第十六話:戦争開始
「これがっ、これが世界を救ってやった我らに対する仕打ちか!」
俺は、白い髪を振り乱しながら、王城の地下で娘の亡骸を抱えて叫ぶ。
娘は吸血鬼と人間の友好の架け橋になろうと王家に嫁いでいた。明るくよく笑う子だったのに、もう二度と動くことはない。
あるときを境に、娘から定期的に送られてきていた手紙が来なくなった。心配になり、娘の様子を確認するための手紙を送ったところ、すぐに娘からの返信が来た。しかし、それは余計に俺の不安を煽った。……その手紙の筆跡は娘に似せた偽物だったのだ。
居てもたっても居られず、王都に乗り込んで見ればこのザマだ。
娘は殺されていた。
吸血鬼の血は、人間が飲めば老化を抑える効果がある。
娘はただ、不老の血を作る道具として使われ、そして、”うっかり、血を抜きすぎた”そんな一人の人間のミスで死んでいた。
娘が愛し、俺も娘を任せられると信頼していた王子は、欲に目が眩んだ兄弟に罠にかけられ失脚。娘よりも先に殺されている。
娘の匂いを辿ってここに来るまでに何人もの兵が俺を殺そうとした。
怖かったのかも知れない。新たな血袋が欲しかったのかもしれない。
つい、数ヶ月前までは、吸血鬼たちを率いて世界を救った英雄だと讃えていた俺に奴らはためらいなく刃を向けた。
せめて、一部の人間の暴走で、正式な謝罪があればまだ、許すことはできないが、怒りを飲み込もうとできたのかもしれない。
だが、ここまでやられて笑っていられるほど、俺は博愛主義者ではない。
「我も共存などと甘い夢を見たものだ。所詮、人と我らは相いれぬ。血界魔術【紅月白夜】」
俺は王城の地下で自らの固有魔術を発動させる。
血塗れの月が支配する異界を作り出す。
半径数百メートルを対象に、その中に居る生きとし生けるもの全ての魔力と魂を吸い尽くす暴食の魔術。
吸収した魔力と魂は俺を強化し、さらに俺が強くなればなるほど、どんどん異界は広がっていく。
そんなものを王都の中央である城で使えば、何千人死ぬかわかったものではない。
だが、構わない。人間…いや、家畜がいくら死のうと知ったことではない。
俺は、この街の人間全てを喰らい尽くして糧にしてやる。
「さあ、人間、今度は我が全てを奪い尽くしてやる」
そして、人間を救うために自らが葬った魔王に成り代わり、人間を滅ぼしてやるのだ。
◇
「はっ、はっ、はっ」
俺は体を起こす。
心音が痛いほどに高なっている。ここはエルシエの俺とルシエの家だ。
隣で、ルシエとユキノがすやすやと寝息を立てていた。
「また、過去の俺の夢か」
最近、毎晩のように過去の俺の夢を見る。それも、悲劇や死の間際のものばかり。
ゲームのような世界に生まれ、騎士道を貫いた故に最愛の人を失った騎士ディートの絶望。
あまりにも強力な武器を作りつづけた故に、恐れられ、いかなる権力にも媚びずにただ、至高の剣を目指し、その道の半ば謀殺された鍛冶師クィーロの無念。
人を救い、人に裏切られ、自らが魔王になり世界を滅ぼそうとして勇者に討たれた吸血鬼グラムディールの慟哭。
彼らの痛みが、自分のことのように伝わってくる。
これが、本当の意味で俺と一つになるということなのか。
俺は、いつまで俺でいられるのだろうか……
「ルシエ、ルシエが居れば、きっと大丈夫だから」
俺はまだ眠っている。ルシエの頬にキスをした。張り裂けそうな痛みが消えていく。
彼女が居る限り、俺は自分を見失わずに済むだろう。
◇
「今日集まってもらったのは、他でもない。最後の戦争がはじまる」
俺は、エルシエの主要人物である、村長代理のクラオ、精鋭部隊イラクサ代表のロレウ、火狐代表のクウを集めて、会議を開いていた。
律儀にも宣戦布告の手紙がアシュノから届いている。
二日後には帝国から出発するらしい。
おそらく、十日ほどでベル・エルシエに到着するだろう。あの堅牢な砦を真正面から突破することは考えにくい。迂回することを考えれば、さらにそこからもう十五日ほどはかかる。つまり足止めなしであれば二十五日で到着する見込みだ。
「十分に帝国の戦力は削ったが、それでも一万人近い兵を向こうは運用してくる。籠城戦を挑む必要がある。壁の外で戦えば一瞬で押しつぶされるだろう」
こちらの運用可能な兵数は百がせいぜい、百人でいくら弓を放ったところで焼け石に水だ。
そのために、けして突き破られない壁を作った。
壁の中で防御に徹して、耐えるしかない。
「シリルくん、質問です。籠城するのはいいですが、立て籠もっていれば勝てるのでしょうか? 前の戦いでは敵の補給を叩きましたが、今回は対策されていると思います。敵の補給線がしっかりとしていれば、敵より先にこちらが干上がります」
