第二十四話:戦いの終わり
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「なっ、なんなんだ、あの化け物は、ひぃぃ、あんなの、おかしい、いったい俺は何と戦っていたんだ!?」
薄暗い森のなか、少数の部下を引き連れてヴォルデック公爵が走っていた。
もう彼に戦う意志はない。ひたすら逃げることを考えていた。
部下に封印を破壊させ、離れた位置からエルシエが魔物に蹂躙されるところを見ようと思っていたら、突然巨大な龍が現れ山ごと薙ぎ払った。
その後も、光や炎が咲き乱れ、一匹残らず魔物が殲滅され、しかも無限に湧き続けるはずの魔物の後続が途絶えている。
ヴォルデックは、思考する。間違いない、やつだ。エルフの村の長がやったのだ。
悪魔のような男だとは思っていが、まさか、本物の悪魔だとは思っていたなかった。
逃げろ、逃げないと殺される。
「いったいどこへ行くの?」
ヴォルデックの前に、金色の髪をした美しい少女が立ちふさがる。
少女の翡翠色の目が輝く。
表面上は穏やかな顔をしているが、その裏にある底知れない怒りをヴォルデックは感じ取っていった。
「これは、アシュノ様。ご無事でしたか! はやく逃げましょう。エルシエには化け物がっ、……痛ぁぁぁぁい」
ヴォルデックが耳を押さえてうずくまる。耳を押さえている手から血があふれだす。
アシュノが魔力で固定化した風の刃で耳を切り落としたのだ。
「ヴォルデック、知っているよね? 私は封印を守るために生きてきた。それを壊したってことは私を敵に回すってことだけど、わかっててやったのかな。忠告はしたんだけどなぁ」
「ひぃっ、ひぃぃ、ちがっ、違う」
「私も甘かった。本気で封印を壊すとは思っていなかった。……違うわ。あなたはやるかもしれないって思ってた。初めから殺すべきだった」
「なっ、なにを」
ヴォルデックは、立ち上がりもせず、這うようにして必死に逃げようとした。
だが、それはあまりにも遅かった。彼の部下たちもヴォルデックを守ろうとはしない。アシュノ相手に、そうすることがどれだけ無駄かをわかっているのだ。
「この戦争がなくなったら、賭けが成立せずに、父さんを手に入れられなくなるのが嫌だった。勝ちさえすれば封印は解かれないって油断していた。そのバカな考えで、封印が解かれ、私は父さんを失った」
ヴォルデックは涙を流しながら距離を取る。
アシュノから膨れ上がる殺気で、これから何が起こるのかがわかってしまう。
「たしゅ、たしゅけて、ゆるして」
「だから、せめて。私の手でしっかりと終わらさないといけない。あなたには死んでもらうわ。半分はやつあたり。ごめんね」
不可視の風の刃が、振るわれた。
ヴォルデックの首が落とされ、頭が彼の部下の足元まで転がっていった。
「ひっ」
ヴォルデックの部下が悲鳴をあげる。
「あなた、ヴォルデックの部下でしょ? それをもって帰ってヴォルデックの死を帝国に報告しなさい。それにもう一つ伝言をお願いするわ。私はエルシエにつく」
アシュノの言葉を聞いて、ヴォルデックの部下の顔が真っ青になる。
なにせ、正体不明の化け物に加え、勇者をも超える世界最強の英雄であるアシュノが敵にまわる。
帝国にとって、これ以上の悪夢はないだろう。
「まっ、待ってください。英雄様、英雄様は帝国を捨てに」
「捨てる? 私は封印の維持をするのに都合が良かったから帝国に居ただけよ。こんなことをされたんじゃ、帝国に居る意味が無い。……それに、父さんに、あの人を任せるって言われたから」
その言葉を最後にアシュノは闇に消えていく。
ヴォルデックの部下たちはその場に立ち尽くし、やがてヴォルデックの頭をかかえて重い足取りで帝国を目指し始めた。
◇
「おかえり、シリル」
「おかえりなさい、シリルくん」
「ただいま、ルシエ、クウ」
俺は満身創痍の体を引きずり、エルシエに戻ってきた。
エルシエに辿り着いた瞬間、張り詰めた糸が切れて、前のめりに崩れ落ちる。
ルシエは、そんな俺を受け止め、抱きしめてくれた。
