第十二話:麻薬《ソージ》
宴は非常に盛り上がっていた。
机の上には、イノシシや鹿肉を中心としたごちそうが並び、エリンで買ったエールも振る舞われている。
久しぶりの宴だし、みんな、これが戦争前の最後の宴だとわかっていて、いつも以上に楽しもうとしている。
エルフも火狐もみんなが笑いあっている。
こういう光景を見ていると、心がほっこりとする。俺のやっていることは間違っていないと自信が持てるのだ。
「みんな、今日の特別メニューを出すよ。まだ、お腹に余裕があるやつは皿を持って取りに来てくれ。ベル・エルシエで収穫された大麻を使った料理だ!」
俺は、巨大な木箱をもって、宴が繰り広げられている広場の済にあるテーブルの前に立つ。
エルフと火狐のみんながこちらを向く。
視線を確認してから木箱をヒックリ返すと、するりと、木箱の中から俺が作った、大麻豆腐が顔をだす。
大皿に乗った瞬間、緑がかった白色の四角形の物体がぷるりと震える。
余興に、包丁の腹で叩くと、大麻豆腐は更に大きく震えた。
にがりではなく、片栗粉で固めているので、豆腐のように崩れない。食感的には胡麻豆腐に近くこういったことができる。
みんなぷるぷる震える大麻豆腐を面白そうに見ていた。
「これは大麻を使った料理だ。大麻はベル・エルシエのみんなが育ててくれた。今日、ここにいるコボルト族のヨハンたち、そして、ここには居ないベル・エルシエのみんなに感謝して食べるように」
俺がそう言うと、エルフと火狐たちから歓声があがり、コボルト族たちが照れくさそうに頬をかいた。
俺の言葉が終わると同時に、エルフと火狐たちがいっせいに立ち上がり列をなす。この場にお腹いっぱいで食べられないなんてやつはいない。
「シリル兄様! ユキノが一番のり」
「ああ、ユキノずるい。というか早すぎ」
「さすが銀色の火狐なの。でも、クロはちゃっかり二番目だから満足。ケミン。ごめんなの」
「また、クロネに出し抜かれた……」
先頭は、予想通り子狐三人組。銀色のユキノ。黄色のケミン。黒色のクロネだ。ユキノはドヤ顔を浮かべつつ、尻尾を振る。ユキノは俺やクウといるときは大人びたふうに見えるが、三人娘が揃っていると力が抜けて子供らしい態度を見せてくれる。
「三人とも、大麻豆腐にはソースが二種類あるんだ。甘いのと、しょっぱいのどっちがいいか教えて」
そう、俺は木箱の他にソースが入った鍋を二つ用意していた。
「ユキノはしょっぱいのがいい」
「シリル兄様。クロは甘いのがいいのー」
「私も、甘いのでお願いします。シリル兄様」
「うん、わかったよ」
俺は大麻豆腐を切り分ける。普通にやれば包丁にくっついて形が崩れるので、包丁を当て、一瞬で引き抜く。
それを見た三人が目をかがやかせる。
そして、ユキノの皿には、エリンで買った魚醤……魚からつくった醤油のような調味料を出汁で割ったもの、残り二人の皿にはメープルシロップに水とレモン果汁を加えたものをかけ、最後に刻んだ大麻の葉をふりかける。
クセがない甘みと脂肪分がたっぷりな大麻豆腐はどちらの味付けでもうまい。それでいて、しっかりとした風味があるので、大麻豆腐の味はかすまない。
「んんん~。美味しい。シリル兄様。こってりした味と、魚醤がばっちり合う。好物になりそう。今度、ユキノに作り方を教えて」
「クロもこれ好き、もっちりして、口の中に張り付いて楽しいの」
「食感も面白いけど、味も素敵、すっごく濃厚でメープルシロップの甘みの後に、この白いやつの甘みが広がる」
三人とも満足してくれたようだ。
後ろに並んでいる人たちも三人の様子を見て期待が膨らんでいる。
この調子で、大麻の美味しさをたくさん知ってもらおう。
「さあ、どんどんみんな食べてくれ。これから、大麻はたくさん手に入るからね。この味を覚えて帰ってくれ」
そして、その後はひたすら大麻豆腐を切り分けた。
無事、大麻料理が受け入れられて安心だ。大麻豆腐の他にも大麻バター、大麻クッキー、様々な料理がある。今度、主婦たちをあつめて、大麻料理の勉強会を開くのもいいかもしれない。
◇
大麻豆腐が大成功により、籠城戦の際の食料の不安が少し減った。なにせ大麻の実は大量にベル・エルシエから送られてくる予定だ。さらに大麻の実は、保存可能期間が一年以上あるうえに、普通の保存食では摂取しにくいビタミンを摂取できる優秀な食材で、籠城戦にはもってこいだ。
