真実の中の真実
「ねえ、勇者一行ってもうくるの?」
「まだ報告はきてませんから、どうでしょうね」
「宰相様、ババ持ってないですか?」
「私持ってる~」
「あら、魔王様なんですの?ババ」
「いえ、私が持ってます」
「え、宰相様?え、どっち」
「「どっちでしょう?」」
「「そのイイ笑顔むかつく~~!!」」
ということで、いわぬる魔王の間と呼ばれる場所の玉座の前、床に座り込んで円陣を組んでいるのは魔王と宰相と魔王親衛隊騎士団長と魔王親衛隊魔法師団長の四人だ。
手にはトランプ。ババ抜きの真っ最中だ。そうして待つのは勇者だ。
「そういえば勇者ってこの世界の人間じゃなくて、召喚されたんだったよね?」
「そうですね。陛下と一緒ですね」
「あはは~、そこのところは一生根に持つからね、私」
お風呂入ってる時に召喚とかありえないから。
にっこり笑う魔王に、とっさに羽織っていた上着をかけたが、しっかりと見た宰相が微笑む。
「大丈夫です、責任とってお嫁にもらいますから」
「それ、当時十三の私に言った時点でロリコン認定したから」
「馬鹿ですねえ。私が他の誰かにそんなこと言ったことがあるとでも?」
「宰相様、魔王様一筋ですものねえ」
「一目惚れ。ロマンですねえ」
「裸の子供に一目惚れって危なくない?」
「勇者は男、一緒に召喚された女性は巻き添えをくらったみたいですが」
スルーかい、と魔王が片手で突っ込みを入れる。
けれど然程気にした様子はなく、それ以上は突っ込まずに巻き添えかあと天を仰ぐ。
「可哀想に。勝手に役割背負わされて召喚されるのもあれだけど、巻き添えってのはもっと最悪よね」
勝手に役割背負わされて召喚された魔王は、自分もそれに当て嵌まることに気づいてはいるが可哀想だとは思っていない。
自分は別。今は満足。文句はない。召喚した魔法師団長と立ち会った宰相も気にしない。
「でもあれでしょう?神子様って呼ばれてるとか」
「凄いわよねえ。自分で自分の立場確立させたなんて」
「余程居心地悪かったんじゃないですか?一時、酷く冷淡に扱われてたみたいですし」
「ふざけた話だよね。自分達が勝手に失敗しといてさ。はい、あがり!」
「「「あ」」」
わーい、いっちばーん、と両手を挙げて喜ぶ魔王に、じゃあやっぱり宰相様がババを、と団長二人に緊張が走る。
宰相はにっこりと笑ってどうぞ、と二枚残ったカードを前に出す。
魔王がわくわくした顔で宰相の腕に抱きついてカードを見ているのに、どっちですか魔王様と騎士団長が目で訴える。が、にっこり笑顔で返される。
どっちだ、どっちだ、どっちだ!!!
