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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

孤独なお爺さんは夢を見る

作者:ナツ


 私のお爺さんは少しだけ壊れています。ボサボサの白髪、雲みたいな白内障の瞳、そしてパリッとした白衣。まるで石鹸みたいな冷たさと神経質な清潔さで溢れている、と近所の人には噂されています。あそこの家は得体がしれない。たしかにそうかもしれません。お爺さんはここ数年間、一度だって家から出たことがないのですから。本人は最後に出たのがベトナム戦争後だと言っていました。それも定かではありません。というのも、彼はディエンビエンフーのことも知らなければ、ちょっぴりボケてるからです。それなのに、昔はグリーンベレーに所属していたらしいです。しかもホワイトハウスでニクソン大統領と握手もしたのだとか。まあ、なんて嘘吐きなんでしょう。そもそも緊急用の缶詰も自分で食べちゃって、備蓄もできない人ですのに。どうやって戦争で生き残ることができれば、何十年も家に籠城ができるものでしょうか。日常生活もできません。そこで孫である私が助手という名目上、ちょっとした介護をしているわけだったりします。所謂、買い出し、掃除、洗濯、料理。子どもにしてはハイスペックだと自負しています。それでもお爺さんは世話をしているのが自分だと豪語していますが……

 「おい、孫」

 お爺さんはそう言って、今日もテーブルを匙でコツコツ叩きました。これは彼の最も厭らしい癖の一つで、いつもお腹を空かせたらイライラしてやってしまうのです。この癖のせいで、お婆さんは逃げちゃったとか。

 「なんでしょうか、お爺さん? 」と私は愛想よく言いました。

 「飯はまだかね? 」

 私は台所で缶詰の肉を包丁で半分に切りながら、茹でたパスタの具合を見て、呆れた調子で肩をすくめます。まだアルデンテにはほど遠いですね。

 「あと少しですかね」と私は答えました。

 「まったく、トロい女だ。俺がいなきゃ何もできない」

 お爺さんはため息を吐き、リビングから出ていきます。きっと、今日の昼食ができるまでの間、カビパンのような地下室に籠るのでしょう。いつもそこで、なにやらバーナーで火花を散らして研究をしているのです。しかし、彼は博士号を取得しているわけでも、学会で発表するほどの研究者でもありません。そもそもマトモに学校を出たのかも不明です。そして、なにをつくっているのか自分でもわかってないでしょう。だって今日の朝食も思い出せないような人ですから。

 「そういえば」とお爺さんは戻ってきて言いました。

 「なんですか? 」

 「お前の身体を少し弄ったよ」

 「弄る? 」

 「うん、お前が寝てる間に。服はちゃんと着させたから問題ないだろ」

 わお、今日一番のトップニュース。私は口元に手をやって、床にヘナヘナと膝から倒れました。頭の中に浮かんだのは交尾。それと不純性行為、セックス、近親相姦。乙女が考えることではありませんね。

 「……な、な、な、なんてことを! 」

 私はすっとんきょんな声で泣きわめきます。

 「男の子とちゅ……キスもしたこともないのに! この変態くそ爺!! 」

 「あまり汚い言葉を使うな。弄ったと言っても、ほんの先っちょだけだよ」

 「先だろうが、奥までだろうが関係ありません!! それ以前の倫理観の問題でしょーが! 」

 「おいおい、捨て子のお前を拾ったのは誰だと思ってるんだ? 俺が育てなかったら死んでたかもしれないんだぞ? 」

 「どうかそのまま見捨ててくれたらよかったのです」

 「……酷いことを言う」

 「そんなこと、煮えたぎる欲望を未成年にぶつけたお爺さんに言われたくない! 」

 「煮えたぎる欲望? 」

 「そ、そうですよ! 夜な夜な、私が寝てるのを良いことに気持ち悪いことして。ああ、もう言わせないでください! 」

 「それはセックスのことか? 」

 「セッ、セ、セックス!? 」

 ストレートな言葉が脳天を直撃して、脳みそから白い煙が出そうです。私は生唾をごくりと飲み込んで、お爺さんをきつく睨みました。

 「とにかく、このことは法廷で然るべき決着をつけさせてもらいますからね! 」

 「弁護士に頼む金もなかろうに」

 「ご安心ください、刑事事件には国選弁護士がいますから。私の勝訴は確実なのです」

 「俺も過去に盗みを働いて捕まったが、やる気のない若造の男がやってきて、自分で弁護した方がマシだと思ったね。マトモな奴じゃないよ」

 「お爺さんよりマトモです! 」

 私は怒鳴りました。あまりに興奮しているせいか、目がチカチカして視界が白く霞み、意識がぼんやりし始めます。なにより頭痛が酷く、咄嗟的に頭を両手で押さえました。しかし、こんなに額が熱いのに、両手はひんやりした感触がするだけです。私は不思議に思い、頭を丁寧に擦ります。それは筒状の突起物のようなものらしく、コンクリートのような材質で出来ていました。

 「……うそ」

 私は呆然とそう言って、ふらつきながら洗面所まで歩きます。そこにある鏡を見ると、頭部から煙突が生えているではありませんか。わお、アンビリバボー。 

 「なんですか、これ? 」

 「煙突」

 「そんなことは知ってるんですよ」

 「だから弄ったと言ったろ? 」

 「……いったい、なんのために」

 「人類史上初の自家発電化のため」

 「アホ」

 私は零れそうな涙をぐっと我慢して、代わりに煙突を引き抜こうと掴みました。しかし、どうやら毛根より根深く埋まっているらしく、びくともしません。お爺さんは仏頂面でそれを眺めていました。チョー、ムカつくんですけど。

