第二十二話:決着
アシュノと対峙する。
帝国兵も、エルシエの民も眺めるだけで俺たちの戦いに手を出すつもりはないようだ。
俺は先手を打つ。
対アシュノ用に開発した手甲を前を向け、【雷撃】の魔術を使用した。
【雷撃】は勇者の魂を喰らったときに手に入れた魔力の電気・磁場変換の力だ。
大気中マナの力を借りる精霊魔術と違い、ごっそり体内魔力をもっていかれる。
クイーロの力で作った自らの魔力の結晶である魔石から魔力を抽出することで補う。今日身に着けている魔石は全部で五つ。それが俺の命綱だ。
手甲から、音速を超える速度で短い矢が飛び出る。
この手甲は仕掛けがしてあり、電気を注ぐことで矢を放つコイルガンとなるのだ。
初手からの音速を超える不意打ち。
アシュノとの距離は二十メートル程度。
到達時間は人の反射神経の限界速度、0.1秒以下、普通の相手であれば問題なく決まる。
「やっぱり、初手から来るよね。そういうところは父さんに似ているかな」
音速の矢が逸らされる。
アシュノを取り巻くすさまじい密度の風の防壁が、矢を弾き飛ばしたのだ。彼女を中心に風のマナが台風のように渦巻いている。
アシュノの対応には二つの驚きがある。
一つは彼女の力の強さだ。たかが風にいったいどれほどの力を込めれば音速を超えるコイルガンを防げるというのか。
そして、もうひとつの驚きは俺の初手を読んでいたこと。俺の動きを見てからの反応では確実に間に合わないタイミングだった。
「君に驚いてる時間はないよ。次は私の番だ」
土のマナの動きを感じて後ろに飛ぶ。エルフである俺に、風と水以外のマナは扱えなくても視ることはできる。
足元から、土の槍が生えてきた。もし突っ立っていれば串刺しになっていただろう。
「しつこい!」
俺は叫び、空中で身体をひねる。
着地点を狙っての土魔術での追撃が来たのだ。それを避けても次々に槍が生えてくる。必死に【身体能力強化】で底上げした運動能力で転がりながら避ける。
「がんばって避けるね。これならどう?」
俺の両側と後ろに、高くそびえる壁を呼びだされた。
まず、逃げ場をなくすつもりだろう。
「この程度で死なないでね?」
アシュノはまっすぐに手をのばす。
その手のひらには、風と火のマナ。
「ちっ」
俺は舌打ちをする。
逃げ場を塞いだ状態で風で増幅された火の魔術が襲いかかってくる。
さながら炎の嵐のようだ。
エルフと火狐の協力技を、アシュノは一人で成し遂げる。
アシュノの魔術が放たれると同時に、コイルガンを放つ。コイルガンなら、アシュノの魔術が届くよりもはやく、致命傷を与えることができる。
しかし、風の防壁に阻まれた。大火力の魔術と防御用の魔術は同時に使えない可能性に期待したが、甘くはないようだ。
「【磁場生成】」
前後左右がダメなら上に逃げる。俺の真下を炎の嵐が通り過ぎていった。
俺は靴底にあらかじめ強力な磁石を仕込んでいた。その靴で、生成した磁場を踏み抜き、反発の力で跳ぶことができる。
【磁場生成】とこの靴があれば、空を足場とする高速立体機動ができるのだ。
空を蹴りながら高速移動。
アシュノの頭上からコイルガンを三連射
アシュノの風の防壁が彼女を中心に守る台風なら、頭上からの攻撃には無力のはずだ。
だが、彼女は当たり前のように反応してステップを踏むだけで回避する。
魔術だけでなく、反応速度、危機管理能力も高い。
さらに、風のマナがこちらに向かっている。気圧を操作して俺を押しつぶそうとしているようだ。俺は磁場を蹴り、アシュノの操る風から逃げる。