「覚悟しろ、魔王!!」
バアアンッという乱暴にドアを開ける音に四人が振り返ると、剣を構えた少年と男、そして杖を持った少女と男、そして魔族だろう男が一人いた。
それを目にした瞬間、やったー!!と団長二人が諸手を挙げて喜ぶ。持っていたカードが宙を舞う。
それに、えー、と魔王。空気が読めない勇者一行ですね、と宰相がため息。最下位への罰ゲームがなくなった。
勇者一行はそんな四人に目を点にした。
当たり前だ。魔王討伐の旅に出てようやく辿りついたその場所で、床に座り込んでトランプゲームをしている魔族達。思考が停止するのも仕方がない。
「誰よ、報告怠ったの」
もう、と怒りながら立ち上がり、黒いドレスを払う魔王の隣に立ち、長い黒髪を持ち上げて埃を払うように手を動かす宰相が笑う。
「誰でしょうね。ねえ?」
ちらりと見られたのは黒いとんがり帽子を被った黒いミニスカートをはいた魔法騎士団長だ。彼女の部下がその任を負っているはずなのだ。
魔法騎士団長は、ほほほほほほと笑う。…視線は泳いでいる。
「あの馬鹿、後で絞める」
ぼそりと呟かれた低い声に、騎士団長がうわお、と体を引いた。
「まあ、おかげで助かったわけだし?」
ほどほどにしてやれよ、と騎士団長が立ち上がると、そうよね、と温情与えてやろうかしらと魔法師団長が頷く。それを二対の目が見下ろした。
「「罰ゲーム」」
どうしてくれよう、と。
「い、いやいやいや!でももしかしたら宰相様が最下位だったかもしれないじゃないですか!」
「そうですわ!これがババを選ばなかったらその可能性だってあったのですもの!」
だからよかったじゃないですか、と団長二人が必死の表情で言えば、宰相がため息。魔王がそ・れ、と床を指差した。宰相の持っていたトランプだ。それに視線を落としては?はあああ!!!???と団長二人が身を乗り出した。
「ちょっ、おかしくね!?これ、おかしくね!?」
「どっちもババじゃないってどういうこと!?」
ぱちん、と宰相が指を鳴らせば、覗き込んでいた二人が動きを止めた。
そして叫ぶ。
「いかさまじゃねえか!!」
「幻影使ってババ隠すなんて最低ーー!!」
騎士団長がババを取ったなら幻影をとき、そうでない方を取ったならそっちに幻影を使う。そんないかさまを使う気満々だった宰相を睨みつけ、はっと気づく。
「魔王様?」
「なにー?」
「知ってらっしゃったんですよね?」
「うん。協力する気満々だった」
「幻影使うの気づかれないようにいちゃつく予定でした」
「「この主従カップル最低!!!」」
部下いじめて楽しいですか!?ああ、楽しいでしょうとも!ちくしょう泣いてやる!!
わーっと団長二人が床に突っ伏して泣き出すが、宰相も魔王も聞いちゃいない。
「いらっしゃい。本当はもっとちゃんと魔王らしく出迎えようと思ってたんだけど」
「まあ、過ぎたことは仕方ありません。これが今代の魔王陛下です」
これ?
これ。
これなの。
これでしょう。
そんな遣り取りは無視して、魔族が馬鹿なと言った。
「魔王は男のはずだ」
「それ、前の魔王」
「ほら、あの方元々農業して暮らしてらしたじゃないですか。もう魔王業嫌になったみたいで」
引退して農業して暮らすと叫んで田舎に引っ込みました、と笑顔で宰相が言うのに、な、と魔族がよろめいた。
「で、次の魔王を宝玉がなかなか選ばなくて、だから召喚してみたのよ」
「魔王呼ぼうよって言ったの誰だっけ?」
「宰相様よ」
「え、元凶あんた?」
団長達の声に魔王が宰相を見た。
あんたのせいで私はあんな霰もない姿で。
「召喚って…」
召喚された勇者が魔王を見た。それに手を振る。
「よろしく、同類」
言えば勇者と神子が目を見開いた。同類?と唇が動く。
杖を持った男、魔術師が馬鹿を言うなと目を吊り上げた。
「魔王を召喚?そんなことあるはずがありません!」
「藤ヶ岡中学校。知ってるでしょ?」
同じ中学校だったのよ、と勇者と神子に笑う。
二人は顔を見合わせて、知ってる、と呟く。けれど魔王のことは知らないのだろう。戸惑ったような顔だ。
