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第十七話:攻城破壊弓《バリスタ》

今日でエルフ転生、一周年です!

ここまで続けられたこと皆様に感謝します

そして、もうすぐ累計戦記一位。これからも頑張りますよ!

 エルシエを出てから四日経っている。

 俺はルシエ、ユキノ、ロレウを連れて帝国への道を急ぎ、途中で帝国軍を発見し、距離をとって森に隠れながら監視をしていた。

 帝国軍は比較的軽装で歩いているようだ。ほとんどが一般市民からの志願兵。重い鉄の鎧をうまく扱えないし、人数分そろえることができないという考えのもとだろう。

 もし、そんなものを着せて行進させればエルシエまでの道のりで勝手に脱落していまう。


「長の予想通り敵さんは迂回するようですぜ」


 双眼鏡で帝国の軍隊の様子をうかがっていたロレウが口を開く。


「やはり迂回するか」

「なんでわざわざ遠回りをするんだ」

「ベル・エルシエがあるからだよ。あの堅牢な砦を落とすのは帝国と言えど時間がかかるし、被害も大きい。それなら、避けたほうが早いって考えだ」


 なにせ、俺たちが接収した帝国の補給基地は、エルシエ方面からの敵をせき止める砦として帝国が作り上げたということもあり、過剰なまで頑丈に作られている。


 さらに、前回の戦いで手榴弾という武器まで見せている。真正面から戦うという選択肢はないだろう。


「ベル・エルシエのおかげか。だがよ長、結局遠回りされちまうんだったら、ベル・エルシエを作った意味がないよな」

「それは違うよロレウ。迂回してベル・エルシエを避けてエルシエへの街道に合流するにしても、やつらが踏破しないといけない距離は三割増しになる。しかも、迂回路にまともな舗装路なんてない。奴らが通ってくる迂回路は獣道に毛が生えたような道だ。足が遅れるし、疲れもでる。それだけでも、短期決戦を望む奴らには大打撃だよ」


 そう、エルシエ方面への道は一つあれば十分なのでわざわざ金をかけてまで新たな道を整備したりはしていない。森や山に慣れていない帝国兵たちは悪路を歩くことで時間と体力を奪われる。


 だが、ハイ・エルフのアシュノの力なら被害を出さずに、ベル・エルシエを突破することも可能だった。

 10メートル近い壁を飛び越えてベル・エルシエ内に侵入し、中の人間を皆殺しにする。それから内側から扉を開けるなんて芸当ができるのだ。

 本音を言えばそれを一番恐れていた。

 だが、彼女はそれをしないと予測していた。俺に”戦争”で勝つと言った以上、ハイ・エルフの能力でのごり押しは考えにくい。

 シュジナの記憶でその甘さには気が付いていたからこそ、付け込ませてもらっている。


「長はここまで見越して、ベル・エルシエに難民を集めたんだな」

「そうだよ。でも、それだけじゃなくてエリンみたいな商業都市を作りたかったっていうのもあるけどね」

「シリルなら、本当にやっちゃいそう」

「当然だよ。ルシエ。絶対にそうするさ。そのためにも、帝国に勝たないとね」


 ここで負ければ、すべてを失う。先のことなんて言っている場合じゃない。


「にしてもよ。どこにも長が言ってた、金髪で、翡翠色の眼をしたエルフなんていないぞ」


 ロレウが双眼鏡で、帝国の隊列の監視に戻りながら愚痴をこぼす。


「相手は一万人居るんだ。その中の一人なんてそうそう見つかりはしないさ」


 一万人にもなると、二列で並んでも先頭から最後尾まで5キロほどの長さになる。その中の一人を見つけるのは不可能に近い。


「なあ、長よ。このまま攻めるって手はねえのか」

「ない。出発前に言った通り、アシュノ……俺を超える化け物に見つかればその時点で終わりだよ。だから、絶対にアシュノを視界に捉えるまではこちらから仕掛けないし、アシュノの風魔術での探知範囲内の500メートル内には絶対に入らない」