攻撃に一切の容赦がない。
「アシュノ、さっきから全力で殺すつもりで攻撃しているようだが、俺が死んだら、お前の父親に会えなくなるんだぞ」
「わかってる。でも、君ならこれぐらい防ぐでしょ。殺すつもりで行かなきゃ殺されるのは私。さあ、まだまだいくよ」
アシュノがさらなる魔術を起動した。器用なことに、土の弾丸を火の爆発で飛ばしてくる。
しかも逃げにくいように散弾にしてだ。
磁場を蹴って緊急回避をするが、散弾の一部が腕をかすって血が噴き出た。さすがに散弾すべてを回避するのは難しい。
俺は、内心で焦りを感じている。
能力に穴がない。
攻撃力、防御力、速さ、魔術の規模、演算速度。全てで俺を超えている。
なおかつ、マナを利用しての魔術である上に、持久力は俺より上。
耐えてもジリ貧になるのは俺のほうだ。
魔石が一つ砕けた。マナが使えない分、魔力の消費が激しい。
魔石は残り四つ。
「さて、どうしたものかな」
アシュノの多彩な攻撃に耐えながら思念を走らせる。
必殺の一撃はある。
だが、一回きりの不意打ちにしかならない。
もし外してしまえば、勝利の目はなくなってしまう。
アシュノの弱点である、包帯が巻かれた右手を狙いたいところだが、その弱点をつけるクロスレンジに入った瞬間に高密度の風に巻き込まれて即死だ。
「君、さっきからなにかを狙ってるね。奥の手でもあるの?」
「さあ、それはどうだろう」
どうやら、奥の手があることまで読まれているらしい。
新たにアシュノが発動した範囲の広い炎の壁を、飛び越えつつ。
魔石一つをまるごと雷撃に変換した雷を叩きつけるが、かつて俺が勇者の雷を防いだように、アシュノは周囲の気圧をあげて、空気を絶縁体のようにして防ぐ。
やはり、奥の手にすがるしかないようだ。だが、凝った魔術だけに演算に集中する時間が欲しい。1.3秒。それだけあれば、使える。
「アシュノ相手に1.3秒か……永遠のようだ」
亜音速で飛んでくるアシュノの散弾を交わしつつ、舌打ちをする。
そこに、矢の弾幕が飛んできた。
アシュノの仕業じゃない。帝国兵の放った矢だ。
空を埋め尽くす無数の矢。
いつもなら風で防ぐが、今はアシュノの支配圏。風の制御を奪われるのが落ちだ。
懐からから、予備を含めての二本ナイフを取り出し、直撃コースのものだけを切り払う。
だが、総てを避けきれるわけがなく。
急所は避けたものの、数本の矢が体に突き刺さりが血がこぼれ落ちる。
「ヴォルデック! なんで、こんな横槍を!」
アシュノが怒りの形相を浮かべ叫んだ。
アシュノが向いた方向を見ると、ヴォルデック公爵が数百人の部下を引き連れて、血走った目で立っていた。
「英雄様。今です! 相手は弱っている! 速く、その悪魔を殺してください! あなた様が簡単に殺せない化け物! 生かしておけるわけがないでしょう!! 早く!!」
俺は苦笑する。
そういう見方もあるのか。
帝国最強であるアシュノが殺せない相手、確かに脅威だろう。
「アシュノ、何を驚いているんだ。これは戦争だ。決闘じゃない。俺は卑怯だなんて言うつもりはないよ」
俺は矢を引き抜きながら。告げる。
「でも、こんなの」
アシュノが動揺している。
根本的な勘違いだ。
ヴォルデック公爵の判断は正しい。
だが、今回においては失敗だった。感謝しようヴォルデック。
あの矢の効果範囲には、アシュノも入っており、彼女は矢を防ぐために攻撃の手を緩めた。さらに、こうして意識を逸らしてくれた。