火狐の代表として来ていたクウが声を上げる。
彼女の指摘はもっともだ。籠城とは相手との根比べ。
いくら侵入を防いだところで、こちらが先に干上がってしまえば意味が無い。
補給の妨害対策も間違いなくされているだろう。簡易な中継地点の設置、あらかじめ経由する村々に食料を配置する。そういったことも考慮している。
後者のほうは、俺も動きを掴んでおり、妨害もしているが前者はどうしようもない。
予め、経由する村の長たちと交渉し、帝国の出発に合わせて帝国の配備した食料をもってベル・エルシエに亡命するように手配した。ここ最近の無茶な取り立て、さらにはベル・エルシエの豊かな暮らしの噂のおかげで交渉は簡単だった。
「補給線を潰そうとしているけど、完璧には不可能だね。クウの心配はもっともだよ。だけど、そうそう、長く帝国側も戦線を継続できない。エルシエ側と、帝国側、両方の現状を話そうか」
俺は息をすって、ためを作ってから口を開く。
「エルシエのほうだけど、もともと今回の戦いに備えて、エリンから一年分以上の小麦を買って貯蓄してあるし、大量の干肉を作ってある。小規模だけど、壁の中でも野菜を育っててあって、ジャガイモの収穫も無事終わった。大量の麻の実も用意していて、その気になれば、二年ほどは持つ。水源も地下水から引き上げられるから困らない」
エルシエの強みであり弱みは人数が少ないことだ。三百人程度だからこそ籠城に強い。
逆に帝国側は遠征の兵士だけで一万人。単純計算で三十倍以上の兵糧が必要となる。
「帝国側は本国から支援はあまり期待できないよ。というよりも、まだ戦うつもりがあるほうが不思議な経済の状態だ」
俺は逐一、帝国の周囲の村から情報を仕入れている。
俺の想像以上に偽札と麻薬のダメージが大きい。猪豚族が中心になって麻薬を効率よくばらまいてくれている。
最初はただ同然で麻薬をくばり、依存性になってからの値上げ、金のないやつには、軍の備蓄の盗難などを唆す。
脳筋かと思ったが、まるでマフィアのような狡猾さだ。
「だから、もって二ヶ月。そのあたりで体力が切れるだろうね。今は帝国そのものに金も食料もない。帝国の町ですら餓死者がでる始末だ」
「いったい、帝国に何があったんでしょう」
「そこまでは俺にはわからないよ。噂では、帝国はある政策を打ち出して失敗したみたいだ」
偽札と麻薬のことは黙っておく。これは教える必要がない情報だ。
「シリル様。それでは、こちらからは一切攻撃に出ないつもりですか?」
長代理を務めるクラオが声をかけてくる。
「いや、そんなつもりはないよ。こちらからも攻める。この前の戦いで、イラクサがやったようなゲリラ戦法をとって、到着を遅らせ、可能な限り体力と戦力を削るつもりだ。イラクサのみんなに、対人地雷を埋めてもらったのもその一環だよ」
ベル・エルシエからエルシエにかけての道には、イラクサの総員で俺が作った無数の対人地雷を設置してある。この戦争が終わるまで、ベル・エルシエと、エルシエ間の交流は禁止した。
対人地雷なら、多少の足止めにはなる。
もっとも、土魔術を使いこなせるアシュノにはすぐに対策がされるだろうが、探知範囲がせまい土の魔術なら、かならず漏れはでる。
付け加えて、”地雷が埋まっているかもしれない恐怖”は敵の足を遅くする。
そして、もう一つの武器を活かすために対人地雷は必要だった。
「長、そうこないとな。イラクサ全員、以前の戦いより強くなっているぜ」
イラクサの隊長であるロレウが自分の出番が来たと、声を張り上げた。
もう、イラクサの教育までロレウに任せられるようになった。独りよがりだったロレウも、かなり成長してくれた。
「いや、今回出撃するのはイラクサからは三人だけだ」
「なぜだ、長! 一人でも多いほうがいいだろう」
「今回は敵の中に化け物が居る。前回と同じようにすれば、捕まって皆殺しにされる。半径300mの全属性のマナを掌握されてしまうんだ。そして、そいつは風の魔術を使った俺より強い」
今の発言で周りの空気が硬直する。
エルフの基本戦術は風の魔術がすべての基礎になる。索敵に使い、矢の命中率をあげる。
その双方がなければ人間と大差ない。
「そんな、化け物どうするんだよ!? 長!」
「こいつを使う」
俺はカバンの中から双眼鏡を取り出した。
「こいつなら、2km先まで見渡せる。これで目標を補足しつつ、化物から1km以上離れている集団を襲う。敵の人数は一万。たとえ二列に並ぼうが、5kmもの長さになる。目の届かないところなら安全に襲えるだろう。一撃食らわせればすぐに離脱する」
アシュノが一方向に探索範囲を絞ったところでせいぜい500m、必ず目の届かない領域はでるのでそこを襲うことで安全を確保するのだ。
