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ゆめの境界線

作者:ほた

 初秋の風が窓より流れ込むリビングで、少年はソファに寄りかかりうたた寝をしていた。一瞬強く吹き込んだ風が床まであるカーテンを舞い上がらせ、頬に触れる。 それに驚いた彼は、身体をビクリと震わせ両眼を見開いた。
 唐突に眠りの世界から帰され、その瞳は周囲を確認するのに忙しい。自分の居場所を確認したのか、彼はソファの背もたれからゆっくりと上体を起こした。
ポツッ
身を起こした拍子に雨粒が傘に落ちるような微かな音がした。それは彼の飴色の髪の間から覗く瞳から、涙が流れ落ちる音だった。こぼれ落ちた雫は、青いオックスフォードのシャツの上に濃い青の水玉を作る。胡桃色の瞳が瞬くと、さらにシャツの上に水玉が増えてゆく。彼はその模様をただ見ていた。
――またあの夢だ。
 彼は、いつも決まった夢を見る。それは前世の自分の夢。
この国に生まれた子供は、前世の記憶を持って生まれてくるようになった。この現象が子供たちに現れてきたのは、大きな魔法大戦があった後からだ。大戦で散った者には多かれ少なかれ、思い残した事がある。この平和な世界に再び生まれ変わって来て、何を望むのだろうか。彼、シュウもまた、そんな前世の記憶を抱える一人だった。
――あの人の声が、脳裏から離れない。
今の自分ではない、昔の自分。その感情が、身体の中で暴れ狂う。深い慟哭が足の指先から頭のてっぺんまで駆け巡るようだ。
――そうだ、待ち合わせ。
 シュウは、夕方から近所の友達と出かける約束をしていたのを思い出した。
「いかなきゃ」
 服の袖で涙を拭くと、ソファから立ち上がり、ふらつく足取りで、部屋を出て行く。

 +

 友人たちはすでに待ち合わせ場所に集合していた。シュウは小走りにその輪へと近づく。
「ごめん、遅れた」
「大丈夫、みんな今揃ったところよ」
 同い年で、幼馴染みのベニが答えた。ベニはシュウの姿を見ると、そのまま視線をシュウに固定する。
「気を悪くしないでよ。……もしかして泣いていたの?」
 ベニはシュウに質問を投げかけた。濡羽色の髪と瞳を持った少女が、じっとこちらを見上げている。仲間内の中で一番ぼんやりしているシュウは、この幼馴染みが持つ意志の強そうな瞳がなぜか苦手だった。やましい事はないのだが、逃げたい気分になる。
「えっと、ああ、来る前にうたた寝をしてしまって……」
 しどろもどろに答える。
「もう顔ぐらい洗って来なさいよね。鼻の頭まで真っ赤になっているわよ」
 ベニは鞄からハンカチを取り出すと、シュウに差し出した。
「……ありがとう」
 シュウは受け取る。
 ベニはそれ以上何も聞いてこなかった。シュウの拙い言葉で事情を察してくれたようだ。
 記憶復元再生は決まって夢の中で起きる。夜の睡眠よりもうたた寝のような浅い眠りで、前世の記憶は降りてくる。
シュウは前世の夢を久しぶりに見た。でもその理由は何となく分かる。今日は大戦が終結した日だからだ。
今日はこの国の人々にとって特別な日だ。普段離れて暮らす人々は家族のいる国に帰郷する。街は人が大勢集まる。そして商機をもくろんだ商人たちが、出店や見世物小屋を並べる。町はお祭りのようになる。この騒ぎに魂達も帰ってきているのだろう。
「みんな揃ったから行くよ」
 全員揃った事で、集団は移動をはじめる。
 今年は学校の先輩たちが、見世物小屋をやるので、シュウたち後輩は見に来るように言われていた。天幕の前では笑顔の先輩が出迎えてくれた。
「後輩諸君、不思議な見世物小屋にようこそ! もちろんお客さんとして来てくれたんだよね?」
 少々強引な勧誘に『ハイ』と返事をしてしまう。
 シュウたちは天幕の中へと案内される。中には劇場のように椅子が並ぶ。ただ舞台などはない。
「奥から順番に座ってちょうだいね。この天幕は幻惑魔法を施してあるわ。出入口が閉じたら、魔法が発動してショーのスタートよ。今日はスペシャル調合の魔法薬を用意したから期待してね」
 『スペシャル調合』という言葉に一抹の不安を抱くが、時すでに遅し、天幕の出入口は塞がれてしまった。
「それでは、みなさまを『ゆめの世界』へご招待します。 途中下車はご遠慮ください!」
 最後に聞いたのは、陽気な先輩のアナウンスだった。

