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人工知能戦争2035~Deep Learning War~ 作者:@IngaSakimori

第2章『静寂の祖国にて』

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第56話『ブリュッセル・データセンター、癒えぬ傷』

「保守交換の目処は立たないって、そりゃどういうことですか、ボス!」
『俺に怒っても仕方ないだろう。
 まあ、俺にクレームをつけてくる顧客は、お前の10倍は怒り狂っているがな』

 ベルギー・ブリュッセルDC(データセンター)

 欧州全土の例に漏れず、NSAによる電子攻撃で全面的なネットワークダウンに見舞われたこの一大拠点では、1ヶ月以上の時を経てもほとんどの通信が復旧していなかった。

(なんてこった……!!)

 NSAの電子攻撃が始まった際━━すなわち、まさに開戦の瞬間に監視シフトへ入っていた当時者でもあるサロン主任は、まったく復旧が進まないことに対して、苛立ちを募らせている。

 もっとも、彼のボスはどこか諦めの表情だった。
 とはいえ、その目元をみればまともに睡眠が取れていないことは、誰にでもわかる。

『お前な、クレームって怖いんだぞ』
「分かりますよ」
『いや、お前が受けるクレームは電話だろう。こっちは対面だ。目の前だぞ。
 しかも電話が使えないから、ちょっと相談しますと外すことも出来ん。
 気が滅入ることこの上ないぞ』
「逃げ場がないのは、確かに辛いですね……」

 疲れ果てた声でそう言ったボスに、サロン主任は己の中にある苛立ちがすこしだけ和らぐのを感じた。
 どうやら彼のボスはその役職に見合った大いなる責め苦を受けているらしい。

『向こうも向こうで、電話ができないから、何としても会った場で復旧にの言質をとろうと必死なわけだ』
「つまり「何月何日何時までに直します」と言わせようとするわけですか。
 そうは言っても、どうしようもないのでは?」
『まあな。
 何しろあのサイバーアタックでほとんどのルータとスイッチが損傷した。強制書き換えモードでも復旧できんほど、システムのファームウェアがやられちまってる』

 深く深く嘆いたボスも、そしてサロン主任も分かっている。技術者の端くれとして理解している。

(そりゃあ……そこまでやるさ)

 現場レベルで復旧できるような攻撃なら、平時にいくらでも行われているのだ。
 一般庶民がそれを体感しないのは、彼らのような通信インフラに関わる人々が、そしてそこで稼働する機器のセキュリティ機能が、攻撃に耐えているからなのだ。

『こちらとしては、製造ベンダーの交換を待つしかないんだがなあ』
「そんなことを言っても、ほとんどα連合国のベンダーですよね」
『そういうことだ。現地法人も混乱はしているんだろうが、とにかく動きが鈍くてな』
「しかし、修理のために毎回、α連合国から空輸しているわけでもないでしょう? たとえば欧州デポの保守在庫とか、流通在庫とか、そういうものはないんですか?」
『聞くところによると、政府と軍が真っ先に抑えたそうだ』

 バカな奴らだ、という声でボスは言った。

『このデータセンターにだって、政府や軍のシステムは入ってるのにな』
「それに一般用のモデルが、政府や軍のネットワークに適合するかもわかりません」
『そうさ。通信機器には適材適所ってもんがある。
 たとえばお前が戦艦の艦長だったとして、大砲に拳銃弾を装填するか? スナイパーだったとして、ライフルにICBMを装填できるか?』
「まさか。あり得ません」

 しかし日本製のアニメならありそうな展開だな、と思いつつサロン主任はうなずいた。

『それと同じことなんだ。
 家庭用のネットワーク機器を、こういう場所(・・・・・・)に持ってきてもまるで使い物にならないように、こういう場所(・・・・・・)で使う機器を、省庁や軍に持っていっても、復旧が速まるとは思えん。
 ネットワークってのは全体がしっかりしてなきゃ意味がないからな』
「もともと、インターネットは災害や寸断にも強いですが、それも全体としての構成が健在であることが前提ですからね」
『一体どうするつもりなんだか……案外、ホットライン的なネットワークは生きているのかもしれないがな……』

 溜め息をつきながら、サロン主任のボスがつぶやいた言葉は、一面の真実を言い当てている。

 ━━実際のところ。
 このタイミングで欧州各国の行政や軍は、ポイント・トゥ・ポイントの何とも原始的な通信ネットワークを再構築しようと、必死で走り回っているところだったのだ。

 それは生き残っていたわけでも、もともと存在していたわけでもなかったが、急速に再構築され、限定的ながら稼働すら始めていたのだ。

 そして、そのネットワークで使われた機器こそ、サロン主任たちがのどから手が出るほど欲しがっていた、一般通信市場(それは断じて個人用ではない)向けのルータやスイッチだったのである。

「しかし今さら、行政や軍のネットワークが生き返ったところで、遅すぎるでしょう。戦争は終わったんですし」

 そして、サロン主任の感想もまた、真実に近い。

 ━━ごく近い将来。

 独仏をはじめとした、欧州E連合各国は……もちろん、α連合国との停戦に同意した国だけだが、簡素ながらも国家をまたいだ通信ネットワークの復旧に成功する。

 あるいは、国際的なレジスタンスの計画を練るための土台となるかもしれないネットワークだった。
 架空の歴史書に、反抗の第一歩として記されるかもしれないネットワークだった。

 だが、そのタイミングを見計らったように、α連合国からは保守交換用の一般通信市場向けルータ・スイッチ機器が大量に供給されるのである。

 つまり、現在、欧州各国の軍と行政が必死で取り組んでいる、ネットワークの再構築は、基本的に徒労に終わる。

 戦乱・災害用のクローズド・システムとして、今後も長らく運用されていくことになるとしても、この時点では徒労と形容してかまわないほど、価値を発揮せずに終わる。

(そうさ……戦争はもう終わったんだ)

 フランスは白旗を揚げた。ドイツもそうだ。
 名前こそ停戦だが、ベトナム戦争がそうだったように、湾岸・イラク戦争もそうであるように、実際には勝者と敗者がはっきり存在する。

(停戦に同意したんだから……もう終わったんだ。負けたんだよ)

 だが、全欧州の市民と同じく、情報から隔絶されているサロン主任とそのボスは知らない。

 この欧州には、E連合には。
 α連合国との停戦に同意せず、徹底抗戦の道を選んだ国があることを。
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