「それなら、長。全員で出撃しても構わないだろう?」
「ダメだ。相手は規格外だ。万が一がある。その際、俺ならしばらく足止めできる。逆に言えば、俺がかばえる人数かつ、わずかな時間で逃げ切れるだけの実力をもっていることが前提になる。だから、今回の作戦は俺とイラクサの三人のメンバーで行う。俺、ロレウ、ルシエ、ユキノだ」
ロレウ、ルシエ、ユキノの三人は魔術での強化込みでの身体能力がずば抜けている。
本来なら、幼いユキノは連れて行きたくないが、長期の作戦になる以上、火の魔術をつかえるユキノは必須だった。
「だがよ。長、たった四人で何ができるんだ? 一撃食らわせたら離脱って、せいぜい矢を一人、三回だろ? 一回の奇襲で十人程度殺してなんの意味がある」
ロレウのいうことは間違っていない。
敵の数は一万人以上、十人程度誤差にすぎない。しかも、アシュノを視界に捉えてからの襲撃である以上、襲撃の回数は激減する。
クロスボウでの襲撃ではほとんど打撃を与えられない。
「そのことは、考えている。今回のために新たな武器を作った。外に用意してあるから、見に行こう」
外にでると、ちょうどイラクサの男エルフが四人がかりで半径3メートルほどの鉄の球を運んでくるところだった。
「この球を、帝国軍の予測進路の二十箇所に隠してある。さすがに持ち運びができないから、その場、その場で回収して使う」
「長、これは武器なのか?」
「そうだ。この武器の名を、クラスター爆弾と呼ぶ」
「クラスター爆弾?」
「そうだ」
地球では、あまりにも非人道的だということで使用が禁止された兵器を俺は作った。
「まず、この巨大な球の中には、数百の簡易的な手榴弾が詰まっている」
俺は、クラスター爆雷の中身を開くとそこには小さな鉄の球がぎっしりと詰まっていた。
「こいつをロレウとルシエが風の力を借りて敵の頭上に投げ、俺が微調整する。すると、細工がしてあるこいつは、高速回転しながら爆発し、中に詰まっている数百の手榴弾を広範囲にまき散らす。そして撒き散らかされた数百の手榴弾が地面か敵にあたると、一つ一つが爆発して無数の鉄片をまき散らす。さらに、今回は殺傷力を高めるために、手榴弾の中身を柔らかい鉄にしてある。こいつは人間の中で潰れて傷口を広げて治療を困難にする」
鉄片は、原理的には、ダムダム弾と呼ばれるものと同等。こちらも非人道的であるという理由で使用が禁止されている兵器だ。
「おい、長、聞いている限り、とんでもない兵器に聞こえるんだが」
「そうだ、とんでもない兵器だ。これは一発で半径数百メートルを対象に、数百人を死傷させることができる兵器だよ」
「そんなものを本気で使うのか、長!」
「当然だ。そうしないと勝てない。対人地雷なんて土魔術を使えるアシュノを先頭に釣り出すための餌にすぎない、こっちが本命だ。この武器が通じなければ俺達は勝てないよ」
対人地雷が埋められていると気付けば必ず、土の中を探知できるアシュノが隊列の戦闘を歩き、逐一探知をしながら歩く。
そうなれば、後列はがら空き。そこに確実にクラスター爆雷を放つというのが今回のプラン。
俺は、今までかなり自重してきた。だが、今回の戦いにおいてははじめから一切の自重を捨てている。対人地雷、クラスター爆弾、ダムダム弾、偽札、麻薬、どのどれもが良心のかけらでもあれば使用できない武器だ。
「だがよ、少しやりすぎじゃないか?」
「ロレウ、俺にだって良心の呵責はある。だが、ここまでしないと勝てない。それがたった、三百人程度しかいないエルシエと、兵士だけで一万人を用意できる帝国の差なんだ。正々堂々戦って死ぬぐらいなら、悪魔に魂を売ってでも生き残る。俺は、エルシエと、エルシエに住んでいる皆が好きだ。絶対に、失いたくない。だから、皆の力を貸してくれ」
本心を曝け出し、頭を下げる。
ここで変なごまかしをすれば、だれもついてきてくれないだろう。
少しの間、静寂があたりを支配した。
「長、頭をあげてくれ。悪かった」
「そうです。シリル様。顔をあげてください。このクラオ、何があってもシリル様に付き従います」
クラオとロレウが納得してくれた。
クウも黙って頷く。
「明日から、俺を含めた四人は戦場に出る。ロレウは準備を、クラオは留守を任せる。それから、クウ。体に気を付けてくれ」
「かしこまりました。シリル様の留守、守り切って見せます」
「シリルくんもご無事で」
クウの頭に手を当ててから、唇を合わせる。
お互い、言葉もなく見つめ合う。見つめ合うだけで伝わるものもあるのだ。
明日には出発する。
さあ、戦争の始まりだ。
戦争がはじまりました。エルフ転生の最後の戦いです