第十一話:密談
俺は村長宅に泊まっていた。
監視と諜報が目的だ。
賓客としてアスールとじいと呼ばれる女性は客室に泊まっていただき、残りは馬車に泊まっていただいている。
兵士たちが泊まる部屋は複数人で泊まることを前提にしていたが、アスールとじいが個室を希望したため部屋が足りなかった。
こちらとしては村長宅以外にも部屋を用意すると言ったが断られている。
俺は寝室で横になり目を閉じ風のマナと意識を合わせる。【知覚拡張】、俺の得意魔術だ。半径300m以内において空気がある空間であれば視覚情報及び、音声情報を入手できる。
女性を覗き見るのはマナー違反だが、今は少しでも情報が欲しい。
アスールとじいは二人とも自室でくつろいでいるようだ。
「あのお嬢様はどこまでの権限と情報を持っている?」
普通に考えて今日のアスールの行動は頭のネジが数十本単位で抜け落ちているとしか思えない。
まず、一方的な商取引の停止。
これはいい。あくまでエリンの自治の範疇だ。だが、その後のエルフと取引をした者を全てエリンでの商業活動を禁止する。これは完全にやり過ぎで経済制裁そのものだ。
さらにそれが嫌ならエルシエがエリンの庇護下に入り、技術の提供及び、エルシエの長である俺が部下になることを要求した。その後にわざわざ、武力で攻めるつもりがないのかを聞いて来ている。宣戦布告と取られてもおかしくない。
これが独断なら、コリーネ王国の一都市に過ぎないエリンの町長が勝手にエルシエに戦争を仕掛けたことになり、通常なら本国から制裁を受けかねない。
もっとも、エルシエ自体が国ではなくどこにも属していない集落と考えられているなら自治の範疇だと言い張れないことはない。
「それでも、十分な戦力を持っている相手にすることじゃない。帝国兵、五千人相手に勝ったと知っているはずなのに」
そもそも、命が惜しくないのだろうか? エルシエ側がアスールを無事に帰さないことだって考えられる。エルシエ側の選択肢としてこの場で皆殺しにして、アスール達は来なかったと言い切ってしまうことだって可能だ。後で山に死体を捨てて山賊や獣の仕業に見せかける。
今回はたまたま、エルシエにとってプラスになる交渉ができる見込みがあったから行動に移さなかっただけに過ぎない。
他にも洗脳という手段もある。だが、あれはあくまで一定の指針に伴って、快感と苦痛を与える魔術に過ぎず、感情と行動を切り離して行動できる者には効果が薄い。
ベル・エルシエの連中やイラクサの面子は元々俺に対する恩義や好意があったからこそあの魔術をかけても自然に受け入れたが、そうでない相手は異常に気が付く可能性がある。
「ふんふんふん、良いお湯でした」
じいが自分の部屋でほくほく顔をしていた。クウが持ってきたたっぷりとお湯が入った桶と布で体を拭いてご満悦のようだ。今はエルシエが用意したゆったりとした寝巻に着替えている。
服装ばかりに目が行っていたが、じいは中々綺麗な女性だ。年は二十代後半で、胸はさほど大きくはないがきっちりと引き締まった体をしている。茶色がかった髪はくせ毛で肩甲骨あたりまで伸ばしていた。
「エルシエの長のシリルさん、可愛かったなー。あんな弟欲しいなー。ああでも、ないない。見た目はともかく、あの性格はないわー。プライベイトでは関わり合いたくないないわー」
ずいぶんと俺に対して酷い印象を持っているようだ。
「性格に目を瞑って、あの顔でお姉ちゃんって呼ばれてみたい気持ちはありますね。でも、あの子のまわり随分と若い子ばっかりでしたね。十の半ばぐらいの子ばっかり。もしかしてロリコン? んん、でも同い年だし、それが自然か。あの子に私のような大人の魅力を理解しろというのは無理かもしれません。いえ、私ならいける。だって私だってまだまだ若いし、あっ、鏡!」
部屋に備え付けられていた鏡に目ざとく気がついた。
あれは、ルシエとクウのために俺が作ったものの試作品だ。工房も手狭になっていたので、誰も使っていない客間に置いていたのだ。