「だが、このまま指をくわえてみていても」

「……ロレウ、焦るな。手は打ってある。見つけることが難しければおびき出せばいい」


 そのための地雷。

 あと、三日も歩けば地雷原にたどり着く。そこからが本番だ。


 ◇


 あれから三日間。監視を続けたが一度たりともアシュノの姿を確認できていない。

 ロレウはかなり不満がたまって今にも爆発しそうだ。

 今は暗くなってきたので、森の中で野営をしており、たき火を四人で囲んで座っている


「シリル兄様、お茶入れた」

「ありがとう。ユキノ」

「ん」


 ユキノが魔術で温かいお茶を入れてくれた。

 だいぶ温かくなってきたが、まだ夜は冷える。温かいお茶が体に染み渡る。

 ユキノを手招きするとちょこちょこと走ってきて俺の膝の上にちょこんと乗った。俺は彼女の頭を撫でると、ユキノは満足そうに微笑む。


「長、もう限界だ! これじゃ何のためにこんなところまで来たのかわからねえ」


 ロレウが立ち上がって叫ぶ。


「落ち着こうよ、ロレウ。シリルは手を打ってあるって言ったんだから信じて待とう」


 ルシエはお茶を飲んで、まったりしながらロレウを諭す。


「いったい、いつまで待てばいいんだ。このままじゃ、奴らは無傷のままエルシエについちまうぜ! そうなったら勝てないと言ったのは長だ」


 俺は少し後悔した。気の短いロレウに今回の作戦は厳しかったのかもしれない。だが、彼の力がどうしても必要だ。


「ロレウ落ち着け、ユキノがおびえてる」

「っ!? わっわりい」


 俺にしがみ付いて、小さくなっているユキノを見てロレウがばつの悪そうな顔をする。

 ユキノは歳の割には勇気があるほうだが、ロレウのような大男に至近距離から怒鳴られれば怖いだろう。


「ロレウ、予定より少し遅れているが、もうすぐだ。もうすぐ攻めることができる。期が熟すのを待て。ちょっとしたミスで俺たちは全滅する」

「信じていいだな。長」

「もちろん、なに。明日からを楽しみにしておいてくれ」

「わかった。すまねえ。少し気がたってる」

「仕方ないよ。戦争中だ……ユキノが居れてくれたお茶は美味しいだけじゃなくて、気分を落ち着ける効果がある。ゆっくり飲んでリラックスしよう」

「あ、ああ」


 俺は微笑みながら、明日以降のことを考える。

 ここから先には無数の地雷が埋まっている。地雷はイラクサの面々と共に、ベルエルシエからエルシエへの道のりと、この迂回路に山ほど仕掛けてある。

 どれほどの、悲惨な光景が展開されるか、今から楽しみだ


 ◇


 早朝から、帝国軍の行進が始まった。あいつらは早朝から動き出し夕方には野営の準備をはじめる。

 夜の森は危険だ。だからこその配慮だろう。


「みんな、ここから先は地雷原だ。地雷の埋めた場所はすべて俺の頭に入っている。絶対に俺の後ろ以外は歩くな」

「わかったよシリル」


 ルシエが答え、ほかの二人がうなづく。

 基本的には、帝国民が歩く申し訳程度に舗装されている道に地雷をしかけているが、脇道にも少数だが地雷を設置してある。

 自分たちで踏んだら笑えない。


「長、そこまで地雷っていうのは危ない兵器なのか? あの平べったい鉄の塊、すげえ武器には見えなかったが」


 そういえば、ロレウ達の前で実演してなかったか。

 地雷の恐怖は口で言っても伝わらないだろう。


「危険だよ。できれば、こんなものは使いたくない。本当にね。地雷を使うかは最後の最後まで躊躇ったんだ」

「シリルがそこまで言うなんて、相当だね」

「うん、相当だ。悪魔の兵器だよ」


 俺は双眼鏡で、帝国軍の先頭を注視する。

 俺の記憶にある地雷を埋めたポイント。

 帝国兵が地雷を踏んだ。俺の頭の中に、カチリそんな音が浮かんだ。

 そして、帝国兵が地雷から足をどけた瞬間……

 轟音がした。地雷がさく裂したのだ。


 土を巻き上げ、爆風があたりを蹂躙する。地雷を踏んだ兵士は太ももを抑えて悲鳴をあげていた。膝から下が吹き飛んでいる。

 さらに、周囲の兵士も火傷を負って体中に金属片が突き刺さっている。

 突然の数十人の負傷者に帝国兵たちが騒ぎ出す。


「これが、地雷の悪辣さだ。わざと殺さない程度に火力を抑えている。足を失った兵は、最高のお荷物だ。残された兵が運ばないといけない重量が増える。重傷で治療と世話役に二人分の稼働が必要になる。踏んだ奴の周辺の連中だって、決して軽傷ではすまない」


