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第十九話:帰還

 約二ヶ月もの遠征を終えて、俺、ロレウ、ルシエ、ユキノの四人はエルシエに戻ってきていた。


 俺たちが着いたのは帝国兵たちがたどり着く数時間ほど前だ。


 今回の遠征は成功と言えるだろう。地雷とクラスター爆弾をフル活用した戦術のおかげで、無傷な兵を四千まで削ることに成功した。

 数千人の負傷者を抱えてもらっていることも大きい。


 途中、隙を見ては兵糧を輸送する馬車を潰した成果も出ており、兵糧を削り、かなり疲労も貯めさせることができた。

 唯一の誤算は損害を覚悟し地雷を無視することでアシュノを温存されたこと。

 それにより、アシュノの疲労を思ったより貯めれていないし、クラスター爆弾の効果が薄れた。


 エルシエに入るなり、エルシエの皆が総出で出迎えてくれた。


「おかえり、シリルくん」

 

 その出迎える一団の中で真っ先にクウが飛び出し俺に抱きついてきた。


「ただいま、クウ。元気にしていたか」

「体調のほうは問題無いです。でも、シリルくんが居なくて、ずっと寂しかったです。二ヶ月は長いですよ」


 俺は抱きついてきたクウの頭を優しく撫でる。


「俺も、クウに会いたかったよ」


 この二ヶ月の遠征では体だけではなく、心のほうもかなり疲れている。

 クウと抱き合って、その疲れが溶けていくような気がした。

 ……その後ろで、村長代理のクラオが羨ましそうな目で、俺とクウを見ているのが若干気になる。

 ルシエたちのほうを見ると、そらには人だかりができていた。


「ユキノちゃん、帰ってきてくれて、クロ嬉しいの」

「べっ、別に私は心配していないわ。私はちゃんと帰ってきてくれるって信じてたから……ユキノー!」


 ユキノは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした黒い火狐のクロネと、黄色の火狐のケミンに抱きつかれてもみくちゃにされている。


「このやろう、無事だったか!」

「あたりまえよう。おまえらとは鍛え方が違うんだよ」


 ロレウはイラクサの面々の中でもとくに暑苦しい連中に囲まれてガハハと笑いあっている。

 ルシエも仲のいいエルフたちと楽しげに話し合っていた。

 俺たちは、しばしエルシエの皆との時間を楽しむ。

 つかの間の休息だ。


 ◇


「シリル、敵の動きはないよ」

「今日は、おとなしくしてくれているかな」


 ルシエと二人で帝国兵を監視していた。

 エルシエを囲う外壁の上から望遠鏡で帝国兵の野営地点を覗くのだ。テントが無数に並び、焚き火の炎によって夜空が照らされる。


 エルシエに辿り着いたのが、遅い時間だということもあり、帝国兵の襲撃は明日からになるようだ。

 エルシエを囲む外壁は向こうにしても想定外だったはず。対策を考える時間も必要だろう。


「ねえ、シリル。明日からエルシエを滅ぼそうって帝国兵が襲ってくるんだよね」

「明日からが本番だよ。なんとか、地雷とクラスター爆弾で、ぎりぎり俺達が耐えれるぐらいの数に減らしたけどまだまだ怖い。今の勝率は七割ってところかな」

「三百人にも届かない人数のエルシエで、四千人の帝国兵を相手にして、ほぼ勝てるって言い切るシリルはすごいよ。でも、本当にシリルの場合勝っちゃうからね」


 ルシエが、微苦笑する。その声には俺に対する信頼があった。


「とはいっても、三割負けるんだ。十回戦争すれば、三回エルシエが滅びる。ここまでしかできない。自分の力のなさが嫌になる」


 俺がそう言うとルシエが驚いた顔をする。


「びっくりした。シリルでも弱音を吐くんだ」

「失望した?」

「ううん、ちょっとうれしいかな。私に弱音を吐くってことは私を頼ってくれてる証拠だもん」


 ルシエが綺麗な笑顔で微笑む。

 そして、俺の手を握ってきた。


「シリルの作戦で、残りの三割が埋められないなら、エルシエにいる私達ががんばって、残りの三割を埋めるよ。シリルが考えているより、ずっと、ずっと活躍する。そしたら、三割ぐらいなんとかなるでしょ? だから、シリルは全力で、信じるように振る舞って」