そういったもののほとんどはユキノが掃除のときに運び出しているが、元からの備え付けのものと間違えてそのままにしてしまったようだ。
「ほう、すごいですね。凹凸が完全にゼロの滑らかなガラス版を完全に均一な厚さの薄い銀で覆ってある。どうしたらこんなのが作れるんだろ? 製法を想像もできないですよ。まあ、報告だけしてお嬢様に考えてもらいましょう。それよりも」
にやけ面をしながらじいは鏡の前にたった。
「せっかく、鏡があるし色々と試してみないと」
そしておもむろに自分の荷物の中から髪止めを取り出した。
「シリルくんがロリコンだから、私もそれ路線にしないといけませんね」
髪止めで自分の髪をまとめはじめる。出来上がった髪型はいわゆるツインテール。二十代後半のツインテール。それはあまりにも痛々しかった。
「もう、この髪形はきついと思ってたけど、いける! やぁん、フレデリカ可愛すぎるぅ。全然若い、シリルくんのお嫁さんの中に入っても違和感ない!」
突っ込みをいれたい気持ちを必死に抑える。
「髪だって全然艶があって、あの子たちにも負けない……いえ、あれと比べちゃ駄目ですよね。そもそも年齢どころか種族が違くて、肌の張りなら! まあ、女は見た目じゃないんですよ中身ですよ、な・か・み!」
なら無理して若作りしようとするなと言いたい。中身重視ということは同感だ。個人的には外見と中身の割合は四対六ぐらいだと思っている。
じいはしばらく一人でポージングを何度か決めまくった後、唐突におとなしくなり、ツインテールをほどき、身だしなみを整えた。
じいの部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「お嬢様お待ちしておりました」
そして急に真面目な声を出す。今までのはしゃぎようが嘘のようだ。
お嬢様が来ると察知したのだろう。凄まじい気配察知能力だ。
「お邪魔するわ」
アスールの表情が硬い。かなり緊張しているように見える。
「じい、ここは大丈夫なの?」
「おそらくは。防音の検査をしましたが、よほど大きな声を出さない限り声が漏れることはないですね。盗み聞きをするための仕掛けもないですし、付近に人の気配もありません。もし後から近づいてくれば、私なら半径5m以内に近づけば確実にわかります」
「そう、なら安心して話せるわね」
今のアスールの言葉は意外だった。
アスールは自分一人で判断をして、じいを相手に相談をすることはないと思っていたのだ。
「じい、今日のあれは何? 確かに私は油断させるように言ったけど、やりすぎよ。逆に怪しいわ」
「お嬢様、ごめんなさい。いえね、私の場合気を抜けば、色々とやらかすのでいつも通りを心がけたら、あんなことになっちゃいました。今は反省しています」
「明日からは少しは気を引き締めなさい。それと、あのナイフの件、あれはどういうつもりなの? 他はともかく、あれだけは本気で怒っているのだけれど」
「理由はあるんですよ。お嬢様はナイフを鍛冶屋協会に預けていましたが、私にしか調べられないことがあるんです」
そう言いながら、じいは手荷物から俺が作り上げた一振りのナイフを取り出す。
「プロにわからなくて、あなたにわかること……魔術の絡みかしら?」
「ご名答。このナイフに、きわめて高度な火魔術と土魔術を使用した形跡がありました。良質な火と土のマナの匂いがします」
思わず声をあげそうになった。作り上げた物質から使用した魔術の推定? それは俺でもできない。仕上がりを見て工程を推測はできるが、じいの言ったような魔術の残滓なんて拾えはしない。
「火は火狐が居るからわかるけど、土? エルフは土魔術が苦手だし、火狐族もせいぜい人間並みかそれ以下の適正よね?」
「ええ、だから私は土魔術が得意な連中が協力者に居ると思っていたんですよね。でも、ベル・エルシエに放っている草も、帝国の二重スパイも、今日現地でした調査でも土魔術が得意な連中が近づいた形跡を拾ってないんです」
「なら、おかしいじゃない、こんなものがあるなんて」