それは当たり前のことだ。勇者は女生徒に人気があった。だからいつも一緒にいる神子のことも有名だった。
「えーと、担任は高木先生。古典の」
「知って、る。なら田塚先生は?」
「数学の先生」
勇者の質問にもさらりと答える魔王に神子が頷く。魔王は確かに自分達と同じ世界からきたのだ、と。
そんな様子に馬鹿な、と魔術師が言葉を洩らす。
魔王は古くから存在する世界の悪だ。魔王がいるから魔族が現われる。魔族がいるから人間は恐怖に晒される。だから倒さなければいけない存在なのだ。だから有り得ない。
魔王が年端もいかない少女だということもだが、前の魔王が農業をして暮らすからと引退したなんて有り得ない。異世界から次の魔王を召喚しただなんて有り得ない。
なのに目の前の少女は勇者と神子と同じ世界の人間だというし、今代の魔王だという。魔王とは何百年も何千年も生き続けている存在ではないのか。
そんな男に宰相が寿命は人間と変わらないんですが、と首を傾け、足元に座り込んでいた騎士団長と魔法師団長が、女性の魔王も過去に存在してるし、と頷きあう。
「っていうか、世界の悪って私が何したってのよって話よね?」
「これって領域侵犯なんですよね、本当は」
「だから勇者なんですわ。勇者は異世界の人間ですし、使命が終われば帰られるでしょう?残ったのは魔王様を失ったこの国」
「あの国としては私達も勇者と戦って、もう死んでる予定なんでしょうね」
「後は軍隊出してこの国を自国の領土にして終わりってとこですか」
「昔からあの国、この国狙ってましたけど、自国の被害の大きさを考えて手が出せなかったようですわ」
「勇者なら魔王様に対抗できる力持ってますからね。失敗しても犠牲になるのは勇者一行だけです。国は痛くも痒くもありません」
「そうなの?そういうことなの?勇者が私殺しにくるとか言うから、魔王は世界の敵~って思考なのかと思ってたわ」
「それは大昔の話ですね。今は魔王様も一国の国主というだけです。大体世界征服なんてどこの国でも企む人間は企んでますよ」
ああ、なるほど。勇者って崇めながらその実利用してるってわけね、と魔王が頷けば、殺気だった三人の男。神子は顔を歪めたが本人が冷淡に扱われた過去があるからか、それとも思い至ることでもあるのか、何も言わずにうつむいた。
魔族が魔王退治に同行した理由は知らないが、いや、どうやら前の魔王となにやらあったのではないかと思われるのだが。というか、農民に戻ると叫んで引退したような魔王と何があったのだろうか。
話がずれた。理由は知らないが、この国がどうなってもいいとは思っていなかったのだろう。眉を寄せた。
「その発言は我が国と世界の害悪たる魔王を排除する使命を持った勇者様を愚弄するものだ!」
許さん!と剣を持った男、剣士が鞘から剣を抜いた。
「所詮魔族。我らの正義をそのようにしか捉えられないのです」
愚かな、と嫌悪を隠そうともしない目で睨みつけてくるのは魔術師。
「俺達は世界をお前達から解放するんだ!!」
そして勇者。
「できるの?」
魔王が笑った。
できるの?あなたに。同じ世界からきた私を殺せるの?そう笑った。
「今まで魔族をあんたと同じ生あるものだと思ってた?思って殺してたの?なら殺せるわね、私を」
でもそうでないとしたら、あんたは私を殺せない。
勇者がぐっと声を洩らした。
両脇の男達は気づかず声を荒らげる。
「貴様は魔族の王たる魔王だ!勇者様と同じ世界からきたなどと信じられるか!」
「そうです。仮にそうだとしても、魔王を名乗る以上、あなたは魔族であるということ!人ではない!」
あら、凄い論理ですわね。害悪を倒して何が悪いってことだろ。人間も魔族と変わらないくせによく言うわよね。むしろ人間の方がえげつない場合も多いんですけどねえ。
そんな魔族達に男達は更に怒気を強める。一度は怯んだ勇者もどうやら仲間達の声に持ち直したようだ。
それに魔王と宰相は立ったまま、魔法師団長と騎士団長は座ったままにっこりと笑う。笑いながら何も言わない二人を見た。
神子と魔族の男。互いの目を見つめたまま動かない。表情は険しい。
