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第五話:麻と涙と

 じいと別れてから、領事館に向かい、まだ眠っているロレウたちをたたき起こして、店の状況を聞いた。……悪いとは思ったが時間がない。

 店のほうは順調らしい。

 クウの師匠のレラと、アスールが用意してくれた女の子が取り仕切ってくれており、問題なく運営できている。


 相変わらずメープルシロップとクレープは好調なようで、それにつられて毛皮製品や保存食もよく売れているようだ。

 その話を聞いた俺はロレウたちに指示を出してから別れた。

 商品がなくなるまで粘り、なくなり次第、次の日程を周知してからエルシエに戻る。


「あとは、アスールに預けた化学肥料が認められれば数年は安泰か」


 こればかりは、アスールの手腕にかけるしかない。

 肥料は渡し、使い方をきっちり教えた。それで収穫量が増えたと判断されれば、彼女自身が有力な商人に売り込んでくれる。

 そうそう失敗はしないはずだから、期待はできるだろう。


 ◇


 俺はベル・エルシエに向かって走っていた。

 一度、エルシエに戻りルシエやクウの顔を見たいという気持ちはあるがどうしても遠回りになる。後ろ髪を引かれる思いを振り切ってただ走る。


 そのおかげで二日でベル・エルシエにたどり着くことができた。

 もともと、帝国の基地ということもありエリン以上に頑丈に作られている門を俺はたたく。


「これはシリル様! よくいらっしゃいました」


 門番として出迎えたのは、見知った顔だった。ベル・エルシエを治める五大長の一人、コボルト族の長であるヨハンだ。相変わらず、人のいい笑顔を浮かべておりしっかりした印象を受ける。


「悪いな。事前に連絡をよこさないで」

「いえ、シリル様ならいつも歓迎ですよ」

「そう言ってもらえるとうれしいよ。ヨハン、ベル・エルシエの統治は順調か」

「順調です。……とは言い切れないですが。少なくとも飢え死にする住人はいないですし、兵の練度はあがってきています」


 正直に話してくれて喜ばしい。隠されるのが一番困ってしまう。そうされると助けようがない。


「やっぱり問題は山積みか」

「仕方ないですよ。もともと別のところで暮らしてた連中が一緒に暮らしているんです。そりゃ喧嘩になりますよ。もう、慣れてきましたが」


 ヨハンはそう言って朗らかに笑った。

 彼の言う通り、難民が集まってできたベル・エルシエには多くの種族が存在する。それぞれに自分たちのルールというものが存在している。

 力のある五種族の長である五大長の話し合いのもと、ベル・エルシエのルールが決められ周知されており、それに従うようにはなっているが浸透するのに時間がかかる。


「ヨハン、がんばってくれ。むしろ、そう言った問題は今からが本番だ。飢え死ぬ寸前だからこそ、我慢できてきたことが腹が膨れて余裕ができると我慢できなくなる。面倒事がどんどん増えはじめるぞ」


 それでも、ベル・エルシエが曲りなりにも運営できているのは、ベル・エルシエでしか生きていけず、協力しないと共倒れになるという共通認識があったためだ。


 だが生活に余裕が出てくると、生きるため以外のことに目を向け始める。ベル・エルシエはそろそろその段階に入ってくる。


「さすが、シリル様。ええおっしゃる通りですよ。本当に些細なことでの喧嘩が絶えません。それがもとでこのベル・エルシエがら追い出された種族もいます」

「苦労をかけるな」

「いえ、ベル・エルシエがあったからこそここまで生きながらえることができた。少なくとも我がコボルト族はその恩を一生忘れない。そしてこのベル・エルシエで生涯、シリル様のために尽くすと決めている」

