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第二十三話:【輪廻回帰】

エルフ転生二巻、11/28発売だよ。表紙は一番下に公開中!

 俺は銀龍の姿で空を舞う。

 目指すは、北方面の山。ユキノの話では、もう魔物が湧き始めているはずだ。


『【俺】がサポートしていると言っても、そう長くはもたない。全力で決めろ』


 わかっている。

 この姿では声は出せないため、思念でこたえる。

 【俺】のサポートで魔術回路への負担は抑えられており、魂へのダメージも最小限となった。……これなら、【輪廻回帰】が解けた瞬間、魔術が使用不可に陥るということはないだろう。

 それでも、【世界を滅ぼした破滅の銀龍】を今の俺で呼ぶのにはかなりの無理がある。二十秒程度が限界だ。


 山の一点から、数百、数千の魔物が湧き続けている。

 それは、動物を模していながら、腕が三本あったり、刃物と一体化していたり、不自然に巨大な角があったり、異様な存在ばかりだ。

 帝国兵と思わしき連中がその魔物に飲み込まれていた。

 封印を解いた場で襲われたのだろう。同情はしない。


 山そのものが魔物になったと思えるほどの物量。

 ……想像通り、だからこそ、俺は破滅の銀龍を選んだ。

 しょっぱなから全力で行く。


「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」


 放つのは、対国魔術【銀龍の咆哮】。

 一撃で一国を滅ぼす。禁断の魔術。これに比べれば、【荷電粒子砲】ですら、おもちゃのように感じる。


 半径2キロのマナ総てを無理やりかき集める。

 そして、それを総て喰らい尽くし、圧壊させる。マナがそれを形作る全ての力を吐き出した。


 光の帯が、封印の中心に叩きつけられ、円状に広がっている。

 効果範囲は、数キロ四方にも及んだ。

 山一つが消え、平地になった。

 だが、余波は存在しない。マナの崩壊現象で発生する力は消滅の力。光に触れたものすべてを消滅させる。

 この一撃で魔物が千匹以上消し飛んだ。


 だが、仲間を盾にして生き残った魔物。さらに、【銀龍の咆哮】の射出したあとに湧きでた魔物で、あっという魔に、百匹以上の魔物が湧きでた。

 数百年分のエルナだ。そうそう尽きないだろう。


 もう、一発、【銀龍の咆哮】を放とうとしたが、今の一撃で周囲のマナが枯渇して力が集まらない。


 ならば!

 俺は、羽ばたき。敵の発生地点に急降下する。

 着地時に、前足で敵を踏み潰す。

 尻尾で周囲の敵をなぎ払う。

 大型の敵が現れれば、喉を噛みきる。


 俺は次なる魔術を放つ。マナを使わず自らの魔力を使うものだ。名を【鳴神】。

 雷撃の雨が周囲数百メートルに渡って、降り注がれる。

 牙が、尻尾が、雷撃が周囲を蹂躙し尽くす。

 もう、何千匹魔物殺したかわからない。

 それでも魔物が湧き続ける。それほどまでに封印によって抑えこまれていたエルナの量はすさまじい。


 そして、俺の限界が来た。

 もとより、強大な力を持つ、銀龍は、魔力の負担も魂の負担も、極大だ。

 数千人の魂を喰らった俺でも、数十秒が限界。

 あと四秒。この四秒で、少しでも多くの……


『困るな。これ以上は、【輪廻回帰】が解けたときに次の【輪廻回帰】を起動するための魔力が残らない』


 全身の力が抜ける。

 そして、俺は敵の真ん中でシリルの姿に戻った。


「なっ!? なんのつもりだ【俺】! もう、魔力があっても【輪廻回帰】はできないんだぞ!」


 俺は内なる自分に向かって叫ぶ。

 たしかに、シュジナのサポートで、効率のいい【輪廻回帰】を行っていたおかげで、このタイミングで【輪廻回帰】を解除すれば、二度目の【輪廻回帰】を起動するだけの魔力は温存できる。


 だが、銀龍を呼び出した反動で魂がボロボロだ。

 この状態では、【輪廻回帰】に耐えられない。


『もし、魂に負荷を与えずに【輪廻回帰】を使う方法があるとすれば?』


 そんな方法が?