 付け加えるなら、地雷を踏んだ兵士は一生片足で暮らしていかなければいけない。死んだほうがましなぐらいだ。


「しかも、俺たちは何の危険も冒さなくていい。安全に最小の労力で最大級の成果。これは悪魔の兵器だよ」


 ロレウたちが息を飲む。

 そうしている間にも、帝国兵は負傷者の手当てを終え、再び行進を始める。

 すると、再びの爆発。


 当然だ、埋めた地雷の数は十や二十じゃきかない。

 地雷というは非常に安価な武器だ。鉄の消費量も火薬の消費量も少なく構造もさして難しくない。今のエルシエの備蓄でも大量に作れた。


 五度ほど爆発音がしてから、兵士たちは慎重になる。鞘がついたままの剣で地面をたたきながら行進するのだ。恐ろしいまでに行進速度が落ちる。


 気持ちはわかる。片足が吹き飛んだ仲間を見て、ああはなりたくないと思うだろう。

 だが、まったくもって無駄だ。

 また、爆発音。鞘で地面をたたいたはずなのに容赦なく地雷は人が踏んだ時だけ作動し、また新たな犠牲者を生み出した。


「シリル、あれどうなってるの? 踏んだら爆発するんじゃないの?」

「違うよ。正確には、地雷に一定以上の負荷が数秒かかったら爆発だ。軽く叩いたぐらいじゃ爆発しない」


 あの地雷には細工がしてある。地雷に負荷がかかり、粘りのある金属パーツが折れることで起爆する。その起爆に必要な負荷は成人男性一人分の体重にしてある。弱い衝撃だと起爆しない。弱すぎる負荷でも、一瞬の負荷でも爆発しない


 さらに、もう一つ細工がある。二重構造にしてあり、強すぎる衝撃だと固くてもろい性質をもったダミーのほうが先に折れ衝撃を流す。


 つまり、地属性魔術で一度に駆除しようとしてもうまくいかない。二度続けてやれば爆破させられるが、二度行わないと爆発しないという発想にはそうそう至らない。

 まさに悪意の塊だ。


「見るよ。ルシエ、兵士たちの足がとまったぞ」

「うん、みんな怖がってるね。私だって、足が吹き飛ばされるかもしれないところ歩きたくないよ」


 それこそが地雷の怖さ。確実に負傷者を増やすだけではなく。”埋まっているかもしれない”その恐怖だけで人をしばりつける。

 ましてや、地雷を見るのは初見。このままではろくに動けまい。


 一時間ほど、帝国は立ち往生していただろうか?