「ありがとう。心強いよ」


 さすがに、犬の性質をもつコボルト族だけあって忠誠心が強い。

 五大長の中では、俺はコボルト族の彼をもっとも信頼している。逆にとある部族はベル・エルシエを自分達の種族で統括し、エルシエからの独立を目論んでいる。

 野心を持つことが悪いとは俺は思っていない。そう言った連中は統治にかける情熱があるし、頭も切れる。対抗勢力がある限りは有効に使える。


「ヨハン、今日俺が来たのは麻の生育具合を見るのと、もう一つは現状確認だな。さいきん、変わったことはなかったか?」


 ヨハンは考えこんでから口を開いた。


「変わったことですか……減ってきた難民が増え始めました。本当に一時は落ち着いていたはずなのに、急激に増えましたね」

「帝国方面からか?」

「その通りです。帝国に比較的近く裕福だったはずの村からの難民が多いです」

「すまないが、ヨハン。帝国に近い村から来た難民の誰かと話をさせてくれ。できれば、読み書きができる程度の教養があるといいな」

「かしこまりました。ちょうど麻の栽培を担当させているものがいますので、麻の視察のあとに呼びましょう」

「ありがとう。そうしてもらえると助かる」

「では、案内させていただきます……。ビアンナ。ここの門番は任せる」

「ええ、いってらっしゃいませ、シリル様、ヨハン様」


 俺はヨハンに連れられてベル・エルシエの中に入った。


 ◇


「思ったより、活気があって驚いている」

「人が多いですからね」


 ベル・エルシエの中では農具を担いだ多種多様な種族が忙しく動き回っている。

 狩人らしく、右手に弓を持ち、左手には仕留めたキジを片手にぶら下げているものもいた。


「店を開いている連中もいるのか」


 ふと見てみると、道に大きな布を広げて、その上に様々な商品を広げて露店を開いているような人たちが居た。


「ええ、シリル様から麻を育てる代わりに頂いた食料を、労働力を供給してもらっている各種族に配っているのですが、その食料を狩人ならその獲物と交換したり、漁師ならその川でとれた魚と交換っていうふうになってきましたね。他にも女性が織った服も交換の対象ですね。人が増えて、農業だけじゃ手が余りはじめたのでそうしています」

「うん、自主的にそうなっているのはいい傾向だ。見慣れない作物もあるな」

「難民の中には村を逃げ出す際に、作物の種や家畜をもってきたものもいて、少しづつですが、育てられる種類も増えています。色んな村から人が集まるので、お互いの知識を共有できるのは大きいですね」

「なるほど、今度エルシエにない作物の種を分けてもらおう。特にあの赤いのがいいな」


 俺はトマトを指さす。あれは種から育てるのが大変なので出来ることなら苗から欲しい。


「シリル様のためになら喜んで」


 いつまでもエルシエからの物資だけに頼っているのでは先細りが見えてきている。それに、ここに居るのは難民とはいえ、今まで自分たちの力で生きてきた種族ばかりだ。……他の種族に自らの命運を任すことの意味も危険性も十分に理解しているからこそ必死なのだろう。


「まあ、今はシリル様からいただいた種もみと、食料がないとダメですが、秋の収穫が終われば来年の分の種もみが確保できます。そうすれば自分たちで生きていけるだけの糧を得られるでしょう」


 俺にそう語るヨハンの目はやる気と希望に満ちてきた。

 それだけでも、ベル・エルシエを作り難民を助けた意味があった。……たとえ、帝国からエルシエを守る盾というのが、はじまりだっとしても。


 ◇


「良く育っている。丁寧に世話をしてくれている証拠だ」


 俺は巨大な麻畑に来ていた。

 エリンであるだけすべて購入した麻の種を、ドワーフだった頃の俺……クイーロの力で耕した土地に蒔いて、かなり大規模に育ててある。エルシエではこの規模は絶対に無理だっただろう。


「本当に成長の早い作物で育てている我々もここまで順調に育って驚いていますよ」


 まだ栽培を始めて一か月ほどだというのに10cmほど緑の茎が伸びてきている。


「麻は三か月~四か月で収穫できるからね。あと一月もすればきれいな紫の花が咲いて、もう一か月経てば実が収穫できるよ」


 おそらく、帝国がエルシエをせめてくるよりは早い。どれだけ金をかき集めても、人と物を集めるのにそれだけの時間はかかってしまう。


「でも、こんなものを育ててどうするんですか?」

「いろいろと便利なんだよ。麻はオスの花とメスの花があってね。オスの花のほうの実は食用にできる。大豆と似たような性質と味なんだけど、栄養価は高いし味も濃い。けっこうなご馳走だよ」


 地球でも、豆乳の代わりに麻の油を使った麻豆腐というものが存在する。甘みと旨みが豆腐よりずっと強くコアなファンも多い。


「茎のほうも上質な植物繊維が取れるから服の素材にできるし、頑丈さが求められる縄も作れる。頑張れば紙なんてものも作れて無駄がない。それに食べようと思えば茎も食べれる」


 歴史上、ここまで有用な植物はなかなか存在しない。


「オスの実って言いましたよね? メスの実はどうするんですか?」

「栄養価は変わらないけど……陶酔成分、人を狂わせる成分がメスの花の実には多量に含まれている。オスのほうにもあるけど、ごく少量だから気にならない。メスの花の実のほうは大量に食べれば、壊れる危険がある。見分け方を教えるから気を付けてね」