 俺は驚愕する。


『魂全体で負担を受けるからそうなる。そもそも、魂を喰らって力をつけている俺たちだ。外付けした余剰な分の魂を片寄せして、それに【輪廻回帰】する人格と魂を込めて起動する。負荷を一部だけで受けて壊れたら切り離す。そうすれば、本体の魂は傷つかない』


 その理屈はわかる。

 だが、それは……。


「そんなことをすれば、【輪廻回帰】した俺は……」

『壊れるさ。完全に。二度とその人格は【輪廻回帰】はできない。なにせ、片寄せして切り離すんだ。当然だろう。呼び出した俺は消えるよ』


 俺は絶句する。


『何を気にする。一度は死んでいるのに、俺たちは未練がましくしがみついているだけだ』


 俺は、奴らの過去をしっている。

 感情移入してしまっている。


『それにな。これをするのはおまえの意志だけじゃダメだ。魂を切り離す以上、体の支配権も【輪廻回帰】した俺に明け渡すんだ。力を貸すのは、納得しておまえに協力する変わり者だけだ。気に病む必要はない』

「そんな俺が居るのか!?」

『ああ、数人だけだがな。そいつらはおまえに力を貸して、終わってもいい。そう言っている。さあ、選べ。過去の自分と、今おまえを支えているもの。どちらが大事だ!? 未来の為に過去の自分ぐらい切り捨てて見せろ!』


 俺は奥歯を噛み締め、前を向く。

 俺は、エルシエを、ルシエを、クウを、ユキノを守りたい。


「俺のために死んでくれ。過去の俺よ」


 俺は、俺に声をかけた。

 自らのうちから、俺じゃない俺の感情が湧き出てくる。


『わかった。協力しよう。おまえに協力する俺は四人だ』

「よりにもよって、この四人か。心強い」


 俺は苦笑する。

 心強い連中だ。

 先手として選ぶ俺を決めた。


「「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」」


 自らのうちに強く語りかけるように詠唱を開始する。

 いつもとは違い、俺の詠唱に呼び出す俺の声が重なる。


「「我が望むは、闇夜の世界を支配した強欲な王、その名は……」」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「「グラムディール! 【輪廻回帰】!」」


 体が光に包まれる。

 固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。

 光が収まった俺の身体は、漆黒のコートに包まれ、髪も目も黒く染まる。

 口には長い牙が生える。

 俺の体がグラムディールのものに変わった。

 魂を切り離しての輪廻回帰。ゆえに、俺はグラムディールになったのではなく、グラムディールになった俺の体を遠くから視ているような感覚だ。

 グラムディールが魔術を起動する。


「【紅月夜】」


 あたりいったいが闇夜に包まれ、血のように紅い月がそらに浮かぶ。

 これはグラムディールの結界。

 街一つを覆うほどの規模の結界だ。結界内に居る限りすべての生き物は、常にグラムディールに魂と魔力を喰われ続ける。


 ゆえに、魔物たちが次々と食いつくされ、屍になる。生きている魔物も、どんどん弱っている。

 逆にグラムディールは、魂を補強し、魔力が満ちて指数関数的に強くなっていく。


 銀龍に【輪廻回帰】をした際に根こそぎ持って行かれた魔力が回復していく。


「この時代の私……いや、シリルよ。私は君が嫌いだった」


 結界内で強化された力で、生き残りの魔物の首をはねたグラムディールが語りかけてくる。


「おまえは甘い。その気になれば、帝国など単身にて武力制圧する力がありながら、共存の道を探そうとした。同胞を殺されておきながらだ。その甘さへどが出る」


 圧倒的な力で敵を蹂躙するのに、グラムディールの姿には気品があった。

 生粋の夜の貴族だからだろう。


「はじめて私を呼んだとき、あえて私は君にアドバイスをしなかった。そのせいで、君は勇者に食われかけたな。あれはわざとだ。君が見ていて不快だったから死んでもらおうと思っていた」


