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第十一話:大麻料理

「そうか、大麻が収穫できたか。なら明日にでもベル・エルシエに向かおう。時間がない」


 少しゆっくりしたい気持ちはあるが、今は一分一秒が惜しい。すみやかに大麻を手に入れて、薬の開発をしたい。

 薬を作ってから浸透させるまでに時間がかかる。


「その必要はないですよ。シリル様」


 息を荒くするコボルト族のヨハン。

 そして、馬車のほうに手を振ると荷台が開かれ、山積みになった大麻があらわになった。

 青々としており、立派な花と実がついている。


「まずは、シリル様から頂いた、この高速馬車に積めるだけ積んできました。後発の馬車も出ています。残りはそちらで」

「ありがたいな。向こうに行く手間が省ける」


 時間がない中、こういう気配りはありがたい。

 ベル・エルシエを治める五大長の中でも、コボルト族のヨハンは気が利くし俺への忠誠心が強い。非常に頼りになる男だ。

 今後、エルシエを大きくするためにエルフと火狐以外の種族を受け入れるときが来れば、まずベル・エルシエから民を受け入れる。その際の人選は彼に任せようと思っている。


「では、さっそく運び入れましょう。エルシエへの入場の許可を」

「頼むよ。それと、ヨハン。今日の夜は宴なんだ。良かったら、楽しんで行ってはくれないか? もちろん、今日来てくれた全員の宿も用意する」

「私共が!? いいのですか!」

「もちろん。石炭や大麻、ベル・エルシエのみんなには色々と助けられているからな」


 ベル・エルシエはよくエルシエに尽くしてくれている。石炭を掘り輸送してくれているし、大麻も無事収穫まで行ってくれた。 ベル・エルシエに来る難民からは様々な情報が流れ込んでくるし、帝国に対する防壁にもなっている。


「では、お言葉に甘えて。シリル様の主催する宴。実に楽しみです!」

「期待していてくれ。ベル・エルシエでは食べられないごちそうを用意する。……あと、これは内緒にして欲しいんだが、土産も包もう。家族に食べさせてやってくれ」

「妻や子も喜びます!」


 あまり、五大長の一人を優遇しすぎるのはよくないが、これぐらいはいいだろう。

 俺はコボルト族のヨハンを労ったあと、彼の案内と、宿泊場所の用意をユキノに頼んでから、持てる限りの大麻を持ってその場を後にした。


 ◇


 俺は工房にいた。

 まず、大麻の雄株と雌株を分ける。

 麻薬成分であるTHC。それは雄株にはほとんど含まれていない。麻薬を作る場合には雌株しか使えないし、逆に食用にする場合には、雄株を使用する。

 見分け方は簡単で茎に白い産毛が生えているものが雌株だ。

 慎重に選り分ける。なにせ、雄株は貴重なエルシエの食料だ。うっかり雌株を混ぜたら笑えないことになる。


「さて、ひと通り選別は終わったな」


 ようやく雄株と雌株を分け終わった。量が量だけにかなり時間がかかった。


「宴の料理を一つ増やそうか」


 コボルト族のヨハンが居ることだし、大麻料理を食べてもらおう。

 なにせ、ベル・エルシエの巨大な農地で可能な限りの大麻を育てた。エルシエだけでは消費し切れない。雌株は危険だから回収するが、雄株のほうは向こうでも食料の足しにしてもらう必要がある。


 とは言っても、実際に食べたことがないものをベル・エルシエで食用にしろと言うのも酷だ。

 ここで、大麻料理のうまさを知ってもらおう。

 エルシエとベル・エルシエの民の両方に大麻料理を食べてもらうには、今日の宴はいい機会だ。


「シリルくん、居ますか」


 料理の準備をしているとクウの声が聞こえた。

 俺は立ち上がり扉を開く。


「うん、居るよ。入ってくれ」

「お邪魔します」


 クウが少し他人行儀に工房の中に入ってくる。

 軽くお腹を抑えている。行動の端々にお腹の子を気遣う様子が見える。

 俺もクウに付き添って、大麻の花があるところまで案内する。


「今日はどうしたんだい?」

「特に理由はないですよ。ただ、久しぶりにシリルくんとゆっくりお話したいなって。だからちょっと、抜けだして来たんです。今日は皆疲れてるし、夜の宴のことに気が行っていて隙だらけでした」


