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第二十一話:一騎打ち

 籠城戦が開始して一週間がたった。

 攻めてくる帝国兵に疲労が色濃く出ているが、エルシエ側も似たようなものだ。いや、それ以上にまずい。人数が絶対的に少なすぎる。


 さらに悪いことに、帝国兵は矢を雨のように浴びながらも、この一週間で、俺達が掘った穴を完全に埋めてしまった。途中なんて死体を片っ端から穴に捨てている。


 奴らが戦い方を変えたのも痛い、初日のように力押しで来ることはなく、帝国の攻撃は散発的なものや、少人数での侵入などを試みるという消極的なものが多くなってきている。そのことも、エルシエ側の疲労を増している。

 交代要員が多いので、帝国側は昼夜を問わずに攻めることができるのだが、人数の少ないエルシエはそうはいかない。

 ……何度か、リスク度外視でクラスター爆弾を使わされるところまで追い込まれた。アシュノに弾き返されるリスクを背負ってでも使わないとまずい状況まで追い込まれた。


「今度は投石器か」


 帝国兵がバネ式の巨大な投石器でこちらを狙っていた。

 放物線での攻撃で、壁を越えて直接エルシエの中を攻撃しようとしているのだろう。


 見た目は巨大な弓のようなものでバネの力で巨大な石を飛ばす。

 ただ、射程は100メートルほど。

 台車に乗せて、帝国兵がそれを押すことで距離を詰めようと走ってくるが、エルフの一人が投石器の台車のタイヤを狙撃したことにより、投石機が派手に横転し、それを押していた帝国兵が下敷きになる。


「まったく、考えなしすぎる」


 だが、奇妙だ。投石器という発想自体は悪く無い。堅牢だが高さがないエルシエの外壁を破るために、放物線を描き、壁を乗り越える攻撃は非常に理にかなっている。

 もし、アシュノが投石器の護衛についていれば、一定のダメージを与えることは成功しただろう。

 アシュノがいれば、こちらの矢は届かない。あの質量の投石が一度放たれてしまえば、風の魔術を使わずに俺たちが矢で撃ち落とすなんて不可能だ。


 今回だけではなく帝国兵とアシュノが連動すれば効果的な手なんていくらでも打てるはずだ。だというのに、この一週間まったくアシュノが姿を見せずに、思いつきのような作戦を繰り出しては失敗している。


 この前なんて、帝国兵が穴を掘って地下から攻めてこようとしたが、大地の揺れで俺たちは気づき、火狐の土魔術で生き埋めにした。しかし、それこそアシュノなら、単独でそれを成功させられたのに。


 アシュノが出てこないおかげで楽は出来ているが、状況が悪すぎる。

 俺の読みではもってあと一週間。それ以上は、エルシエの民がもたない。


「もし、この状況をひっくり返そうとするなら手は二つか」


 一つ目は落とし穴とは別に用意した切り札を使う。

 ……これは正真正銘最後の切り札。まだ温存したい。


 二つ目は俺がアシュノを見つけだし、こちらから攻めて倒す。

 アシュノさえ倒せば、手榴弾やクラスター爆弾をフルに使える。

 そうなれば、一気に戦況は逆転できる。


「ねえ、シリル女の子が来たよ。たった一人だし、罠かな?」


 一緒に見張りをしていたルシエが声をあげる。


「考えごとをしていれば、本人が来たか。罠じゃない。敵だよ」


 アシュノが俺のいる南方面の外壁にまっすぐ歩いてきた。

 誰も引き連れずに単独での無謀な襲撃。

 エルフたちが狙撃する。

 しかし、矢がアシュノを避けるように不自然に曲がる。

 エルフたちが、驚愕する。


 それも仕方ない。【風よけ】の魔術をつかって、風の影響を受けないはずの矢が曲がるということが信じられないのだろう。


「みんな、矢を撃つな! 撃つだけ無駄だ。あいつにマナを使った魔術は通用しない」

 

 俺が叫ぶと、ピタリと射撃が止む。

 アシュノの歩みは止まらない。

 残り200メートル。そこでアシュノが立ち止まる。


「エルシエの長、降りて来なさい。もし、あなたが来ないなら、私は今からまっすぐ、走って土魔術でその外壁を叩き潰す」


 風の魔術を使っているのだろう。アシュノの声はあたり一面に響き渡る。

 エルシエのエルフも、火狐もぎょっとした顔で俺のほうを見る。

 まったく、言うことが派手だ。だが、実際にアシュのにはそれが出来るのが恐ろしい。

 アシュノは言葉のとおり、走りだした。


「行ってくる、ルシエ」


 俺はルシエにそう言って、立ち上がった。

 手には手甲と、高振動カッター。そして服も今回の戦い方に合わせたものに変えている。

 さらに、俺の魔力を固めた魔石を十個。今できる最大限の装備だ。


「ダメ、シリル。あの人がシリルがずっと言ってた、化け物だよね? 全属性のマナを完全支配するって。あの人の前だったら、シリルは風の魔術を使えないんだよね? 風が使えないエルフなんてただの人だよ。ダメ。行かないで。みんなで戦おう」


