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第一話:【安らかなる祝福】

【輪廻回帰】の準備が整った俺はクウに話しかける。


「クウ、今からお腹の中の子供に魔術を施す。動かれると危ないから、悪いけど、しばらくの間眠っていてもらっていいかな?」

「えっと、シリルくん、それってどういう?」


 クウの言葉が終わる前に、俺はクウの首筋に手を当てて、電気変換した魔力を流しこんだ。


 一瞬、クウの体がぴくりと震えてから崩れ落ちる。これでしばらく何をしても目を覚ますことはないだろう。

 安心して魔術を使える。


「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」


 自らの内側に強く語りかけるようにして魔術を起動していく。


「我が望むは、絶望の世界に光を灯した大魔導士、その名は……」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「シュジナ! 【輪廻回帰】!」


 体が光に包まれる。

 固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。


 光が収まった俺の身体は、魔術師らしいローブを身に纏い。地・火・風・水四色の魔石が取りつけられた儀礼用の杖を持ち、長い白髪を銀細工の宝石が付いた髪飾りで押さえつけた三十代半ばの人間の姿になった。


「やっぱり、シュジナが一番馴染む」


 魔力回路に魔力を流して、コンディションを確認する。

 淀みのない流れに頬が緩む。


 本来、優秀な子供を産む研究をしていたのはシュジナではなく、十五週目の俺、フェリナという女性だ。


 それでもシュジナを呼び出したのは、もっとも魔術制御に長けた俺だからだ

 シュジナは普通の人間として産まれたが、魔術を極めること以外に興味がなかった当時の【俺】は、シュジナが【俺】を思い出すと同時に、その体を完全に乗っ取り、徹底的に魔術に適した体に改造した。


 世界樹や一部の亜人等といった人間以外の因子を盛り込み、存在を改変・効率化。


 脳に至っては、基本スペックの強化に合わせて、普通の人間が使っていない領域のフル稼働、魔術による疑似仮想化による多重計算、リミッターを解除での処理能力強化及び、オーバーヒートによる破損の自動修復機能の追加。思考の方式そのものを効率の悪い人間のものを捨て独自のアルゴリズムに置き換えている。狂気の沙汰としか言いようがないほど手を加えようだ。


 それ故に、体内魔力オドを使った魔術の制御においてはシュジナの右に出るものはいない。


 使うのは、フェリナが考え実用化した魔術だが、制御は困難を極め、フェリナの状態で魔術を使えば成功率は良くて七割と行ったところだ。だが、シュジナなら限りなく100%に近づける。


「今度は、あの子の声は聞こえないか」


 シュジナの娘……アシュノ。前回はシュジナを呼び出すと同時に声をかけてきた。それがないということは【俺】が細工をしてあるのだろう。


「クウ、ごめんね」


 俺はクウに謝ってから服の中に手を入れて直接下腹部に手を触れる。

 クウを気絶させたのは、繊細な魔術の最中に予想外の動きをされると、母子共に危ないというのが理由の一つ、もう一つは俺がシュジナの姿を見られたくないからだ。


 クウの体温が手のひらを通して通じてくる。


「【解析】」


 シュジナの得意魔術、解析。対象の体に探査用の魔力を流し、体の隅々まで詳細な情報を得る。シリルのときにも使える魔術だが、シュジナの状態では収集できる情報量の桁が三、四つは違う。遺伝子情報まで読み取ることが可能だ。


「そうか、双子か」


 シリルのときにはわからなかったが、クウのお腹の中に居る子供は双子だった。妊娠して一か月半程度だが、もう胎児になりはじめている。成長が想定以上に早い。


 クウに話を聞いたところ、火狐はエルフや人間よりも妊娠期間が短く、五か月から半年で出産するらしい。その分、生まれてくる子供は2000g程度と若干未熟な状態で産まれる。


 それを裏付けるように、もう人間で言えばお腹の子は妊娠二か月程度の状態で、この時期がもっとも、魔術を使用するのに適した頃合いだ。


「はじめましてかな。俺が君たちのお父さんだ」


 クウの状態と合わせて、お腹の子たちの状態を確認していく。

 二卵性双生児で男の子と女の子のようだ。魔力を流した感覚でわかる。


 男の子には魔術の才能がまったくと言っていいほど存在しない。ほとんどの魔力回路が閉じられており魔力を体が拒否している。内に秘めた魔力量もごく微弱。


 逆に女の子のほうは天才と言っていいだろう。魔力回路の数、質、魔力の総量、素質だけなら俺どころかクウやルシエよりも上だ。優秀な子供を作る研究で千人近い子供を見てきたが、ここまで優秀な子は見たことがない。


「双子で、灰色と金色か。このまま産まれれば苦労しただろうな」


 シュジナの状態で、クウの体を調べてわかった。火狐は体毛の色によって能力が決まるわけじゃない。魔力の高さで体毛の色が決定する。クウの場合は、金色の火狐だから強いわけじゃない。強いから金色なのだ。だが、不思議なことにクウの遺伝子を見る限り銀色になる要素はない。


