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第六話:帝都

 帝国にようやくたどり着いた。

 とは言っても、帝都を守る四方の都市のひとつにだ。


 ここに来る途中、いくつかの村を見てきたがひどいものだった。ほとんど廃墟のようになっている村が多い。

 ベル・エルシエの難民の言ったことは本当のようだった。誰もが生きて行くことを諦めて故郷を捨てている。


「変装はこれぐらいでいいか」


 俺は耳当てをつけ、髪を黒に染めていた。今の帝国はエルフを完全に敵と認識している。避けられる火種は避けたほうがいい。


 帝国も四方を城壁に囲まれており、門番が存在する。

 普段よりも警戒が強いようで、何人かが門前払いをくらっていた。


 なんの身分証もない俺がここを通るのはおそらく不可能だろう。

 気配を消して慎重に、裏へ裏へとまわる。


「【知覚拡張】」


 風のマナと意識を繋げ、周囲300mの情報をすべて収集していく。


「よし、今なら飛べる」


 今、俺を認識してるやつはいない。

 全力で垂直跳び、そして……


「【突風】」


 突風を呼び、風に体を乗せ、一気に高く飛び上がる。

 そして城壁を飛び越えて帝都に侵入する。あらかじめ城壁の裏にはだれも居ないことは【知覚拡張】で確認してある。


 足を痛めないように着地直前で再び風を吹かせて衝撃を軽減した。


「さて、じゃあ帝都の中を見てみようか」


 こうして俺は帝都の中に侵入することができた。


 ◇


「ひどいな」


 街の中は悲惨だった。

 店はほとんど閉まっていて、薄汚いものごいと、身売りをする女性であふれている。


 少しでも羽振りの良さそうな紳士を見つけるとそう言った人間が群がっていく。

 ぼろぼろの外套をまとっている俺は幸い目をつけられていない。


「腹ごしらえをしないと」


 腹をさすりながらつぶやく。

 ずいぶんとここに来るまでに走ったせいで胃袋が悲鳴をあげている。

 数少ない開いている店を探して、中に入る。

 すると、中の商品を見て驚く。品数は少なく、状態もよくない。

 俺は仕方なくしなびたリンゴを一つとって店主に渡す。


「おい、兄ちゃんちゃんと金を持っているんだろうな?」

「当然だ。このリンゴが欲しい。いくらだ」

「銀貨一枚」


 その値段の高さに驚く。

 もし、エリンで銀貨を一枚出せばみずみずしいリンゴを六つは買える。

 普通ならぼられていることを疑うが街の状況を考えるにかなりの食糧難で、この値段は妥当だろうと予測できる。背に腹は代えられないので財布から銀貨を取り出した。


「ダメだよ、お客さん。この硬貨は使えない」

「なに?」

「知らないのか? 今の帝国じゃ新硬貨しか使えないんだよ。今までの硬貨は使えなくなったんだ」

「いつからだ?」

「二か月前にお触れが出てからだよ。旧硬貨を帝国の新硬貨に変えろ。一月後には旧硬貨での取引を禁止するってな」

「わざわざ多数の国で使える共通硬貨を捨ててまで……いったい何のつもりだ?」


 今の金貨はかつて、この大陸の国が統一されていた時代に作られたもので、帝国やエリンをはじめとした多数の国で使用できる。その利便性は計り知れない。

 帝国でしか使えない硬貨なんて誰も喜ぶはずがない。


「硬貨が使えないなら仕方ない。悪かった。また今度来るよ」

「待て、兄ちゃん。まだ硬貨の交換を国が受け付けているから、今回はそれで売ってやる。ただし手数料で銅貨を五枚だ」

「……その金額を払おう。ほら」


 俺は渋々ながら銅貨を取り出して手渡し、通常の六倍以上の金額で質の悪い林檎を購入した。

 

 ◇


 しなびたリンゴをかじりながら街を歩く、目指すのは換金所だ。

 街の中で手持ちの硬貨が使えないなら、どこかに必ず換金所はある。じゃないと外からきた商人たちは買い物ができないし、帝国の商人も外に出るときに困る。


 しばらく歩いていると目的の場所を見つけたので中に入り、金貨と銀貨数枚を手数料を払って帝国硬貨と交換する。


「やっぱりな」


 金貨を手に持った瞬間わかる。

 混ぜ物を増やしている。

 今までの金貨は金の比率が九割五分ほどだが、これは七割程度しか金が使われていない。あとは安い金属だ。


「そこまでやるのか」


 事実上、すべての金貨を回収して交換できれば金貨の保有量は三割ほど増える。見かけ上の金は増えるだろうが、こんなものは他国では通用しない。


「あと、お兄さん」


 換金所の女主人が店を出ようとした俺を呼び止める。


「こんなお得ものもあるよ。旧金貨なら、五枚でこの帝国紙幣を六枚が買えるがどうだい」


 女主人が出したのは六枚の紙切れだった。

 文面には金貨一枚の価値を帝国が保障すると書いてある。さらに、一年後以降は自由に金貨と交換できる。


「じゃあ、六枚もらうよ。すごいね。たった一年で金貨一枚分得するなんて」

「だろ? ぼろもうけだ。こんなうまい話は他にないよ。もっと買っていきな。今じゃ帝国の中だとこの紙で商売している連中も多いね。どうせ一年後には金貨に戻せるんだ。わざわざ重い金貨を持ち運ぶ必要もないだろ」

