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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:商業都市からの使者
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第八話:風呂

 その後はロレウを筆頭に三チームだけ残してエルシエに戻り一日がたった。常駐している一チームに加えて二チームを残したのはもしものためだ。


 小型の手りゅう弾を相当数ロレウ達には持たせているので、もし戦いになっても防衛戦なら特に問題はないだろう。


 今日はルシエはイラクサの訓練で出かけており家には俺とユキノだけが居る。


「ユキノ、元気がないな。どうしたんだ?」


 ユキノは今日も紺色のワンピースと白いエプロンドレスを組み合わせた服で掃除をしてくれているが表情がいつもより暗い。


 心なしか狐耳もペタッと倒れている。


「シリル兄様、火狐のせいでエルフに迷惑がかかってるって本当? ユキノのせいでシリル兄様困ってる?」


 背を向けて顔を伏せたまま絞り出すような声でユキノが言った。

 お茶を出したときにヴォルデックに言われたことを気にしているようだ。


 あの話はクウとユキノの二人に絶対に外で言わないように念を押している。大半のエルフはそれで火狐を責めたりはしないが、一部は間違いなく悪感情を持つ。それに火狐達にもあまり気を使わせたくなかった。……今のユキノみたいになってしまうからだ。


「そうだね。火狐が居るから帝国が諦めきれないっていうのは間違いなくあると思うよ」


 ユキノの小さな背中がピクリと震えた。

 嘘をつくのは容易い。だが、その嘘はいずれ明らかになり余計に彼女を傷つける。


「……っ」


 ユキノが何も言わずにそのまま走り出そうとした。

 俺はその背中に追いついて抱きしめた。彼女の狐耳がピンと立つ。


「だけどね、そのことで火狐の皆が、ユキノが悩むことはない。これは俺の責任だ」


 そして、それもまた真実だ。


「俺はね。火狐たちを受け入れたときからこうなることはわかっていた。わかっていて受け入れたんだ」

「危険だってわかってたのに、どうしてシリル兄様はユキノたちを受け入れてくれたの?」


 か細い声で、ユキノは問いかけてくる。


「エルフだけだとエルシエは豊かになれないって思ったから。やりたいことはいくつもあったのに、こうすればいいってわかってたのに、エルフだけじゃできないことがいっぱいあった。

 火狐の皆が居たから、メープルシロップがたくさん採れた。火狐の皆が居たから美味しいお酒を作れた。火狐の皆が居たからヤギや鶏を育てる余裕があった。火狐の皆が居たから春にカブとジャガイモがたっぷり収穫出来た。全部、火狐が来てくれたから出来たんだ」


 これらは全部火の魔術を使える火狐達が居たからこそなしえたことだ。彼女たちの力があったからこそ今の豊かなエルシエがある。


「でも、そんなの、なくても生きていける」

「生きていくだけならね。それって楽しくないだろう。それにエルフは基本的に内向的だからね。みんなが来てくれて初めてエルシエの中以外の世界を、外の人を知ることが出来た。それが一番大きいんだ。小さなエルフの村でエルフ以外と関わらず一生、慎ましく今のまま生きて行く。それは綺麗だけどやっぱりつまらないよ」


 交流があった火狐とまず仲良くなったと言うのは大きい。いきなりまったく知らない種族だともっと強く拒絶しただろう。これからどんどん他の種族とのかかわりは増えていくのだから慣れることは必要だ。


「シリル兄様、でも、でも」


 俺が言葉を重ねても、ユキノは納得しないようだ。だから俺は彼女を抱きしめた手に力を込めた。


「でもはいいよ。あとね、これはエルフって言うより、俺個人の話だけど、こんな可愛い妹が出来た。それだけで十分だよ」

「……シリル兄様、後悔してない?」

「もちろんだよ。もし、ユキノたちを見殺しにしていたら一生後悔していたから。第一、たかが帝国に目を付けられただけだろう? それで俺が、俺のエルシエがどうにかなると思うかい?」


