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人工知能戦争2035~Deep Learning War~ 作者:@IngaSakimori

第2章『静寂の祖国にて』

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第49話『S・パーティは値踏みする』

 S・パーティがいた。
『ハイ・ハヴ』の『使徒』がモニタには映り、艶めかしく唇を動かし、挑発するように川野コウを見ていた。

『今は6月15日の午前1時過ぎよ。そっちだとお昼時かしら?
 眠くてすこし変なことを言うかもしれないけれど、日本人の言うオモテナシの心で許してちょうだいね?……あ、ふ』
「……っ」

 眠い眠いというわりには。

 今、この時を予想していたかのような余裕で、そしてコウの反応をおもしろがるような扇情的服装で、S・パーティはベッドに腰掛けた足を組み替える。

「……なぜ、だ」

 だが、絞り出すようにコウがうめいた理由は、彼女に誘惑されたわけからではない。

「どうして通信ができるんだ!? すべてが遮断されているはずじゃなかったのか!?」
『そんなに声を張り上げなくてもマイクの感度は十分よ、コウ。
 技術的な説明が必要かしら……でも、あなたの隣にいるおじさまには、想像がついてるんじゃないかしら?』
「はっ、こいつはたまげたな」

 驚愕と怒りに拳をふるわせるコウと異なって、キミズ叔父には冷静さを失わないだけの余裕があるようだった。

 もっとも、その表情には心底の驚きが満ちている。

「さしずめ、そっちの意志で大陸間通信を遮断したなら……任意に再開することもできるってか?」
『まあ、そんなところね。
 正確にはすこし特殊なセキュリティセッションを地球の裏側から構成してるわ……ああ、経路調査は無駄なことよ?』
「何もかもそっちの手のひらの上ってわけだ。やれやれ」

 こりこりと後頭部をかきながらキミズ叔父は不意に目を細めた。
 モニタに映るS・パーティ。その映像が本物かどうか、見極めているかのような目だった。

『さてと、コウ。まずは最初の役目、ご苦労様』
「……やっぱり僕は叔父さんにこのメモリー……いや、スティック・コンピューターを渡すために、α連合国へ呼ばれたのか」
『だいたい正解。
 今、一生懸命考えてたわね? うふふ、そういうときの顔、とても好きよ。ハンサムだわ』
「からかうのはやめろ」
『本心で言ってるのにぃ』
「何が━━」

 と━━その時。

 鋭い視線でモニタを睨みながらも、キミズ叔父が事の成り行きを見守っていた時。
 敵意に満ちた表情で、コウが対決の意志を爆発させそうになった時。
 そして、ディスプレイの向こうでS・パーティが挑発するように、微笑んだ━━まさにその時。

「ちょ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと待った!!!!」

 明らかに場違いな少女の声が響きわたった。

「あのー! あたしはあなたのことよく知らないんですけど!!」
『あら……?』

 ひとり蚊帳の外に置かれていた、コウの妹。
 すなわち、川野キノエはカメラユニットの視界を占領するような形で、ずかずかとディスプレイの前に割り込むと、いささかの怒りと絶大な嫉妬に満ちた表情で、S・パーティへと問いかけた。

「あなた、コー(にぃ)の何なんですか!!??」
『へっ……』

 その質問は。

 さすがの『使徒』も予測の外だったらしい。
 ぽかん、と幼い子供のように口を開けた直後、慌てたように表情を引き締め、優雅に笑ってみせた。

『な、何……と言われても、ね。そうね……私とコウはとても深い仲よ?』
「深い!? どういう意味で!?
 あのっ、あたしコー(にぃ)の妹なんですけど! い・も・う・と!!」
『い、妹……?』
「ええ、そうなんですけど!
 まあ、あなたがコー(にぃ)の何なのか知りませんけど、大したことはないですよね!! 所詮、他人ですもんねー!」

 自信に満ちたドヤ顔で、キノエが年の割にはかなりよく発達した胸を張張ってみせると、S・パーティはふたたび呆然とした表情を見せた。

(意外とかわいいところあるな……)

