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第四話:別れ

「何度言ったらわかる! 火入れが甘い」

「へいっ、親方!」

「あとそこ! ダメだ。図面の意図を理解していない! そんな基礎工事ならすぐにガタがくる!」


 俺は声を張り上げて作業現場に立っていた。

 今は夕暮れどきで、俺の指示のもと四十人の鍛冶屋の精鋭たちが動き回っている。


 今日で約束の三日目だ。

 日の高いうちは建設現場で実務を行ってもらいながら指示を出し、日が暮れれば宿場でひたすら座学を行うというスケジュールだ。


 俺は空を見上げる。

 夕日が沈みそうになっていた。


「よし、みんな今日はここまでだ! 区切りのいいところで切り上げろ。三十分後に飯、そのあと座学に入る。全員速やかに体を洗って着替えてこい!」

「「「了解です。親方」」」


 元気のいい返事が返ってくる。

 連日の徹夜だというのに、全員目がらんらんと輝いている。新しいことを教えてもらえるのが楽しみで仕方がないと言った様子だ。


 さすがにアスールが選別しただけあって、全員地力もあり吸収力もある。

 あっという間に俺の技術を理解し受け入れていく姿は、圧巻ですらあった。


「やろうども! 今日で最終日だ。思い残すことがねえようにしろよ!」


 鍛冶屋のリーダー格の青年が発破をかける。

 俺は苦笑する。本当は飯を食い終わったら出発するぐらいの気持ちで居たが、夜明けまでは付き合ってやろうと決めた。


 ◇


「親方、今夜は寝かせねえ」

「へへへ、たっぷり俺たちに付き合ってもらおうか」


 飯を食い終わるなり、ものすごい勢いで鍛冶師たちが俺のところに集まってくる。

 手には紙が用意されており、俺への質問内容がびっしりと書かれてある。

 俺は一日三時間は眠っているが、この質問状は俺が寝た後に鍛冶師たちが書いているので、ここにいる連中はほとんど不眠不休だ。


 今は、最低限の高炉を作るための知識や、俺の書いた図面の読み方は教え切ったので、各自に自由に質問させている。


 さすがの俺も、四十人がかりで質問攻めにされると一度には答えられないので、一度すべての質問を読み上げてからいくつかにカテゴリーわけをして、数人ごとに呼び出して教えるというスタイルをとっている。


「まず、アレック、エポナ。ロリタ、ソマネ、来い」


 この四人は鉄の剛性についての質問だったので、まとめて呼ぶ。

 するとその四人が駆け寄ってきて、その四人の一歩外側に残りの三十六人が円を作る。


 質問者以外が来るのは、自分のした質問でなくても得られるものがあると思っているからだ。

 一言一句聞き逃さないという気迫が見て取れる。


 俺はなるべく簡潔に回答するが、それに対する質問が続いて、あつい議論につながる。

 こういう空気は嫌いじゃない。

 いや、むしろ好きだ。好きなものに全力で打ち込む奴のことが好きなのだ。

 そうして、次々と質問を解消していくと夜がふけ、そして日が昇り始めた。


「みんな、お疲れ様。俺が教えてやれるのはここまでだ」


 俺は苦笑しながら口を開く。


「おっ、親方ぁ」

「俺たちを捨てるのか親方ぁ」


 なぜか、鍛冶師たちは涙を流し始める。

 完全な上下社会で生きてきた彼らは、目上の人間に対する敬意が大きいようだ。


「捨てるわけじゃないさ。あくまで三日だけって約束だからね。ここからは自分たちでやっていくといい。一応、高炉のサポートとして月に一度進捗確認には来るから、そのときにまた話せるさ」