「シリルが無事でよかった」
ルシエの安堵した声が聞こえた。
俺はルシエの胸の中で微笑む。
ルシエはいつものルシエだ。俺が化け物と知っても変わらずに接してくれる。
「シリルくん、早く家に戻りましょう。シリルくんの魔力の流れがおかしいです。それに、顔色がすごく悪い。意識を保つのが精一杯の状態じゃないですか」
そして、クウが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「うん、ちょっと無理をした」
多数の俺を犠牲にした連続での【輪廻回帰】。あれだけのことをして、無傷というわけにはいかない。
魔力回路が過負荷で一部焼け切れ、魂も悲鳴をあげている。
今の俺はろくな魔術を使えない。
「なら、はやく行こうシリル」
ルシエが肩を貸してくれ、俺を家まで連れて行こうとする。
「駄目だ、まだ戦いは終わっていない。俺が指揮をとらないと……」
そうだ、戦争は終わっていない。
アシュノを倒したことで一次的に撤退したが、まだ近くに居る。
戦いが終わるまで、俺は倒れるわけにはいかない。
「大丈夫だよ。もう、全属性のマナを支配する人はシリルが倒したし、マナは普通に使えるんでしょ? それなら、私達だけでなんとかするよ。今までたくさん戦い方をシリルに教わったしね」
「そうです。いくら敵の数が多くても、エルフと火狐の力を合われば、なんとかなります」
二人の心強い言葉。だけど、その言葉に甘えるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、風が頬をなでた。
「この戦争は終わったわ。私達の負け。魔物をなぎ倒す光景を見て、帝国兵はみんな逃げ始めてる」
アシュノが空から舞い降りた。
周辺に居たエルフ達がいっせいにアシュノに向かってクロスボウを構える。
「みんな待て、まず話をする」
俺は、エルフたちにクロスボウを下ろさせる。
「アシュノ、戦争が終わったと言ったが、その言葉が本当かどうか、わからないな。俺たちを油断させるための罠かもしれない」
「どうしてそんなことを? 魔物を蹴散らして、再封印するのにあなたは力を使い果たした。私の見立てでは、まともに魔術を使えるまで一週間はかかる。その気になれば、私は一人でここにいる全員を皆殺しにできる」
アシュノはなんでもないことのように言う。
そして、それは真実だ。
「でも、それはしないわ。封印を解いてしまったのは私のミス。そのせいで、あなたには犠牲を強いた。そこにつけ込むなんて真似はできない。それに、私はこの戦争でも、一対一の決闘でも負けている。これ以上、惨めなことはしない。私の負けよ」
「その言葉、信じていいんだな」
「ええ、私はヴォルデック公爵を殺してエルシエにつくと、彼の部下に伝えたわ。魔物を滅ぼしたあなたの力をみて、トップのヴォルデック公爵が死に、私を敵に回して、それでも戦うような人は帝国には居ないわ」
アシュノの性格上嘘ではないだろう。
「これから、どうするつもりだ」
「あなたがそこまで、ぼろぼろになったのは私の責任、そして封印を解かれたのも私の責任。だから、あなたが復調するまでの間は、万が一に備えて私がエルシエを守る。できれば、エルシエ内に寝床を用意してもらえると助かるわ」
周囲に居るみんながざわめく。
こんなことを言われたら当然だろう。
「わかった。寝床を用意しよう」
「シリル、この人を信じるの?」
「うん、大丈夫。この人は信じていいよ」
アシュノはきっと、シュジナとの約束をやぶることはできない。
「アシュノ、あとでゆっくりと話そう。シュジナのことを教えてほしい」
「いいよ。私も、あなたのことが知りたい。それに他の封印の状態も伝えておきたいわね」
アシュノと握手をする。
これで、戦争は終わった。
俺たちは勝ったんだ。
なら、もう一つの仕事を終わらせないといけない。
俺はルシエに目線で合図をして、少し離れてもらい一人で立つ。
まだ、ふらつくが気合を入れる。