 随分と心強い言葉だ。

 俺は嬉しくなってルシエの肩を抱く。


「ありがとう。そっか、そうだよな。頑張っているのは俺だけじゃないんだ」


 憑物が落ちた気がする。

 これからはもっと、エルシエの皆を信じよう。きっと、俺の期待に答えてくれるはずだから。

 

 ◇


 二人で監視を続けていると、紙飛行機がひらひらと飛んできた。

 あきらかに風の魔術で操作された不自然な動き。

 間違いなくアシュノのしわざだ。


 危険はないので、静観する。ぽとりと俺の足元に紙飛行機が落ちた。俺は紙飛行機を拾い上げると、紙飛行機に文字が描かれていた。まっすぐに紙を伸ばして、中身を読む。

 そこには、今から会いたい。野営地から離れた森でふたりきりで話そうと書いてあった。


 彼女の性格を考えるに、おそらく罠であることはない。

 本当に何かしら伝えたいことがあるのだろう。


「ルシエ、しばらく一人で監視を続けてくれ」

「どこに行くつもり?」

「ちょっと、散歩だよ。危ないことはしないから」

「……本当に一人で危ないことをしたらだめだからね」

「約束するよ」


 俺はそう言って外壁から飛び降り森のほうに走りだした。


 ◇


 指定された森に行くと、アシュノが居た。

 見た目だけなら、普通の少女だ。金髪に、ハイ・エルフの特徴である翡翠眼と言った特徴はあるが、エルフというより人間に近い容姿だ。

 美しい見た目をしているだけに、血の滲んだ包帯でぐるぐる巻きにされている包帯が痛々しい。


「急に呼び出して、ごめんなさい」

「いきなり謝罪してくるとは思わなかった。ここに呼び出した理由はいったいなんだ?」


 俺が問いかけると、アシュノは真剣な表情になり、まっすぐ俺の瞳を見つめる。


「今すぐ、降伏して。じゃないと大変なことになる。ヴォルデック公爵は正気じゃない」


 ひどく慌てた様子でアシュノはそう言った。


「……ヴォルデック公爵が狂ったからと言って何ができるんだ。俺はヴォルデック公爵よりもアシュノが怖いよ」


 たとえヴォルデック公爵がその気になったとしても帝国兵の数を増やす。死ぬまで戦わせるぐらいのことしかできない。

 その程度のことはもとより織り込み済みだ。


「彼、もしこの戦いに負けると思ったら、エルナの封印を解こうとするわ」

「まさか、そんなはずはないだろう!? 封印が解き放たれたら帝国だって無事じゃすまない」


 かつて、この世界には魔物が溢れていた。

 その元凶であるエルナを、大魔導師シュジナが封印したことで仮初の平和が守られているにすぎない。

 もし、封印が解かれれば、世界が滅びかねない。


「あのひとは本気よ。今も、この近くにある封印の一つに人を貼り付けているわ。本当におかしくなってるのよ。そんなことをすれば帝国だって無事に済まない。いえ、世界そのものの危機よ」

「アシュノが止めることはできないのか」

「できるかもしれないし、できないかもしれない。あの人が本気になれば、封印の全箇所を壊しにくるぐらいはできる」


 俺は絶句する。

 封印は八ヶ所にある。数百年の年月が経過し、どこもガタが来ている。

 どれか一つでも壊れてしまえば完全に瓦解する。アシュノ一人で守り切るのは不可能だろう。


「だから、降参して。取り返しがつかなくなる前に。私は父さんの守ったこの世界を壊したくない。最大限の便宜ははかってもいい」


 彼女の言い分はもっともだ。

 だが、それでも……。


「その提案は聞けない。俺は勝つよ」

「封印が解かれたらどうするつもり?」

「その場合も手は……、ある」


 俺の中にある、シュジナの力を引き出せれば再封印が可能かもしれない。

 そして、もう一つの解決法。壊す命令を出す前に速やかにヴォルデック公爵を殺す。その方法を考える。


「……あなたの考えはわかった。なら、正攻法で勝たせてもらう。ここから、先、あなたは守るものべきエルシエと、その民を背負っての戦いになる。今までみたいな奇襲ができるとは思わないことね」

「そのつもりだ」


 もとより、決戦はこの場になると読んでいた。

 だからこそ、準備は怠っていない。

 アシュノが話が終わったとばかりに去っていく。

 俺は、アシュノに勝つだけではなく、封印のことを含めた戦いについて考え始めた。

 

 


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