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第十四話:暗躍

「おう、よく来たなぁ。エルフの」


 俺は猪豚オーク族の長と向い合って座っている。

 猪豚オーク族の村は、千人ほどの大所帯でエルシエの数倍の広さの村をもっている。


 文明レベルは低く、稚拙に組み上げられた木と泥の家がひろい敷地にぽつぽつと建っていた。


「お久しぶりです。猪豚オークの長、リンガガ殿」

「ガハハ、リンガガでいい。帝国を憎む同士だ。仲良くしようではないか。お主は、わしが認めた戦士だ。対等に話すことを許そう」

「なら、お言葉に甘えさせてもらおう」


 俺は敬語をやめ、態度をも不遜なものに変える。ここで、下手に出るのは愚策だ。舐められる。


「名前はなんと言ったか?」

「シリルだ」

「ああ、シリルか、シリル。思い出したぞ」


 大口をあけて、リンガガは笑う。

 俺は笑みを崩さない。

 猪豚族の成人のほとんどは緑がかった肌をしており、岩のような筋肉の鎧をまとった2m以上の巨体を持つ種族だ。


 そして、女性が産まれず、多種族の女をさらって子供を産ませるという特性から、かなりの嫌われ者でもある。基本的に子供は、母親と同じ種族が産まれるが、猪豚オーク族は数少ない例外だ。


「して、なんのようだ。はるばるエルシエから来たからには、ただの挨拶というわけでもあるまいて。シリルも暇ではなかろう。もちろんワシも暇ではない」


 にやりと、リンガガは口の端を吊り上げる。しかし、目はつまらない話なら承知しないと言っている。


 こいつは一見単純でガサツに見えるが抜け目なく頭が回る。

 なにせ、猪豚族は表向きはしっかりと帝国と和平を結んでいる。猪豚族の強大な力を盾にして、猪豚族が帝国本土を襲撃しない代わりに、帝国側は帝国の支配する村への襲撃を見逃すという密約を結んだのだ。


 帝国も本腰を入れれば、猪豚族の駆除は可能だが、屈強な猪豚族とぶつかればかなりの損害は免れない。その上勝ったところで得られるものがない。被害を受けるのが、支配している村と、他国であるなら見逃しても問題ないのだ。


 平和ではあるが、帝国からしたら、支配する村を襲う猪豚族は邪魔だし、猪豚族からしたら、目の前にあるうまそうな餌を我慢するのが辛く、仲は悪い。


「もちろんだ。リンガガ。おまえに満足してもらえる話をもってきた」

「さすがは、わしが、見込んだ男よ」

 

 リンガガがそう言うと、彼の背後で目を光らせていた猪豚族の男が、つまらなさそうな顔を浮かべた。


「おじき! そんなひょろいやつに、でかい態度をさせるなんて!」

「ムルタカ! おまえは、シリルに負けただろう。猪豚族の筆頭戦士のおまえを倒したのだ。ここに居るシリルには敬意を払う必要がある。名前を忘れたのは、まあ許せ。シリルを軽んじたわけじゃない。ただわしの頭が悪いだけじゃ。ここには脳みその代わりに、筋肉が詰まっているからのぅ」

「ですが!」

「おまえはいつかわしに口出しできるほどにえらくなったんだ。ええ?」

「……申し訳ございません」


 俺は前回、ここに来たときにムルタカと呼ばれた男と決闘をしている。猪豚族は強者には敬意を持つので、こうして対等に話せるようになったのだ。


「シリル、わしの部下が邪魔をしてすまなかった。続きを話してもらおうか」

「今日は贈り物を届けに来た。俺の馬車の積み荷の麻袋をここに持ってきてくれ」

「ほう。贈り物ねえ。ムルタカ、ムンババ。今から取りに行け!!」

「へい、おじき!」


 その声で、リンガガの後ろに控えていた屈強な猪豚族の男二人が駆け足で出て行く。


「シリルの贈り物だ。さぞや、良い物なんだろうな」

「ああ、絶対にリンガガは喜ぶはずさ」


 俺は微笑みを浮かべる。今日の持参品は、猪豚族にとっても非常に有益なもののはずだ。


 ◇


「あんたの馬車の荷物を全部もってきた」


 どうやら、ムルタカとムンババと呼ばれた男たちだけではなく、人を呼んで全ての荷物を持ってきてくれたようだ。


「ありがとう」

「おい、シリルさっそく開いてもいいか? 気になって仕方がねええ」

「構わない」


 俺がそう言うと、麻袋の一つが机の上に派手な音を立てながら置かれる。

 そして、びりびりと麻袋が破られると、中から、帝国紙幣の束がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。