「シリル様、ではメスの花はどうなさるつもりですか?」

「全部、有効活用するよ。オスの食べれるほうは君たちにもわけてあげるし、使い切れない茎の分もわけるから、それで服なんかを作ればいい。だけどね、メスの花はすべてエルシエが独占する。そのために食料を支援した。俺たちがそれを求めている以上に、扱い方を間違えばベル・エルシエが滅ぶっていうのも大きい」

「……わかりました。深くは聞きません」


 ベル・エルシエが滅ぶという言葉にヨハンが青い顔をした。

 このメスの花こそ、俺が求めているものだ。


 ◇


 麻の視察が終わったあとに一人の男を呼び出してもらった。

 帝国の付近の村から逃げ出してきた男だ。


「シリル様、連れてきました」

「あんたがエルフの長か」


 種族は人間、枯れ木のようにやせ細り、肌は荒れ、疲れ切った目をしていた。


「そうだ。俺がエルシエの長だ」

「……このベル・エルシエを作って、難民を受け入れるようにしたのはあんたってことで間違いないか?」

「間違いない。全部俺がはじめたことだ」


 帝国の進軍を防ぐための壁として俺はベル・エルシエに難民を受け入れたのだ。


「……そうか、なら恨めないな。エルフの連中なんて死ぬほど嫌いだ。おまえらさえ居なければ、俺はこんなことにはならなかったのに。くそっ、恨ましてもくれないなんて、本当に嫌になる」


 男は顔を伏せて肩を震わせる。涙が一滴零れ落ちた。


「教えてくれないか、村の状況を?」

「……ああ、いいぜ話そうか。俺たちの状況を」


 ◇


「急に税金があがったんだ。帝国を滅ぼす悪魔と戦うための臨時徴収だって、去年の秋にもってかれたばかりなのによ。たくわえなんてない俺たちは金を払えなかった」


 春の戦争のときも、かなり無理な資金集めをしそれでも負けた帝国は、さらには無茶な追撃をしてそれでも失敗している。

 それでもまだ次をと考えるなら、これだけの締め付けは必要だ。


「最初は、手持ちの食料を全部もっていかれた。次は娘を売って金を作らされた。……そういう娘が街にあふれてろくな金にならなくて税金を払えば何も残らなかった。あいつを失ったのに、何も、何も!」


 娘を連れて行かれたことがよほど悔しいのか手が真っ白になるほど強く握りしめている。


「今度は食料を買うために、土地を売る羽目になった。土地がないから、食い物が育てられねえ、だから土地もっている奴に金を払って作物を育てるしかなかった。俺はそれ以外に生き方を知らねえ、税金の他に金をとられて、作物を育てても俺の手元には麦一粒残らないんだよ。だから逃げ出したんだ。こんなところに居たら、殺される。村のほかの奴らだって一緒だ」

「……なるほど」


 考えうる最低の愚策。

 農民が土地を売れば、食料の生産量が落ちる。そもそも農民が逃げ出すほど追いつめてしまえば意味がない。


「エルフが反乱を起こさなければ、こんなことにならなかった。さっさと負けてくれれば、度重なる増税もなかった。そう恨みたかったんだ。なのに、エルフが恩人なんてよ。俺は誰を恨めばいいんだよ!」


 その声にはやりきれなさが嫌というほど詰まっていた。

 きっと、今まで彼はエルフのことを恨み続けることで生きてこれた。ベル・エルシエに助けられて、俺のことを聞き、その根底を覆されて拠り所が無くなってしまったのだ。


「エルフのせいで、税の取り立てが厳しくなったということは認めよう。だが、俺たちは仲間を守るためにそうした。そのことを反省するつもりも後悔するつもりもない」


 付け加えるなら、この男は戦うべきだった。それができないのであればもっと早く、娘と一緒に逃げてくればよかった。


「……ここに住ませて、仕事をくれたことは感謝している。だが、割り切れない部分はある。表立ってはあんたらのことを悪く言わない。ただ、一つだけ頼みがある」

「なんだ?」

「もう帝国を終わらせてくれ。これ以上は無理だ。あんな地獄、なくなったほうがいい。どの村も同じだ。いや、街の中ですら。だからいっそ悪魔に食い潰されてしまえばいい」


 その言葉には万感の思いが込められていた。


「約束するよ。帝国を終わらせる」


 俺ははじめて、帝国を滅亡させると口にした。

 心の何処かで探し続けていた共存という言葉、いつのまにかその言葉にヒビが出来ていた。

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