 基礎は教えたが実践できるかはまた別だ。

 エリンとの契約で、定期的に図面通りのものができているかを見に来る約束になっている。

 そのときは、時間を作って彼らにものを教えるのも悪くない。


「親方、エリンに来ませんか? 親方の腕と知識なら、どこでも受け入れてくれるし、報酬も思いのままですぜ」

「そうだそうだ。親方みたいな人が森に引きこもっているなんて世界の損失だ」

「俺たちと一緒にエリンを盛り上げていきましょうぜ! 親方が居ればエリンはコリーネ王国から独立して世界最強の国家になれる!」


 鍛冶屋たちの言葉にどんどん熱がこもっていく。

 彼らの言うことも一理ある。

 俺がエリンに来れば金も権力も思いのままだし、そこにエリンの財力と豊富な人材を使えば、彼らが言う通りコリーネ王国から独立して最強の軍事国にもなれるだろう。

 それでも……


「嫌だよ。俺は大事な人たちがいるエルシエを自分の手で盛り上げたい」


 俺は、ルシエとクウ、そしてユキノたちがいるエルシエを選ぶ。

 エルフや火狐はエリンでは生きられない。俺たちが安心して暮らせる豊かな国を作り上げる。俺が俺自身に対して行った誓いだ。


「そうっすか、親方の意思は固いみたいですね。残念っす、俺たちはまだまだ親方から学びたかったのに」

「ううう、親方ぁ」

「そう泣くな。また会えるさ。それにね、俺からまだ学びたいなら俺がエリンに来る以外にも方法はあるよ」


 俺の言葉を聞いて鍛冶師たちが身を乗り出す。この三日でたくさんのことを教えたが、三日では限界がある。みんな、まだまだ知りたいことがあるのだ。

 さて、俺の目的を果たそうか。


「俺がエルシエを捨てるのは無理だけどね。君たちがエルシエに来てくれるなら、俺は俺の持てる技術を君たちに伝えよう」

「なっ!?」

「そっ、それは」


 鍛冶師たちがどよめく。

 それは当然だ。彼らはエリンで才能が認められ、それなりの地位にいる。しかも、エリンに居るということはその腕を認めてもらう機会はいくらでもある。


 エルシエに来て俺の師事を受けても、その腕前を誇示できる機会は少ない。

 地位と名誉と金。そのすべてを捨てたものだけが、俺から技術を受け取ることができる。

 究極の選択だ。


「エリンを捨てるかどうかの判断だ。即答はしなくていい。それに君たちも鍛冶師だ。今受け持っている高炉の建設。それを果たすまえに投げ出したりはできないはずだ。三か月後、高炉が完成して、そのときに選べばいいよ。俺についてくる気持ちがあるならエルシエは受け入れる」


 あたりを沈黙が支配する。

 そんな中、一人の男が口を開いた。


「俺は親方についていく。高炉の建設が終われば必ず親方のもとへ行く。それが最高の鍛冶師になるための近道だからだ。親方、今後ともお願いします」

「わかった。楽しみにしているよ」


 結局、あと三人ほどがその場で俺について行きたいと言った。

 残りのメンツも悩んではいるようだ。

 そして俺は鍛冶師たちに惜しまれながらも、彼らに別れを告げて宿場を後にした。


 ◇


「うちのホープたちを引き抜こうなんてひっどいですね。アスール様にちくりますよ」

「じいか……」


 アスールの付き人である男装の麗人が背後から声をかけてくる。

 俺でさえ風の魔術がなければ気付けないほどの気配遮断の技術をもっている危険人物だ。


「好きにすればいい。あいつはそれぐらい見越しているだろうし、エルシエで腕をあげてから再度引き抜くぐらいは考えているだろう」


 それぐらいでないと、長なんてやっていられない。

 都市の長というのは、やっていることはマフィアの首領と大差ない。


「ちっ、かわいくない。まったく少しは驚いてくれないと面白みがないですよ」

「じいのように、可愛げがありすぎるのはどうかと思うぞ。唇にクランベリージャムが付いている。俺たちの新作クレープだ。また仕事中に抜け出して買い食いか?」

「はわわわわわ」


 じいは慌てて口元を拭う。

 今回売っているクレープは焦がしメープルシロップだけでなく、煮詰めたクランベリーにメープルシロップを加えたジャムを材料にしたものも売っている。


 そうすることで飽きないようにもできるし、クランベリーを使う分メープルシロップを節約できる。


「アスール様には内緒ですよ?」


 唇にじいはちょこんと人差し指を当てた。

 その仕草がおかしくて口を抑えて笑う。


「そうさせっ……」


 俺は苦笑しながら言葉を紡ごうとしたが中断された。

 じいに首元にナイフを突きつけられていたからだ。

 動きが見えなかった。

 馬鹿な話をしてできた一瞬の緊張感の緩み。そんな中、視線を外した刹那。彼女は口元に当てていた手と反対の手でナイフを抜き、予備動作なしで距離を詰めてきた。


「エルシエの長、油断しましたね? 私の立場覚えていますか? お嬢様の付き人兼、護衛兼、エリンの間諜部隊の隊長ですよ」


 ナイフが肌に触れて、一筋の血が流れた。

 じいの使っているのは俺が作りエリンで売ったナイフだ。


「まいったな、もしかして今まで見せてくれた間抜けな姿は全部演技か」

「いえ、あれは素です」


 ノータイムでじいは返答する。

 よかった、あれが演技だったら俺は人間不信になっていた。

 じいは、ふっと浅い息を吐いてから三歩後ろに下がった。


「もし私が本気なら、あなたは死んでいました。帝国ではゆめゆめ気を抜かないように。あそこには私以上の化け物がいます。油断すると一瞬で死にますよ」


 じいはナイフを鞘に納め、にこやかな笑顔を浮かべる。


「まさか、今のは俺に警告をするためにやったのか?」

「そうですよー。アスール様から出発前に気合を入れろと命じられました」

「ずいぶんと親切だな」

「ええ、まだあなたには死なれては困るので。アスール様は私にあなたの護衛をするように命じましたが、さすがにそれはできません。だから、こうしてご忠告をしたわけです」

「肝に銘じさせてもらう。アドバイスをもらったついでに教えてほしい。じいの言う、じい以上の化け物は、アシュノか?」


 かつて、狂気の魔術師シュジナが、愛した少女であるシュラノの身体と世界樹、自らの細胞を使って作り上げた不老不死のホムンクルス。亜流にせもののシュラノという意味を込めて名付けたアシュノ。


