プロローグ:出発前日
今日から連載再開です。定期更新を心がけます。
また、モンスター大賞 最優秀賞を受賞して書籍化が確定しました
結婚式が終わり、俺はルシエとクウと正式に結ばれた。
一晩経ったが気力が充実している。今なら何でも出来る気がする。
「それにしても、昨日は楽しかったな」
式が終わってからの宴会では、ユキノ達が、歌と踊りを披露してくれた。
三人の『よっこらふぉっくす』は非常に可愛らしく見ていると自然に頬がほころんだ。
三人が踊っている途中に、理性が吹き飛び、乱入しようとした不届きものを取り押さえたりするハプニングもあったが大盛況のうちに三人の『よっこらふぉっくす』は終わった。
クウなんて、『よっこらふぉっくす』を見ると、顔を赤くして俯いて、ぷるぷる震えながら、
「あの子たち、私のために、あんな恥ずかしい歌を歌ってくれるなんて、……嬉しいです。でも古傷が、古傷が疼くぅ」
なんて言って感動の涙をこぼしていた。その横で、俺とルシエは三人の妹たちの揺れる尻尾を堪能できて非常に満足した。
他にもエルフのコンナたちの演奏や、狩人たちの曲芸じみた射撃、なぜか、じいが飛び入りで手品を披露するなどがあって夜明けまで盛り上がり続けた。
「シリル兄様、こんな感じでいい」
昨日のことを考えていた俺に、銀色の火狐のユキノが俺に問いかけてくる。
今、俺たちはアスール達に見せた製鉄のための高炉とは反対側にある、もう一つの炉……コークス炉に居た。
こっちはアスール達に見せていないし、今後も見せるつもりもない。
明日になれば、エリンに出発するので、このコークス炉の扱い方を留守番組に教え込んでから出発するつもりだった。
「うん、それぐらいの火加減でちょうどいい。そっちはいいとして……ネール、風をもう少し強く」
「はっ、はい、シリル様」
エルフの少女のネールは、俺の声に驚きながらも風の力を強めた。
それにより、コークス炉に風が循環する。コンナの妹だけあって性格がよく似ている。
「シリル兄様、石炭だけしかいれてないけど、何を作ってるの?」
ユキノは火を緩めずに聞いてくる。
「これは、石炭をコークスっていうものに変えるための炉なんだ。製鉄をするときに、石炭をそのまま使うと、火力が落ちるし色々と無駄なものが入っていて、鉄の質を落しちゃうんだ。だから石炭は不純物を取り除いてから使わないといけない。その、不純物を取り除いたものをコークスって言って、それを作っている」
石炭には、硫黄、コールタール、ピッチなどが含まれており、特に硫黄は鉄を脆くしてしまう。
だからこそ、事前に取り除かないといけない。
そのためには、1300℃以上の高温で数十分蒸し焼きにする。
それによって石炭から不純物が分離するのだ。さらに、この工程を踏むことで石炭以上の高温での燃焼を可能にする効果まである。
普通なら、燃料である石炭を加工するために、石炭を使用するなんて馬鹿なことになってしまうが、エルシエには火狐が居る。彼らの力を借りることで燃料の問題はクリア。
さらに、エルフの力を借りて送風することで熱を均一に加熱し、強度のあるコークスを得られる。
「シリル兄様、どうしてこんなの作るの? 鉄を作るとき、ユキノたちならこんなのなくても作れる」
「そうだね、このコークスは自分達で使うために作っているわけじゃないんだ。エリンに売る、エルシエの特産品だよ」
石炭でも鉄は作れる。だが、コークスを使ったほうが効率的に、なおかつ高品質の鉄が作れる。間違いなく、エリンが欲しがる商品だ。
しかも、石炭をコークスにする工程を自力で気が付くには時間がかかるし、効率よくコークス化を行うための設備なんて数十年は出てこないだろう。その間エルシエの重要な資金源になる。
「他にも、これを見て」
俺は、コークス炉に作ったくぼみに溜まっている硫黄を取り出した。
このコークス炉には仕掛けがしてあり、コークスをつくった際に発生した不純物をまとめておくような設計になっている。
「シリル兄様、これ何?」
「硫黄、火薬の原料だよ」
「火薬って、この前シリル兄様が使ったどかーんってする奴?」
「そう。コークスを作るついでにこれがいっぱい、取れるんだ。お金を稼ぐついでに武器が補充できる。素敵だろう?」
「うん、ユキノも、無駄が無くていいと思う」
今まで動物の死骸からの抽出や、エリンに売っているアクセサリー用の硫黄で火薬を作ってきたが、これからはこのコークス炉でどんどん硫黄を確保できる。
石炭の調達については、ベル・エルシエに居る五大長に相談したところ、五大長の一人が自分のいた村の近くで燃える石が採掘できると言ったので、ベル・エルシエの住人に採掘してもってきてもらった。