 思わず、コウはそんな感情を抱いてしまう。
 もちろん、それは自分の妹ではなく、S・パーティに対してである。

「やーいやーい、ばーかばーか! たーにんー! た・に・んー!!」
『ふ、ふふ。ふふふ……あ、あのね、自称・妹さん?』
「はあ!? 誰が自称ですか!?
 あたしは正真正銘、コー(にぃ)の妹です!」
『……そんなはずは。だって戸籍が━━や、でも。
 まあ、いいわ。とりあえず今は』
「何がとりあえずですか! 大体ですねえ、いきなり出てきて、コー(にぃ)と親しげに━━」
「キノエ、下がれ」

 ふと、真剣な声でコウは呼びかけた。
 びくり、と小動物のように体を震わせると、彼の妹たるキノエはおそるおそる振り向く。

「コー(にぃ)……あの。でも、この女が」
「今はそんな話をしてる場合じゃないんだ。後ろで見てろ」
「だけどっ」
「言うことを聞け」
「……はい。コウおにいちゃん」

 しゅん、と肩を落としてキノエはコウの背後に回ると、椅子に腰掛けた。反省を示すように、膝に両手を置いてうつむいている。

(……気が強いかと思ったら、ちょっと叱るとこれだからな)

 はあ、と溜め息をつくと、コウは自らが腰掛けるソファのすぐ隣をぽんぽん、と叩いた。
 その音をきくと、キノエは花が咲いたような笑顔で立ち上がる。

 ばたばたという足音を立てて、コウが叩いた場所へ。そこにいてもいいぞという空間へと座った。
 そして、やたらとにこにこしながら、兄の横顔をじっと見つめ始めた。

『……ずいぶん変わった妹さんがいるのね、コウ』
「ああ、なかなか手を焼く妹でね。だけど、これでも僕の家族だ」
『……本当にあなたの妹さん?』

 パーティの問いかけに何を言うのか、と眉をひそめるコウ。キミズ叔父が僅かに表情を硬くしたが、誰も気づかない。

「ああ、僕の妹だ」
『ま、いいわ……どちらにしろそれは本題でないから。
 話を続けさせてもらうわね。
 私は━━つまり、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の使徒であるS・パーティは、あなた達を介して日本国政府へメッセージを届けたいと考えています』
「……なぜ、僕なんだ? そしてキミズの叔父さんなんだ。
 α連合国から通信したいなら、それこそ公式な外交チャンネルで伝えればいいじゃないか」
『それはできないのよ。
 なぜなら、それが『ハイ・ハヴ』の決定だから』

 神の言葉だから。経典にそう書いてあるから。

 敬虔な宗教者がそう言うように、S・パーティは平然と語った。コウは脳のどこかでカチン、という音が鳴ったことを認識する。

(なんだろうな……)

 この脊髄反射にも近い気持ちは。単なる反感というには、あまりにも己の奥深くに根ざしているように思う。

(宗教対立とか民族対立とか……こういう気持ちから生まれるのかな)

 だが、今はそんなものを追求している場合ではなかった。

「僕は今、ここで君との会話を打ち切ることもできる」
『強気に出るのね。何か心境の変化でもあった?』
「別に。ただ、決めたんだ。
 僕は……僕なりに、君たちと敵対するってね。人工知能のために戦争するなんて、絶対に間違っている」
『あなたの立ち位置が固まったのはいいことね。
 で━━その上で、話を続けるけれど。
 国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は日本政府との公式チャンネルを持たないことを決めたの。
 正確にはそのように提案し、α連合国首脳は承認した。つまり、α連合国の正式な決定というわけね』
「………………」

 会議の開催にあたって、外交儀礼の言葉を述べるように、淡々と言うS・パーティ。
 コウはちらりと隣を見た。と言っても、先ほどからやたらと目をきらきらさせて、こちらを見つめている妹のキノエではない。

 不敵に微笑みながら、事の成り行きを見守るキミズ叔父である。

(叔父さんは……静観の構え、といったところかな)