 グラムディールの呼び出した月はさらに紅い輝きを増す。

 グラムディールの動きも激しさを増す。


「……しかしね、私が甘くて嫌った君の周りは常に笑顔が溢れていた。君の甘さがそうさせた。私が諦めた道を進む君を見て、私はその先を見たいと思うようになった」


 グラムディールの体が一瞬ぶれた。

 もう限界が近い。

 グラムディールの人格を載せ、切り離した魂が限界を迎えようとしていた。


「君は諦めるな。その甘さを抱えたまま、駆け抜けて見せろ。そのための捨て石に私はなろう。さよならだ」


 そして俺の体はグラムディールのものから、俺自身のものになった。

 もう、グラムディールの魂はかけらも残っていない。

 俺は、消えていったグラムディールを悼み涙をながす。復讐に支配され、すべてを破壊に注いだ彼は俺の一つの可能性だ。


『悲しむ時間はないぞ』


 グラムディールのおかげで、かなり数は減ったと言え、まだ数百匹以上の魔物が残っている。

 さらに増え続ける。

 わかっている。

 新たな【輪廻回帰】を。


「「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」」


 今日、三回目の輪廻回帰。

 また、切り離す魂を決め片寄せし、選び、そこに人格を焼き付けた。

 俺の声に野太い声が重なる。


「「我が望むは、鋼鉄と灼熱の世界で鉄を、そして何より己を鍛え上げた鍛冶師、その名は……」」


 当時、俺が居たのは錬金術が異様に発達した世界だった。

 そこは常に、炎と煙と鉄に彩られた世界。

 その世界の俺は、もっとも金属に精通した種族に生まれ、生涯その腕を磨き続けた。

 その時の名は……


「「クイーロ! 【輪廻回帰】!」」


 何度も呼んだことがあるクイーロ。

 筋肉質な大男。手には大槌のドワーフの鍛冶師。

 だが、今回のクイーロの姿は異様だった。

 十二本もの剣と共に呼びだされていた。


「【ゴーレム錬成】」


 クイーロが魔術を起動すると同時に、三十体ものゴーレムが地中から出てきた。


「シリル。おまえはわしの力で、小賢しいものしか作らなかったが、わしの本領は、剣よ。これらはわしが作った最高傑作の十二本。グラムディールのおかげで魔力が満ちている。これだけの魔力があれば、”わしの装備”として再現できる」


 数体のゴーレムが敵を足止めし、剣をもったゴーレムたちが剣を振りかぶる。


「至高の剣を求めたわしの技術を使っておいて、お主はクロスボウだの、生活用品だの、農具だの、本音を言うとな。かなり歯がゆかったよ。わしの技術は至高の剣を作るためのものだ。こんなふざけたものを作るためのものではない」


 クイーロは、ヒゲをなでて不機嫌な顔をしかめた。


「じゃがのう、お主の作ったものは、人を幸せにした。お主の周りには笑顔の人があつまってくる。それを見て、わしは気付いた。それこそが鍛冶師の本懐じゃと。思い返せば、わしの周りには、わしを畏怖するものか、憎むものか、剣の魔力に取り憑かれたものしかおらんかった。……お主を見て、羨ましく思えた。だから力を貸すと決めた」


 にかっと笑う。


「じゃがのう、至高の剣を目指した自分を否定するつもりは毛頭ない。我が生涯に悔いがあるとすれば、至高の剣に届かなかったこと。知っているか。シリル! 元来、鍛冶というのはな。祭りと共にあった。そして、戦とは獣の祭りよ! ならば、わしの力を全力をもって、祭りを盛り上げよう。さあ、わしの一世一代の祭り、魂に刻むがいい!」


 ゴーレム達が魔剣を振り下ろす。

 魔剣は火をふき、風を巻き起こし、圧壊させ、次元を切り裂き、無数に分裂にする。

 魔物たちは蹂躙され、そこに立っていたのは、クイーロ一人だった。


「これが魔剣の力よ。わしの生涯をかけて作り上げた力。お主にこれほどの物がつくれるか? 小童、尊敬しろ」


 満足気につぶやくクイーロ。にかっと男臭い笑みを浮かべた。

 ……そして、クイーロの存在が砕け散った。


「ありがとう、クイーロ」


 俺は絞りだすようにつぶやく。

 周囲に異変があった。

 今までのように、闇雲に魔物を産み出すわけじゃない。

 ただ、一匹の魔物にすべてを集中させるようなエルナの動き。


 銀龍ファルブニール。吸血鬼グラムディール。鍛冶師クイーロ。

 その三人の力で、エルナの大半は消えた。

 そして、そのことで俺への危険を感じたようだ。


 エルナが形作るは一匹の竜。

 それはどこか、銀龍ファルブニールに似ていた。

 生半可な力では勝てない。


「「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」」


 俺の声に、青年の声が重なる。

 俺が呼び出すのは、もっとも信頼している俺。

 そして、初めて呼び出した俺。

 クイーロと並びもっとも使用した俺だ。


「「我が望むは、虚栄の世界で高潔であり続けた騎士、その名は……」」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「「ディート! 【輪廻回帰】!」」