 もしかしたら、銀色は突然変異ではないだろうか? クウたちが銀色の火狐を特別な火狐と言っていた意味がようやくわかった。


「【安らかなる祝福】」


 そして、十五週目の俺、フェリナが生涯をかけて編み出した魔術を起動した。


 フェリナが産まれたのは、シリルの居るこの世界より少しだけ文明と魔術が発達した世界だった。


 そこでは亜人は存在せず、人間同士で争い合い。大きな戦争が百年以上続いていた。


 フェリナのときはシュジナのときと同じく、【俺】が目覚めると同時に体を乗っ取り、魔術を極めるために、都合がいいからと高い地位についていた。


 そんな彼女は、長い戦争を終わらせるために、国から最重要プロジェクトを任される。

 それが、人工天才プロジェクト。次の世代で全てを終わらせるために、優秀な人間を一から作り上げることによる国力の底上げが目的だった。


 フェリナだった俺は喜んだ。そのときの俺は、魂の移動先を自分で選ぶ研究を続け、あと一歩というところまで来ていた。自分で作った天才の体に魂を移せば魔術の研究は今まで以上にはかどる。


 そして、魂の移動先を選択する研究を完成させるにはどうしても、人体実験が必要だった。その材料が、天才を産みだす研究で手に入ることを期待していた。


「この魔術を自分の子供に使うなんてな。こんな呪われた魔術を」


 研究は困難を極めた。

 まず、天才とは何か? そこを明確にしないといけない。

 幸い、魔力が高い子供はみな身体能力、容姿、脳の処理能力の全てが優れていることから、魔力を高めれば求める人材が手に入るという仮定ができた。


 なら、魔力が高い子供ができる条件は? それは遺伝なのか? 環境なのか? 後天的な努力なのか?


 何年も研究を続け、重要なのは遺伝と、環境。ごく幼いうちに魔力を浴びていた子供たちが若干平均より魔力が高いということがわかった。


 その仮定を元に、ひたすら産まれたばかりの赤ん坊に特別な施設で大量の魔力を浴びせ続ける。


 研究は一応の成果があった。その施設の子供たちは平均よりも若干魔力が高かった。そして魔力が高い子供たちは確かに優秀だったが、言われてみれば程度の効果しかなかった。


 より、研究を発展させるために、次は浴びせる魔力の質を調べた。そうすると特定波長を強めると劇的に効果があがることがわかった。さらに、幼ければ幼いほど効果が高く、妊婦の腹の中に居る状態から施設に住ませればさらに効果があがった。


「それでも、まだ足りなかった」


 優秀な人間が出来るようになった。だが、天才にはほど遠い。


 そこで妊婦の体内にいる胎児に直接特定波長の魔力を浴びせれば、もっと効果が高いのではないか? との結論に至った。


 百人の妊婦を使って実験、結果は六十二名が流産。三十六名が奇形児としてうまれ、二名の天才が産まれた。


 国はその二人の天才を量産しろと言った。ただし、成功率二パーセントでは話にならない。もっと成功率をあげろ。そのための犠牲はいとわない。……俺は躊躇わなかった。


 より効果的な魔力波長を見つけるまでに、さらに百三人の犠牲者。そして適切な魔力強度を見つけるのにさらに百二十五人の犠牲者。もっとも効果的な魔力照射のタイミングをみつけるのに四十七人の犠牲者を産んだ。


 そこまでしてようやく、天才を生み出す魔術は完成した。数えきれない犠牲と三十四年の歳月をかけて。


 だがそれでも、魔力波長と強度の制御は難しく、フェリナですら成功率七割、成長しアシスタントについた作られた天才たちでも六割程度しかなかった。研究が完成した後も、俺は国が求めるままに、三割死ぬ魔術を国中の妊婦にかけてまわった。


 俺は、結局その国が戦争に勝ったかは知らない。この研究を完成させた年に死んだからだ。他ならぬ自分が作り出した最初の百人を使った実験で生き残った二人の天才に殺されて。


「はじめよう。魔力波長の個体に合せた最適化。現状の状態から最適強度を逆算、魔力回路の強制開通」


 集中力とイメージを強化するためにあえて声に作業内容を出す。

 額に汗が浮かぶ。まずは才能がない男の子のほうに手を出す。


 この子の体に無理に魔力を流すとそれだけで死んでしまいかねない。なので最初は魔力回路を慎重に開く。

 胎児の段階でのみ可能な工程だ。もう少し成長すると魔力回路はどうあがいても弄れなくなる。


 限界まで回路数を増やし整備して質をあげる。シュジナの脳処理能力ですら限界ぎりぎりの作業。


「魔力波長の変換、強度計算、調整後、対象の魔力回路への接続、供給」


 魔力回路の整備と増設は無事完了。これで少なくともこの子は俺以上の魔力回路を手に入れた。次はその魔力回路を活かすための、魔力量の強化のための工程にうつる。


 自らの魔力の波長を特定波長変換した上で、男の子の魔力回路に流しはじめる。細心の注意を払い、常に男の子の状態を確認しながら徐々に強くしていく。男の子の存在が軋み、歪む。崩壊寸前の状態になるのが伝わって来る。