 つまり、まだ指示を仰ぐ局面ではないということだ。あるいは、いきなり現れたこの『使徒』の正体を計りかねているのかもしれない。

「僕をメッセンジャー……いや、運び屋にすることも、『ハイ・ハヴ』が決めたのか?」
『イエスでもあり、ノーでもあるわ。
 いくら公式の連絡チャンネルを満たないといってもね、国交のない国でも意思疎通ができるように、どこかでコミュニケーション手段は確立しておかなければならないわ。
 その件については、私が一任されているの。そして、あなたに白羽の矢を射たというわけね』
「……僕以外にも適任はいくらでもいただろうに」
『そうね。ひょっとしたら、私は数百人にあなたと同じようなことをさせているかもしれないわ。
 でも、コウ。あなたという個人が一番気に入ったことは事実よ?
 思わず襲いかかってしまうくらいに……ね?』

 ぐ、う。と喉の奥で音にならない音が鳴った気がした。

 そして、コウは再び隣を見た。
 今度はキミズ叔父ではなく、妹の方である。先ほどまで星がきらきらと瞬いていた瞳が、一転して暗黒宇宙の深淵となり、青ざめた唇はぷるぷると震えている。

「コー(にぃ)。あの女ころ」
「待て。誤解だから。えっと、ほら、撹乱戦術だ。ブラフってやつ」
「あ、うん。でもほんとだったら、あの女ころすけどいいよね?」
「……とにかく、後でな」

 ナイフで串刺し、だの十字架に張り付け、だのと物騒なことを呟きはじめる妹の声を意識的に無視して、コウは表情を引き締めると、S・パーティに向き直った。

「そっちの事情は分かった。とりあえず話を聞こう。
 聞かせてくれ、日本政府に伝えたいメッセージとやらを」
『感謝するわ、コウ。
 ……それにしても本当に妹さんなの? だってあなたの親族は……まあ、いいわ』

 どうもキノエが妹であることが信じられないのか、S・パーティは含みのあるような口調だった。

(わざわざこっちの家族データまで調べていたんだろうな……)

 そして、その時、見落としがあったということなのだろう。

『私、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の『使徒』であるS・パーティは、α連合国政府から日本政府への要求を伝えます』

 ━━契約書面を読み上げるように、『使徒』は言った。

『ひとつ、日本国は私たちのアイハイ(人人知能)主義同盟に加わり、人工知能による世界制覇の手助けをすること。
 ひとつ、日本国はその保有する資源と軍事力、コンピューティングリソースを要請に応じて提供すること。
 ひとつ、日本国はその保有する医療技術━━ことに万能細胞に関連するすべての技術を私たちと共有すること。
 以上よ』
「………………」

 川野コウはしばらく黙ったあと、目を閉じた。

(もう……限界だな)

 これは自分の理解できる範囲を超えている。
 判断できる範囲を超えている。
 つまり、自分より━━適任者にまかせるべきである、と。

「叔父さん……」
「おう、コー坊。よく我慢したな。
 大人になったじゃねえか、ほめてやる」

 コウとキノエの父の弟。
 つまり、2人から見て叔父にあたる男は、好敵獣と巡り会ったハンターのように嬉しそうな顔を浮かべて、幼子にそうするように、コウの頭をなで回した。

「キミズ商事代表取締役、川野キミズだ」

 そして、キミズ叔父はS・パーティを見た。彼女もまた、彼を見返した。

(ここからの僕らは脇役だ……)

 ほんの僅かに、歯がゆい思いがあった。もう少し、舞台の中心で踊り続けることができるのではないかという、未練があった。

(でも、それは良くない)

 この国にとって。この世界にとって。そして何よりも自分自身と家族とって。

「兼業でざっと30年ばかり中部地方における政府与党の工作役、その元締めをやらせてもらっている。
 以後、見知り置いてくれなあ、『使徒』ちゃんよ」

 そう言いながら、川野コウの知る限り、もっとも頼りになる『大人』であるひとりの日本人は、追従と脅迫が絶妙に入り交じった表情で、モニタの向こうにいる少女を睨みつけた。
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