春晴秋明先生に「民生氏のニューアルバム買いましたよ!」というメッセージをもろうた。これはうれしい。一人でも多く買えば民生の収入が増える。収入が増えるとメシがいっぱい食える。メシをいっぱい食うとギターを弾くパワーがモリモリ出てくる。ギターがパワフルになりゃナイスなCDがまたできるわけで、こりゃいうことなし。最高だ。
ほんとに民生のCDを聴くと小説を書く元気がモリモリ出てくる。オレのどこに引っかかるのかようわからんのだが、民生の音楽はオレにまとわりついて離れない。
聴けば聴くほど味が出る。スルメのような音楽である。
では民生の音楽のどこがそんなにいいのかといえば、第一に「言葉にならん」ということが挙げられる。例えば小説でも多少感動する本に出会うと「おもしろい!」とか「泣いた!」とかいう感想が出てくるのだが、感動が大きすぎる作品を読むとどうしていいかわからんくなって無言になる。ただひたすら本の前で震えるはめに陥る。
民生の音楽はまさにそれなのだ。
なんていうと話が終わってしまうではないか。言葉を使ってメシを食おうとしてるオレがそんなことを言っていいのか。
しかし、しかたがない。事実なのだから。そりゃ、「あの曲のあのコードはスリリングやねェ」とか「あの詞はなんちゅうか韻を踏むのがうまいねェ」とか言おうと思えばいくらでも言える。しかし、まったく伝わらん。感動がまったく伝わらん。
聴けばわかる。聴けばわかるんだ!
なんてまた無責任な。それじゃ説明になっとらん。
ので一つだけ具体的に書いてみたいと思う。
民生の初期の曲で「BEEF」というのがある。
この曲は主人公が日本の牛で「みんながよだれをたらしてボクを狙ってるよ〜」というわけのわからんロケンロールなのだが、オレはこの曲の最後のフレーズ「外国産はひっこんでろ」が好きだ。
何がそんなにいいのか。そりゃ、アメリカの狂牛問題に関する政策が気にくわんとか詞のリズムが気持ちいいとかいろいろ理由はあるけど、一番いいのは、この曲がニューヨークの一流ミュージシャンたちと一緒に録音されたという点だ。
聞けば、ニューヨークの一流ミュージシャンたちは、げらげら笑いながらこのフレーズを歌っていたという。
この話を聞いてオレは感動した。確かに日本語がわからんからそうなってしまうのかもしれんが、一流と呼ばれる人たちは「いいものはいい」と簡単に認めてしまうのだな、と。
オレがもしアメリカ人でこのセッションに参加すれば、「ケシカラーン。ウチの牛肉ナンバーワンネー」と怒ってしまうことだろう。そのあたりはブッシュといっしょだ。そこが三流と言われる所以であろう。
しかるにこの外人ミュージシャンたちは自国の悪口を言われてるというのに、楽曲のよさに惹かれ、楽しんでしまうのだ。すごい度量だ。
なんて、考えすぎか。(了)
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