな」

 素人考えである自覚をもってコウは言ったつもりだったが、キミズ叔父の評点は落第以下だったらしい。

「α連合国は人工知能研究で常にトップを走っていた国だ。
 そのノウハウっつーか……総合力ってのかな。
 俺だってコンピューターは専門じゃないが、とても太刀打ちできるもんじゃない」
「そんなに差があるんだ……」
「たとえ今から追いかけるにしても……向こうがずっと立ち止まっていてきくれることを前提にした上で、10年はかかるってのが関係各省の評価らしい」

 10年。さすがにその重みはコウをぎくりとさせるのに十分すぎるものだった。

(……つまり、少なくとも10年の間は勝機がないってことじゃないか?)

 が、そんなコウの危惧すらも読んだかのように、キミズ叔父はにやりと笑った。

「だからよ、どうせ10年かけても追いつけないんだったら……それ以上のところまでジャンプするしかない。
 それが当面の方針だそうだ」
「ジャンプ……それ以上のところに?」
「おおよ。言っておくが、コー坊にとっちゃ他人事じゃない話だからな。
 ま……今日の会合が終わったら、そのあとは市ヶ谷へ直行してもらうことになるだろうさ」
「市ヶ谷……って」

 その地名の意味するところは、つまり。

(たとえば霞ヶ関が行政の中心で……兜町は株式とか金融の中心で……)

 そして、市ヶ谷といえば、日本において防衛省の位置する場所である。

「ま、別に手術台に縛り付けられて改造人間にされたり、ロボットの部品になったりはしないから、安心するんだな」
「まるでアニメだね」
「そうだなあ……ちょっと突飛すぎて、アニメとかじゃ使えないだけだ」
「?」
「さーて、そろそろつなげるか」

 首を傾げるコウにキミズ叔父は答えないまま、湯河原に視線を送った。

『ええ……はい。了解しました。こちらで対処します』

 おそらく政府与党の人間と会話していたのだろうか。湯河原は『The・フォン』を耳に当てながら、キミズ叔父に向かってうなずいてみせる。

(……ああやって、一つのことを処理しながら、もう一つのことをこなせるようになりたいな……)

 電話の向こうの誰かときわめて重要であろう会話をしつつ、今、ここにいるキミズ叔父の仕草に対して、すぐに反応できる。

 しかも、そのどちらかがおろそかになるわけでもない。
 コウから見ると、湯河原という同年代の人物はまるで別世界から来たようなハイスペックな存在に思える。

「よし、動かすぞ」

 キミズ叔父は壁面にある大型モニターの背面を何度かまさぐると、カバンの中から、ジュラルミン製の重厚な小箱を取り出した。

 指紋認証なのだろうか━━人差し指をすべらすと、カチリと音がして小箱の鍵が開く。
 中から出てきたのは、コウがα連合国から持ち帰った物体……すなわち、指先でつまんでしまえるほど小さなスティック・コンピューターである。

(結局……解析はうまくいかなかったんだっけ)

 スティック・コンピューターを接続すると、大ホールに備え付けの大型ディスプレイが点灯する。
 それは詳しい者が見れば、驚いてしまうほど古い型のELディスプレイだったが、画面に映し出される簡素なテキストベースのブートシーケンス表示には何の支障もなかった。

(自衛隊どころか、日本のコンピューター産業が総力を上げて解析しようとした、って叔父さんは言ってたけど……)

 そこに記録されている情報について、分かったことはほとんどゼロだったという。

 もっとも、これは宇宙人と19世紀人のコンタクトではない。

 綿密な非破壊検査と丁寧な分解作業によって、このスティック・コンピューターの構造については、ほぼ判明している。

 それは一般的なノイマン型の超小型コンピューターと何ら変わりはない。分からなかったのは記録されているデータだけだ。暗号化されたその中身なのだ。

(……データそのもののコピーは出来たけど、解読はできなかった)

 キミズ叔父に言わせれば、それはある程度、予想されたシナリオだったという。

 21世紀の始まりから、基本的に重要なデータは暗号化されているものである。
 そして、その暗号方式は『解き方は分かるが、それに天文学的な時間のかかる方式』に、おおむね統一されているという。

(素因数分解だったか何だったか……うん、とにかくそういうのを利用して。世界中のコンピューターを使っても、何万年もかかるとか、そういう暗号を使ってて……)

 だからこそ『データそのものはコピーできたが、解読ができない』というシナリオは、多少なりとも暗号化について知識のある者ならば、予想できていたという。

 もっとも、ここからはコウにも全く分からない次元だったが、かのスティック・コンピューターには、まったく未知のアルゴリズムによるデータの冗長化や分散処理が実装されている様子があり、これは一般に出回っていないものだという。

(つまり……どんなメーカーのどんな製品にもまだ使われていない技術ってことだよな……)

 一言でいうならば、本物の『国家機密』あるいは『軍事機密』と呼べる技術が用いられているようなのだ。

(でもそんなこと言っても、コンピューターの世界なんて、何が当たり前で、何が機密なのか……さっぱりわからないよな……)

 そんなことを━━若い青年が思い悩んでいる間に。

「あら」

 忘れられるはずもない声にコウの意識は覚醒した。

 全身の毛が逆立った。血が沸騰しそうになった。
 興奮と敵意、怒り、憎悪。けれど、どこか愛着にも似た━━黒く染まりきれない感情と共に、コウはディスプレイの画面を見た。

「意外に早かったわね。
 お久しぶり、コウ。日本の様子はいかが? 元気にしてたかしら」

 そして、時にして2035年7月15日19時45分。

 およそ1ヶ月の断絶状態にあった日本とα連合国は、その時その場所で再び双方向の通信を交わした。
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