それは、俺が演算に集中するには十分な時間だ。アシュノと一対一で戦っていた間にはけして確保できなかった1.3秒がようやく手に入った。
そして、つかいかけの魔石を使い切り、魔術を放つ。魔石は残り二つ。
「【マイクロ波照射】」
マイクロ波を放射し、更にはマイクロ波の強度を増加させ、周囲一帯にマイクロ波加熱をする魔術。
簡単に言えば、相手を電子レンジに放り込む魔術だ。
その特殊性故に、演算に1.3秒もの時間を要した。
しかし、さすがはアシュノだ。
俺の限界まで高まった魔力を感じ取り、土と風の防御魔術を起動した。
土壁が盛り上がり、風の防壁の密度があがる。素早い対応だ。
「だが、今回のはそれじゃ防げない」
叩きつけたのは、マイクロ波。ゆえに、土の防壁も風の防壁も約には立たない。
防御魔術を起動するためにつきだしたアシュノの左手が波打つ。
血液が沸騰寸前にまで煮立っている。
アシュノは、体全体に影響が出るまえに、後ろに跳んでいる。
マイクロ波は拡散しやすい。距離をとるのが唯一の正解だ。一瞬の判断によって、被害を片手だけで食い止めた。
だが、その激痛はアシュノの自由を奪う。
着地し、そのあまりの痛みに歯を食いしばり、膝をつく。
それを待っていた。
もう一つの切り札を確実に当てれるこの瞬間を。
「【荷電粒子砲】!!」
【荷電粒子砲】は演算の負担だけなら、【マイクロ波照射】よりもよほど簡単だ。
だが、アシュノ相手ならまず当たらない。
そして、大電力を要求することから。必中の状況でしか使えなかった。
そして、その時は今。
最後に残った魔石二つ。その総てを使い、魔術を起動した。
重イオンを亜光速まで加速して放つ。今の俺に出来る最速・最強の攻撃。
「させない!!」
アシュノは全魔力を込めて、風を集中させる。
もっとも得意な風だけに全魔力を込める最高の防御。
俺の【荷電粒子砲】とアシュノの風の防壁がぶつかり合う。
光と風はぶつかりあい、拮抗する。
俺は奥歯を噛み締め、自らに残った魔力を注ぎこみ【荷電粒子砲】の威力を増す。
……そして、ついに押し切った。
威力の殆どを殺されながらも、ついに【荷電粒子砲】は、アシュノを捉えた。
光が止んだとき、そこには何も存在しなかった。ただ、えぐれた地面だけが存在している。
アシュノは死んだのか?
あたりを風の魔術で探索するが、いっさい気配を感じない。
今の俺にわかるのは彼女が、もうここにはいないことだけだ。
「ひぃぃぃぃ、あの伝説の英雄が!?」
「あの、エルフは英雄様より強いって言うのか!」
「ばっ、化け物だ!」
帝国兵たちが逃げていく。
それほどまでにアシュノは帝国兵たちに信仰されているようだ。
もう、一仕事だ。間抜けにも敵の指揮官がここまで前に来てくている。その油断、その迂闊さ、つかないわけにはいかない。
こいつをここで殺せば封印を解かれることもなくなる。
「【雷撃】!」
俺は手甲を突き出し、コイルガンを放つ。
アシュノが居ない今、全力が振るうことができる。【風除け】によって、コイルガンは空気抵抗をうけないため、初速が落ちず、さらに精度の高い狙撃が可能になる。
逃げようとするヴォルデックの背中に深々と鉄の矢が突き刺さり、貫通した。
帝国兵たちは、ヴォルデックの死体に目もくれず逃げていく。
「なぜだ?」
嫌な予感がした。
たとえ、人徳がなくても貴族なんだ。死体を放置したりはしないはずだ。
俺は、帝国兵たちが立ち去ったあと、ヴォルデックの死体を確かめる。
遠目にはわからなかったが…これはあの男じゃない。影武者だ?