エリンには、コークスを石炭の加工品ではなく、高品質な石炭として売るつもりなので、エリンで購入せずに石炭が手に入るのは運が良かったと言える。さすがに、エリンで石炭を大量購入すれば怪しまれる。
「シリル兄様ずるい。エリンの人たちには、鉄のことを教えるって約束してたのに」
「約束は守ってるよ。ただ、よりよい作り方が他にあったってだけだからね」
石炭のままでも、帝国のものより性能のいいものはきちんと作れる。そこは嘘ではない。
ただ、そこに俺たちが儲けるための余地を残しただけだ。
「シリル兄様、できた」
「どれどれ、うん、よく出来てる」
ユキノたちの作業により、石炭は真っ黒なコークスに変わっていた。
熱を冷ましてから触ってみるが、不純物がない、いい仕上がりだった。
「ユキノに、俺のいない間、このコークス炉のことは任せるよ。これから、どんどんベル・エルシエから石炭が運ばれるから、ユキノはエルフの皆と協力して、それを可能な限りコークスにして、硫黄を溜めこんでおくこと。できるかな?」
「うん、シリル兄様任せて」
「ありがとうユキノ。ユキノには、いろいろと頼んで悪いと思っているよ」
イラクサのメンバーとしての訓練、家と村長宅の家事、ヤギの世話、それにこのコークス炉の仕事だ。
十二才の少女に任せるにはかなりの仕事量だ。だが、火狐の中でも特別な力を持つ銀色の火狐、その力に頼らざるをえない。
「構わない。ユキノはシリル兄様に頼ってもらえてうれしい。いっぱいいっぱい頑張るから、帰ってきたらいっぱい褒めてね。後、ユキノのお願いを聞いてくれると嬉しい」
「もちろん、俺に出来ることなら何でもするよ」
「なら、シリル兄様、ユキノにシリル兄様の子供を産ませて」
「……それ以外で」
「シリル兄様の嘘つき」
いつか、ユキノにちゃんとした性教育をしないといけない。クウやルシエは逃げるので、クウの師匠のレラあたりに頼もうか、経験が豊富そうだし。
「それは置いといて、出発前にユキノにプレゼント。ずっと、帝国との戦争のときに頑張ってくれたご褒美あげてなかったからね。気に入ってくれると嬉しいよ」
俺は熱を出して倒れるまで頑張ってくれたユキノのために、ご褒美をあげると約束していた。
ユキノに何が欲しいか聞いていたのだが、返事がなかったので、後回しになってしまっていたのだ。
だから、俺の一存でプレゼントを贈ることにした。
上品なシックな色合いの皮のチョーカー、正面にルビーのような赤い宝石がついている。それをユキノの白くて細い首に巻く。
銀色の髪や狐耳に、シックなチョーカーはなかなか似合っていた。
「シリル兄様、ありがとう! ちょっと、外行ってきていい?」
「どうして外に?」
「ユキノ、首に巻いているから、自分で見れない。水にうつしてチョーカーを見るの」
「外せばいいんじゃないかな」
「シリル兄様がつけてくれたのに、見る前に外すなんて絶対、嫌」
ユキノは変なところで頑固だ。
「手鏡を持っているから、それを使って」
俺はポケットから折り畳みの鏡を取り出す。
この前、部屋に備え付けてあった鏡を、アスールとじいが気に入っていたので、エリンについたら、先日の贈り物のお返しとして手渡すつもりのものだ。
ユキノは、目を輝かせながら鏡に自分の首元をうつす。赤い宝石を見たとき、銀色の耳がピンとなって尻尾がぶんぶん揺れた。
「きれい。シリル兄様、ずっと、ずっと大事にする」
「そうしてくれると嬉しいよ」
愛おしそうにユキノはチョーカーを撫でたあと、鏡を机の上に置いてから、俺に抱き着いてきた。
妹に喜んでもらえて俺も嬉しい。
「そのチョーカーには魔術がかけていてね、一回だけ、どれだけ遠く離れていてもユキノの声が届くんだ。ユキノが頑張って、頑張って、本当にどうしても駄目なとき、その首の宝石を握り占めて俺の名前を呼んでほしい」
「一回だけ?」
「うん、一回使ったら宝石が砕けるから一回しか使えないんだ」
「ユキノ、絶対に使わない」
ユキノは俺から離れて、見えない何かからチョーカーを守るように手で覆う。警戒しているのか狐耳がぴくぴく動いていた。
微笑ましくて、俺は頬が緩んだ。
「必要なときには使わないと駄目だよ。本当に必要なときには俺を呼んで」
「……ぜったい?」
「うん、絶対。どれだけ遠くてもユキノのために駆けつけるから」
「わかった。ユキノがどうしても駄目なときは呼ぶ。そうならないように、ユキノもっともっと強くなる」
ユキノは、強ければ俺を呼ぶ必要がなくなる、チョーカーを壊さなくなると考えてやる気を燃やしていた。
「……ユキノぐらいだよ。頑張りすぎて心配になるのは」
俺は苦笑いをしてぼやいた。
◇
午前中にコークス炉のレクチャーが終わった。
そして、旧工房に俺はうつった。クウを呼んでおり、そこで二人っきりになっていた。
「クウ、悪いね。呼び出したりして」
「シリルくん、駄目ですよ」