 +

遠くから炸裂音がする。そして異臭と土煙の匂いが襲い掛かる。
 シュウはさっきまで天幕の椅子に座っていたはずだ。しかし今は土豪の壁を背に地面に座っていた。
――まさか、ここは!
 シュウは自分の身体に目を落とす。歴史の資料で見た兵士が着る戦闘服に身を包んでいた。腕時計のガラスについた泥を払うと顔が映った。それは、白藍色の髪を持つ青年だった。どこか今の自分にも似ているような、気弱そうな面差しをしている。シュウは前世の自分になっていた。
――ここは夢の中なのか。
いつもは勝手に再生される前世の夢。今日は出演者になるのだろうか。しかし、このシーンもよく知っている。
 土豪の外は、けたたましい爆発音が鳴り止まない。敵の攻撃を避け、運よく土豪に入れたが、周囲は完全に包囲されているので味方の助けは望めない。土豪の中には、自分の他に蠢く影が一つある。
「ソラ、飯食ってるか?」
シュウは、前世で『ソラ』と呼ばれていた。
「……食べるよ。次の補給が届いたらね」
何度も見た夢の通り、口がソラとして勝手に言葉を紡ぐ。つまり質問の答えは『ノー』だ。ここ数日水以外口にしていない。それも泥の混じった水しかない。隣にいる人物も同じ状況下にいるのに何をいまさら聞いてくるのだろう、とシュウは思う。
「ならこれやるよ」
ソラは何か茶色い塊を投げつけられた。
「いたっ」
塊は丁度ソラの顔に当たり膝の上に落ちる。それは汚い包みに覆われたものだった。膝の上に転がり落ちた拍子に、包みが解ける。中には保存食のビスケットが一枚入っていた。
「これどうしたの!」
 貴重な食料の出現に、ソラは大きな声を出してしまった。
「しーっ! 静かに」
 隣人は、慌ててソラの口を塞ぐ。いつ敵に見つかってしまうかも分からない状況だ。夜の湖畔のような黒く艶めく瞳が、至近距離でソラを見ている。
 彼の名は『ホト』。ソラの無二の親友で、二人はお互いの背中を預けて戦地に立っていた。ホトとは子供の頃からの付き合いだった。優等生肌のソラとガキ大将タイプのホト、水と油のように正反対の二人だが不思議と馬が合う。ソラが戦い狂気に飲み込まれずにいたのは、この友の存在が大きかったようだ。
「最後の晩餐用に、取っておいたんだ」
 また縁起でもないことをと思うが、ソラは何故か笑っていた。
 ソラはホトの腕をどかすと、膝の上に落ちた包みを拾いあげた。
そして中からビスケットを取り出した。
――さっさとホトが自分で食べてしまえばいいのに。
 携帯用のビスケットは恐ろしく固い。ソラは力をこめ半分に割ると、片方をホトに差し出した。
「じゃあその最後の晩餐、招待にあずかるよ」
 ホトはビスケットの破片を受け取ると白い歯を見せて笑う。
「何もないがゆっくりしていってくれ」
 そんな他愛もない会話もつかの間、数分後ホトが先に戦死する。ソラを庇っての戦死だった。しかしそのソラも後を追うように息絶えた。
 ソラが最後に聞いた友の声。お前だけでも生き残れと言い残し、ソラを逃がそうとしてくれた。しかし、追撃から逃れられなかった。不甲斐ない自分が悔しい。だが、夢は無常にもシャットアウトした。

――彼に会いたい、そして詫びたい。
 その想いが、前世の自分がシュウに託したメッセージだった。
 たぶん、ホトは言うだろう。

『……気にするなよ』

 シュウは伏せていた顔を上げた。目の前には、まだホトが佇んでいる。そして思った通りの言葉をシュウに投げかける。
「そんな簡単に許さないでくれよ!」
 シュウは吐き捨てるようにホトに向けて言い放つ。
「そういうの止めないか。せっかくこうやってまた会えたのにさ」
「でも!」
「その女々しい性格、死んでも治らないんだな」
 ホトはそう言って笑う。
「……酷いな」
 シュウも釣られて笑ってしまう。彼の答えは最初から分かっていたはずだ。
 世界が劣化したペンキが剥がれるかのようにホロホロと崩れ始める。その向こう側に天幕の柄が見えた。もうすぐこの魔法の効果が切れるのだ。
「これでお別れだ」
 魔法の力を借りたとはいえ、会いたい人に再会できた。
「また君に会えてよかった」
「俺もだ」
「じゃあまたどこかで」
 最後はお互い握手をして無言で別れるつもりだった。
 しかし、魔法と共に消えるはずのホトは消える事なく、崩れた世界に残る。そしてシュウの手には、握った掌の感覚が残っているではないか。

「はい、ショーは終了です」
 天幕内に先輩のアナウンスの声が響く。そしてシュウは、なぜか隣の席に座っているベニの手を取っていた。
『なんだ』
 二人の声が同時に揃う。そして瞬時に理解した。
「シュウだったの」
「ベニだったのか」
 なぜいままで気づかなかったのだろう。ベニの艶やかな黒い瞳は、ホトそのものではないか。
――そっか、俺がいけないのか。
 シュウはベニの瞳が苦手で避けていた。それは後ろめたい気持ちが自分に残っていたため受け入れられなかったのだ。シュウはベニの手をそっと離した。
「……俺がソラでがっかりしたよね?」
 小さな声で呟く。
「馬鹿は死んでも治らないというけど、それホントね」
 ベニは笑う。その笑顔が記憶のホトと重なる。
「もう、きみも変わらず酷いよ」
「そうよ、私も変わらないのよ」
 顔を見合わせて笑ってしまう。
 もうあの夢は見ないのかもしれない。無二の親友は、ちょっと生意気な幼馴染みの少女になって隣にいたのだから。

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