神子がぐっと杖を持った両手に力を込めると、魔族がそっとその手に自分の手を乗せた。神子が目を伏せた。
そこでおや、と思う。
もしかして。
「勇者といい仲なのかと思ってたけど」
違うのかしら、と魔法師団長が小さく呟いて首を傾げる。魔王はそうねえと何かを思い出すように視線を上に。そして魔法師団長に戻す。
「私の記憶でもそうだったんだけど。友達以上恋人未満みたいな?傍から見てたら両思いって分かったし」
ここまでくる旅の間に何があったのだろうか。
気になるのは恋愛話が大好きな女性陣。宰相と騎士団長はへえ、とどうでもよさそうだ。女奪られたのか、あの勇者という目。実際はどうなのかは知らないが。
そんなことを話しているとは知らない勇者達は、どうやら戦闘を始めようとしているらしい。
魔術師が呪文を唱え出し、残り二人がいつでも駆け出せるように剣を構え、後ろの二人に声をかける。
「美弥!援護!」
「魔族、てめえもぼさっとしてんな!」
「でも!今の話、ちゃんと考え」
「嘘に決まってるだろ!」
「私達の学校のことも知って」
「魔王なんだぞ!?魔王なら向こうのこと知る魔法とか持ってるに決まってる!!」
でも、と神子が泣きそうな顔になる。
ああ、無駄だ。無駄だよ、と魔王が小さく微笑む。
彼は勇者に選ばれた誇りと優越感を持っている。仕方がない。人は特別に弱いのだ。
そして彼はあなたは特別だと、頼りはあなただけとそう言われてしまえば、その期待に信頼に応えようとする人間だ。
中学の頃だってそうだったでしょう?人気者の彼はたくさんの人に頼られた。そしてそれに答えてきた。
だからね、と魔王は宰相に寄り添う。宰相が何も言わずその肩を抱いた。
彼は期待された役割を果たすために、都合の悪いことは否定するの。
「不幸ですね」
宰相が哀れんだように声を洩らす。
「不幸です。あの神子のような娘が側にいることは彼にとって幸せなことであるというのに」
自分が見えない世界を見せてくれる少女。自分が聞こえない声を聞かせてくれる少女。世界は広いのだと教えてくれる少女。
「その神子の声に耳を傾けないまま進む彼は不幸です」
期待に応えようとする姿は素晴らしいものだと思う。けれど今のままでは彼は他者の都合のいい操り人形から抜け出せない。
それでもいい、と思っているのならともかく、彼は彼の意思をもって行動していると思っているのだから、それは限りない不幸。
「私が知ってる彼はちゃんと聞いてたんだけどねえ」
彼らは知らないだろうが、文化祭で一度彼らと同じ委員会だったことがある。
その時のことを思い返せば、今のように神子の声を切り捨てるようなことはしていなかった。
「周りが問題なんですわ、魔王様」
勇者と彼を仰ぐ者達の声があまりに大きすぎて。あまりに強すぎて。
巻き込まれて召喚された少女は神子と呼ばれるまでの間、冷淡に扱われていたというから、もしかしたら昔のようにずっと側にいることができなかったのかもしれない。神子の言葉を届けることができなかったのかもしれない。神子の疑問を、神子の考えを伝える前に、勇者は取り巻く人々の言葉に同調してしまったのかもしれない。だから神子の言葉が受け入れられなくなった。
「泣きそうな顔になってるのに、気づいてやれよって思うんですけどねえ」
気づくのは魔族ただ一人。彼が神子の体を抱き寄せて、神子が縋りつく。
魔族が勇者、と声をかけるが振り向くことはない。
ああ、きっとこういうことが続いて、あの神子と勇者は離れてしまったのかもしれない。神子と魔族の男の距離が縮んだのかもしれない。勇者達の考えに同調できない二人が寄り添ったのかもしれない。
「ああ、呪文が完成しますわね」
魔法師団長が立ち上がる。そして右手首を一振りする。剣を構える二人が警戒を強めたけれど、これは攻撃のための動きではない。何も起こらないように見えるけれど、確かに魔法は発動した。
「煉獄の炎」
大きな音を立てて地面から現われた炎が視界を塞ぐ。けれど四人は何でもない顔だ。すでに防御はなされているからだ。
先程の小さな動きは魔法を防ぐためのもの。呪文も杖も必要ない。