 ユキノは首を何度も振った。


「ううん、シリル兄様が負けてるところ全然想像できない」

「うん、俺は負けない。今までも、これからも。でも、勝つためにはエルフだけじゃダメなんだ。エルフと火狐の皆の力を合わせないといけない。もちろん、ユキノの力もね。

 そうしてきたから今まで勝てたんだ。これからもいっぱい力を貸してもらう。だからユキノ、落ち込んで泣いている場合じゃないよ」

「ユキノ泣いてない」

「声が涙ぐんでる」

「ユキノ泣いてないもん」


 ユキノは顔を見せないようにしながら体を反転させ、そのまま顔を俺の服に擦り付ける。

 涙を拭いているんだろう。


「シリル兄様」

「なんだい?」

「ユキノの尻尾握っていい」


 俺は言葉に詰まる。火狐にとって尻尾を触らせるのは親しみの証。でも握るとなると重い意味を持つ。彼女たちの尻尾を握っていいのは両親と伴侶だけだ。


「ユキノ、そういうのはよくないと思うんだ」

「強く握っていい」


 消極的な否定に追い打ちをかけてくる。


「ユキノの尻尾、握りたくない?」


 胸に顔をうずめていたユキノが顔をあげて上目使いで見上げてくる。

 俺の心の中のお兄ちゃんの部分に激しく訴えかけてくる。


「握りたいけど、そういうのはいつかユキノを一番大好きって言ってくれる人に言わないとダメだよ。俺は、ユキノを一番大切にしてあげられないから」


 そういうとユキノは首を振った。


「違う。ユキノ、そんなことお願いしてない。結婚してなんて言わない。火狐が両親と伴侶だけに尻尾を握らせるのは、自分の全てを委ねていいって意味。ユキノはシリル兄様にユキノの全部あげるって決めた。ユキノはシリル兄様が選んでくれなくても、シリル兄様とずっと一緒だって決めた。だから、ユキノの尻尾握って、ユキノのこと受け取って」


 ユキノは彼女なりに覚悟を決めて言ったのだろう。

 だから、その気持ちに応えないといけない。


 俺は生唾を飲んで彼女の勇気を無駄にしないために震える手を尻尾に伸ばす。そして掴んだ。柔らかい毛に手が沈み込み、その奥にある芯が反発する。さらに力を込めると俺の指の形に変形する。


「んっ」


 ユキノが熱い吐息を漏らした。


「シリル兄様が、ユキノの尻尾握ってくれた。これでユキノはシリル兄様のもの」


 まだ幼いはずなのに妙な色気があってこっちがドギマギしてしまう。

 尻尾を放して抱擁を解いた。ユキノはさきほどまでの泣き顔が嘘のような笑顔を浮かべてくれていた。


「不思議、もう尻尾放してくれたのに、まだ尻尾ぎゅーってなってる」


 首を傾げてユキノはパタパタと尻尾を左右に振った。その仕草が一々可愛らしい。


「ごほんっ、元気になってくれて良かった。早速だけど火狐の力が必要な仕事をお願いしていいかな?」

「火狐しかできない仕事?」

「うん、火の魔術が必要なんだ。これがうまく行くとエルシエの皆がすごく喜んでくれると思う。大変な仕事だけど頼みたいんだ」

「うん、やる!」


 ユキノは上機嫌に俺の提案に乗って来た。

 自分が迷惑をかけて落ち込んでいるなら、エルシエの役に立てる仕事を用意するのが一番いいと思って昨日のうちに【輪廻回帰】を使って用意していたものがある。


「お風呂って知ってるかい?」

「知らない」

「お湯をたっぷり溜めて、その中に浸かると気持ちいいんだよ。だけど、たっぷりのお湯を用意するのはたくさんの薪が必要で難しい。そこでユキノの出番だ。火狐の力があれば簡単にお湯は用意できるだろ?」


 汲み上げ式ポンプを使えば水は確保できるが、どうしてもお湯にするには大量の薪が要る。この時代のお湯は貴重だ。それを湯船にいっぱいなんてとてもじゃないが準備できない。