 クウが微笑を浮かべて、ペロっと舌を出す。

 そういえば、最近ずっとクウの周りに世話役が張り付いているせいで二人で過ごす時間をとることが出来なかった。


「そうだな。俺もクウと話したかった」


 俺はクウを抱き寄せてキスをした。しっかりと舌を入れる。

 クウの狐耳がピンと逆立つ。


「いきなり何をするんですか」


 口を話すと顔を赤くしてクウは抗議してくる。


「こっちも、ご無沙汰だと思ってね。クウの顔を見ると無性にキスがしたくなった。嫌だった?」

「……嫌じゃないです。私も、シリルくんとキスしたいなって思ってました」


 やっぱりクウは可愛い。

 その先をしたいとは思うが我慢する。クウの体のほうが自分の欲望よりもずっと大事だ。


「クウ、ずいぶんとお腹が大きくなったね」

「はい。火狐はお腹の子が早いんですよ。あと、最近たまにお腹の中で動くようになりました。今から生まれるのが楽しみです」

「うん、楽しみだ。この子たちが生まれる前に、エルシエを平和な国にしないとね」


 そのためなら、俺は鬼になる。

 やっと掴んだ幸せを誰にも奪わせたりしない。


「シリルくん、その、名前を決めてくれました?」

「もちろんと言いたいところだけど。2つ候補があってどうしても決めきれないんだ」


 帝国に向かって出発する前に、産まれてくる双子の男の子の名前をクウが決めて、女の子の名前を俺が決めると約束した。

 エルシエに居ない間ずっと考えていたが、まだ決まってはいない。


「まず、クウから教えてくれるかな?」

「はい、男の子の名前はライナと決めました」

「いい響きだね。聞きなれない言葉だけど、意味があったりする?」

「はい、火狐の言葉で、”勇気”、”抗う”って意味があるんです。そんな子に育ってほしいと思って名づけました」

「クウらしい名前の付け方だ。気に入った」


 どんな絶望にも立ち向かい、そして最後まで諦めない強さ。そういう子に育ってくれれば、エルシエを守ってくれるだろう。


「俺は、2つ名前を考えたんだ。ソラと、クーナ。そのどちらかにしようと思ってる。ソラは、突き抜けるような青空。明るくて、裏表がなくて、誰にでも愛されるそんな子に育って欲しいって祈りを込めた。クーナはね。クウって空気で、””はゆったりと包み込みって意味がある。ソラが皆に見上げられて愛されるって意味なら、クーナは側にあって皆を包み込む身近な存在だ」