クウは警戒心をあらわにして、いつもより一歩俺から距離を引いていた。
「一応聞くけど、何がダメなのかな?」
「えっちなことです。今は大事な時期ですから」
クウは妊娠してから夜の行為を拒むようになった。 子供への悪影響を恐れているようだ。
「……別にそんなつもりはないよ」
「そうなんですか、いつもここに呼ばれるときは、そういうことをするので」
「確かにそうだけどね」
クウとの夫婦の営みをルシエとの家でやる気にもならず、かと言って常に誰かが居る村長宅や、火狐の居る工房でも無理。
だから、必然的に物置に使っている旧工房でそういうことをしていた。
「俺だって、子供が大事だよ。そんな無理にやったりはしない」
「シリルくん、疑ってごめんなさい」
「謝らなくていいよ。俺の日頃の行いが悪い」
クウには、だいぶわがままを聞いてもらっている。ついつい、クウが可愛くて暴走してしまうことが多い。
「どうしてここに呼んだんですか?」
「二人の子供のことについて話そうと思ってね」
俺は真剣な表情でクウの顔を見つめる。
「クウ、俺には生まれる前に手を加えて、産まれてくる子供を天才にする技術がある」
胎児の状態で、特定の波長を与え続けると、魔力に関する順応が高まる。
加減を間違えれば障害を引き起こしてしまうし死に至ることがあるが、俺はそんなヘマはしない。
魔術と言うのは想いの力だ。ある程度無意識な願望を叶えてしまう。非常に微々たるものだが、その積み重なりは馬鹿にできない。
誰もが本能的に、美しくなりたい、賢くなりたい、強くありたいと願っている。その願いがほんの少しずつ、反映される。
極論を言えば、魔力が高いものは他と比べて、容姿に優れ、頭の回転がよく、身体能力が優れる。俺や、ルシエ、クウ、ユキノものその例に漏れない。
それは幼ければ幼いほど効果が高い。胎児の段階で魔力への順応を高めさえすれば、世間一般でいう天才児が産まれる。
過去の俺の中に、国に命令され、その研究をしていた俺が居る。その俺は、数十年の歳月と、千人を超える犠牲の上、その手法を確立させた。
「シリルくん、それって、自然な方法じゃないですよね?」
「そうだよ。魔術的な手法だ。魔術で捻じ曲げて不自然な形で産まれる」
「……危険なことですよね」
「危険な魔術であることは否定しないよ。失敗すれば障害が残ったり、流産したりする可能性がある。でも、俺は絶対に失敗しない。そこは信じてほしい」
「私は嫌です。私は産まれてくる子供が普通の子、いいえ、人より劣った子でも愛せます。そんなことしたくないです」
「そうだね。俺も同感だ」
子供が優秀であれば嬉しい。だけど、優秀じゃないと愛せないわけじゃない。自然な営みで産まれて欲しいとは思う。
「だったら、どうしてこんなことを言い出したんですか?」
「俺たちの子供が、幸せになるためだよ。確かに、俺たちはどんな子供が産まれても愛せる。だけどね、普通の子が俺たちの間に産まれたら、きっと辛いと思うんだ。どうしても俺たちと比べられる」
「確かに、それはあるかもしれないです」
俺もクウも、天才と呼ばれる人種で、なおかつ有名人だ。どうしたって産まれてくる子供は俺たちと比較される。
過去の俺の中には、子育てをした経験のあるものもいるが、偉大すぎる親とのギャップで押しつぶされた子供も何人か居た。
「他にも、俺たちの子供だ。おそらく平穏な暮らしはできないだろう」
俺の子供、それだけで常に危険が付きまとう。人質として狙われるし、成長すれば、新たな長として担ぎ上げられるかもしれない。
「そんなの、私たちが守ってあげればいいじゃないですか」
「もちろん、そのつもりだよ。俺は子供を守るさ。平和に育っていける環境も作る。だけどね、クウ。子供を守る俺たちは、子どもより先に死ぬぞ」
「……っ」
クウは言葉に詰まった。
「クウ、俺の考えを言うよ。俺たちの子が普通の子として産まれるのは不幸だし、身を守る力がないのは危険だ。だから、強い子が産まれてくるようにしたい」
「……、私は、私は、そんな」
クウの心が揺れている。
あるがままに産まれてくる子供を愛したい。母親なら当然の感情だ。
「クウ、お腹を痛めて産むのはクウだ。だから、俺は強制はしない。クウが嫌というならやめる。その上で聞く、クウはどうしたい?」
「わっ、わたしは……」
クウは大きく息を吸う。そして覚悟を決めて口を開いた。
「私は強い子を産みます。私たちが居なくなっても自分を守れるような。だから、協力してください。シリルくん」
「決断してくれてありがとう。出発するまえに、魔術を使う」
「大丈夫ですよね?」
「うん、俺を信じて」
俺は頷き、魔術の準備を始めた。
【輪廻回帰】でシュジナを呼ぶ。
シュジナほどの魔術制御がないと、この魔術は実現できない。
いつも以上の集中力で俺は魔術を練り上げていた。