「私もありえないと思っていました。だから、私の鼻が鈍ったと思って今まで黙っていたんです。確たる証拠をつかむまでは黙っていようと」
「そう、それで今話したということは何か、見つかったのね」
「肯定です。この村の郊外に極めて頻繁かつ大規模に土魔術が使われた形跡がある工房を見つけました」
おそらくは、俺が作った工房のことを言っている。
確かに、村を案内させたクラオから工房の中には入れなかったがそこに向かったとは聞いている。
「大規模に頻繁ね。その状況、あなたならマナに食われた体内魔力の残滓を拾えるんじゃない?」
「このナイフ一本だと私でも無理でしたが、あれだけのものがあれば、残滓を掴めます」
「なら、そのオドの匂いを辿っていけば、エルフの協力者が見つかるわけね」
属性魔術の痕跡だけでも異常なのに、属性魔術を使用する際のマナの呼び水に使うオドの匂いを辿るだと? じいは本当に何者だ? そんな種族、俺の知識の中にすら該当するものは存在しない。
「実は、もう見つけているんです」
「でかしたわ、じい。シリルさんは本当は鉄を生み出してなくて、その協力者が作っているなら、もっと楽に交渉できるわね。むしろその事実こそがシリルさんを突く武器に!」
「残念ながらお嬢様、それは難しそうです」
「どうしてよ?」
「間違いなく、土のマナが食ったのはシリルさんの体内魔力です。他にも火、風、水まで、シリルさんは土・火・風・水全属性の大規模かつ強力な魔術を使っていますね。土はノームなみ、火は火狐なみ、風と水はエルフ相応のものを。私も初めは自分を疑いましたが、間違いありません」
「ありえないわ! 全属性の魔術、それも極めて強力なものを使えるなんて、そんなのエルフじゃない!」
「たぶん、あの人、エルフじゃないです。エルフみたいな何か。私や勇者、それに金色の悪魔、その同系統だと思ってください」
それは俺の本質にかなり近い。俺自身は間違いなく普通のエルフだが、【輪廻回帰】により様々な俺を呼び出す。
「いくらなんでも、だったらなんでそもそも帝国に支配されていたのよ。じいのような戦力があるなら、もっと早くから!」
「それは知りませんよ。ただ、お嬢様に忠告です。死にたくなければけして私から2m以上離れないでください。それ以上離れられると守れる自信がないです」
いっさい口調を変えずに何気ないことのように淡々とじいは言った。
「ねえ、じい、シリルさんは私は殺せるの?」
「難しい質問ですね。まず感情面ではあの人は殺せる人ですよ。ちなみに私の一番嫌いな人種です」
「じい、回りくどい言い方はやめて」
「普通の人って殺人ってわりと特別視しているんですよね。無条件に嫌がったり、逆に人を殺すのが好きだったり、最後の手段だって葛藤したり、他にも殺す判断をする自分に酔ってたり、でもシリルさんみたいな人って必要そうだな、じゃあやろうって感じで軽いんですよね。
お嬢様も損得の天秤が傾けば突然刃を向けられると思います」
「ずいぶん、詳しく言うのね」
「珍しいけど、割と見るタイプなんですよね。それに極度の秘密主義者。今日、シリルさんのことについて部下に聞いて回らせたんですよ。そしたら、なんの情報も出てきませんでした」
「口が堅いだけじゃない?」
「違いますよ。隠している様子がまったくなくて、そもそも知らないんです。シリルさんのことを誰ひとり。お嫁さんや妹だと言っている女の子すら。
あの人、誰も信じてないんじゃないですか? ここまで来るとキモイです。顔がいいので遠目に見る分にはいいですけど、妹たちの教育にも悪いし、お近づきにはなりたくないですね」
じいの言葉は一々胸に突き刺さる。【輪廻回帰】のこと、前世の知識のこと、エルシエの向かう先、大事なことは誰にも話していない。
きっと、話せばルシエもクウも受け入れてくれる。だけど、嫌だった。話すことで異質な存在だと受け止められることが。