「お湯に浸かるのが気持ちいい? はじめて聞いた。ユキノやってみたい」

「いいよ。エルシエのみんなが使うすごく大きなお風呂の前に試作型の小さなものを家の中に作ったからそれでお湯を沸かしたら入ってみるといい」

「シリル兄様も一緒に入ろう」

「それは駄目だよ。今まで水浴びとかに誘ってくれたけど、ユキノはそろそろ恥じらいを持ったほうがいい。俺は後で入るから」


 俺は断腸の思いでユキノの提案を断る。兄として成長を見守りたい気持ちはあるが、ユキノに発情するロレウの姿を見て自分の浅ましさに気が付いてしまった。


「一緒がいい。シリル兄様、駄目? ユキノと一緒のお風呂はいや?」

「嫌なはずがないよ。ユキノと一緒のお風呂楽しみだな」


 再びの上目使いのお願いを受けて、俺は気が付けば即答していた。妹の可愛い頼みを断れるはずがなかった。


 ◇


 俺が家の横に増築した試作型の風呂は無駄に凝っている。

 地下水をくみ上げるポンプを二つ作ってある。一つはそのまま冷たい水を引き上げて湯船に注ぐのだが、もう一つは途中で地下にタンクがありそこに水を溜めることができる。


 そのタンクは魔法瓶のような役割を果たすことが可能で溜めた水を温めると数時間はそのままの温度を保つ。


「ユキノ、そこの金属の筒に手を入れて」


 俺は一度タンクの中を水で満杯にしてから地下から水があがってくる部分を閉じ水が漏れないようにし、ユキノに手を入れてもらう。


「シリル兄様、水、冷たい。これをお湯にする?」

「そうだよ。出来るだけ熱くしてね」

「うん、もうお湯になった」

「えらいぞ。それじゃ手を出して」

「わかった。シリル兄様」


 ユキノが手を抜くと蓋を閉じて密封状態にし熱が逃げないようにした。


「仕込みは出来たし、あとは実験だね」


 俺はまずタンクが付いていないほうの普通のポンプを使い水を勢いよく流し込む。

 そしてタンクがついているほうのポンプを漕ぐとタンクの中に入っていたお湯が湯船に注がれ水と混ざる。


 湯船の横には簡易的な温度計があるのでなんとなくで適温がわかる。水とお湯のバランスで温度を調整する。


 これなら一日に数回タンクの中の水をお湯にしてもらえばあとは好きなタイミングで温度調整ができるので火狐がずっと張り付いている必要がない。


「大成功だね。ユキノ偉いぞ」


 ユキノの頭を撫でると彼女は目を細めて笑みを浮かべる。


「シリル兄様、準備できたしお風呂入ろう」


 そうして俺は妹のように思っているユキノと一緒にお風呂に入ることになった。


 ◇


「シリル兄様、お風呂気持ちいい」

「うん、俺も久しぶりだけど。やっぱりいいね」


 熱めのお湯を二人で浴びたあと、広めに作った湯船に浸かっていた。

 両足を広げて風呂の壁に体を預け全身を弛緩させる。これが一番正しい風呂の楽しみ方だと俺は信じている。


 ユキノは俺が広げた両足の間にちっさな体をすっぽりと入れて背中を預けていた。

 名前の通り雪のように白い肌が上気している。


「ユキノ、溶けちゃいそう」


 ユキノは俺以上に全身の力を抜いている。初めてなのに風呂の楽しみ方がよくわかっているようだ。


「気に入ってもらえてなによりだ」

「シリル兄様の腕やお腹、硬くて力強くて、くっ付いていると安心する」


 俺は暇さえあれば魔術を使って体を鍛えている。効率よく筋組織を破壊して治癒魔術で強制的に再生しているので服の下はかなり筋肉がついていた。


「俺はこう見えて力持ちなんだ。ユキノのことはちゃんと守ってあげるから安心して」

「シリル兄様の気持ちは嬉しいけど、それじゃダメ。ユキノがシリル兄様を守りたい」

「ユキノが俺を守るか、そのためには俺より強くならないとね。そんな日が来るのが楽しみだ。まずクウから綺麗に一本とらないと」

「もうすぐ何とか出来る気がする。でもクウ姉様ずるい。追いつくって思ったらいきなり強くなって引き離してくる」

「そうか、ならクウが強くなるより早く強くならないとね」

「頑張る」


 クウとユキノは毎日訓練をしている。実質上イラクサのメンバーである二人は常日頃から心身を鍛えている。

 クウは鬼教官となりユキノを扱いているのだが、最近、その成果が出始めクウを冷や冷やさせることが多くなってきた。まだだいぶ手加減しているらしいが、クウの話ではあと一年も経てば本気で相手をすることになるそうだ。