「エルシエの民よ。聞いてくれ、俺達はこの戦いに勝利した! これでエルシエの脅威はなくなった!」
おそらく、帝国はもうエルシエを攻めてくることはない。
これだけの兵をつぎ込んで勝てない上に、アシュノがこちらについた以上、次に挑んだとしても勝算はもてないからだ。
みんながほっとした顔になる。
「そして、一つ告白させてくれ。もう、知っている者も多いと思うが。俺は化け物だ。転生を繰り返し、過去の自分に変身できる力がある。山を吹き飛ばした竜。あれは俺だ」
みんなが息を呑む。
南方面に居た連中は、みんな俺が変身し、飛んで行く姿を見ている。もう、隠すことはできない。なら、正直に話すしかない。
「俺が怖いのなら、言ってくれ。もう、エルシエは俺が居なくてもやっていける。出て行ってもいい」
ルシエとクウには悪いと思う。最悪、俺は二人だけを連れてエルシエを去ることも考えていた。
しかし、俺がそう言った瞬間、小さな影が俺のほうに飛び込んできた。
「シリル兄様が行っちゃうなんて、ユキノは嫌」
「クロも、シリル兄様と一緒がいい」
「そうです。私だって、シリル兄様がいないと嫌ですし、クウ姉様を置いていくなんて許さないです!」
俺に懐いている三人の火狐たち……ユキノ、クロネ、ケミンだ。
みんな俺の体にまとわりついて、けして逃さないとぎゅっと掴む。
「おい、長、長が化け物なんて、今更だ。んなことわかってる。変身ができるぐらいがなんだ」
「シリル様があってこそのエルシエです。このクラオ、シリル様がいないエルシエなんて認めませんぞ、シリル様が出て行かれるなら、お伴します!」
精鋭部隊率いるロレウと、村長代理のクラオが笑顔で口を開く。
今思えば、この二人には随分と助けられたな。
「俺たちだけじゃない、みんなもそうだよな! ここには、長に感謝する奴らばかりだ、長に出て行けなんてやつは一人もいねえ」
ロレウが叫ぶと、周りのみんなが頷いた。
そして、口々に俺に行くなと言ってくれた。
そうか、俺が今までやってきたことは間違いじゃなかったのか。
ちゃんと、俺はエルシエの民に慕われていた。
「シリルくん、みんなが怖がったら出て行くなんて無責任ですよ」
「そうだよ。シリル、シリルがエルシエって国を作ったんだから、最後まで面倒を見ないと」
ルシエと、クウが茶化すような口調で言ってくる。
「だいたい、シリルはどうなの? みんなが怖いって言ったら、本気で出て行くつもりだったの? シリルにとって、エルシエってその程度のもの」
ルシエの言葉で、目が丸くなる。
ああ、そうか。簡単だ。
「そうだな。俺はエルシエも、ここに居る人たちも大好きだ。俺は、ずっとここに居たい。たとえ、まわりの連中が嫌だって言っても残りたい。初めから選択肢なんてなかったんだ」
俺がそう言った瞬間、周囲に笑い声が満ちた。
そんな中、クウが口を開いた。
「ねえ、シリルくん、私は昔、シリルくん一人なら、エリンや帝国に行けば、もっと成功して、贅沢な暮らしができるんじゃないかって聞いたことがあります。そのときにシリルくんは、その通りだって言って、そのあと、どう言ったか覚えています?」
少し考えるが、記憶になかった。
そのときの俺は、本当に何気なく答えたんだろう。
「ごめん、クウ。覚えてない」
「じゃあ、教えてあげます。シリルくんは、こう言ったんです……『俺は今が幸せなんだ。可愛い嫁が居て、気のいい仲間に囲まれて、飯がうまくて、気持ちよく笑える。それ以上のことは望まない』」
「よく、覚えていたな」
「はい、私はその言葉を聞いてシリルくんのことをもっと好きになりましたから。……シリルくんにとって今のエルシエは、そんな場所ですか?」
考える必要はなかった。
そう、そんなことはわかりきっている。
「ああ、ここはそんな場所だ。俺の理想の国だよ」
俺は微笑んだ。
そうだ、ここは俺が作りたかった国なんだ。
「安心したら、眠くなった。ごめん、みんなあとは任せる」
そして、安らかな気持ちで目を閉じた。
眠りにつく瞬間、ルシエとクウの笑顔が目にうつる。
今日は、いい夢が見れそうだ。