「その情報は参考にさせていただくわ。でも、今日ここにきて、実際にシリルさんが作ったエルシエを見て確信したわ。彼の技術は必要よ。寒い中でも作物が育つガラスハウス、井戸の汲み上げポンプ、信じられない性能の馬車、色々と素晴らしいものが溢れている。全部、この村を豊かにするための素晴らしい発明よ」
「それも、私が警戒心を強める理由なんですよ」
「文句のつけようがないと思うけど」
「技術や発明なんてものは、突然ポンッと飛び出てくるものじゃないんです。既存の技術を積み重ねていかないといけない。本当なら完成品の前には無数の途上品や失敗作、そういったものが溢れているはずなんです。でも、それがない。初めから完成形で洗練されたものばかりがこのエルシエには溢れている。こんなことありえない」
「だけど、実際にエルシエはそれが出来ているわ」
「きっと、シリルさんって発明なんてしてないですよ。ただ知っているものを作っているだけ。でも、その知識の出元がわからない。エルフは他の種族と交流なんて十年以上していなかったはずなのに。ある日、シリルっていうエルフの少年が殺されて、知識が豊富な誰かと入れ替わったとかのほうが説得力があるぐらいですね」
じいに対する警戒心がどんどん強くなっていく。これはなんだ? あの間抜けな女性がこれほど俺の本質にあたりをつけている。
「じい、怪しいのは十分わかったわ。それでも私は彼が欲しい。毒でもなんでもエリンが強くなるためなら、利用するわよ。せっかく育てたエリンを馬鹿な兄弟に横取りされないためにもね。だからリスクを冒してここに居る」
「お嬢様、その器量はいいです。ですが、心にとめておいてください。お嬢様は、私が居るからエルシエに来ても殺されることがない。私が居るから万が一戦争になっても勝てると思われている。だからこそ、今日の強気の交渉をしたと思います。ですが、それは間違いです」
「まさか、じいでも勝てないって言うの?」
「保有魔力量は私のほうが十倍上、瞬間解放量は三十倍上、普通に考えて負けるはずがないですね。でも、それでも、何かある気がするんです。お嬢様を連れて逃げることは可能ですが、戦って勝つことまでは約束できません」
そこでアスールが息を呑む。よほど、じいのことを戦闘面では信頼していたらしい。
今までの会話だと、少なくとも勇者に匹敵する何かを持っているはずだ。
「その言葉、胸に刻んだわ」
「それで、どうします? 鉄だけで我慢しますか?」
「もう少しそこは粘るわ。関税も、せめて五年周期での変更、そのあたりが妥協の限界ね。でも、無理やりシリルさんを迎えるのは諦めたほうがいいかもしれないわ」
妥当な判断だ。メープルシロップの場合、既存の商業と正面だってかち合わないが、今後そうならない保証はない。エリンで鉄を作り始めたら、より性能のいい鉄がエルシエから大量に輸入されるなんて事態も考えらえる。
「戦争にならないぐらいにふっかけておくことを勧めますよ。たぶん、向こうも戦いは望んでないので割と妥協してくれるかと。幸い、エリンはエルシエが喜ぶものをたくさん持っていますし、差し出すものを増やせばなんとかなるはずです」
「今日のじいは珍しく頭の回転がいいわね」
「そりゃ、必死にもなりますよ。普通の戦争ならともかく、私を殺せるかもしれない人と戦うなんて勘弁です。状況によってはシリルさんとの殺し合いを避けるために、エルシエ側につくまである」
「それを雇い主の前で言うところがあなたらしいわね」
「ないとは思いますけどね。その場合は、お嬢様を心底見限ったときですから、それにそうなってもお嬢様だけは死なないようにしてあげますよ」
「そう、なら私はあなたが裏切っても、あなたが経営している孤児院の子を見せしめに殺すなんてことはしないわ」
「まさかの人質宣言!? 可愛い妹が盾にされた!?」
「さきに喧嘩を売ったのはそっちでしょ?」
言っていることはひどいが声は笑っている。どちらも本気ではないようだ。
「お嬢様ひどい。ほんの冗談なのに」
「ねえ、どうしてあなたは私の元に来たの? 足手まといの孤児なんて抱えて」