 よほど意外だったのか、リンガガは目を丸くする。そして、震える手で札束を掴み上げる。

 その反応を見て確信する。猪豚族は帝国紙幣を金貨の代わりに使ったことがある。


「どうだ。気に入ったか?」

「これ、本当に、帝国紙幣か。なるほど、全部、来年金貨と交換できることを保証すると書いてある。この量、これだけありゃ。へへへ」

「帝国紙幣ではあるが、これはエルシエで作った偽物だ」

「偽物ねぇ。おい、ムルタカ! 金庫から借用書をもってこい」

「へい、すぐに」


 リンガガの指示で、猪豚族の倉庫から本物の、借用書が運ばれてくる。

 そして、リンガガは俺の持ってきた偽物と本物を目を皿のようにして見比べる。


「こいつはすげえな。どっから、どうみても本物だ。おい、おまえらも見比べろ。少しでも本物と違うところがあったら言え!」


 猪豚族の連中が総出で、俺の作った偽札と本物を見比べている。

 意外に用心深い。まあ、偽札を使ってバレれば極刑は免れない。慎重になるのも無理は無い。


「猪豚族は帝国紙幣を使ったことがあるのか?」


 念のため確認しておく。猪豚族は、基本的に狩りと、農業。そして略奪によって生計を立てているが、それで不足する分を帝国で購入している。

 故に、借用書は使い慣れていると確信があった。


「もちろんだ。来年には金貨五枚が金貨六枚になるんだ。そりゃ買うさ。それに、軽いしな。千人分の食料の買い出しに行くんだ。金貨の重さだけでも馬鹿にならねえ。この軽い紙で物が買えるなら使わない手はねえよ」