これをストレスなく食せるのは強みになる。
宴が終わる前に俺は仕事があると言って一人工房に戻った。
ルシエやユキノは手伝うと言ってくれたが断った。
なぜなら、ここから先は裏の仕事だ。彼女たちに手伝わせるわけにはいかない。
何があっても今日は工房に近づくな口をすっぱくして言ってある。
「さて、どれほどのものができるか」
工房には、さきほど使わなかった大麻の雌株……麻薬成分が含まれ食用に出来なかったもの。そして去年の秋に山に自生していた麻黄と、カゲシビレタケを収穫し、乾燥させたもの。さらに、酒から抽出したアルコールを固形化したものを広げてある。
「デザイナーズ・ドラッグ。俺の知識にある中で、安価に大量生産が可能という条件を満たしながら、多幸感を与え、強烈な依存症を与える薬」
俺は生唾を飲んだ。
大麻には、凶悪なイメージがあるが、大麻そのものには大した効果はない。酒よりも酔いの強さは低く。体への悪影響も酒やたばこよりもよっぽどましだ。
大麻の効能は、ごく軽い酩酊状態にすることと、感性や五感を鋭敏にすることだ。
特に食に関しては、味や食感がクリアに感じ取れる。フルーツを食べる際など、たまらなくなるような繊維感と、とろけるような甘みを体感できる。
絵画や音楽はより深く楽しめるし、セックスなんて言葉で言い表せないほどの快感を得られる。
それでいて、大麻で依存症になるのは、毎日一升瓶を空にしてアルコール中毒になるぐらいにハードルが高い。基本的には良薬なのだ。
「だが、使いようによっては、凶悪な武器になる」
真に大麻が威力を発揮するのは、他の薬物と組み合わせた場合だ。大麻が引き起こす酩酊状態では、体の抵抗力が落ち、ありとあらゆる感覚を鋭敏にした上で、薬の成分の吸収率を上げるので、合わせて飲む薬物の効能を引き上げてしまう。
幸いなことに、山には麻黄の近種とヒカゲシビレダケの近種が自生していた。
わかりやすく言えば、麻黄は、中枢神経興奮剤……覚せい剤。ヒカゲシビレタケは、催幻覚性作用……マジックマッシュルームの原料であり、双方ともに依存性が高い。
両方とも単独で人を壊すことができるが、人の手で増やすことは難しく量の確保が厳しい。だが、大麻を混ぜこめばごく少量でも通常以上の薬効を発揮する。そう、大量の薬を用意できるのだ。
「この薬に名前をつけるならなんだろうな。帝国の掃除のために作る薬だ。ソージとでも名付けるか?」
頭の中で、記憶にある薬の概要をまとめる。大麻の麻薬成分、テトラヒドロカンナビノールを含んだ粉末をベースに麻黄から抽出したメタンフェタミン、ヒカゲシビレダケから抽出したシロシビン、それに粉末アルコールを少量混ぜた上で加工し錠剤にする。効き始めれば人間をやめたくなるほど圧倒的な快楽を与え、理性を一瞬で吹き飛ばし最高にハイな気分になって幻覚まで見えてくる最悪のドラッグが完成する。
注射のほうが即効性と効能が高いが、広く流通させたいなら錠剤一択だろう。
俺は魔術を交え、揃えた材料から成分の抽出。撹拌。加工を繰り返していく。
そして、二時間後、俺の前の前には1kgほどの白い粉が出きていた。
「実験をしたいが、どうしたものか。捕虜はいないし」
できれば、捕虜相手にいろいろと実験がしたかったが、今はすべて解放している。かといって、エルシエの民にこんなものを使うわけにはいかない。
いっそ、自分で使うか?
「ないな」
俺自身が生きる爆弾だ。理性を失ってハイになった自分なんて想像もしたくない。うっかり世界を滅ぼしてしまいかねない。
仕方ない。ベル・エルシエに忍び込んでいるスパイ。あえて泳がせている連中に使ってみよう。
「せっかく、俺がベル・エルシエにいかなくて済むように気を遣ってくれたのに。もったいない」
おそらく、その気になれば一日で中毒にできる。どれほどの訓練を受けたスパイだろうと、そうなってしまえば、喜んで裏切ってくれるだろう。
うん、それがいい。一石二鳥だ。
俺はそんなことを考えながら粉末を錠剤に加工していった。
発売まであと4日! 表紙を↓のほうに公開しているのでぜひ見てやってくださいな