 光が収まった俺の身体は、鎧と、兜。そして両手剣が装備された騎士の姿に変わった。

 初めてディートになったときは、初心者装備の鉄の簡素な鎧だった。

 だが、魔力が満ちている今は違う。

 魔術文字が刻み込まれたオリハルコンの鎧。神竜の牙を削りだした魔剣。

 レベルは最大の99。一対一に特化した最強の騎士がそこに居た。


 ディートは剣を構えてエルナが固まって出来た巨大なドラゴンを睨みつける。

 ドラゴンが咆哮と共に、火球を吐き出した。

 ディートは、突進する。そして火球、切り裂いた。


「グラムディールとクイーロは、おまえのことが嫌いだと言ったな」


 ディートは、小さく笑う。


「実は、俺もおまえが嫌いだ」


 ドラゴンが尻尾でディートを薙ぎ払おうとする。

 ディートは剣を盾にして尻尾を受け止める。

 いや、これはただの防御じゃない。ディートは刃を立てる。

 尻尾に刃が食い込んだ。

 刃が食い込んだ尻尾に、ディートが闘気を注ぎこむと尻尾が風船のように膨らみ破裂した。


「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」


 ドラゴンが悲鳴をあげる。

 ディートの剣が光り、魔術文字の螺旋が剣を包む。スピードを上げたまま、ドラゴンの横を通り抜ける。

 その際に、ドラゴンのアキレス腱を切り裂いた。

 ドラゴンがバランスを崩す。


「俺は騎士だ。誰よりも正しい騎士であろうとした。その俺から見ると、おまえの行動はあまりに目にあまる。卑劣、下劣、卑屈」


 ディートが必殺技を振るうために、剣に魔力と闘気を注ぎ始めた。


「……だが、おまえは愛する人を守るために必死だった。そこは認めてやる。俺は騎士道に拘るあまり、くだらないしがらみに縛られ、最愛の人を守れなかった。失敗して初めて、本当の騎士が守るのは、ルールじゃないと気づいたんだ」


 ディートが高く飛ぶ。

 剣に込められた魔力と闘気が解放される。刀身は光をまとい、十メートルを超える光の剣となる。

 上段から振り下ろし、さらに横に払う。

 十字の斬撃がふかくドラゴンに刻まれ、二つの斬撃が重なりあい強烈な爆発を引き起こす。

 ドラゴンは跡形もなく消滅する。

 それと同時に、ディートの固有能力でドラゴンの魂と魔力を奪い吸収する。

 それにより、失われた魔力が回復した。


 周囲からエルナの気配が消えた。


「おまえは、後悔するなよ」


 そして、ディートも消える。

 歯をくいしばって、喪失感に耐える。

 彼らの犠牲無駄にはしない。

 俺は、三人の俺の犠牲で、一度目のエルナの噴出を食い止めた。


『安心するのはまだ早い』

「ああ、わかっている」

 

 今のは、溜まったエルナが噴き出しただけだ。

 壊れた封印を放っておけば、すぐにエルナがたまり魔物を生み出し続ける。

 それどころか、世界中にある他の封印から出口を見つけたエルナが流れ込んでくる。

 猶予はない。今すぐにでも再封印が必要だ。


「【俺】なら、再封印できるか」

『可能だ』

「こうなるって、【俺】は、わかっていたんだろう」

『もちろんだ。だから【俺】は俺に、いつでも再封印できると思い込ませた』


 そう、俺は今まで再封印は当然、何のリスクもなくできるものだと思っていた。

 【俺】にそう思い込まされていた。


「いいんだな」

『覚悟はある。そろそろ、【俺】は終わるべきだ。残った俺は【俺】ほど優しくないから気をつけるんだな』


 俺は目をとじる。

 思えば【俺】には、さんざん好き勝手されたな。

 だが、嫌いじゃない。


「「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」」


 俺の声に、壮年の魔術師の声が重なる。

 自らの内側に強く語りかけるようにして魔術を起動していく。


「「我が望むは、絶望の世界に光を灯した狂気の大魔導士、その名は……」」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「「シュジナ! 【輪廻回帰】!」」