「それと、さっきの話だけど。ユキノが俺に全部くれるって言ってくれて、すごく嬉しかった。だけど、俺よりいい男……強くて優しくて頼れる男を見つけたら、そのときは俺のことなんて気にしなくていい。ユキノが一番幸せになれる方法を考えて欲しいんだ」


 彼女には未来がある。いつまでも縛り付けてはいけない。そんな気がして今のセリフを言った。しかし、ユキノは微笑んで首を振る。


「そんな心配はまったくいらない。シリル兄様より強い人も、優しい人も、頼れる人も絶対いないから。ユキノの一番はずっとシリル兄様」


 あまりに可愛いことを言うのでもたれかかっているユキノを抱きしめてしまった。今日はよくユキノを抱きしめる日だ。


 ◇


 風呂からあがりヨモギ茶を飲む。

 ユキノは着替えてからそそくさと村長宅のほうに向かって行った。あっちの仕事もユキノの大事な仕事だ。


 風呂のほうは大成功だから是非、大浴場も使ってみんなに楽しんでもらおう。女湯と男湯を作るのは面倒だから時間でわけないといけない。

 そんなことを考えていると、クウが現れた。気配がなく突然現れたものだからびっくりしてしまう。


「シリルくん、妹を、ユキノを励ましてくれてありがとうございます」

「クウ、見てたのか」

「はい、実はユキノのことが心配で見に来たんです。それで、シリルくんが居たもので話しかけ辛くて気配を消してずっと見てました」


 背中に冷や汗が伝う。何か不味いことを言っていなかったか。


「ダメですね。私はあの子のお姉ちゃんなのに、落ち込んでいるあの子にずっと何を言っていいのかわからなかった」

「それは仕方ないよ。クウも同じ立場だから」

「はい、盗み聞きでしたけど、シリルくんがあの子にかけた言葉、すっごく嬉しかったです」

「あれは俺の本心だよ。クウたちを受け入れて良かったとずっと思ってる」


 良かった。ユキノとの過剰なスキンシップは気にしていないようだ。

 だが、油断した次の瞬間、空気が変わったことを俺は肌で感じていた。


「それはそうと、シリルくんってすっごくいいお兄さんですね。ちょっとユキノが羨ましかったです」

「ユキノのことは妹だと思っているからね」

「妹で良かったです。私も万が一ですけど、シリルくんがまだ小さなユキノの無知に付け込んで変なことをするようだったら、少し、ほんの少しだけ怒っていたかもしれません」


 クウは笑顔を浮かべたが目が笑っていなかった。俺はあくまで今後も兄としてユキノを見守って行こうと決めた。

 トントンとノックの音がする。

 これ幸いと俺はそっちに向かった。


「どうしたんだ? クラオ」

 

 扉を叩いたのは村長代理を任せてあるクラオだった。


「その、シリル様大変なんです」

「まさかロレウたちに任せてある装備の受け渡しが失敗したのか?」

「そっちじゃなくて」


 突発アクシデントに弱いクラオはテンパっていていまいち要領を得ない。


「クラオ、まず落ち着け、大きく息を吸え、まだ、吸え、俺がいいというまで吸え……よし、じゃあ空気を吐け」


 あまりに長い間空気を吸い込んだのでクラオは苦しそうにしていた。

 だが、その甲斐があって多少は落ち着いたようだ。


「もう一度聞こう。クラオ、一体何があった?」

「はい、シリル様、行商人が来たんです! それでこの村で半日だけ商売させてくれと」

「何? ここで? ……一度、会って話をする。俺が直接行こう」

「シリル様! お供します」


 嬉しそうにクラオが後をついて来る。

 それにしてもエルシエに行商? 一部を除いて通貨の概念すら理解していないエルフの村に行商なんて儲かるはずがないのに。

 俺はその行商人の正体を推測しながらクラオと共に行商人のところに向かった。

 

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