それを彼らは知らないのだろう。炎が消えた先に現われた四人が先程の位置から少しも動いていないことに驚いたように目を見開いた。
魔法師団長がすいっと人差し指を横に払った。
上空に水の塊が三つ現われ、戦闘態勢に入っていた三人を襲った。
それを我に返った三人が避ける。魔術師が再び呪文の詠唱に入り、後の二人が床を蹴ってこちらへ走ってくる。
だが、もう次の魔法が発動している。強い風が三人を襲い、壁に叩きつける。神子の勇者を呼ぶ悲鳴のような声が部屋に響いた。
三人は壁に磔られたまま動けないのだろう。もがいている。
「ねえ、私達はあんた達がこの国を諦めてくれればいいの。この国は私達のもの。私達の国。あんた達はあんた達の国があるでしょう?それで満足しなさいよ」
「ふざ、けるな!お前達が人間を襲う、から!」
「じゃあさ、お前ら人間は人間を襲わないわけ?」
騎士団長が勇者の言葉にそう問いながら立ち上がる。首を回して、首の後ろをとんとんと拳で叩いている。
「他の国で犯罪起こす奴いないわけ?いるだろ?そしたら何?その国の王様殺すわけ?」
「貴様ら魔族は我々人間の敵だ!!」
剣士が射殺さんばかりに睨みつけてくる。
「だから」
「おやめさないな。あちらは右から左ですわ」
魔法師団長が騎士団長の腕を軽く叩くと、神子がじゃあ、と声を上げた。
四人の視線が神子に集中すると、魔族が庇うように神子の前に腕を出した。
「魔族がいくつもの国を滅ぼしたという歴史は嘘なんですか?」
神子殿、と魔術師が咎めるように声を上げた。そんなことがあるはずがない。魔族の言葉を鵜呑みにするつもりか、と。
そうじゃありません、と神子が首を横に振る。でも、そう言ってまっすぐと魔王を見る目に、魔王はふわりと笑う。
いい子だ、と思う。ちゃんと自分で考える子だ。
「その歴史は嘘ではありません。そういう魔王様もいらっしゃいました」
宰相が答える。
そして腕の中の魔王を見下ろし、魔王がそれを受けてうんざり、という顔をした。
「さっきも言ったけど、私、召喚されたんだよね。それで魔王だって言われて」
信じられなかったけど、色々調べたら史上最悪って言われた魔王が隠居するのにあっちの世界に移ってたらしくて、その血を引いてるとか何とか。
「よりにもよって史上最悪。どんなだご先祖様」
絶対知りたくない。
「つまり、陛下のご先祖がその魔王様です」
神子が目を見開いた。そして魔王を見て、両手で顔を覆ってうつむいた魔王に同情したような顔をした。
「え、と。その、が、がんばって」
「ありがと」
ああ、本当にいい子だ。
じーんとしたのに、それを台無しにするように剣士が言った。
「ならば貴様も同じだ!あの頃の二の舞になる前に貴様を殺す!!」
「磔られたままでは格好つかないですわよ」
「黙れ!!」
その言葉と同時に三人を押さえつけていた力が消え、床に落ちる。どうやら魔術師が解いたらしい。三人はすぐさま態勢を整えた。
「美弥!いい加減にしろ!俺達は何のために召喚された!?魔王を倒すためだろう!?魔王を倒して皆を助けるためだろう!?」
「でも!ずっと可笑しかったじゃない!私達が魔族の仕業だって言われて解決してきたことって、全部が全部魔族じゃなかったよ!?」
「何を言うのです!あれは魔族の仕業です!」
「そうだ!神子、お前はお前の身に安全をもたらしてくれた国が偽りを言ったと言うつもりか!」
「違います!そうじゃなくて…!」
「その魔族に毒されたのですか?それとも誑かされましたか」
「な…」
「私は言いましたね。その男を信用してはならないと。目的が同じだから同行を許しましたが、気を許すなと」
それを守らず親しくなどするからそんな妄想に囚われるのだ、と魔術師が言う。
勇者はそれには顔をしかめた。
「それは言いすぎじゃないのか。彼は俺達と一緒に戦ってくれた」
「いいえ。忘れられたのですか、勇者様。魔族によって被害を受けた人々のことを」
言葉巧みに人間に取り入り、利用した魔族もいました。彼が目的を果たした後、我らに牙を向かない保障がどこにあります。
魔術師がそう言えば、だけど、と声が小さくなる。