「なるほど、ちなみに最後に借用書を使って買い物をしたのはいつだ?」

「二日前の買い出しだな。今じゃ、ほとんどの連中がこっちで買い物してやがる」

「それはそれは」


 思った以上に、この借用証は金として機能しているようだ。

 猪豚オーク族たち総出の間違え探しは終わり、本物として通用する偽札であることを理解してもらえたようだ。


「でだ。シリル。対価に何を要求する。この麻袋いっぱいの帝国紙幣。相応のものを払うぜ」

「2つ、勘違いをしているようだな。まず、一つ。だれがこの麻袋だけと言った? 一回り小さい2つの麻袋以外のものを全部開いてくれ」


 俺がそう言うと、リンガガは目で部下に開けと促す。


「おじき、こっちの麻袋にも紙幣がいっぱいに」

「こっちもですぜ」

「すげえや、俺の開いた奴も」


 次々に猪豚族から歓声があがる。そう、麻薬ソージが入った2つを除いてすべて札束をいっぱいに入れてある。


「なっ、なんだ、こりゃ。これだけありゃあ、数年は遊んで暮らせる」


 リンガガは呆けたような表情で声を漏らす


「そうだろうな。そして、勘違いの2つ目だ。対価なんてはじめから求めてない」

「なんだと!? それで、エルフになんの得がある!?」

「帝国を弱らせることができる」


 過度の偽札の流入で紙幣の価値が破壊され、偽札の流通の過程でありとあらゆるものは買い占められ、未曾有の物資不足となるだろう。そうなれば大混乱は必至だ。


「じゃあ、この借用書は全部……」

「ああ、無料で猪豚族にくれてやる」

「本当か?」


 体を乗り出し、リンガガが驚愕の声をあげる。

 まあ、彼らにしてはその反応は当然だろう。対価に何かを求められてしかるべき場面だ。


 おそらく、こちらも条件をだして利益を出す事自体は可能だ。だが、そんなことをしている暇はないし、ここで売る恩は長期的な利益につながる。


「本当だ。だが、一つだけ頼みがある」

「頼みか」


 露骨に警戒心をリンガガがむき出しにした。


「帝国にその偽札で買い物に行く時に、その小さなほうの麻袋に入っている薬を売り歩いてもらえないか?」

「薬、だと?」

「ああ、薬だ。もちろん、仕入れ値を払えとは言わん。その薬もただでくれてやる。だが、絶対に使わずに売ること。それは悪魔の薬だ」


 悪魔の薬といった瞬間に猪豚族たちが表情を硬くする。


「飲むと死ぬのか?」

「いや、明るい気持ちになって、食欲がまして、飯がうまくなる。セックスも気持ちよくなるな」

「いい薬じゃないか」

「だが、使えば使うほど、薬がないと生きていけなくなるんだ。週に一回程度ならいいけど、毎日使うようになったら、人生が終わるね」

「一回なら、いいんだな」

「一回であれば」

「なら、試してみようじゃないか」


 リンガガが、麻薬ソージを口に含んで飲み込む。

 さすがに、錠剤タイプでは回るのが遅い。


「薬が効くまでに時間がかかるので、一つ魔術を。【代謝能力強化】」


 俺は、リンガガの代謝能力をあげて、薬の周りをはやくする。

 みるみるうちにリンガガの頬が赤くなっていく。


「ほぅ、これは効くなぁ。気が高ぶる。ああ、最高だ。ははは、こいつはいいや。にしても、腹が減って仕方がねえな」


 気分が高揚し、心底楽しそうにリンガガは笑う。


「これをどうぞ。ライムチの実だ」


 俺は茶色の皮がついた果実を渡す。皮を向くとオレンジのような鮮やかな実が顕になる。

 甘酸っぱい匂いがあたりに広がる。

 ごくりっ、と生唾を飲む音が聞こえる。音を鳴らしたのはリンガガだ。


「おう、なんて、うまそうなんだ。ただのライムチの実が、こんなに、うまそうだったなんて、はっ、たまんねえ」


 リンガガは我慢の限界とばかりに俺の手からライムチの実を俺からかっぱらって一口でかぶりつく。


「うおおぅ、うまい、なんだ、この舌に張り付くような食感は、たまんねえ、あめえ、あめえ、とろけるようだ。おい、ムルタカ、すぐに、ライムチの実、いや、果物をありったけもってこい! もっと食いてえ」


 リンガガは理性の怒鳴り声に呼応して、部下のオークたちが次々に果物を運び込んでいく。

 それを恐ろしい勢いでうまいうまいとかきこんでいく。次々と消えていく果物たち、数kgは食べてから、ようやくリンガガの手が止まった。


「すげえな、こんなうまいの初めてだぜ。ふうぅ、食ったらやりたくなってきたな。やべえな。意識したらもうびんびんで我慢できねえ。いつ以来だ!? これだけ昂ぶるのは! シリル。ちょっと席を外すぜ」

「席を外すのはいいが早めに戻ってきてくれ。まだ、話はある」

「努力するぜ。おい、おまえらシリルを最大限にもてなせ。何をどれだけ使っても構わねえ」

 

 ◇


 それから二時間ほど立ってからリンガガは戻ってきた。

 かなりすっきりした表情をしている。

 まあ、お楽しみだったのだろう。


「こんな気持ちいいセックスは初めてだったぜ。最高の薬だな、おい」

「だが、使用はこれっきりにしておけ」

「もちろんだ。お前が言うなら本当に悪魔の薬なんだろうよ。まったく厄介な薬だ。これは、危ねえってわかっていても、普通の奴には止められねえ。少なくともうちの連中に使わせられねえよ。絶対に禁を破って手を出しやがる。こんなもんを売りさばくなんて、本当にお前はエルフか? 悪魔の尻尾がねえのが不思議なぐらいだ」


 リンガガは俺の意図を理解したようだ。

 これを帝国に流せばどうなるかがわかってるからこその邪悪な笑みを浮かべる。


「いいだろう。この薬、猪豚オーク族が責任をもって帝国に売りさばこう」

「ありがとう。最後に忠告だ。俺たちが偽札をばらまいているのは、猪豚族のところだけじゃない」

「……そうか、つまり、はやく手持ちの帝国紙幣をさばかねえと、あっという間に紙くずになるってことだな。シリルが用意した偽物も、本物の帝国紙幣も」

「ご名答。さすがだなリンガガ」


 俺はニヤリと笑う。

 説明の手間が省けた。金だけが異常にあふれて、物が消える。そんな状況になれば金の価値が消える。


 ましてや、帝国は、いずれ偽物が溢れすぎていることに気が付き、帝国紙幣は、金貨に交換できるという担保がなくなるだろう。その瞬間、本物も偽物もまとめてゴミに変わる。

 

「じゃあ、俺たちは、金が金であるうちに、本物も、偽物もまとめて紙幣を使いきらねえとな。他の村の連中が動き出す前にだ。野郎ども! すぐに帝国に行くぞ! ありったけの馬車を用意して、紙幣を積み込め。買い出しだ! 食料が最優先だ、次に宝石と鉄を買い占めるぞ」

「おおう!」


 さすがに動きが早い。敵には回したくない男だ。

 今頃、イラクサのメンバーが他の村でも同じような話を各村の長に話している。

 さあ、ここから面白くなる。

 これが帝国への先制攻撃だ。


あと一話を挟んでから、帝国との最後の戦争に入ります。

完結までもう少し。もうしばらくエルフ転生にお付き合いください

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― 新着の感想 ―
[一言] >そして、女性が産まれず、多種族の女をさらって子供を産ませるという特性から、かなりの嫌われ者でもある。基本的に子供は、母親と同じ種族が産まれるが、猪豚オーク族は数少ない例外だ。 ✕多種族 …
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