 先頭のほうに一人の少女が現れた。

 金色の長い髪に、ハイ・エルフの特徴たる翡翠色の眼。アシュノだ。

 予定通り、釣れた。


「みんな、移動するぞ」

「長、クラスター爆弾を使うのか」

「いや、その前に、アシュノに警戒させようと思ってね」


 俺は走りながら答える。

 目指すのは小高い丘に設置した小屋。そこには、秘密兵器を隠してある。


「長、なんだこれは」

「シリル、こんなの、初めて見た。なんて大きな弓」


 そこにあったのは、攻城破壊弓バリスタ

 仕組みはクロスボウと一緒。だが、サイズが違う。

 俺の身長を超える巨大な弓だ。


「これは、攻城破壊弓バリスタ。本来は城壁を破壊するためのものだ」

「そんなもの、なんに使うんだよ!」

「当然、アシュノを攻撃するのに使う。ここからは1.2キロ。これならアシュノの知覚範囲の外から攻撃できる」


 そのために作った。

 普通のクロスボウであれば、この距離、おそろしいまでの山なり軌道になるだろう。クロスボウならせいぜい秒速100メートル。着弾まで十二秒。

 十二秒あれば、着弾までの間に100メートル以上、落ちる。

 だが、このバリスタなら、クロスボウの二十倍を超える圧倒的な運動エネルギーで、秒速360メートルで発射できる。


 水平に近く、なおかつアシュノが感知したところでもう遅い。

 さらにクロスボウより圧倒的に運動エネルギーがあるということは、風で逸らすことが難しいということだ。距離によってはアシュノですら曲げることは不可能。

 俺は、まず専用の矢を取り出し、汚れを拭く。精密射撃だ。わずかなずれが致命的になる。


「すごく太い矢。ユキノの腕より太い」


 そう、弓本体が巨大だと矢まででかくなるのだ。鈍い光を放つ巨大な矢には、静かな殺意が込められていた。


「長、こんなもの引くことができるのか?」

「もちろん」


 このバリスタは、見た目以上に張力が強い。クイーロの力で極限まで張力を発揮する素材を使い、弦もカーボン製にしてある。


 そのおかげで、ロレウと俺が二人で引いてもびくともしない弓になってしまっている。

 だが、付属のパーツに二つの筒がついている。

 これは空気圧を利用するシリンダーだ。

 俺は全力で風のマナを呼び集め、シリンダーに風を流す。

 すると、空圧でシリンダーが作動し、この巨大な弓の弦を引いていく。奥までいきカチリと固定具の音がなった。


 そこに先ほどの矢をセットする。滑走路にも汚れも傷もない。

 火器にこだわらずに、原始的なバリスタを選んだのは、射撃精度をあげるためだ。黒色火薬では爆発にムラがありすぎて、狙撃は不可能なのだ。


「すげえ、威圧感だな」

「うん、怖いぐらい。シリル、これで当てれるの」

「なんとかするさ」


 俺はまず矢に、【風除け】の魔術をかける。

 さらに、【プログラム】を走らせる。

 通常なら、【知覚拡張】と連動させるが、今回はレンジ外のため、双眼鏡を通してみる視覚情報から演算する。


 いつもより精度が落ちる分、慎重になる。微細な角度調整を繰り返し、必中と確信できるところまでくる。


 この1キロを超える狙撃も、パーツの一つ一つを完璧な精度で汲み上げたからこそ可能になることだ。

 俺はトリガーに手をかけ、アシュノのほうをにらみつける。

 彼女は土の中を探知魔術を行使し、俺が埋めた地雷を探すために集中している。


 土の中の探知は難しい。それも、可能な限りの広範囲を探すのだ。いくら彼女と言えど、そちらに意識がもっていかれ、警戒が手薄になる。

 だからこその好機。


「行け!」


 バリスタの矢が放たれた。

 音速を超える速度で巨大な矢が飛来する。空気抵抗は【風除け】で無視できる。その他の要素は演算で誤差補正済。


 距離が離れ豆粒のようにしか見えないアシュノに向かって一直線に矢は進む。

 500メートルを切った。だがアシュノはまだ気づかない。そして、100メートル地点でようやく矢に気付いた。


 いつもの彼女なら、遅くても300メートル地点で気が付いていただろう。だが地魔術での探知にリソースを取られていた彼女は、風魔術での警戒を行うリソースを削っていたうえに、下を注視した中での頭上からの攻撃。反応が遅れて当然だ。


 300メートル地点で気づいていれば着弾に一秒あった。一秒あれば回避できるだろうし、俺の【風除け】をはぎ取り、さらに風で捻じ曲げるなんてことも可能だったかもしれない。だが、もう残り100m。着弾まで0.3秒。どうあがいても回避不可能な距離。