「いいか、神子。魔族は敵だ。魔族の王たる魔王を倒せば、奴らは思い知る。我らの力を」
これ以上の被害を出さないためにも、魔王の言葉に耳を貸すなどという愚考はやめられよ、と剣士が言う。
ああ、神子が泣く。そう魔王は思った。けれど神子は泣かない。強い目でけれど少し震えた声で叫んだ。
「殺すことだけが解決じゃない!!」
強い子だ。だから冷遇された身でも己の立場を勝ち取れたのだろう。
けれど駄目だ。彼らは聞かない。
だからあなたは甘いというのです、と魔術師が。
魔族の被害にあった者にもそう言えるのか、と剣士が。
話し合いで終わるなら俺は召喚されてない、と勇者。
勇者は辛そうな顔をしたけれど、神子の方が辛そうな顔をした。そして震える声で勇者の名を呼ぶ。
「勇者、彼女はお前の幼馴染ではないのか。何故彼女の言葉を考えてやれない」
「魔族風情が勇者様に意見するな!」
唯一神子を庇う魔族を剣士と魔術師が睨みつける。
ああ、もう本当に、と魔王は大きな溜息をつく。
こんなチームワークで魔王を倒せると本当に思っているのだろうか。心も何もかもがばらばらだ。
まあ、魔王が彼らの中の魔王像と一致しなかったせいで起こった仲間割れともいえるが、元々の関係が悪すぎる。ちょっとつつけば崩れ落ちる。
「本当はさ、疑問に思ってくれればいいなあって思ってたのよね。和睦っていうの?結べたらさ」
でももういいや、と思った。これ以上は神子が可哀想だ。
魔王も彼らにもう何も言わない。言っても無駄だと分かった。
彼らの国王も同じ反応をするのかどうかは分からない。分からないが、勇者を助けるメンバーに彼ら二人を選んだということ、神子への扱い。それらから考えれば恐らく同じなのだろうと思える。だからもういいや。
「一気に片づけていい?」
部下達を見て聞けば、三人からどうぞ、と躊躇いなく答えが返った。
それを受けて魔王が前に出る。それに気づいた勇者一行は仲間割れをやめてこちらを睨みつけてくる。神子はまって、と、魔王に叫ぶが、魔王は首を横に振った。
「向こうの世界にいた時、あんた達が羨ましかったわ。だって凄く仲がいいんだもの。お互いを蔑ろにしたりしない。お互いを尊重して。凄いなあ、いいなあって」
神子がびくっとした。魔族が睨みつけてきた。ああ、あんな感じだった。昔の神子と勇者はあんな感じだった。勇者は神子を大切にしていた。
「心を持つ以上、誰だって変わるわ。与えら得た環境によってどれほどにでも」
ふるふると神子が首を横に振る。勇者は変わらない?そう言いたい?そうだね、でもあなたの言葉に耳を貸さなくなったじゃない。
「さよなら、勇者様。元の世界にお帰りなさい」
もうあなたは勇者じゃない。
ここと違って、でも似たような環境に戻って。でもあなたは苦労するでしょう。あなたはあまりに肯定されすぎた。あなたはあまりに都合のいい環境に慣れすぎた。
消えた勇者。勇者一行が唖然とした顔で勇者がいた場所を見ている。
魔王はその内の二人に微笑みかける。
「さあ、あなた達はどうするの?勇者なしで私達と戦う?」
剣士と魔術師が震えた。
三年前の自分を思い出す。
突然見知らぬ場所に召喚されて、しかも裸で。目の前には妖艶な美女と綺麗な男。
状況が理解できなくて呆然としていれば、男が上着を脱いで羽織らせてくれた。
それに訳も分からないままお礼を言って、自分の格好を見下ろして叫んだ。
男の頬に紅葉を作ったのは決して故意ではない。
「あの時って私、髪肩までしかなかったよね」
「ここ三年で凄く伸びましたよね」
「ドレスも着てますしね」
「薄くとはいえ化粧もしてますもの」
「それでも美人に見えないのが悲しいですね~」
「あんた減給されたいの」
「申し訳ありませんでした!!」
ゴンッと音がした。
土下座するのに勢いあまったらしい。そのうえ宰相にげしっと頭を踏みつけられて、騎士団長からぐはっと声が洩れ聞こえた。
「陛下、大丈夫です。私はどんな陛下でもお嫁にもらいますから」
「…少しくらいフォローしてくれてもよくない?」
あんた本気で私を嫁にもらう気あるの。ねえ、あるの?私考え直していい?