『シリル兄様!』
頭に直接ユキノの声が聞こえた。
俺がプレゼントした魔石付きの首飾りの力だ。
『ユキノの居る、北方面から見える山! そこにすごい勢いで、変な動物がいっぱい、伝説で聞く、まるで魔物みたい。数は、十? 百? すごく、すごく一杯出てきて』
そうか、この戦況になった時点でヴォルデックは封印を解くつもりだった。
アシュノに邪魔させないためにあえて影武者を放っていた。
ユキノの声が聞こえなくなった。ペンダントの効果時間が終わったのだ。
「ユキノ、教えてくれてありがとう」
きっちり、必要なときに首飾りを使ってくれたユキノに礼を言う。
彼女は、あの首飾りを何よりも大事にしていたはずだ。それなのに、きちんと使ってくれた。
これだけ早く、異変を知れたのは大きい。
ユキノがくれた、数分の時間、無駄にはしない。
本当に封印が解かれたというなら、数百年分のエルナが一気に吹き出し、とんでもない量の魔物がいっきに溢れたはずだ。
エルシエを滅ぼすどころか、世界が滅びるほどの驚異。それを止めれるとしたら俺しかいない。
「シリル、怪我。大丈夫」
「シリルくん。手当します」
俺を心配して、外壁を乗り越え、ルシエとクウがこっちに駆け寄ってきた。
よりによって、このタイミングでか。
「……ルシエ、クウ」
俺は彼女たちに微笑みかける。
「二人にずっと隠していたことがあった」
ずっと、俺は【輪廻回帰】を隠していた。
二人にだけは化け物だって思われたくなかった。
だが、もう隠せる状況じゃない。
「俺は化け物なんだ。俺の前世の力を借りることができる。エルシエの成功はね。俺の力じゃなくて、前世の力で成し遂げてきた。ズルしてたんだ今まで」
俺の言葉を真剣な表情でルシエとクウが聞く。
そして、ルシエが口を開く。
「なにかを隠しているってずっと思ってたけど、そんなことだったんだ」
「そうですね。もっと、すごいことだと思っていました」
ルシエとクウは微笑む。
「どんな力を持っていても、それをどう使うのか決めるのはシリルだよ」
「そうですよ。ズルだって、シリルくんは行ったけど、そんな力があるのに、みんなを幸せにするために使った。シリルくんのことを私は誇りに思います」
胸に熱い何かがこみ上げてくる。
「二人共、俺は今から化け物になるよ。もし、俺が怖くなったら言ってくれ。そのことを責めたりしない」
そう言うと、二人は頬を膨らました。
「シリル、そんなことで私がシリルを嫌いになると思うなんてひどいよ!」
「はい。嫌いになるなんてありえません。そんなふうに、シリルくんに思われているなんて悲しくなっちゃいます」
安心した。
俺は、この二人と結婚してよかった。
「そうか、ありがとう。なら行ってくるよ」
魔力を集中する。
今まで禁じ手としていた。純粋な戦力では最高の力を持つ俺を選ぶ。
『まさか、【世界を滅ぼした破滅の銀龍】をつかうつもりか』
「久しぶりだな【俺】そうだよ。湧きでた魔物を倒すのが最優先だ」
『今の【俺】には、あいつはまだ荷が重い。あれを喚んだら、ぶっ倒れるぞ』
わかっている。あれを呼んでいられる時間はせいぜい数秒だ。
そして、【輪廻回帰】を使ったあと、数ヶ月は魔術を使えなくなるほどのダメージを受けるだろう。
「わかっている。承知の上だ」
『読みがあまいな。数秒であれはどうにもならんよ。それに、魔物を掃除したあとに大きな仕事がある。仕方ない。俺がサポートする。それで多少はマシになるだろう』
「ありがとう。【俺】。いや、シュジナ。アシュノのことは怒らないのか」
『あれは、俺の娘だ。あれぐらいじゃ死なんよ』
「……そうか。なら、行こう!」
俺は、【輪廻回帰】の魔術を組み上げる。シュジナのサポートを受けいつもよりもスムーズに力強い、魔術構築。
「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」
自らの内側に強く語りかけるように詠唱を開始する。
「我が望むは、世界を滅ぼした暴食の銀竜、その名は……」
かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。
「ファルヴニール! 【輪廻回帰】!」
体が光に包まれる。
固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。
光が収まった俺の身体は、金属のような光沢を放つ、銀の鱗に包まれた全長五十メートルを超える西洋の竜となる。
そして、羽ばたく。
吹き荒れる風が、ルシエとクウの髪を揺らす。
巨体が空に躍り出た。
この高さなら、帝国兵もエルシエの民たちも視界に入る。
帝国兵たちも、エルシエも、巨大な銀龍を見て恐れをいだく。
ルシエとクウは、まっすぐに俺を見つめ、せいっぱい何かを叫んだ。
ここからじゃ音は聞こえないが、こんな姿の俺に頑張れと言ってくれた気がした。
俺は、ユキノが教えてくれた北方面に向かい飛ぶ。
さあ、行こう。俺の大事なものを守るために。