 ルシエが俺の袖を掴み、懇願してくる。

 俺はゆっくりと首をふる。


「……アシュノの言葉を聞いただろう。俺が行かないといけない」


 ルシエは息を飲む。そして、俺ではなくアシュノのほうを見てクロスボウを放つ。

 当然のように風で弾かれる。


「みんなも射って、あの人を倒さないとシリルがいっちゃう。負けちゃうよ。そんなのやだ。だから、倒さないと!」


 他のエルフたちが次々と矢を放つ。

 火狐たちも必死にエルフたちに矢を装填したクロスボウを渡す。

 俺を死地にいかせまいと、みんなが必死になってくれている。


 だが、それをアシュノは意に返さず、走り続ける。

 俺は、クロスボウを撃ち続けるルシエの頭にぽんっと手を置いた。


「大丈夫だよルシエ。俺は勝つから心配するな」

「でも、エルフが風魔術を使えなくて、しかも全属性を使う人が相手で、そんなの勝てるわけ……」


 ルシエの目に涙が浮かんでいた。

 だから、俺は微笑んでいたずら小僧のような表情を浮かべた。


「ルシエ、俺はいつも言ってるだろう?」

「「俺は出来ることしか言わない」」


 俺の決め台詞にルシエの声が重なった。

 ルシエは目に涙を浮かべたまま微笑んで見せた。


「まったく、決め台詞が台無しだ。ルシエにはかなわないよ」

「私はシリルのお嫁さんだからね。……うん、そうだったね。シリルは勝つって言ったなら信じるよ。信じてエルシエを守ってる。だから、あの人に勝って」


 俺は頷く。そして全身に力を入れた。


「もちろんだ。勝ってくるよルシエ」


 ルシエに口づけをして、俺は外壁から飛び降りた。

 

 ◇


 外壁から俺が飛び降りたことでアシュノの足が止まる。


「シリル、君は随分と愛されているんだね。戦ってわかったよ。ここはいい国だ。民の一人ひとりが必死になって、愛する国を守ろうとしてる」

「俺が作り上げた……いや、みんなで作り上げてきた宝物だ」

「そっか、宝物か。……悪いけど、その宝物も今日で終わりだよ」


 アシュノの魔力が高まる。

 彼女は戦闘態勢をとった。

 さて、アシュノは右腕を使えないとはいえ、俺はこの化物相手にどこまでやれるだろうか。


「一つ聞いていいか? どうして一週間もの間、前に出てこなかった。アシュノが前に来ていれば、もっとやりようがあっただろう」

「私の力でゴリ押しで勝っても、それは君に戦争で勝ったことにならない。できれば、帝国兵の力だけで勝ちたかった」

「別にまだ諦めるには早いと思うけど。そっちのほうが、今は多少は優勢だ。このまま続ければ押しきれたんじゃないかな」

「そうかもね。でも、君は奥の手をもってるでしょ? それでこちらに押し切る力がなくなれば、ひどい泥沼になる」

「さあ、どうかな。そんな都合のいいものがあればいいんだけど」

「それにね、ヴォルデックがもう限界よ。今にも封印を壊しそうな勢い」

 

 俺は苦笑する。切り札の存在がばれていたか。

 ヴォルデック公爵がしびれを切らしているのは悪いニュースだ。これはこれでなんとかしないといけない。


「アシュノは勝って、封印を守るために、それ以外は諦めたんだ」

「うん、だから悪いけど。私の力でねじ伏せさせてもらうよ。そうすれば、封印を解かれることだけはない」


 随分とひどい話だ。


「封印を守るもっと簡単な方法があるよ。アシュノがヴォルデックの首をとればいい。そしたら、戦いは終わって封印が守られる」

「やだよそんなの。そしたら君との賭けに負けて父さんと会えなくなる。私はね、私の力で君ごとエルシエをなぎ倒す。そしたら、封印は守れるし、父さんと会える。だから邪魔をしないで……それとも、君が降参して父さんに身体を明け渡してくれる?」

「冗談」

「やっぱり、そう言うと思った。私だって同じ。なら、ここから先は拳で語ろう」


 これ以上の言葉を重ねることに意味は無い。

 だから、あとは戦いで決着をつけるだけだ。

 ……この戦いでは【輪廻回帰】を使えない。

 万が一、ヴォルデックが封印を解いたとき、【輪廻回帰】がなければ再封印ができない。

 そもそも、俺の力でアシュノに勝たないと意味が無いのだ。

 魔石から魔力を取り込み、身体に循環させながらアシュノをにらみつけた。



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