 緊張で自分の心音がやけにうるさく聞こえる。そして、はじけ飛ぶ直前で力を徐々に緩めはじめた。ここでいきなり力を止めてしまえばこの子は確実に死ぬだろう。


 十分かけて俺は完全に魔力を停止させた。

 男の子は無事だ。


「ふう、なんとか、成功した」


 クウのお腹の中で魂の傷を癒しながら成長し、本来では考えられないほどの魔力をもって産まれてくる。


 俺は今になって考える。フェリナのときには犠牲になった母親や子供たちの気持ちなんて一切気にしなかった。


 でもきっと、その子たちは産まれたかったし、母親は悲しんだだろう。その数百人の犠牲の上で、この魔術は産まれ、俺の子を含めて何人もの天才を産みだし続けている。


「次は、キミだね。クウに似てくれることを願っているよ」


 まだ名前も決まっていない娘に話しかける。

 この子は男の子より手がかからない。魔力回路は理想的で逆に手を加えると悪化しかねないぐらいだし、魔力への順応性も高いから少々の制御ミスも余裕で受け入れてくれる。


 それでも、万が一はある。俺は気を引き締めてから作業に取り掛かった。


 ◇


「クウ、おはよう」


 俺は意識を取り戻したクウに微笑みかける。もちろん、【輪廻回帰】は解除済だ。


「おはようございますシリルくん……あれ、ここは? あっ、思い出しました! いきなり何するんですか!」


 一瞬、寝起きでぼんやりしていたクウは、俺に気絶をさせられたことを思い出して急に抗議してきた。


「ごめん、ごめん、気絶する前に言ったけど、繊細な術で話しかけられたり、動かれると怖かったんだ」

「それでも、不意打ちはひどいです」

「うん、次からはちゃんと気絶させる。って言ってから気絶させるよ」

「それも、何か違う気がします」


 クウが釈然としない顔で首を傾げた。


「シリルくん、魔術はどうでした?」

「うまく行ったよ。強い子達が産まれてくる」

「良かったです。ちょっと、気を失っている間に夢を見てたんです。シリルくんが失敗して、お腹の子が死んで、私が子供を産めない体になる夢」


 クウは自分の体を抱いて震えた。

 確かにそれはひどい悪夢だ。


「……クウ、それはいくらなんでも悲観的すぎるよ」


 実際にそうなる可能性はゼロではなかった。だが、シュジナの演算能力があれば間違いはまずないと考えて、俺は魔術を使用した。


「シリルくんが怖いこといっぱい言ったから。そんな夢を見ちゃったのかもしれません。それと、シリルくん、子達ってなんですか?」

「今日、わかったんだけど、産まれてくるのは男の子と女の子の双子なんだ」


 クウは口を押えて感極まった声をあげた。


「そんなに嬉しい?」

「はい! 女の子のほうが嬉しいと言いましたが、実は男の子も欲しかったんです。女の子が居れば、その次の世代の火狐も生まれるし、男の子がいれば、きっと皆を導いてくれるって思ってたんです。男の子も、女の子も一緒に産まれてくるなんて嬉しすぎて信じられないぐらいです」

「間違いないよ。俺も、クウが喜んでくれるなら嬉しいな」

「はい!」


 クウは俺が気絶させたことなんて忘れてひどく上機嫌な様子だ。


「そういえば、名前どうしようか?」


 火狐の子供は妊娠して五か月から半年で産まれてくる。早ければ四か月もしないうちに出産だ。

 そろそろ名前を決めておかないといけない。


「それなんですか、シリルくん。男の子の名前は私に決めさせてください。女の子の名前はシリルくんが決めてほしいんです」

「いいよ。でも、少し考える時間をもらえないかな?」

「シリルくんが帝国から戻ってきたら私に教えてください」

「それまでには決まっていると思うよ。クウはもう決めていたりする?」

「実はもう決めています。でも、シリルくんが帝国から帰ってくるまで教えません。だから絶対に帰ってきてくださいね」


 クウが上目使いをしながらそう言って、そっと俺の手に自分の手を重ねた。その手を俺は握り返す。


「そうだね。クウが考えた息子の名前、絶対に聞きに戻ってこないと」

「それに、シリルくんが帰ってこないと、娘は名前がないまま産まれちゃいます」

「そっちのほうが重要だ。可愛い娘が困っちゃう。ますます帰って来ないといけなくなった」


 名前の無い女の子なんて可哀相だ。

 女の子の名前か……これはゆっくり考えないといけない。かわいいだけじゃなく、火狐らしい名前にしないといけないから難しい。


 そうやって考え込んでいると、クウが少し照れくさそうにはにかみながら口を開いた。


「そうですよ。シリルくんが帰ってきてくれないと、私も子供もみんな悲しんじゃいます。絶対に絶対に帰って来てくださいね。約束ですよ。……お父さん」


 俺は、クウの放ったお父さんという言葉がひどくこそばゆくて、赤面してしまう。俺は、どうしようもなくクウが愛おしくなって抱き寄せて口づけを交わした。


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