 空と空那。人に愛される名前と、人を愛する名前。

 そのどちらを娘に求めるかで俺は悩んでいる。


「どちらもいい名前ですね。シリルくん、それなら一人目はソラにしましょう。それで妹ができたら、クーナと名づけましょう」

「……」


 俺は一瞬きょとんとして、そして笑った。


「そっか、どちらも好きなら両方を使えばいいのか。ずいぶんと贅沢な解決策だ」

「そんな贅沢ができるぐらいに、シリルくんが幸せにしてくれるって信じています」

「ずいぶん、信頼されているんだな」

「はい、自慢の旦那様ですから」


 俺はクウと笑い合う。

 そんな未来も作れるのか。


「クウ、俺たちの子供は男の子がライナで、女の子がソラだ」

「はい! 産まれてくるのが、今まで以上に楽しみになりました!」


 こうして、俺達の子供の名前が決まった。


 ◇


「ずいぶんと地味な作業ですね」

「その手間に見合ったものは作れるから、もう少し辛抱して」


 俺とクウは黙々と、大麻料理の準備をしていた。

 まず、大麻の茎から花を切り落とす。

 そして、花に包まれた実を取り出して、外側の殻を砕いて中身を取り出す。


「ふう、ずいぶんたくさんとれましたね」

「これだけあれば、人数分はなんとか……うん、一切れだけならいけるか」


 目の前には山盛りにされた殻を砕かれた大麻の実がある。これだけあれば全員に大麻料理が行き渡るだろう。


「でも、いっぱい茎とか葉っぱとか残っちゃいましたね。これ捨てちゃうんですか?」

「まさか、大麻の葉や茎はすごく良質な繊維になるんだ。丈夫な縄や、袋、服にもできるし。それに紙も作れるんだ」

「すごいです! 服の材料も縄とかも、足りなくてちょっと困っていました」


 エルシエでは、そう言ったものを他の都市から買うことで補っていたので大麻の存在は非常に助かる。

 毛皮で服を作れなくはないが、重いし、保温性が良すぎて冬以外は困るのだ。その点、麻は丈夫で風通しがよく、軽い。


「取り出した実をどうするんですか?」

「潰して使うんだ」


 俺は大麻の身をすり鉢の中に入れる。

 そしてゴリゴリとすりつぶしていく。

 すると大量の、少し緑がかった乳液がにじみ出てくる。

 ある程度、乳液が溜まってくると、目の粗い布で包んで鍋の上で搾り取る。

 潰れた実が布の中に残り、乳液がだけが鍋の中に注がれた。


「クウ、ちょっと舐めてみて」

「はい!」


 クウは指をちょこんと、大麻の乳液につけて舐める。


「これ、すっごく美味しいです。甘くてこってりして、癖になりそうな味」

「俺も少しもらおうか」


 同じようにして大麻の乳液を味見した。

 口いっぱいにやさしい味が広がる。


 強いて言えば、豆乳に似ているが、それよりもうまい。

 それもそのはずだ。大麻の乳液に含まれる栄養価は非常に高い。タンパク質もビタミンも豆乳より多く、油分も豊富だが、体に良い負担にならない類の油だ。


 こってりしていながら、しつこくなく、甘みが強い。栄養たっぷりで美味しい理想的な食材だ。


「コップいっぱい飲み干したいですね」

「うん、もっとたくさんの大麻が届いたらそうしてみようか」


 俺は苦笑する。

 そして、残った実も片っ端から潰して乳液を取り出していき、やがて鍋が大麻の乳液でいっぱいになる。


「それじゃ、料理の仕上げに入ろうか。クウ、悪いけどこの鍋を温めて貰えるかな。沸騰寸前ぐらいに」

「はい、これぐらいですか?」

「うん、いいかんじだ」


 クウの力を借りて、最適な温度で大麻の乳液を温める。

 そして、温まった鍋に塩を入れて味を調えてから、片栗粉を投入する。どんどん乳液に粘りが出てきた。少しずつ片栗粉を足していき理想の粘度に調整する。


「クウ、ありがとう火を止めて」

「はい、シリルくん」


 よく片栗粉がまざってとろみが出てきたのを確認してから火を止める。

 そして予め用意していた木箱に鍋の中身を流し込む。


「クウ、桶に入っている水を冷やしてもらっていいかな」

「わかりました」


 最後にクウが冷やした水の中に、木箱ごと沈める。あとは放置するだけだ。


「シリルくん、これ、いったいなにを作っているんですか?」

「それは秘密だよ。このまましばらく冷やして完成だ。味見はしない。本番までの楽しみにしておいてくれ」

「生殺しですよ。シリルくん、いったいどんな味がするんでしょう」

 

 クウが恨めしそうに俺の顔を見る。あまりにもその仕草が可愛かったので少しだけサービスをしよう。


「じゃあ、料理名だけ。今日作ったのは大麻豆腐って料理だよ」

「はじめて聞いた名前ですね。夜、楽しみにしています」

「ああ、期待は裏切らないよ」


 なにせ豆腐とは言え、にがりではなく片栗粉で固めている分、胡麻豆腐に近いもっちりとした食感で、豆乳よりもずっと旨味が強い大麻の乳液を使っているのだ。うまくないはずがない。

 そしてソースにもこだわる。

 今から、この料理を食べたクウやルシエの顔が楽しみだ

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http://www.futabasha.co.jp/monster/

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― 新着の感想 ―
[一言] 大麻を主人公側が扱うのはまずくないのかな?
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