 体が光に包まれる。

 固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。


 光が収まった俺の身体は、魔術師らしいローブを身につけ。地・火・風・水、四色の魔石が取りつけられた儀礼用の杖を持ち、長い白髪を銀細工の宝石が付いた髪飾りで押さえつけた三十代半ばの人間の姿になった。


 そう、再封印できるのはシュジナだけ。

 そして、この現状でシュジナを呼ぶには、魂を切り捨てる方法しかない。

 シュジナは全部わかっていたんだ。


「一応言っておこう。俺はシリルのことが好きだったよ。おまえは面白いし、いいやつだ。それに少し俺に似ている」


 まさか、シュジナにほめられるとは思っていなかった。


「これより、再封印を開始する」


 シュジナがそう言い、杖を構えて魔力を高めた。

 しかし……。


「父さん!」


 一人の少女が飛び込んできた。

 美しい金髪の少女。

 ハイ・エルフの証たる【翡翠眼】をもつ世界で唯一の存在。


 ……やはり生きていたのか。


「久しぶりだな。アシュノ」


 アシュノはシュジナに抱きついて涙をながす。


「ずっと、会いたかった。父さん」

「俺もだよ。ずっとアシュノに会いたかった。ずっと心配だった」

「嘘。逃げまわってたくせに」

「アシュノのためだったんだ。親離れできないと困るからね。会っちゃうと、次を期待するだろう。俺はもう死んだのに」

「でも、こうして戻ってきてくれた」

「そうだね。こうして抱きしめてあげることができたことを神様に感謝したい」


 シュジナはアシュノの頭を撫でて微笑む。

 綺麗な笑みだった。娘を愛する父親の顔。


「だけど、もう時間はない。あと三分もしないうちに俺は終わる。転生すらできない。本当の終わり。この前はまた会えるって言えたけど、次はないんだ」


 そう、シュジナが言った瞬間。アシュノの表情が泣きそうなものになる。


「父さん、どうにもならないの」

「どうにもならない」


 シュジナは強く断言する。

 そして、シュジナとアシュノは目を合わせて頷いた。


「父さん、手伝うよ」

「ありがとう。アシュノ」

「最後の親孝行。私一人じゃ、無理だけど。父さんと一緒ならなんでもできる」

「ああ、俺たち親子で出来ないことはない」


 シュジナとアシュノの魔力が高まる。

 そして紡がれる魔術。

 美しいと思った。魔術理論の究極。極限の演算速度、至高の構成。

 俺は、心を奪われた。

 今の俺では、けして届かない領域。

 そして、二人の魔術は完成し、エルナの再封印が完了した。

 

 シュジナの姿がぶれる。

 魂の消滅の前兆。


「最後の魔術。一緒に出来て楽しかったよアシュノ。それにしてもうまくなったな」

「どう、成長したでしょ?」

「うん、娘の成長が見れて嬉しい」


 シュジナの声がかすみ始めた。


「俺はもう、限界のようだ。アシュノ、ニつお願いをしていいか?」

「父さんの頼みならなんでも」

「一つ目、今の俺を助けてやってくれないか。まだ、未熟でおもりがいる」

「うん、わかった」

「二つ目、幸せになってくれ」


 シュジナがそう言い終わった瞬間。シュジナは砕けた。

 俺の姿に戻る。


「返事ぐらい聞いて行ってよ……」


 アシュノは俺を見て、涙を流しながら笑って、そう言った。

 

今回は、連載開始時から一番書きたかったシーンです。楽しんでいただれば幸いです。

エルフ転生二巻、11/28発売だよ。表紙は一番下に公開中!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「【紅月夜】」 娘の遺体と対面した時グラムディールが使ったのは『紅月白夜』じゃなかったっけ? 勘違い? 別スキル?
[一言] めちゃくちゃ面白い
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