 「それ、脳に連結させてるから抜いたら死ぬぞ」

 「先に言えっ! 」

 急いで煙突から手を離します。そういえば、意識がクラクラするような気がしてきました。もしかしたら、脳みそがプリンみたいにかき混ざっちゃったかも。なんだか血の気が引きますね。

 「悪い」とお爺さんは悪びれる様子は一切なく言い切りました。これが大人のすることか。

 「……もう結構です。それでどうやったら抜けるんですか? 」

 「エネルギーを生産するまでだよ」

 お爺さんは得意気に話を続けます。

 「つまりその煙突は変換機なんだ。まず、お前から涌き出る感情が源として、熱エネルギーに変換する。そしてそこから分解、構築、再生、融合を繰り返して、エネルギーを変換させ続ける。それに伴って生産され続ける体液が蒸発するから、その水蒸気を煙突から排出することによって、お前を熱で殺さないようにしているんだ。最終的に核エネルギーに変換するのが目的だよ」

 ポッポー。あまりの驚きに煙突からモクモクと蒸気が噴出しました。いやあ、まいりました。これって私の体液なんでしょうね。マジ勘弁。

 「……どのみち核で死ぬじゃないですか! 」

 「そうだよ」

 「対応が軽い! そして私の命も! 」

 「でも問題はない。結晶化した核エネルギーをピンセットで摘出すれば死なないから。もちろん、その結晶も安全のため、お前の鉄分で何層にもコーティングされておるから健康上の心配も無用だ」

 「……ピンセットで? 」

 「ああ、ほじくり回す」

 「それ、本当に死なないんですかね? 」

 「約束しよう。死ぬことはない! 」

 「……とても死にそうな気がしてなりません」

 とはいえ、このまま煙突人生を謳歌するわけにもいきません。つまり大いなる選択が迫られているのでした。お爺さんを信頼するか、あるいはお爺さんみたいに残りの一生を引きこもるか。もちろん答えは最初から決まっていますね。

 「摘出します」

 「合点承知。望むところだ」

 ――このクソ爺め、ふざけやがって。しかし後が怖いので心のなかで留めておきます。イライラして手元を狂わせるわけにはいきませんので。マッドなのはお爺さんで間に合ってます。

 私たちは部屋を出て、地下室に足を運びました。薄暗い階段を下りる途中、私はなんだか悲しくなりました。頭から煙突が生えたガキンチョ。考えただけで泣けてきます。その後、私は簡易ベッドに寝かせられ、麻酔を注射されました。微睡む意識のなか、私はなんとか声を絞り出しました。

 「死んだら呪ってやるからな……! 」

 お爺さんはにっこり笑って、

 「そしたら、また会おうな」

 と言いました。

 そんなアットホームな会話じゃねえよ! 私はそう叫んだつもりでしたが、既に身体は麻痺状態にありました。

 数時間後、私は目が覚めました。恐る恐る起き上がると、自分の手足が動かせることを確認しました。そして頭を触ります。何もない。やったー!

 「成功だ」

 お爺さんはそう言って、アクビをしました。どうやらさっきまで回転椅子で眠っていたらしく、時計を見ると深夜になっているようです。かなり寝てましたね、私。

 「生きてた、私は生きてる! 」

 「そうだね」とお爺さんは適当に相槌をします。

 「本当によかったです。……あ、なんか泣けてきそう」

 「それには同意だよ。無事にこいつも取れたわけだし」

 お爺さんは忍び笑いをすると、ポケットから真っ黒い石を取り出しました。

 「……もしかして、それが例の? 」

 「うん、核エネルギーの結晶体。こいつを大量生産すれば、これからの生活には困らんぞ。我々の時代の幕開けだ!! 」

 「人類史上最低な時代ですよね、それ」

 「そんなことはない。俺が煙突を生産して、お前が核を生産するのだ。それを武器商人に垂れ流して、奴等は大量殺戮兵器を生産する。誰も損はしない! 」

 「いや、生産側以外は損しかしてませんよ」

 「だまれ、小娘! 」

 お爺さんはそう言って、どこかの悪の大王にも負けない高笑いをすると、結晶をお手玉のように投げては取ることを続けました。

 「ひゃっほー、俺は自由だぜ!! 」

 次の日、パリストン・ポスト社の朝刊で、あるニュースが取り上げられました。見出しはこうです。――引きこもりの老人、餓死状態で発見。彼は戦時中、有力な兵士として活躍してきたが、戦後の対人関係に慣れず、再び戦争を望むようになる。しかし年老いていたこともあり、適正がないとされ、その後の人生で戦地に赴くことはなかった。しかし老人は自分が戦地に行けないのは、大量殺戮兵器のせいだと妄信的に信じ込むようになり、なにより核兵器に対して関心を寄せる。この興味が彼を豹変させ、原子炉に侵入して核を盗み出そうとするまでに至る。捕まった際、こいつを使えば幸せになれるはずなのだ、と彼は証言している。この件では弁護士の不手際もあって、許容されている範囲で一番重い刑が執行されている。釈放後、彼は地下室に篭り、妻は躁鬱的になって自殺。その後、彼の娘が世話役を担うが、あまりの暴言に疲れて同様に自殺を図る。(どちらもモクモクと白い霧が濃い日で、飛び下り自殺によって、庭の鋭利な柵に頭部が突き刺さり脳みそをぶちまけていたらしいです)彼はそのことを受け入れられず、想像上の同居人をつくったのだとか云々。

 ちなみにその娘さんのお腹には子どもがいたらしいですって。まったく困ったお爺さんですよね。私のことも露知らず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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