「いや、まあ、ただの思い付きだったんですよね。今まで欲しいものは殴って奪え、刃向う奴は皆殺しって爛れた生活でしたからねー。
そしたら周りに誰も居なくなって、寂しさ紛らわすために思いつきで孤児拾ったら、さすがにこれ教育に悪いなーって、でも、それ以外の生き方もできないですし、だから殴ってお金をもらってありがとうを言われる仕事をって思っていたらお嬢様にあったんです。それだけですよ」
「そんな理由で」
「普通そう言うのは採用前に聞きませんか?」
「あの時は、理由なんて何でもよくて飛びつくしかなかったのよ。私の命なんて風前のともしびだったわ」
「私にたくさん感謝して、減給を無くしてください」
「それとこれとは話が別。減らしたぶんは、おもちゃかお菓子にして孤児院に送ってあげるわ」
「いやーーー、あの子たちが贅沢を覚えるぅぅぅぅ」
「あなたが浪費しまくっているのだから、たまにわね。あと、明日は少しは気合をいれなさい。明日の態度次第で減給期間を短くしてあげる」
「了解です。ボス」
その後、しばらく雑談をしてからアスールは部屋を去って行った。
すると、ぱちんと大きな音を鳴らしてじいは手を鳴らした。
「はい、シリルさん、今までの話聞いていましたよね。一応、お嬢様は武力に訴えかけるつもりはないので安心してください。それとなく私も止めます。
だからあまり直接的な手段に出ないでくださいね。そっちが私のお嬢様を狙うつもりなら、こっちもシリルさん以外を狙うこともありえますから。大事なお嫁さんや妹が悲しいことになるのは嫌でしょう? だからお互い平和的にいきましょう」
なっ、こちらに気が付いていたのか?
「ふっふっふっ、ばれてないとでも思っていました? さっきから風のマナにシリルさんの匂いが混じっていますよ。エリンでどうして私の尾行が気付かれたのかなーって考えていたんですよね。そしたら魔術以外ないなーって、だからこの部屋に入ってからずっとマナを注視していました」
それなのに、あのツインテールを披露しただと!?
「さすがの私も、寝顔を見られると乙女の純情がピンチなので勘弁してくださいね。それでは良い夜を。お嬢様のほうは覗いていいですよ」
俺はじいの周りの風のマナを開放する。
アスールのほうは引き続き監視だ。最悪、監視が外れてから二人で密談される可能性がある。
◇
翌日、予定通り、行商が行われた。
エルシエの一番広い広場に馬車二台分の荷物が一気に広げられる。
あらかじめ買うものは決まっており、商品の代金は全て事前に払ってある。
あとは、昨日周知した順番に荷物を受け取るだけだ。
仕事は全て休みにして、成人のエルフと火狐のほぼ全員が目をきらきらと輝かせて集まっていた。
予算は、一人につき金貨一枚(六万円)なのでかなりの贅沢ができるだろう。
目玉はなんといっても、エルシエでは作れない綺麗な布や、度数の高い蒸留酒。それに各種調味料や牛肉だろう。他には都会のセンスで作られたアクセサリー類は人気が高い。
俺は、大量にハーブ類を買っている。タイムやセージの在庫が心許なかったのでおお助かりだ。
「どう、これがエリンの力よ。どれもこれも、エルシエでは作れないものよ」
商品の受け渡しがはじまり、熱気がうまれてくると、アスールが胸を張ってそう言った。
「そうですね。娯楽の少ないエルシエにとって最高にありがたいイベントでした。ありがとうございます」
心の底からそう思う。今回で一番良かったのは自分で選んだという点だ。どうしても買い出しだと必要なものしか買えなかったが、今回は各々気に入ったものを手に入れている。
「ふん、その恩を忘れないで欲しいわね」
「一方的に恩を売ったと思われても困ります。代わりに私たちはメープルシロップを売るし、私が教えたアイスクリームの製法なんて、戻って商売をはじめればすぐに金になると思いますよ?」
「まったく、口が減らないわね。だからこそ欲しかったわ」
「結論は出たのですか?」
「ええ、出たわ。私たちは明日出発する。その前に、最後の交渉をはじめましょうか」
憑き物が落ちた顔でアスールはそう言った。