「俺は遠慮させてもらうよ」


 俺はやんわりと断る。

 研究用にほしかっただけで、これで儲けられるとは思わない。


 そもそも、金の含有量の関係で、金貨六枚分の価値と言われている証書も現時点で既に金貨五枚の価値に満たない。さらに金貨で払い戻しになった時には、今以上に金の含有率が下がる可能性が高い。


 ようするに、長期的には必ず損をする契約だ。

 ……それでも帝国からすれば一時的に大量の金を手に入れられるし、変換するときも金の含有率を下げれば得ができる。これはもう、一種の増税と変わらない。


「この帝国紙幣とやらは売れているのか?」

「もちろん、飛ぶように売れているさ。早く兄さんも買わないとなくなっちまうよ」

「俺はいいよ。危ない橋は渡らないんだ」


 俺は苦々しいものを感じながら換金所を立ち去った。


 ◇


 それからはしばらく街中を散策していた。

 冗談のように活気がない。


 理由はわかる。商人から徹底的に搾り取っている以上、商人が雇っていた住人たちは仕事を失う。仕事を失えば金がない。


 金がなければ経済は回らない。

 この噂を聞いて、外から入ってくる商人は減るだろうし、知らずに入って来ても、硬貨の交換に難色を示して取引は最小限にして去っていく。


 外からのものがなければ、自分たちで食料を作っていくしかないが、度重なる戦争で消耗しているうえに、増税で農村から人が逃げ始めて生産量自体が落ちている。


 俺自身、ここからどうやって立て直していいのかわからない。わざとこの街を潰そうとしているとしか考えられない。

 目的がわからずにかえって恐怖を感じる。


「さあ、兵士の募集だ! 今日も簡単な試験をする、希望者はついてこい!!」


 兵士が現れて、声を張り上げるとその後ろにぞろぞろと町の住人たちがついていく。

 職にあぶれた人々が、日々の糧を得るために兵士の募集に列をなす。

 ほとんどのこの町の男がついて行っているのではないかという異様な列。


 どう見ても戦えなさそうな、商人や、贅肉がついた男、そういった連中もどんどんついて行っている。


 兵士が必要だというのはわかる。だが、兵士だけ集めても食料がなければ……


「まさか、そういうことか?」


 俺は自分のひらめきを確認するために、魔力を込めて疾走する。

 目指すのは入ってきた門とは反対側の門。


 帝国は、帝都と、それを守るように設立された四方の都市で構成されている。

 ゆえに、エルシエ方面とは逆の方面から来るのは帝都から来たものたちが主流となる。

 そこで、俺が見たものは……


「やはりか」


 大量の食料が馬車にのって運ばれてきていた。

 つまり帝国は……


「この町を使い捨てにして、最大規模の戦争を仕掛けるつもりか」


 すべてに納得がいく。

 帝国には帝都以外に四つの都市がある。逆説的にいえば、帝都さえ無事であれば他四つは潰してもいい。


 今回の帝国の一連の流れはこうだ。

 徹底的に、エルシエ方面の都市の住民から金を搾り取る。目立つ大商人は直接とらえて税金を徴収し、一般市民からは増税に加え、硬貨の切り替えと言って手持ちの金貨を集めたうえで、劣悪なものと交換させる。


 さらに、旧硬貨と交換という条件で、詐欺のような紙幣をばらまくことでわずかに残った金貨すらも回収する。


 当然、経済はズタボロで、食べるものを買うことも生産することもできない。

 ゆえに、国がする兵士の募集に食いつくしかない。徴兵などで難色を示す連中も生きるためなら自ら志願するし、兵士をやめて餓死するならどんなひどい訓練も耐えられる。


 そして、兵士を食わす食料は、住民から巻き上げた金貨で、帝国内の別都市から買う。


 エルシエ方面以外の都市は、他の町から仕入れて、エルシエ方面の帝国の都市に売ればぼろもうけなので喜んで売ってくれるだろう。


「これなら、短期間に兵士の数を増やしつつ、兵糧の確保もできるわけか」


 冷や汗が流れた。

 あまりにも非人道的すぎる。未来を切り売りして、たった一回の戦いにかけるなんてまともな神経じゃない。


「ふーん、その顔、やっぱり気づくんだ。いつか気が付くと思ったけど、初日っていうのはちょっと意外かな。」


 俺の思考が少女の言葉によって遮られる。


「ようこそ、帝国へ。歓迎するねエルシエの長。自己紹介の必要あるかな? きっと君は私のことをよく知っていると思うんだけど」

「一応、お願いするよ。俺は君とあったことがない。はじめまして、アシュノ」


 俺がそういうと、非生物的なまでに美しいハイ・エルフの少女は、翡翠色の目を輝かせて笑った。

 

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