 そして、この圧倒的な運動エネルギーであれば。たかが100メートル、台風の中であろうと直進する。いくらハイ・エルフと言えどここから風で逸らすことはできない。

 だが、アシュノの眼は死んでいない。翡翠色の瞳が輝く。


「舐めるな!」


 聞こえないはずの声が聞こえた気がした。

 アシュノは風をまとった裏拳でバリスタの矢の側面をたたく。

 弾き飛ばすことはできなかったが、アシュノの腕をバリスタの矢がすべっていく。


 服と皮膚と肉の表面をえぐりとりながらバリスタは通過し、地面に着弾巨大な土しぶきと、轟音をあげた。


 アシュノのほうを見る、矢の衝撃で吹き飛ばされ、倒れこんでいた。

 骨が折れぶらんとした右手から大量の血を流しながら、それでも、こちらをにらみつけてくる。


「逃げるぞ」


 俺はそうつぶやき。風魔術でダウンバーストを発生させ、バリスタを粉々につぶしてから、風で吹き飛ばして走り出す。


 俺の後ろをロレウたちがついてくる。


「長、なんで逃げるんだよ。相手が弱ったチャンスじゃないか」

「ロレウ、たかが利き腕を潰したぐらいで、アシュノに勝てると思っているなら、それは油断だよ」


 そう、その程度で差がうまるほど甘い相手ではない。


「ねえ、シリルそんな相手から逃げ切れるの」

「うん、風の探知のレンジ外まで離れれば、森の中で距離さえとればたやすくは捕まえられないよ。今は必死ににげよう」


 それに、殺せなかったといっても身体能力をそぐことはできたし、けして軽くない怪我だ。止血をしないとまともに走れないだろう。

 俺たちは森のなかを駆けていく。


「シリル兄様、あの大きな弓もったいない。かっこよかったのに」


 後ろを振り向いてユキノが小さくつぶやいた。

 気持ちはわかる。俺だって惜しい。


「うん、あれは頑張って作ったから、壊したくなかったけど、再利用されかねないからね」


 必ず、アシュノの指示で帝国兵たちが今の狙撃ポイントを探しにくる。

 その際にバリスタを回収されたらことだ。

 籠城戦の際に敵に利用されかねない。


「でも、惜しかったな長。もう少しで始末できたのにな。長が注意しろって言ってただけはあるぜ。あんな化け物みたいな弓弾き飛ばすとはな」

「惜しかった? 何を言ってるんだロレウ。これは僥倖だよ。まさか、利き腕をつぶせるとは思わなかった。運がいい」


 そう、最高に運がいい。あの程度でアシュノが怪我を負ってくれたのは嬉しい誤算だ。しかも、俺の見立てでは間違いなく複数個所が砕け、骨の破片が肉に突き刺さった複雑骨折。


 魔術でできるのは、自己治癒能力を強化することまで。複雑骨折を強引に直せば二度と右腕が使い物にならなくなる。あれを治療するには、高度な外科手術が必要なのだ。

 少なくとも、この戦争でアシュノの右腕はまともに使えない。


「殺すどころか、怪我で運がいいなんて、どうすることが目標だったんだ」

「それはね。自分を殺しうる攻撃が来ると警戒させるまでだよ。それで十分だったんだ。所詮、地雷も、バリスタも、クラスター爆弾の前座だからね」

「あの巨大な弓が前座だと!?」

「そうだよ。アシュノはまず地雷を探すのに気を使う。しかも地雷を探しながらも、今みたいな奇襲を警戒しないといけなくなった。負担が二倍になる。そんな状況で、自分の目の届かないはるか後方が襲撃されたら完全にパンクする」


 おそらくアシュノなら、地雷だけでも、バリスタだけでも、クラスター爆弾だけでもたやすく対処できるだろう。だが、同時にくれば崩れる。

 そして、運よく負わせた右腕の傷。あれは彼女の集中力をそいでくれるだろう。さらなる負担だ。


「ロレウ、英雄を倒すにはね、休まずに小さな負荷をいくつも同時にかけ続けることが効果的だ。そうすればいずれ潰せる。どんなに力が強くても、手は二本しかない。零れ落ちたものをかっさらっていくのさ。英雄を倒すのに、英雄は必要ない」


 最強に最強をぶつける。物語の中ならそれがいいだろう。だが、最強をぶつけるということは、こちらの切り札を失う可能性があるということだ。そんなリスクは負えない。こうやって絡め手で、最強に満足に仕事をさせないことこそが重要だ。


「ねえ、シリル」

「なんだいルシエ」

「シリルが味方でよかった。本当にシリルの考えが怖いよ」

「俺の考えって言うより、戦場の鉄則だ」


 俺は苦笑しながら速度をあげる。

 次は、クラスター爆弾での後方の襲撃。

 アシュノは前方に張り付き、しかも自分の周囲の警戒を強めている。後方なんてまったく気にも止めていない。アシュノの目が届かない今なら確実に戦果をあげることができるだろう。

 

 

 



 

 

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