両手を握る宰相から顔を逸らしてそう呟けば、魔法師団長がそうだそうだーと声を上げる。
「好きな女に可愛いとか言えない男ってどうなんですの、宰相様ー」
「陛下は褒め言葉に慣れていません。よってそういう類の言葉を言えばそれはもう可愛い反応をくださいます」
それを誰が他人に見せるか、ときっぱり言い切った宰相に、魔法師団長がうわ、と顔を逸らした。
「今まで恋愛に本気にならなかった男が本気になるとうざいですわね」
独占欲つよ。
呟く魔法師団長の隣でバンバンッと床を叩く騎士団長。何ですのよ、と見下ろせば、宰相にまだ頭を踏まれたまま。しかもどうやら徐々に力を込められていたらしい。助けてくれと無言の訴えを感じる。
「きゃー!!ちょっ、死ぬ!これ死ぬんで宰相様、足どけてーーー!!!」
ち、と舌打ちが聞こえた。
魔王にも聞こえているはずなのに魔王はスルー。
「まあ、つまるところ、三年もあれば人は外見も中身も変わるのよ」
「そうですね」
「宰相様が一人の女性にメロメロなんて思ってもみませんでしたもの」
「魔王様も初めは帰る~って泣いてばっかりでしたしねえ」
よしよし、と騎士団長の頭を撫でる魔法師団長と、頭破壊されるかと思ったと青い表情の騎士団長にそうよね、と魔王が首を傾ける。
だから、と窓から見える青空を見上げる。
「あの子の思いもいつか届くと信じてるわ」
勇者を失った勇者一行。
魔術師と剣士はそれでも刃向かってきたが、不安が目立って相手にもならない。
ボロボロにしてあなた方が召喚した方は元の世界に帰しました。これ以上我が国に関与するつもりならば、もうこちらは一切の容赦は致しませんのであしからず。と手紙つきで城へ送り返した。
再び召喚が行われる可能性は高いが、その時はその時。手紙に書いたように容赦しないだけだ。
残った神子には選択肢を与えた。帰りたいかどうかを神子に決めさせた。
神子は悩んで、悩んで、悩んで。そして残ると言った。
神子は見ていた。旅の途中で、魔族の子供に石を投げつける人間を。泣き叫ぶ魔族の女性を売りに出す人間を。幼子を盾に取られて言うことを聞いている魔族を。
何もできなかった。怖くて何もできなかった。そして耳を塞いで目を閉じていた。魔族は世界の敵。人間の敵。そのために勇者が召喚されたのだと。
そんな自分が嫌だった。許せなかった。でも勇気がなかった。
そう言った神子は残って魔族は敵じゃないのだと、人間と何も変わらない。悪い人もいい人もいるのだと。それを知ってもらいたいと。
国のことは自分ではどうにもできないけれど、人の意識を少しでもいい。変えていきたいのだと。
難しいことだ。危険なことだ。それでも行くと言った神子は今頃どこの空の下だろうか。無事だろうか。
ついていった魔族と一緒に、また会えるといい。
微笑んだ魔王に宰相も微笑んだ。
実は魔族=世界の敵だという図式がない国もあったりします。
さりげに交流あったりする国もあったりします。
でもそうじゃない国もたくさんあったりします。ご先祖様の悪行のせいです。
勇者を召喚した国はそれだけじゃなくて、魔族の住む土地が欲しいので虎視眈々と狙ってます。