「そっちの名前を知っているんですか。驚きです。英雄として有名なのはもう一つの名前で、本名は親しい人しか知らないはずなのに」

「彼女のことは、よく知っている。正直に言うと、今までじいのことを、アシュノが化けているとすら疑っていた」


 じいは、自分で全属性魔術に一切の適正がないと言っていた。

 そんな存在は勇者しかありえない。だが、彼女は勇者ではないことは見てとれる。


 勇者以外の規格外の存在はそれほどいない。

 ゆえに、ハイエルフであり、属性魔術を使えば正体がばれるアシュノが、身分を隠すために使えないふりをしているのだと予測していた。


 彼女とあったタイミングも、俺がアシュノと話をしてからだというのもある。


「私が、アシュノ様? あはは、面白い冗談です。いやですよ。あの人と一緒にしないでください。……アシュノ様の知り合いなら話してもいいか。私は、魔物が復活した時代に対応する人間のモデルケース。アシュノ様がご自身をお手本に作ったお人形です」

「モデルケース?」

「ええ、アシュノ様は、『大魔導士シュジナ様の作った結界はいつか破たんする。その後の世界で生きていける人間を作る』と言っていましたね。結局、私を含めて十人程度で諦めましたけど、彼女は超人を作ったんです。エルナが満ちて魔物があふれても人間が強くなれば困らないって、面白い発想ですよね」


 エルナとは、属性魔術を使う際に消費するマナの反作用として生まれる力。

 それが集まると、人の恐れを具現化し魔物となる。

 エルナが世界に満ちないように大魔導士シュジナは大規模な封印の術式を作り、それをアシュノが守ってきた。


「封印が限界だと?」


 アシュノと最後に話したとき、アシュノは約束を破ると言っていた。

 そのことを封印の管理をしないと俺は読み取ったが、そもそもメンテでは追いつかない状態に陥っていた?


「ええ、あと十年か二十年で魔物が世界に溢れるらしいですよ。それに向けて、『今は世界のルールを変えて世界中の人の強さを底上げする研究に鞍替えしている』ってアシュノ様から忘年会で聞きました。魔術を使用する際には世界の物理法則を小規模に歪めるわけですけど、それを応用すれば可能って話ですね」

「あいつはいったい何を……」


 俺は考え込む。もし、本当に封印がどうしようもないのであれば早急に手を打たないといけない。それこそ、【俺】の力を全て引き出してでも。


「でも、アシュノ様のお知り合いなら、少し安心です。あの人身内は大事にしますからね。まあ、どちらにしろ気をつけてくださいね。帝国は魔境です。私の同類とかもいるかもしれませんし」


 ひらひらと手を振ってじいが離れていく。


「どうしてそこまで話してくれた」

「うーん……、アシュノ様のお知り合いなら兄妹みたいなものですしね。得体の知れない気持ち悪さも、アシュノ様絡みなら、まぁ、しゃあねえって感じですし。ではでは、ご健闘をお祈りしますよ」

「最後にもう一つ、じいはどうしてエリンに居る」

「バランス調整ですよ。帝国に勇者が二人居るのに他の国に対抗措置がないと、帝国はどんどん勇者の力でごり押しして世界征服に乗り出しちゃいますよね? だから、勇者を止められる私が敵に回ったんです。……まあ、それはきっかけで。アスールの母親と親友になったから、彼女の置き土産が居る間は、コリーネに居座ることに決めたんですけど」

「孤児院の話はどうした」

「気の強いあの子は、私が弱点を見せたほうが、安心すると思ったからわざわざ弱点を作ってあげたんです。もっとも、今はそっちも大事になっちゃった。嫌ですね。人とかかわるとどんどんめんどくさいものが増えていく」


 今度こそ完全にじいが消える。

 俺は、じいを見送り、拳を握りしめる。

 考えることが増えていく。

 自ら破滅への道を歩む帝国。破たんが見えたエルナの封印。

 俺の知らないところで確実に何かが始まろうとしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルにチートと書いてあることにこれほど安心したことはない。このほど良い緊張感がその辺のチートと違うのかな
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